July 2 〜 July 8, 2012

” Closet Obesity ”

今週のアメリカは水曜が建国記念日のホリデイだったので、その前後の週末を使って休暇を取る人々や、 前後の週末から週末までを休暇に当てる人々が多く、夏のヴァケーション・シーズンの到来という印象の1週間。 なので、メディアでも特に大きなニュースはなく、エンターテイメント・メディアの報道では、 離婚を申請したトム・クルーズ&ケイティ・ホルムズが最も大きく報じられていたニュース。
この離婚問題にはトム・クルーズが信仰するサイエントロジーというカルト扱いされている宗教が絡むだけに、 トム、ケイティの同行に加えてサイエントロジーの動きが報じられるという不思議な離婚 報道になっていたのだった。


ところで、先日友人の子供と「大きくなったら何になりたいか?」という話をしていた際、その子が「デザイナー」と言ったので、 「何のデザイナーになってもいいけれど、ファッション・デザイナーは止めておいた方がいいかも・・・」と、思わず言ってしまったのだった。
私がこういったのは、ファッション、特に女性ものの服飾業界は、今や飽和状態どころか、徐々に衰退の一途を辿っていて、 将来性が無い業界のワースト10にランクされているため。 加えて、ファッション・デザイナーという職業にフォーカスした場合、 労働省の調べでは 2010年の時点でアメリカ国内には、ファッション・デザイナーを職業とする人々が2万1500人存在しているというけれど、 そのうち企業に勤めてデザインをしているのはわずか28%で、残りは自営業、もしくは自称デザイナーというレベルの人々。
その平均年収は、税引き前で6万4530ドル(約516万円)と、決して高収入とは言い難い仕事。 しかも労働省によれば 2010〜2020年の10年間で、同業種の年収、及び雇用規模の伸びは”ゼロ” と見積もられているのだった。



アメリカのファッション業界全体を見ても、1997年から2007年までの10年間に 失われた仕事の数は生産分野を中心に何と65万職で、その雇用数は下降線を辿る一方。 この状況を受けて、1990年にはアメリカで販売されるアパレルの50%が国内生産であったのに対し、今やその割合は3%にまで落ち込んでいるのだった。
これはファッションの生産業が国外に流出してしまったことを意味するけれど、それもそのはずで、 中国の工場労働者の最低賃金は今現在でも 月に150ドル(約1万2000円)。これがバングラディシュになると1ヶ月の最低賃金は 43ドル(約3450円)という考えられない低賃金。 今やアメリカ国内で販売されている41%のアパレルと85%のシューズがメイド・イン・チャイナであるけれど、そうなる理由が 容易に理解できるのだった。

でも生産こそは海外で行なわれても、アメリカのファッション・ビジネス自体は大きくなっていて、今から50年前、1962年には 米国ファッション業界全体の売り上げが120億ドル(約9兆6000億円)であったのに対し、 2011年には ザ・ギャップ 1社だけで、世界中の売り上げが40億ドル(約1兆1200億円)に達しているのだった。
この数字の拡大には、もちろん物価上昇が寄与しているのは言うまでもないけれど、ファッション業界が過去半世紀で、 急速に売り上げを伸ばした要因は、一般の人々が所有する服の数が増えたこと。そして、デザイナー・ブランドの登場により、 単価が 非常に高い服が登場したため。
前者について言えば、今から83年前の1929年には、アメリカのミドル・クラスの男性が所有していた服の数はわずか6枚。女性は9枚。 ところが、今ではアメリカ人が1年に購入する衣類の数だけでも平均で何と64枚。
ここまで聞くと、どうしてファッション業界に将来性が無いのか?と首を傾げる人々も多いと思うけれど、 現代のアメリカ人は年間64枚もの衣類を購入しておきながら、その購入に使っている金額は平均1700ドル。 収入に対する 衣類の出費の割合は、史上最低に落ち込んでいるのだった。
これが意味するのは、今や多くのアメリカ人が安物のアパレルでクローゼットを満タンにしているということ。 1700ドルで64枚の衣類を購入するということは、単純計算で1枚の服のお値段は26.60ドル。
これはかなり安い価格に思えるけれど、 例えば1984年に韓国人カップルがスタートしたグローバル・アパレル・チェーンで、 日本にも進出しているフォーエヴァー21などは、2010年に生産されたプロダクトの平均価格は15.34ドル。 このお値段なら、1年に100枚を購入したとしても、1700ドルでお釣りが来るのだった。


実際、フォーエヴァー21や同じく安価なアパレルで知られるH&Mには、スターバックスのラテよりも安い服が店頭に並んでいたりするけれど、 安価な服の問題と言えるのは、直ぐに飽きてしまうのに加えて、素材と縫製が悪いので、洗濯などで型崩れをおこしたり、縫い目がほつれるなどして 簡単に痛むこと。
また安価な分、有害物質を含む染料を用いている素材も多く、これらを着用することは直接人体には影響しなくても、 確実に環境を悪化させているのは事実。その悪化は昨今の劣悪クォリティのアパレルの生産増加でさらに拍車が掛っていることが伝えられているのだった。
では、大手のグローバル・アパレル・チェーンが一体どれだけの衣類を生産しているかといえば、 数字が古いけれど、2004年の時点でH&Mが生産していた衣類の数は 年間5億枚で、もちろん今はそれを遥かに上回る量。 H&Mよりも規模が劣るフォーエヴァー21が2009年の1年間に契約工場に発注した製品の数は1億枚。 グローバル・アパレル・チェーン以外にも、ウォルマート、Kマート、コールズ、ターゲットといった大衆ストアが独自のアパレル・ラインを海外で大量生産させている訳で、 世の中にはそんな過剰生産のチープ・アパレルが余りに余っているのだった。

それを感じさせるのが、昨今のホームレスの服装。
「リセッションが終わった」と表向きに言われるアメリカで、 現在 再び増えているのがホームレスの数。 先週 5番街を歩いていた際も、道に座って物乞いをしているホームレスを2人見かけたけれど、 昨今のホームレスは90年代前半のリセッション時代に比べて遥かに身なりが良いのが実情。 逆に 道を歩く人々の服装が、特に若い層を中心に かなりチープになってきているので、道に座っているとか、地下鉄の中で物乞いをしていなかったら、 彼らがホームレスかどうか分からないほどに、身なりの点ではホームレスと一般人の間に大きな差がなくなっているのだった。
ホームレスの身なりが良くなっている理由は、アパレル企業が大量生産し、売れ残った製品を税金対策で寄付するためで、 もちろん一般の人々も、クローゼットにあって着ない服をサルベーション・アーミーなどの機関を通じて寄付をするのは 一般的なこと。 でも、同じことは90年代にも行なわれていたわけで、どうして今回のリセッションの方がホームレスの身なりが良くなっているかといえば、 寄付を受け取る側が選り好みするほどに、売れ残りのアパレルの数が増えているのがその理由の1つ。
多くの人々は 自分がチャリティに寄付をした服や、アパレル企業が寄付をした売れ残りの衣類が 服が買えないほどに貧しい人々のためになっていると思いこんでいるけれど、 実際には それらは単なるゴミとして処理され、環境問題を悪化させているに過ぎないのだった。

こんなアメリカにおけるチープなアパレルの蔓延がもたらす社会的、環境的弊害を1冊の本に纏めたのがエリザベス・L・クライン著の 「Overdressed / オーバードレスト」。 エリザベス・L・クライン自身も、かつてはH&Mやターゲットの常連であったというけれど、 ある時、自分のクローゼットの中に Tシャツ60枚、タンクトップ34枚、ジーンズ13本を始めとする、354枚もの衣類が詰め込まれていて、 それに殆ど価値が無いことを悟ってから、考えを改め、同書のリサーチを始めたという。
この本にはサブタイトルがついていて、それは「ショッキングリー・ハイ・コスト・オブ・チープ・ファッション」、すなわち、”チープなファッションがもたらすショッキングに高い代償 ” というものであるけれど、この”高い代償”というのは、環境悪化を省みない大量生産、その大量のアパレルを生産国から輸送するために掛る カーボン・フットプリント(温室効果ガス排出量)と燃料、そして国内の衣類生産業とその雇用に与えるダメージに加えて、 人々がそんな安価なアパレルを使い捨て感覚で購入するカルチャーを形成することによる資源の無駄を指しているのだった。



エリザベス・L・クラインは一流デザイナーが、H&Mやターゲット等とのコラボレーションで、チープなラインをクリエイトすることにも批判的で、 こうした企画は、一流ブランドが購入できない消費者に、空虚な満足感を与えているだけというのがその意見。
H&Mだけを例にとっても昨年のヴェルサーチ、その前の年のランヴァン、ジミー・チュー、マシュー・ウィリアムソン、また最新のプロジェクトとしては メゾン・マルタン・マルジェラとのコラボレーションを発表しているけれど、一流ブランドやデザイナー側が、 H&Mの顧客が自分のブランドの正規の製品を買うだけの経済力が無いことを知りつつ、 こうしたチープなコラボレーションに応じるのは それによって ブランドの知名度を高め、フレグランスなど、 安価なライセンス品が売れる効果をもたらすのが1つの理由。加えて 過去の作品の掘りおこし作業だけで、 H&Mから多額のコラボレーション料が受取れることも、デザイナ側のメリットになっているのだった。
この秋にはマノーロ・ブラーニックでさえ、J・クルーとBBパンプスのコラボレーションをしているけれど、 実際に、一流ブランドよりも遥かに 稼いでいるのが大衆アパレルチェーン。 例えば、グッチ、イヴ・サンローラン、ステラ・マッカートニー、アレクサンダー・マックィーン、バレンシアガなどなどを傘下に収めるPPRの CEO、フランソワ・アンリ・ピノーは、そのファミリーの総資産が約110億ドル(約8800億円)であるけれど、 デザイナー・コピー・アパレルのグローバル・チェーン、Zara/ザラの創設者、アマンシオ・オルテガは、彼1人の 総資産が310億ドル(約2兆4800億円)で、世界第7位の富豪になっているのだった。
でもアマンシオ・デルテガが世界第7位のビリオネアになれるのは、 ザラという企業が1日100万枚以上のアパレルを生産しているため。しかも、ザラのようなグローバル・アパレル・チェーンは安価な 労働賃金の国々で生産を行なうことにより、過去15年間でベーシック・アイテムの生産コストを60%もカットしているのだった。
したがって、クラフトマン・シップや素材にこだわらなければならないラグジュアリーなブランドより、ずっと効率良く稼いでいるのが大衆をターゲットにしたアパレル・チェーン。 もっと具体的に言えば、そのオーナー。
ニューヨークの4つ星レストラン、パー・セのオーナー・シェフである、トーマス・ケラーが 「もしお金儲けがしたいなら、4つ星レストランを経営するよりも、マクドナルドのフランチャイズを経営するべき」と語っていたことがあるけれど、それは ファッションの世界にも言えることなのだった。

前述のエリザベス・L・クラインは、ジャンク・フードならぬ、ジャンク・アパレルのカルチャーにどっぷり浸かっているアメリカの消費者に対して、 20ドルの安物アパレルを買うのを数回控えて、価格が高めで質が良いものを購入するように薦めており、 それによって、結果的にはより長い期間、良いコンディションで着られる素材が良い服を購入することは、お金の節約だけでなく、資源の節約にも繋がることを指摘。 実際のところ、今のアメリカ人のクローゼットは、ファスト・フードやシリアルのような安価なフードを食べて、肥満になってしまったアメリカ社会と 共通点を感じさせるもの。 ジャンク・フードが栄養価が低く、満腹感が長続きしないのと同様、ジャンク・アパレルも素材が悪く、直ぐに飽きてしまうので、 次から次へと新しい服を買い続ける結果になって、クローゼットが肥満体のように膨れ上がっていくのだった。


でも、安い服がどんどん安くなって、世の中に蔓延している反面、高額ブランド物の服が 昨今益々高額になっているのも事実。 世の中からミドル・クラスがどんどん消えているのと同様、ラグジュアリー・アパレルとチープ・アパレルの中間も、減りつつあると言われるのだった。
私自身を考えると、10年近く、もしくはそれ以上着ている服も多いけれど、そういった長く着用しているアイテムはやはり全てブランド物。 以前は 今ほど非常識なお値段では無かった上に、セールを利用して購入するケースが多かったので、 着用した回数と値段を考えた場合、もとを取りまくっているのがこうしたブランド物。 加えて、長く着用している服というのは 自分と相性が良い服で、それを着ていると いつも誉められたり、 何となく気分が引き締まったり、気分が高揚したりするもの。 加えてそうしたアイテムは 素材やシルエットが良く、痩せて見える場合が多いもの。
そんなマジック・パワーの数々は、 どうひいき目に見ても 安価でペラペラのなアパレルには宿っていないように思うのだった。

ところで、エリザベス・L・クラインは ミッシェル・オバマ夫人のファッションに批判的で、それというのも、 オバマ夫人が J・クルー、アン・テイラーなどを着用して、あたかもアメリカン・ファッションをサポートしているかのように振舞っているため。 彼女曰く、ミッシェル・オバマが着用しているのは、アメリカン・ブランドを装った輸入品。 しかもその輸入品のせいで、国内の服飾生産業が絶滅の危機にあるのは前述の通り。
私もこの意見には賛成で、ファースト・レディとしてアメリカン・ファッションを サポートする立場を取っているからには、 「メイド・イン・アメリカ」の服を着用するのが正しい選択だと思うのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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