July 4 〜 July 10 2011

” Casey Anthony Verdict ”

今週末のアメリカには、デューク&ダッチス・オブ・ケンブリッジこと、プリンス・ウィリアム&キャスリン夫人が カナダ訪問の後、短い日程で訪れていたけれど、メディアが大騒ぎをするかと思いきや、ニューヨークでの報道は至って大人しいもの。
2人の滞在中のメイン・イベントは土曜にハリウッドのセレブリティを始めとする、ゲスト250人を招いてのパーティーであったけれど、 翌日、日曜のニューヨークの新聞各紙が第一面で伝えたのは、 それよりも 土曜にヤンキー・スタジアムで3000本安打を達成したデレク・ジーターのニュース。 この日 5打数5安打、ホームランで3000本安打を達成したジーターは、メジャーリーグ上28人目の3000本安打。 しかも、ヤンキーズの一員として記録を達成したのは彼が初めて。
1チームのみの所属、すなわちプレーヤーがトレードされることなく、この記録を達成したのは 史上11人目の快挙なのだった。



でも、今週のアメリカで最大の報道となっていたのは、2歳になる娘を殺害した罪で裁判になっていた、フロリダ州オーランドの25歳の母親、ケイシー・アンソニーが、 多くのアメリカ国民の予想を覆して、無罪の判決を受けたというニュース。
この裁判は、90年代に全米の注目の的となったO.J. シンプソン裁判と比較されるほど、メディアと人々の関心を集めていたもので、 同裁判をフォローしていたケーブル局は、軒並み高視聴率を獲得。 裁判所では、連日のように人々が傍聴券を手に入れるために、 行列をしていただけでなく、それを争って 奪い合う姿さえ見られていたのだった。
その判決言い渡しの瞬間には、全米のTV総視聴者の91%が その様子を見守ったとも言われているけれど、 O.J. シンプソン裁判同様、無罪判決は アメリカ中に大ショックを与えたと同時に、 裁判所の周りでは、抗議デモが行なわれたほど。 判決を報じたメディアでも、専門家がそれをめぐって議論を戦わせたのもちろん、 デミー・ムーア、アシュトン・クッチャー、キム・カダーシアン、ジェイソン・ビッグス等、多くのセレブリティが この判決を不服とするメッセージをツイッターで発信。一般の人々もフェイスブック、ツイッターでその判決に対する怒りを露わにしており、 タイム誌は、同裁判を「ソーシャル・メディア時代最大の裁判」とさえ呼んでいたのだった。

事件と裁判の概要を説明すると、2008年6月16日、被告人ケイシー・マリー・アンソニーは、当時2歳になる娘、ケイリー・マリー・アンソニー(写真右)を連れて 実家を出たまま戻らず、その後、 ケイシーの母親が再三に渡って 「ケイリーに会いたい」と言ったにも関わらず、「仕事で忙しい」、 「子供はナニー(子供の世話役)に預けてある」と言い訳をして断り続けていたという。
7月15日になって、ケイシーの両親は レッカーされた娘の車を取りに来るようにという手紙を受け取り、父親であるジョージ・アンソニーが 車を引き取りに出掛けたところ、トランクから死体が腐ったような悪臭がしたという。でも開けてみると 中身はゴミだけで死体は無く、 後の捜査で、トランクからはクロロフォルムが検出されているのだった。
孫娘に何かが起こったと危惧した両親は、7月15日にケイリーの行方不明を警察にレポート。 同じ警察への通報の際、母親であるケイシー・アンソニーは、娘が過去31日間 行方不明であったことをオペレーターに語ったことが伝えられているのだった。

警察の事情聴取を受けたケイシー・アンソニーは、娘がナニーである、ゼナイダ・フェルナンデス・ゴンザレスに誘拐されたと語り、 自分自身はユニヴァーサル・スタジオで働いていると証言。しかし、それはどちらもウソで、当初 捜査官はゼナイダ・フェルナンデス・ゴンザレスという人物を 探し出すことさえ出来なかったという。 後に彼女の実在は確認されたものの、ゼナイダ・フェルナンデス・ゴンザレスはケイシーともケイリーとも、 全く面識がない状態なのであった。
またケイシーは、娘の行方不明を通報した翌日、7月16日に 自分が働くオフィスを捜査するために、捜査官に連れられてユニヴァーサル・スタジオを訪れているけれど、 彼女は捜査官を散々連れまわした挙句、自分が数年前に同スタジオをクビにされており、その後もずっと両親や周囲に、 自分がまだそこで働いているとウソをつき続けてきたことを明らかにしたのだった。

ケイシーはこの日のうちに、虚偽の証言をしたこと、警察の捜査妨害、子供の世話を放棄した罪で逮捕。しかし、2008年8月21日には保釈金が 支払われて出所。しかし、ケイシーは友人のクレジット・カードを勝手に使い、小切手を偽造した罪で、約1週間後の8月29日に再び刑務所に戻っているのだった。
その後も行方不明のケイリーの捜索は続き、2008年12月11日になって発見されたのがビニール袋に入った白骨化した死骸の一部。 その頭蓋骨の口の部分にはダクト・テープが貼られていたという。その4日後には更なる死骸の一部が同じエリアから見つかったことが報じられ、 12月19日に法医学の専門家が、死骸がケイリーのものであることを正式に確認。 しかし、死体は既に白骨化されていたために、その死因は最後まで分からないままとなったのだった。

ケイシー・アンソニーが2ヶ月間で3度目の逮捕をされたのは、死骸が発見される前の2008年9月15日のこと。 そして、約1ヶ月後の10月14日に、第一級殺人と、悪質な児童虐待、故殺罪(殺意なくして不法に人を殺害した罪)で訴追されることになったのだった。
その後、ケイリーの死骸が入っていたのと同じビニール・バッグ、および頭蓋骨に張り付いていたものと同じダクト・テープ、それもあまり一般に売られていないブランドのテープが ケイシー・アンソニーの家から発見され、彼女が自らのパソコンで、「クロロフォルムの作り方」、「首の骨折」、「死亡」といったキーワードを グーグルで検索していたことが明らかになったほか、ケイシー・アンソニーがケイリーを連れて実家を出た5日後の、6月21日の日付で、 「決して後悔していない、少し心配したけれど、全てが上手く行っている。私は正しい判断を下したと思う。これからの未来がどんな風であるか、もうすぐ分かるはず。 過去何年かで今が一番幸せ。私は新しい友達を作って、良い人間関係に囲まれている。 これで私はついにハッピーになれる」といった内容の日記を書いていたことが公開されたのだった。
裁判で、弁護側はこの日記が2003年にケイシーがケイリーを出産する前に書いたものと反論したけれど、 この日記帳自体は2004年まで市場に出回っていない商品なのだった。


裁判は、今年5月9日にスタートしたけれど、それから結審までの約2ヶ月間、100人を超える証人が 証言台に登場。 しかし、被告人であるケイシー・アンソニーが証言台に立つことは無いままに終わったのだった。
弁護側は、ケイシー・アンソニーが 警察の捜査官であった父親から 幼い頃に性的虐待を受けたこと、、ケイシーの兄、リー・アンソニーも 彼女を性的に虐待したとして、 リー・アンソニーについては、ケイリーの父親であるという説を展開。しかし、弁護側はどちらの虐待も立証する事無く 終わっているのだった。
弁護側は、アンソニー家の家族全体が問題を抱えていたこと、ウソや秘密で真実を覆い隠すのを常とする父親の職業もあって、 ケイシーがウソをつくことを常套手段として生きてきたことを強調。
だからといって、彼女が娘を殺害した殺人犯ではないと訴え、ケイリーは自宅プールであくまでアクシデントで溺死し、 パニックに陥ったケイシーと、捜査官としての経験がある父親、ジョージ・アンソニーがその事実を隠そうとしただけという理論を展開したのだった。

一方、第一級殺人罪、故殺剤を含む3つの重犯罪と4つの偽証罪で、死刑を求刑していた検察側は、 様々な状況証拠に加えて、死体が腐敗したと思しき悪臭を鑑定するなど、最新のテクノロジーを用いた証拠を提示。 加えて、「本当に事故でケイリーが溺死したのであれば、ダクト・テープで口をふさいで、殺人と見せかける必要は無い」こと、 母親でありながら31日間も娘の死を放置してきたことに対する疑問を強調したのだった。
でも陪審員にとって、無罪の判決を下さざるを得ない要因となったのは、弁護側が主張した「Burden of Proof」、すなわち 検察側が殺人罪で訴追しておきながら、死因、殺害方法を確定できないという重荷を背負っているということ。 後に、メディアのインタビューに応えた陪審員の1人は、まさにそのことがケイシー・アンソニーをどんなに疑っても、有罪に出来なかった理由と コメントしていたのだった。

では、どうして陪審員の下した判決に、裁判を見守った世論が猛反発のリアクションを見せたかと言えば、その理由の1つは ケイリーが行方不明になっていたという31日間、ケイシー・アンソニーは、単にその通報を怠っただけでなく、その間、パーティー三昧で遊びまくっていたため。 そして、その彼女の行動が、先述の日記の内容を裏付けていると見る声は多いのだった。
また、裁判を見守る彼女の態度が、O.J.シンプソン同様に、時にリラックスしたり、真剣な顔をしたかと思うと、 笑みを浮かべるなど、我が子殺害の罪に問われた母親とは思えないものであること。 そして、ウソに次ぐウソの証言で、警察の捜査を翻弄したことで、そもそもウソという行為に対して厳しいジャッジを下すアメリカ社会では、 彼女が世論の支持を得られるはずは無いのだった。

今回の判決を受けて、世論の怒りはケイシー・アンソニー本人はもちろんのこと、その無罪判決を下した陪審員にも向けられており、 ケイシー、及び陪審員を殺害するという脅迫が何件も寄せられているとのこと。 また、そこまで行かなくても「陪審員の来店を拒否する」というレストランなどが登場しているのだった。
結局、ケイシー・アンソニーは殺人罪などの重犯罪では無罪になったものの、4つの偽証罪では有罪となっており、 それぞれに対して、最高の1年の刑期と1000ドルの罰金が言い渡されたのが、今週木曜日、判決の2日後のこと。
しかし、ケイシー・アンソニーは既に900日以上を刑務所で過ごしている上に、その服役態度が良いということで、刑期が85%に軽減され、 別件による逮捕の服役期間が刑期から差し引かれるため、7月17日、日曜日に晴れて自由の身になることが報じられているのだった。

もし、ケイシー・アンソニーが殺人罪で有罪であった場合、彼女にはそのストーリーを著書として出版するなどして利益を上げることは法律で禁じられるけれど、 彼女は無罪であるため、有料でメディアのインタビューに応じること、自叙伝、告白本の出版や、そのストーリーのTV化、 映画化で利益を上げる権利は認められているのだった。
このため、判決を不服とする人々の間では 「彼女のインタビューが放映されても見ないように」といった呼びかけが既に聞かれているけれど、 フロリダ州、オレンジカウンティでは、ケイシー・アンソニーがウソをついたことがきっかけで、掛った捜査費用、及び裁判費用、約4億円を 取り戻すための手続きを行なうとしており、たとえケイシー・アンソニーが今回の事件を使って多額の収入を得たとしても、 それが州によって没収されることは ほぼ確実と言われているのだった。
既に彼女のところには、アダルト映画会社から出演依頼が寄せられたというけれど、その会社は直ぐにオファーを取り下げており、 その理由として、彼女が人々の興味よりも、反感をそそる存在であることを挙げているのだった。


私は、かねてからアメリカの陪審員制度では、正当なジャスティスは下せないと考えてきただけに、 今回の判決はショックではあったものの、「やっぱり」という部分も大きかったのだった。
そもそも法の専門家ではない陪審員というのは、先入観が強い場合が多く、しかもシンプルでインパクトが強い証拠やセオリーに あっさり動かされて、後にどんな証拠が出てこようと、それに固執するもの。また、被告人がO.J.シンプソンのようなセレブリティであったり、 以前このコラムで書いた、NYPDの警官のような特殊な職業であった場合、そのセレブリティ・ステイタスや職業ステイタスが 被告人の信頼性に大きく寄与するケースが多く、さらに死刑が求刑されていた場合には、よほどの証拠が揃っていない限りは、 有罪判決に必要以上に慎重になるのが常。
私は、今回のケースでは死因が明らかに出来ないだけに、死刑の求刑には無理があると思っていたけれど、 それでも、陪審員が弁護側の言い分を真に受けて「死因が確定できなければ、殺人罪は問えない」と考えるのは浅はかだと思うのだった。
もし、被害者が35歳の男性というのであれば そのセオリーがまかり通っても不思議ではないけれど、今回の事件では2歳の幼い女の子の話をしている訳で、 2歳児というのは、母親が31日も面倒を見なかったら、誰か他に面倒を見る人が現れなければ、脱水症状や飢餓、病気など 何らかの理由で死亡してしまうのは当然のシナリオ。なので、死因が何であったとしても母親の行動や言動から判断して、英語でマンスローターと呼ばれる 故殺罪が問えないのは不思議だと思えるのだった。
また、100歩譲って弁護側が主張する通り、溺死事故であった場合、2歳児をプールに落ちる危険がある状況に 放置するのは、アメリカにおいては罪に問われて当然のこと。 さらに、死亡事故を隠すための死体遺棄、通報までの31日間のケイシー・アンソニーのパーティー三昧や、その挙句の行方不明の通報とその後のウソによる 捜査の翻弄が、単なる4つの偽証罪で片付けられるというのは、あまりに筋が通らないというのが私の考えなのだった。

週が明けると、今度は 元ヤンキーズのピッチャー、ロジャー・クレメンズが ステロイド疑惑について下院の聴聞会で ウソの証言を行なった罪を問う 裁判が行なわれることになっているけれど、有罪となればクレメンズには3年程度の懲役刑が科せられる上に、 殿堂入りが危ぶまれると言われているのだった。
その証人としては、メジャー・リーグのスーパースターでステロイド使用で名前が挙がっているバリー・ボンズやマーク・マグワイアなどが 見込まれているけれど、今回のケイシー・アンソニーの判決を受けて、「クレメンズの裁判はやるだけお金の無駄」という 意見も聞かれているという。
実際、裁判の費用を負担しているのは税金。そして陪審員制度というのは 法律の素人である陪審員に状況や証拠の正当性を理解させるために、余分な費用と時間を取られる上に、 今回のケイシー・アンソニーの裁判のようにメディアが騒ぎ立てているケースでは、 陪審員と予備の陪審員(陪審員が職務を遂行できなかった場合のバックアップ)が メディアや世論の影響を受けないように、 裁判期間中、ホテルなどに隔離しなければならず、 それに多額の費用を要するのだった。

逆に罪を犯したセレブリティにとって、陪審員制度というのは非常に有難いシステム。 陪審員は被告側に選ぶ権利があるだけに、自分に有利な陪審員を選んで、彼らを説得すれば良いわけで、 それは法の専門家を欺くよりはるかに簡単なことなのだった。
今回のケーシー・アンソニーの裁判にしても、弁護側は彼女の無罪を証明する必要はなく、 有罪が立証できないことだけを陪審員に訴えてきた訳で、 法の専門家の多くが 「有罪にするのに十分な状況証拠が揃っている」と指摘していたにも関わらず、 「状況証拠では殺人は立証できない」という人気番組「CSI」のセオリーを使った弁護で、 勝利を勝ち取ってしまったのである。

そう考えるにつけて、陪審員制度というものには一体どんなメリットがあるのか、 益々 分からなくなってくるけれど、その司法システムを信じていないだけに、「この国で裁判に巻き込まれるような事態だけは 絶対に避けなければ」、というのが私の偽らざる気持ちなのである。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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