June 26 〜 July 1, 2012

” Poison Apple ”

今週金曜日午後に明らかになったのが、ケイティ・ホルムズがトム・クルーズとの離婚の申請を出したというニュース。
この離婚は、トム・クルーズにとって3度目のものになるけれど、ケイティ・ホルムズが結婚5年目にして離婚を決心したといわれるのが、 トム・クルーズが信仰するサイエントロジーの影響が娘、スリに及ぶことを心配してとのこと。 サイエントロジーでは、子供が一定の年齢に達すると、その信者としての役割を強化することが伝えられており、 一度は、サイエントロジーに入信したものの、サイエントロジーに批判的であったケイティ・ホルムズが 娘をプロテクトしようとしているというのが一説。
また、一部にはこの結婚は最初から契約結婚だったという説も聞かれているけれど、実際のところ、 最初から 理解に苦しむといわれてきたのが トム・クルーズ&ケイティ・ホルムズの結婚なのだった。

ところで、今週は最高裁で大きな判決が2つ下されたけれど、その1つはアリゾナ州の移民法を合憲とするかについての判決。 これは、警官が不法移民と思しき人物を見つけた際、罪を犯したり、挙動不審でなくても 職務質問をする権利を与える等を 盛り込んだ法律であったけれど、 最高裁の判決は、罪を犯して逮捕した容疑者のみ、警官が不法移民であるかのステータスをチェックする権利が与えられるに止まっているのだった。
でも、それよりも全米の注目を集めたと同時に、物議を醸しているのが、オバマ大統領が掲げた健康保険案を、 最高裁が合憲であるという判決を下したこと。
オバマ大統領の保険案は、国民が健康保険の購入を義務付けられており、購入しない場合、ペナルティを科すというものであるけれど、 最高裁で審議されていたのは、政府が特定のプロダクト、この場合、健康保険を国民に強制的に購入させることが、合衆国憲法で保障された国民の”自由” を侵さないかという点。 全米の何州もが、”オバマ・ケア” と呼ばれるこの健康保険案を 違憲だとして、その覆しを望んでいたけれど、 下された判決は オバマ・ケアを支持するもので、国民は健康保険を購入しなければならず、購入しない者には 国が税金という形でペナルティを科すことが出来るという結果に なっているのだった。

オバマ大統領の健康保険案が施行されるのは2014年からなので、まだ国民には実感が湧かないだけでなく、一体それによって保険料がいくらになるのか? そして高齢者を対象とした健康保険である メディケアがどうなるのかなど、不透明な部分があまりに多いのが実情であるけれど、 アンケート調査によれば、この判決を支持する国民は僅か28%。 というのも、”オバマ・ケア”では、既に持病がある人々でも平等に保険を購入できるのに加えて、治療費に上限を設けないというシステム。 したがって、治療費が嵩む持病を既に持つ人々にとっては非常にメリットが大きい保険案と言えるけれど、 これが意味するのは、医療費が膨大になるということ。それをカバーするために国民全員に保険の購入を義務付けるのがオバマ・ケアであったけれど、 これによって見込まれるのが保険料の値上がり。
社員に健康保険を支給している雇用主、特に中小企業のオーナーは、オバマ・ケアがスタートした場合、どの程度、健康保険料の出費が増えるか、 見通しが立たないため、雇用を増やすことが出来ないことが指摘されているのだった。
この最高裁の判決が出た途端、大統領選挙でオバマ氏と戦う共和党のミット・ロムニーの選挙キャンペーンには、僅か1日で400万ドル以上の寄付が 寄せられているけれど、そのミット・ロムニーはマサチューセッツの州知事時代に、 オバマ・ケア同様に、健康保険の購入を州民に義務付ける保険案を実施してしているのだった。



話は変わって、今年の春先に友人達とブランチをしていた際のこと。ヴェジタリアンの20代の女友達が、「服や化粧品等、プロダクトを買う時は、 それがサステイナブル(エコ・フレンドリー)な生産工程に基づいているかと、チャイルド・レイバー(子供の労働)やスウェットショップ(劣悪な労働環境)で 生産されていないかを考えるようにしている」と 誇らしげに言ったところ、 それを聞いたシニカルな男友達が 「だったら、先ずはそのアイフォンとアイパッドから使うのを止めたら」と、彼女の最も高額な所持品に釘を差すコメントをしたため、 彼女はグーの音も出なくなってしまったのだった。
男友達がそんなコメントをしたのは、その2週間ほど前に ニューヨーク・タイムズ紙第一面に 掲載されたアップル製品の中国生産工場の記事を読んでのことで、 この記事は 私も読んでショックを受けていたので、彼がそういうのも非常に納得できてしまったのだった。 同記事、及びその関連報道によれば、アップルのアイフォン、アイパッドを生産している中国の工場は、極めて劣悪な労働条件で、時給は1ドル87セント(約150円)。 世界的に高まるアイフォンやアイパッドの需要に追い付くために、長時間労働に加えて、10日以上休み無しの状態が珍しくない 激務を労働者に強いているという。 昨年には仕事を苦にして 工場内で飛び降り自殺をする労働者が相次ぎ、工場側は労働条件を改善するのではなく、ネットを張って自殺者を防ぐ措置を取ったという。

もちろんアップルはこうした劣悪な労働環境の工場を直接経営している訳ではなく、工場を経営しているのはFoxconn / フォックスコンという、120万人の労働者を擁する 中国で最大規模のプライベート・セクター企業。アップルはフォックスコンに商品を発注しているだけではあるけれど、 だからと言ってアップルが責められないかと言えば、それは大きな間違い。
2010年には、アイフォンのスクリーンを毒性の強い薬品で洗浄する作業によって137人の負傷者が出ており、 2011年には アイパッドの生産工場2軒で爆発事故が発生。4人の死者と77人の負傷者を出しているけれど、 アップル社は事前にこうした事故が起こる可能性の警告を受けておきながら、 その状況を野放しにしているのだった。
しかも、ニューヨーク・タイムズの記事を締めくくっていたアップルの現職のエグゼクティブのコメントというのが、 「中国の工場はアメリカのスタンダードに比べれば 厳しいと思われる条件」であるものの、「消費者は中国の労働条件より、新しいアイフォンがどんどん 生産されることに関心がある」というもの。
ニューヨーク・タイムズ紙は、絶大な影響力を持つメディアであるだけに、この1週間後には16万2000人、1ヵ月後には25万人以上の人々が アップルに対して、中国の生産工場での労働条件を改善するよう求める嘆願書にサインしたことが伝えられているのだった。


私が このブランチのエピソードとニューヨーク・タイムズの記事のことを思い出したのは、先週日曜、6月24日付けのニューヨーク・タイムズ紙第一面に掲載された アップル・ストアのスタッフの給与の記事を読んだため。
アメリカでは時代によって ”トレンディなブルーカラー” というものが存在していて、90年代半ばはギャップの店員。 2000年に入ってからはスターバックスのバリスタがそれであったけれど、現在はと言えばアップル・ストアのスタッフなのだった。
そのアップル・ストアのスタッフは、販売職でありながら大卒者ばかり。 店舗数が増える前は、スタンフォード大学に入学するよりもアップル・ストアのスタッフになる方が 難しいと言われたほどの人気職で、失業率がアップする以前でも、採用を告げられて涙する人々は珍しくなかったという。 そんなアップル・ストアのスタッフになる人々は、スティーブ・ジョブスを尊敬し、アップルという企業に惚れ込んで、 マックを愛用し、アップルに対するロイヤルティが極めて高いケースが殆ど。 一生を捧げるに相応しい仕事 と思ってスタッフになる人も多いという。

そのアップル・ストアは、2011年に全世界中で、160億ドル(約1兆2800億円)のセールスを上げていて、 売り場面積1スクエア・フィート(約0.09平方メートル)当たりの年間売り上げは、全米最高額の5647ドル。2位のティファニー(3085ドル)を 大きく引き離しているのだった。
ところが、アップルのスタッフの平均的な時給は 11.91ドル。これに対してティファニーは15.6ドル+コミッション。すなわち自分の売り上げの%が受け取れるというシステム。 アップルでは、「コミッション制を取り入れると、顧客が必要としているプロダクトよりも、価格が高いプロダクトを売ろうとする 傾向が高まって、企業ポリシーに反する」という大義名分から、コミッション制を取り入れていないのだった。
記事の中に紹介されていたニュー・ハンプシャー州のアップル・ストアのスタッフは、昨年の10月〜12月の3ヶ月で、 75万ドル(約6000万円)の商品を1人で販売したというけれど、彼の給与は時給11ドル25セント。 ボーナスも無く、このスタッフは「自分はアップルのファンで、ストアの売り上げが上がるのは嬉しいけれど、 会社の儲けと自分の給与を比べると、複雑な心境だ」とコメントしているのだった。
実際、時給だけを比較してもヨガ・ウェアで知られるルルレモンの販売スタッフは、大卒の必要などなく、平均時給が12ドル。 ウェアハウス・クラブの大手、コストコのレジのスタッフも高学歴など必要無くして、平均時給が13.87ドルになっているのだった。



アップル社はアメリカ国内で4万3000人を雇用し、その3分の2以上の 3万人がアップルストアで働いているというけれど、 アップル・ストアの 多くのスタッフの年収は、2万5000ドル(約200万円)程度という 低賃金。
社員のメリットとしては401K、健康保険、アップル株が購入できること、そしてアップル社製品のディスカウントなどがあるけれど、 昨年1年間に、アップル・ストアのスタッフがもたらしている売り上げは1人当たり 47万3000ドル。 それと比較すると、2万5000ドルの年収はあまりに少ないと言わなければならないのだった。
この年収は、ジニアスと呼ばれるテクニシャンになると若干アップして、4万ドル(約320万円)。 でも同じアイフォンを販売するストアでも、AT&Tやヴェライゾンといった電話会社の小売店で働いた場合、テクニシャンでなくても 売り上げのコミッションが付くので、その年収の平均は5万〜6万ドル(約400〜480万円)。 中には10万ドル(約800万円)の年収を稼ぐスタッフも居るという。

仕事内容にしてもアップル・ストアはかなりの激務で、 テクニシャンは 「コンピューターの問題は カストマー1人当たり15分、 それ以外のプロダクトは10分しか時間を掛けないように」 という 指示を受けていて、一度に3人のカストマーと対応することも珍しくない状況。
また欠勤のポイント・システムが導入されていて、これは欠勤1回で1ポイントの加点。90日間に4ポイントが溜まると たとえ医師の診断書があって、病欠であることを証明しても、解雇の対象になるのだった。
それだけ スタッフが ハードに働いて 売り上げを伸ばしても、ボーナスが出ないのは前述の通りだけれど、 企業として何らかの報酬をスタッフに与えるのは筋。 そこで、アップルが2010年のクリスマスにストアのスタッフに支給したのが フリースのブランケットと、保温マグカップ。これらは アイポッドやアイフォンの生産同様、中国で作らせればどちらも2ドル以下のコストなのだった。
さらに元スタッフの証言では、四半期ごとに行なわれるスタッフ・ミーティングの際、「売り上げ大幅アップのねぎらいのサプライズがある」というので、 多くのスタッフが アイパッドがプレゼントされるものと 期待していたところ、そのサプライズとは 「タコスが2切れだった」 というケチぶりなのだった。

そんなアップル・ストアのスタッフ入れ替わりのサイクルは、平均で2年半。
どうして2年半もそんな低賃金と悪待遇で働くのかといえば、先述のようにアップル・ストアで働く人々は、 アップルで働くことを夢見てきたケースが多いのに加えて、アップル側が 入社研修の際に、 「仕事を通じて プロダクトを売る以上の社会貢献をしている。それは人々をプロダクトを通じて幸せにすること。」 と、スティーブ・ジョブスのビジョンを用いて、まだ若くピュアなスタッフを洗脳していることが指摘されているのだった。

実際、アップル・ストアで働くのは20代の若いスタッフが殆どで、もちろん若い世代の方がテクノロジーに精通しているということもあるけれど、 この世代は、未婚で子供も居ないので、安い給与でも生活していけるのに加えて、企業側にとっては健康保険で家族をカバーする必要が無いので、 保険料が安くなるというメリットをもたらしているという。
そんな若く、アップルに忠誠心を持って働くスタッフが、2年半後に辞めることになるのは、低賃金もさることながら、 仕事を続けても キャリアにはならないため。 もちろん、アップルで働いたという経験は履歴書の上ではプラスにはなるけれど、そのままアップル・ストアで働き続けても、 給与もポジションもアップしないのが通常で、中には仕事のストレスが原因で身体を壊して辞めるケースも多いという。

もちろんアップル・ストアのスタッフは、年収3420ドル(約27万3600円)で、毒性の高いケミカルを使ってアイフォンを生産する中国の工場労働者に比べれば 遥かにマシであるけれど、工場労働者がフォックスコンの社員なのに対して、アップル・ストアのスタッフはれっきとしたアップルの社員。
どうして企業が多額の利益を出しているのに、それが社員に還元されず、エグゼクティブはかりが何百億円もの資産を築くのか、私には理解出来ないのだった。


いずれにしても、これだけ安い賃金でプロダクトを生産させて、安い賃金で その販売やカストマー・サーヴィスをしていれば、利益が伸びるのは当然といえば当然で、 アップル社は、2011年の第4四半期だけで、463億ドル(約3兆7040億ドル)を売り上げを、その利益は同社の四半期の最高記録である 131億ドル(約1兆500億円)に達しているのだった。
企業が利益を上げれば、税金を支払うのは当然。 今やアメリカ政府よりもキャッシュが多いアップル社であるだけに、さぞや多額の税金を支払っていると思いきや、 同社が支払っている法人税はゼロ。 アップルというとシリコン・ヴァレーに本拠地を構えて、カリフォルニアで税金の申告をしている企業だと思われがちであるけれど、 実際には、法人税ゼロのネヴァダ州に小さなオフィスを構えて、そこで税金の申告を行なっているのだった。
この他にもアップルは、デジタル・グッズやパテント(特許)の売り上げや収入を、 アイルランドやオランダ、リュクセンブールなど税金が安い国にシフトすることによって 合法的な税金逃れをしており、その税金のレートは S&P500社の平均の3分の2程度に抑えられているのだった。

アップルというと、誰もがスティーブ・ジョブスを頭に描いて、彼のビジョンや、クリエイティビティをそのまま企業イメージに シフトする傾向にあるけれど、実際に企業としてやっていることは、エクソン・モービルのような利益追求型と替わらないもの。
でも私がアップル・ストアの記事で最も不信感を覚えたのは、企業側が意図的にスタッフに 「アップルの仕事を通じて、人々を幸せにしている」という 高い志を与えて、そのピュアなモチベーションや遣り甲斐意識を、低賃金でハードワークをこなさせるために利用しているという点。
とは言っても、散々こき使われて、時に身体まで壊して 仕事を辞めたスタッフでも、そもそもアップルという会社が好きで働き始めているので、 会社やプロダクトを嫌いになるというケースはさほど多くはないようで、それは、 中国の生産工場での劣悪な労働条件が報じられても、アップル製品の非買運動が起こらないのと同様。
このように、悪い評判がビジネスに影響しないことを、アメリカでは時に 「悪評がくっつかない」という意味をこめて ”テフロン”と呼ぶけれど、 その意味で、アップルという企業は ”筋金入りのテフロン” だと思うのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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