June 20 〜 June 26 2016

”Brexit Disaster”
アメリカ・メディアが報じる英国EU離脱とその意味合い



今週のアメリカは、週明けにはルブロン・ジェームス率いるクリーブランド・キャバリアーズが、 初のNBAチャンピオンシップに輝き、クリーブランドに52年ぶりのスポーツの栄冠をもたらしたことが大きな話題になっていたけれど、 週末にショッキングな結末として世界中で報じられることになったのが、6月23日木曜にイギリスで行われたEU離脱を巡る国民投票で、 間際に報じられた残留予測を裏切って、離脱派が勝利を収めたというニュース。
今では”Brexit / ブレグジット”という造語が定着したイギリスのEU離脱については、金曜にウォールストリートで株価が611ポイントも下落し、 英国ポンドが1985年の水準まで下がるといったリアクションをもたらしたけれど、 経済の専門家の多くは そのアメリカへのインパクトは未知数という見解が大半。 少なくとも現時点では、同じく株価の大暴落をもたらしたリーマン・ショック等とは区別されるべき出来事と捉えられているのだった。




英国で木曜日に EU離脱に投票したのは 72.2%の有権者のうちの52.2%で約1740万人、投票者の多くは 労働者階級と60歳以上の高齢層。 EU残留に投票したのは47.8%、約1610万人で、その多くは高学歴のエリート層。40歳以下の若い層が圧倒的な残留派となっていたのだった。 (投票者数はいずれもNYタイムズ紙発表の数字)
EU離脱派の勝利を受けて、英国議会のウェブサイトには再投票を求める署名が26日の日曜までに320万件寄せられたことが報じられているものの、 この署名運動には法的効力が無いため、イギリスが再投票を行う可能性は極めて低いというのが大方の見解。

残留派は、「離脱派が虚偽で人々を洗脳した」と主張しているけれど、その”嘘”の1つがイギリスがEUを離脱すれば、毎年EUに支払ってきた 約130億ドル(約1兆3000億円)をナショナル・ヘルス・サーヴィスに投入できるというもの。 このデータは国民投票の遥か前に誤りであることが会計統計の専門家によって指摘されていたもの。 しかしながら離脱派を率いた独立党の党首、ナイジェル・ファラージが この数字の間違いを認めたのは勝利を収めた後のこと。 このため、それを信じて投票した人々や 全世界からの悲観的なリアクションを目の当たりにした人々が、 離脱票を投じたことを後悔し始めていることが伝えられており、 週末にはインターネット上に #Regrexit(#リグレグジット)というハッシュタグが登場。 これはもちろんRegret(後悔)とExit(離脱)の造語なのだった。

中には、「残留派の勝利を信じて、離脱に投票した」、「まさか自分の票が離脱の助けになるとは思わなかった」という、 いかにもイギリス的な理不尽さを感じさせる投票者のコメントもアメリカのメディアで伝えられていたけれど、 それより恐ろしいのはこの歴史的な投票直後に、イギリス国内で最もグーグル検索されたのが  「EU離脱が意味するものは?」、それに次いで多かったのが、驚くなかれ「What is the EU?」、すなわち「EUって何?」というもの。
「Are we European?」という検索も多く、これを受けてヨーロッパ諸国からは 「Google First, Vote Later!(まずグーグル検索をしてから投票しろ!)」という 冗談に聞こえるものの、決して笑うことができないようなツイートが寄せられているのだった。




イギリスがEUを離脱したら アメリカにどんなインパクトをもたらすかは、アメリカ人も全く把握していないけれど、 まず分かり易いところでは、英国が”EUの長”から ”ただの1国” になることで 信頼と価値を失ったのが英国通貨のポンド。
通貨だけでなく、ほどなく下落が見込まれているのが ここ数年ブームが続いていたロンドンの不動産。 これはロンドンがヨーロッパの中枢市場としての地位を失うことから、今後海外の金融企業がそのオフィスを英国外に移すことが見込まれるため。 イギリスに1万6000人の従業員を抱えるアメリカのJ.P.モルガン・チェースのCEO、ジェイミー・ダイモンは、 今回の投票が行われる以前にイギリスのEU離脱後のオフィス移転についての社内メモを出していたことが伝えられているけれど、 同様のことはJ.P.モルガン以外の金融企業でも起こっていた状況。
何故、イギリスのEU離脱で、金融企業がオフィスを英国外に移すかと言えば、 ヨーロッパ全土を相手にビジネスを展開するには EU圏内にヘッド・クォーターを構える必要があるため。 したがって、今後金融企業がパリ、フランクフルト等のユーロ圏内にオフィスを移した場合、 ロンドンで株式を公開する企業も激減するため、イギリス国内に120万人の雇用を生み出している金融業はEU離脱で最も縮小が見込まれるセクターの1つなのだった。
EU圏でこれまで通りのビジネスを展開するために、イギリスからEU圏内にオフィスを移さなければならないのはIT企業も同様。
金融、ITという これまでロンドンの不動産価格を釣り上げてきたワークフォースの将来が定かでないとあれば、 不動産価値は当然のことながら下落が見込まれるのだった。

EU加盟国としてのイギリスは、フランス、ドイツに比べるとレギュレーションが少ない上に 英語圏ということで、 金融業に限らず アジア、アメリカ企業のEU展開の本拠地に選ばれてきたけれど、 イギリスがEUを離脱するということは、 当然のことながらイギリスがEUのコモン・マーケットの外側に位置するということ。
イギリス離脱前のEUは人口5億800万人(そのうち英国人は6500万人)を抱える世界最大のコモン・マーケットで、 その加盟28ヵ国間では 金銭、グッズ、サービス、労働力がボーダーレスに行き交うことができた巨大な経済圏。 イギリスの輸出品の50%の行き先はEU圏であるけれど、離脱後はその輸出品が課税対象となるのは言うまでもないこと。
ドイツに次いで、EU第二位の経済大国であったイギリスは、EU諸国に対し貿易不均衡の問題を抱えていることから、 たとえポンドが下がったところで、課税の金額がそれを上回ることが見込まれており、EU離脱でイギリスの輸出品が 必ずしも競争力が増す訳ではないことが指摘されているのだった。

もちろんイギリスのEU離脱はEU加盟国側にも影響を与えるけれど、その影響が最も大きいのがドイツの自動車業界。 イギリスはドイツにとってアメリカ、フランスに次ぐ第3位の輸出先。 中でもベンツ、BMW、フォルクスワーゲン等のドイツ車はイギリスで販売される車の50%を占めていることから、 イギリスEU離脱のニュースを受けてまず値を下げたのがこれらの企業の株価。
とは言ってもイギリスのEU離脱のインパクトが 最も見守られる自動車会社は 実は日本の日産。 同社は1980年代半ばから、約40億ポンドを投じてイギリス北東部のサンダーランドに自動車工場を設立。 2015年には45万7000台の車両を生産しており、これはイギリスの車生産量の約3分の1。 そのうちの55%がEU諸国に輸出されているのだった。
そのサンダーランドでは、61%の人々がEU離脱に票を投じたと伝えられているけれど、 もちろんこれらの人々はEU離脱によってポンドの価値が下がる結果、輸出競争力が増すことを見込んでいたとのこと。 しかしながら前述のように、その通貨下落の割安感は 課税によって帳消しどころか、逆に以前より価格が上がる可能性さえあるのが実情なのだった。

とは言ってもこうしたトレード・アグリーメントは、向こう約2年ほどの間に徐々に結ばれていくもの。 したがって、すぐに大きなインパクトや変化をもたらすことはないものの、経済の専門家が「泥沼の離婚劇」と指摘し、 デヴィッド・キャメロン首相が辞任声明の直前に 「Why should I do all the hard s**t?」(*の部分にはhとiが入ります)と側近に語ったと言われるように、 かなり厄介なプロセスが見込まれるのだった。
EU加盟国のリーダー達は、イギリスの離脱に腹を立てていることもあり、「出ていくと決めたのなら、早く出ていけ」と言わんばかりに、 既にイギリス離脱問題処理の担当者を指名し、早くも週明けの火曜日からその審議に入る姿勢を見せているけれど、 一方のイギリス側は離脱が決まっただけで、今後EUとどうやり取りをしていくかについては離脱派の間でも足並みが揃わない状況が指摘されるのだった。




また今後、イギリスはEUのパスポート・フリー・ゾーンから外れるので、旅行の際に不便が生じるのはもちろん、 木曜の離脱派勝利後のポンドの大暴落を受けて、外国旅行が割高になるのは当然の成り行き。 逆にアメリカではイギリスへの旅行者が増えることが見込まれているのだった。

長きにわたって英国と深い友好関係にあったアメリカは、 「イギリスのEU離脱で2国間の関係が変わることはない」という姿勢を見せているものの、政治関係者の誰もが指摘するのは、 「友好関係は変わらなくてもプライオリティが変わる」という現実。 これまでオバマ大統領を含む歴代大統領が 国際問題について真っ先に電話を掛けていたのはEUのリーダーである英国の首相。 しかしながらイギリスのEU離脱後は、それがドイツの首相、アンゲラ・メルケルになることは目に見えているのだった。

いずれにしても、イギリス離脱によるEU弱体化はロシアにとっては願ったり適ったりのシナリオ。それを考えると、 ロシアがアサド政権をバックアップして、ヨーロッパに大量の難民が流れ込むように仕向ける策略が功を奏しているように見受けられるけれど、 離脱派の勝利後、 欧州議会に席を置くイギリス人議員で、離脱を強力に後押ししてきたダニエル・ハナンが BBCの番組に出演して語ったのが 「EUを離脱したからといって、難民の受け入れがゼロになる訳ではない」という、 それまで掲げてきた移民政策をひるがえす発言。 これが 離脱支持者からのバックラッシュを浴びていたけれど、移民問題に対する明確な政策や解決策を持たないのは、 ナイジェル・ファラージや、英国新首相の最有力候補、ボリス・ジョンソン(写真上、右)も然り。
NYタイムズ紙は、その記事の中で 「本来なら国内政治の勢力争いがポイントで、負けるはずだった離脱派が国民投票で勝ってしまった」 と指摘していたけれど、同様のことはアメリカの大統領選挙でも起こり得る問題なのだった。



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

Shopping

PAGE TOP