June 20 〜 June 21 2005




カルチャー・ジェットラグ



時差がある旅行から戻ってくると、どうしても避けて通れないのがジェットラグ(時差ぼけ)である。
先週のこのコラムにも書いた通り、私は5日間の滞在予定でパリに出掛けたけれど、同行者がスリの被害に逢うというアクシデントに見舞われ、 滞在がそれより2日伸びてしまったこともあり、ニューヨークに戻った時点で 私の身体は パリ時間に合わせて機能し始めている状態だったのである。
友人によれば、ジェットラグというのは1日1時間ずつ戻っていくもので、日本に帰国していた場合なら、現在はその時差が13時間であるから、 時差ぼけが治るまでには大体13日を要するのだという。 その計算で行くとパリ〜ニューヨーク間の時差は8時間であるから、8日経てばジェットラグが治るはずであるけれど、 今回のパリ行きで私が味わったのは、1日1時間の割合では戻りきらない、違った意味でのジェットラグと言えるものだったのである。
多分こんな気分は、私が予定通り5日で戻って来ていたら味わっていなかったと思えるもので、 それほどに予定外の2日間の滞在は、私にとって不思議な気持ちを味わった時間だったのである。

こう書くと、特別な出来事とか、何らかの事件が起こったように思われるかもしれないけれど、 実際にはその全く逆で、何も起こらず、何をするでもなく、ただ時間が流れていくのをジッと感じていただけだったのである。 思い起こしてみると、こんなに時計の針がゆっくり動いているように感じられたのは、 7年前に手術のため入院した時以来のことで、その時にも「10分ってこんなに長い時間だったんだ」という思いをしたけれど、 予定外のパリの2日間をカフェやパレ・ロワイヤルの庭園で、何をするでもなく過ごした時間というのは、 まるで自分が世の中の傍観者になったような時間だったのである。
では、私がゆったりと、心豊かにそんな時間を過ごしていたかと言えば、これも全く逆で、 頭の中は大混乱状態。その要因の1つは、 私が予定通り戻って来ると思っていたCUBEのスタッフから、ベッソのモーターサイクル・バッグが数十個入った箱が 行方不明になったという報告がEメールで届いており、こちらは受け取っていないのにも関わらず、 配達記録が残っているという最悪の状況で、下手をすると被害総額全額を一方的に被ることになりかねず、 「早くNYに戻って何とかしなければ・・・」という焦りが物凄く強かったのである。 また予定通り戻っていれば 間に合うはずだった前四半期の売上税申告の締め切りに遅れるであろうこと、 そしてそのペナルティの事を考えると、さらに気持ちがズッシリ重たくなっていたし、 社内人事やら、プライベートに連絡を取らなければならない人のこと、不在中に溜まった新聞や郵便物と格闘しなければならないこと等々、 ニューヨークで起こっていること、しなければならない事に思いを巡らせると、本当に頭がパンクしそうな状態だったのである。 でも、ふと思い出せば 自分はパリに居て何も出来ない、やったところで仕方が無い状況にある訳で、 開き直って 景色やら人々を眺めて ジッとしているしかなかったのがその時の私だったのである。

そうして見ていると、パリというのは、ニューヨークに比べて、本当に優雅なライフスタイルの街である。 何がパリのライフスタイルを優雅にしているかといえば、街の美しい外観はさておき、やはり時間に対するゆとりであると言える。
街中のカフェには、のんびりと時間を過ごしている人が溢れているけれど、これがニューヨークなら カフェに長居をするのはラップトップを持ち込んでいる学生やビジネスマンと相場が決まっていたりする。 またニューヨーカーの早足に比べると、パリジャン&パリジェンヌの歩行速度はかなりスローであるし、 後ろから来ている人のために扉が閉まらないように押さえている時間も、パリの人達の方がニューヨーカーより圧倒的に長いのである。
さらに、パリの高級レストランは、テーブルが1晩に1回転しかしていないようだったけれど、ニューヨークは、約2時間〜2時間半おきに2回転、 流行っている店ならば3回転はさせる訳で、当然食事のスピードも早くなるし、次の予約の時間が来ればテーブルを明け渡さなければならないし、 昨今では、予約の時間に15分遅れれば、テーブルをキャンセルするというルールを設ける店が増えてきており、 レストランで食事をするにしても、時間に追われることが多いのがニューヨークである。

だから ニューヨークに暮らす人間としてはパリのゆったりしたライフスタイルが羨ましい限りであるけれど、 フランスを始め、ヨーロッパ諸国の人々が頻繁に指摘するのが、アメリカ、特にニューヨークのエクストリーム(極端な)・カルチャーである。 彼らが言っているのは、「過密労働をして、派手にお金を使う」、「過食で体重を増やして、ジムに行ったり、過激なダイエットをする」というような、 「やり過ぎをもってやり過ぎを制す」ようなカルチャーのことで、収入に見合った支出をしたり、身体に見合った量を食べるというように、 生活をきちんとコントロールをすれば、もっとゆとりのあるライフスタイルが送れるはず、というのがその指摘である。
確かにアメリカというのは大量生産、大量消費で 経済を大きく回す国であり、 長時間労働でローン負債を支払う社会になって久しいし、節約はしないし、無駄も多いし、 移民国家という性格上、どうしても競争社会となるわけで、 「Work Hard, Play Hard (ワーク・ハード、プレイ・ハード)」という アグレッシブなライフスタイルが抵抗なく受け入れられたり、もてはやされたりしてしまうのである。
でも一度、その社会に入ってしまうと、「郷に入れば、郷に従え」で、その社会の人間と同じ様に過ごすのが最も自然な訳で、 ニューヨークに暮らしている限りにおいては「Work Hard, Play Hard (ワーク・ハード、プレイ・ハード)」というライフスタイルにも、 さして疑問を抱かない場合が多いのである。
でも今回、本来ニューヨークに居るべき2日間をパリで過ごすことになった私の頭の中では、「早く仕事に戻らなくては・・・」というニューヨーク・サイドと、 「2日遅れたところで仕事は大丈夫・・・」というパリ・サイドの自分が真っ向から対立していて、仕事や時間やライフスタイルに関する価値観が ゴチャゴチャになってしまい、 ハードワークを美徳とする考えに初めて疑問を抱くことになってしまった訳で、 これこそが私が先に述べた1日1時間のペースでは戻らないカルチャー面でのジェットラグだったのである。

そこで、「このジェットラグを乗り切るためには、先ずはニューヨークに居る自分をハッピーにしなければ!」と思った私が週末にしたことと言えば、 シュー・ショッピングである。
パリでは、ユーロがドルに対して強すぎることもあって、ろくに買い物をしなかったけれど、それだけでなく某デパートでは、 私が昨シーズン40%オフで購入したプラダのイヴニング・サンダルが今も定価で販売されていたので、何となくガッカリしてしまったし、 ニューヨークならほぼ全ての一流ブランドやデパートがセールに入っている6月半ばでも、パリでセールをしていたのは無名ブランドを扱う小規模なショップだけだった。 これに対して、アメリカのデパートは、大量に買い付けては、早くからセールを行い、しかもその割引率はどんどん大きくなっていくという お国柄を反映したバーゲン・シーズンとなっており、結局私は、950ドルのプラダのシューズを375ドルで、 そしてもう一足、640ドルのやはりプラダのシューズを185ドルで購入して、 「やっぱり買い物をするならばニューヨーク!」という気持ちを新たにしてしまった。
でも買い物を楽しむためには、バリバリ仕事をしなければならないわけで、 そう思うと「ゆとりあるライフスタイル」などというのは、まだまだ私にとっては贅沢品なのである。

とは言っても、私が今が計画しているのは、年内にもう一度、今度はラップトップを持参しないでパリを訪れることである。 たとえ3日程度でも良いから、ニューヨークのビジネスを持ち込まない状態で、パリでゆったり出来たら、 その時はカルチャー・ジェットラグ無しに帰って来て、何の疑問も抱かずに仕事に戻ることが出来るような気がするのである。



Catch of the Week No.3 June : 6月 第3週


Catch of the Week No.2 June : 6月 第2週


Catch of the Week No.1 June : 6月 第1週


Catch of the Week No.5 May : 5月 第5週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。