June 27 〜 July 3 2011

” It's All In Your Head ”


建国記念日の連休を控えた今週末のニューヨークで最大のニュースになっていたのが、 5月中旬にホテルのメイドに性的暴行をくわえたとして、JFK空港のエール・フランス機内で逮捕された 元IMF(国際通貨基金)のトップ、ドミニク・ストラウス・カーンに対する検察側の立件が、 被害者の信頼性の乏しさから暗礁に乗り上げたというニュース。
ギニアからの移民である被害者女性は、過去にもレイプの被害を偽ったことがあるだけでなく、 ドラッグ・ディーラーと関わりがあるとされ、今回の性的暴行事件もそのドラッグ・ディーラーの差し金で、 「ストラウス・カーンは、女性に関係した口止め料として直ぐに大金を払う」などと言われて、虚偽を訴えたことが報道されているのだった。
これを受けて、検察はストラウス・カーンに対する レイプを含む重犯罪の起訴を取り下げ、その結果、 ストラウス・カーンはハウス・アレスト(自宅軟禁)を金曜に解かれたのだった。
でも検察側では、彼に対する全ての罪は取り下げておらず、ニューヨーク・ポスト紙は、ストラウス・カーンが メイドに対する買春行為の代金を支払わなかったために、メイドがレイプだと騒ぎ立てたと報道。 したがって、ストラウス・カーンは今も無実とは言い難い状態ではあるけれど、本国フランスでは 彼に対する同情と、 立件を急いだニューヨークの検察当局に対する非難の声が多く聞かれ、 彼が再び大統領候補に浮上するであろうという声も聞かれているのだった。


さて、先日私が友達に連れられて出かけたのがワイン・テイスティング。
これは友人の会社が輸入しているフランスとヨーロッパのワインを集めたテイスティングで、来ていた人々はもっぱら レストランのソムリエ、ワイン・ショップのオーナー等、買いつけ目的のプロ達で、短時間に15種類くらいのワインを味わったけれど、 違いを意識して、味わえたのは最初にトライした6本程度。 あとは、口当たりと、アフター・テイストくらいは意識するけれど、特にメモを取っていた訳では無かったので、 どのワインがどういう味わいだったかなどは、ゴチャゴチャになってすっかり分からなくなってしまったのだった。


私は そもそも人とはワインの好みが異なる場合が多くて、テイスティングの席で一番評価が高いワインを 苦手とするケースが少なくないけれど、この日も、参加者が口々に「Superb!」、「Excellent!」と褒め称えているワインが、 私にはそれほど魅力的に感じられなかったのだった。
でも好みはさておき、ワインとその値段という話になると、「ワイン通を自負しているのに、高いワインと安いワインの違いが分からないのは みっともない」と思い込んでいる人が居るけれど、そう考えるのは往々にしてあまりワインを知らない人。 実際には人間のテイストや感覚というのは、それほどあてにはならないもので、 かつてシャトー・ラトゥールのワイン・ディレクターを務めたこともある伝説のワイン・マスター、Harry Waugh / ハリー・ワォフでさえ、 「一番最後にボルドーとバーガンディのワインを間違えたのは何時ですか?」と訊かれて 「今日のランチタイム」と答えたというエピソードが残っているのだった。

イギリスの心理学者、リチャード・ワイズマンは、サイエンス・フェアに訪れた人々、578人を対象に、 ボルドー、シャルドネなど5種類のワインの値段が高いボトル、安いボトルをそれぞれ用意して、その飲み比べを ブラインド・テイスティングで行なったという。 その結果、人々が最も正確に、高いワイン、安いワインを言い当てたのはピノ・グリジオで、正解率は59%。 逆に最も正解率が低かったのはボルドーで、僅か39%。残りの61%の人々は、5ドル70セントのボルドー・ワインの方が、24ドル50セントのボルドー・ワインよりも 高い味がすると回答したのだった。

一方、アメリカン・アソシエーション・オブ・ワイン・エコノミスツが、6000人を対象に行なった調査では、 ワイン・エキスパートで無い限りは、高いワインを価格を知らずに飲んだ場合、 特に美味しいとは思わないという結果が得られたという。
この他にも、マスター・ソムリエを含むワイン通 100人を対象に、10ドル〜80ドルのワイン、8本のブラインド・テイスティング行なって、値段を高い順に言い当てるクイズをしたところ、 8本中4本の正解が最高の成績。正解ゼロのマスター・ソムリエも居たなど、 いかに人間の味覚が ワインの値段を的確にジャッジすることが出来ないかを語るエピソードは後を絶たないのだった。

同様の実験を舌の味覚だけに頼らず、MRIによる脳のモニターを行いながら実践したのが2008年に、カリフォルニア・インスティテュート・オブ・テクノロジーが ワイン通20人を対象に行なったテスト。
このテストは、被験者が 5ドル、10ドル、35ドル、45ドル、90ドルという異なる価格のワインのブラインド・テイスティングを行ない、 その値段を当てるというものだったけれど、さすがにワイン通とあって5ドル、10ドルのワインを低価格の2本、45ドル、90ドルのワインを高価格帯の2本だと 言い当てた人々が殆どであったという。

ところが、被験者が見事に騙されたのが次のトライアル。このテストでは、同じく5ドル、10ドル、35ドル、45ドル、90ドルの5種類の価格のテイスティングを 値段をオープンにして行なったけれど、被験者が45ドルと言われて飲んでいたのは、実は先に味わった5ドルのワイン。そして90ドルのワインと言われて 飲んだのは10ドルのワイン。すなわち被験者は5種類のワインのテイスティングと言われて、実際には3種類のワインしか飲んでいなかった訳だけれど、 誰もそれに気付かなかった上に、MRIのモニターでは、ワインの値段が吊り上がって行くにつれて、脳の快楽を示す部分の活動が 活発になっていったことが明らかになっているのだった。
でも実際には、45ドル、90ドルと言われて飲んでいるのは、それぞれ5ドル、10ドルのワインで、その前に飲んだ35ドルのワインより安い訳であり、 値段に対する先入観が、被験者の味覚を見事に狂わせたことが明らかになっていたのだった。


先入観で味が変わるというのは、価格だけでなく、ワインの産地にも言えること。
例えば、イリノイ州のレストランで2007年に行なわれたのが、ディナーに訪れた来店客39人を対象にしたテスト。 このテストでは、プリフィックス・メニューにレストランからのサービスということで、レッド・ワインをグラスで出しているけれど、 そのうちの半分の来店客は ワインが「カリフォルニアのワイナリーから直送されたもの」と言ってサーブされ、 残りの半分の来店客は、そのワインが「ノースダコタ産(常識では美味しいワインの産地とは思えない州)のもの」と言われて出されているのだった。
実際のワインは どちらも同じカリフォルニア・レッドで、来店客は全員、全く同じプリフィックス・メニューのディナーを食べているけれど、 カリフォルニア産と言われてワインを出された人々の方が、ノースダコタ産だと思って飲んでいた人々よりも、 「料理を12%多く食べ、ディナーの時間が長かった」、すなわちそれだけディナーをエンジョイしていたことが明らかになっているのだった。

コート・オブ・マスター・ソムリエのディレクター、ティム・ゲイザーによれば、ワインの味を決めるのは3つの要素で、それはワイン本体に加えて、 味わう人のコンディション、そしてワインを味わうセッティングや背景であるという。
特に彼がワインの味に大きく影響を与えると語っているのが セッティングや背景で、例えば恋人が自分のバースデーを ロマンティックなレストランでのサプライズ・ディナーでお祝いしてくれて、その席でシャンパンをオーダーしてくれれば、それがさほど高いボトルではなくても、 クリスタルやロゼのクリュッグなどに値する味わいになってしまうのは容易に想像が付くところ。
また全く名前を知らないワインでも、「著名なワイン・メーカーが特別な手法でクリエイトしたもので、僅か12ケースしか生産されず、 ロバート・パーカーが98ポイントを付けて、市場に出回っていないワイン」 などと言われて飲めば、 それがウソでも本当でも、ワインの味が 実力以上に美味しく感じられても 全く不思議ではないのだった。

似た様なことは、人間を取り巻く全てのことに言えること。
例えば右手をお湯に、左手を冷水に それぞれつけておいて、その後両手を同じぬるま湯につけると、お湯につけていた右手はそれが冷たく感じられ、 冷水につけていた左手はそれが温かく感じられるもの。
人間のルックスにしても、ビューティー・コンテストの候補者の写真を何十枚も見せられた後だと、男性はアベレージなルックスの女性の写真を見て、 魅力的だという採点は下さないけれど、ルックスが冴えない女性の写真を何十枚も見せられた後の男性は、 アベレージな女性のルックスの評価が高くなることがレポートされているのだった。

すなわち人間の脳というのはコンテキスト(前後関係)や先入観に大きく左右されるもの。
その脳の働きを上手く利用して、比較的安いワインでも 料理とのペアリングやプレゼンテーションで美味しく味わえるようにするのは 非常に賢いこと。 実際、脳のメカニズムさえ理解すれば、人間の味覚、視覚を含む五感は簡単に操作することが出来るので、 ちょっとしたトリックで、苦しさを軽減したり、幸福感を増幅させることが可能なのである。

中には、こうした先入観やコンテキストを使って、自分をリッチに見せたり、高学歴や高キャリアに見せて 得をしている人も居るけれど、味わう瞬間に美味しいと感じられれば十分なワインとは異なり、 人間というのは時間が経てば先入観やコンテキストの威力が色褪せて、 本来の姿が見えてきてしまうもの。
さらにそれにウソが絡むと、周囲は騙されていたという反動からか、本来の姿よりも蔑んで見下すようになるのはありがちなこと。
結局人間の脳というのは、ブラインド・テイスティングで 瞬間的にワインの値段が分からなかったとしても、 長期的な情報収集、分析、判断が行なわれた場合、それほど愚かなものではなく、 そのスピードに差はあっても、やがては皆が正しいジャッジに辿り着くものなのである。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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