June 7〜 July 13,  2014

”2 Questions in Sports”
今週のスポーツ報道で浮上した
2つの疑問とその答え!?


私がこのコラムを書いている7月13日に、32カ国が参加し、過去32日間続いたワールドカップが幕を閉じたけれど、 ご承知のように決勝のドイツVSアルゼンチンは ドイツがオーバー・タイムで決勝ゴールを決めて 1-0 の勝利。 1990年以来、通産4度目のワールドカップ・チャンピオンに輝いているのだった。
「終わってみれば、必ずベスト・チームが勝利を収める」と言われるワールドカップは、 今回もまさにその通りの結果と言えたけれど、 ドイツの強さを見せつけたと同時に、今週最大のスポーツ・ニュースになっていたのが、 火曜日に行われた 準決勝、対ブラジル戦での7−1の圧勝ぶり。

でも このニュースはドイツの圧勝よりも、ブラジルの惨敗ぶりが大きく報じられたのが 世界的なメディア傾向。 それほどまでに 酷かったのがブラジルの戦いぶりで、 アメリカのサッカー解説者が ブラジルのナショナル・チームを ”アマチュア” 呼ばわりするという、普通なら耳を疑う状況が繰り広げられていたのがこのマッチ。
実際、アメリカにおける試合放映中には アナウンサーが何度も、「このスコアは間違いではありませんので、チャンネルを替えたり、コンピューター画面をリフレッシュする必要はありません」と、冗談抜きでコメントしていたほど。 さらに解説者は、「ワンサイド・ゲームでつまらないと思うかもしれませんが、ブラジルがこれだけの惨敗を期している歴史的な 瞬間を目撃しているのだから、これをスリリングに捉えるべき」とも語り、視聴率を失わない努力とも取れる 説を展開。 でも確かに サッカー王国ブラジルが、ホーム・フィールドで行われた試合の 最初の29分間に 5ゴールを奪われたというのは、 前代未聞の出来事。
私はワールドカップ全試合を見た訳ではないけれど、終わってみると、試合自体はスリリングでもエキサイティングでも無かったにも関わらず、 この試合のインパクトが最も強烈だったので、恐らく生涯、 同試合のことは忘れないように思うのだった。




その一方で、大接戦だったのが翌日、水曜に行われたもう1つの準決勝、オランダ対アルゼンチン戦。
この試合は、オーバータイムでも決着がつかず、PK戦で、しかも僅か1ゴールで勝敗が決まり、 敗れたオランダ・チームの選手の傷心ぶりと、決勝進出の喜びに沸く アルゼンチンの選手の コントラストが、勝負の世界の厳しさや 残酷さを映し出していたのだった。

そんな正反対の準決勝の結果を受けて、アメリカの複数のメディアで浮上していた疑問が、試合に敗れる場合、 ブラジルのように、相手に全く歯が立たない惨敗で、試合の最中から希望が失せていたような負け方と、 オランダのように、最後の最後まで勝敗が分からない接戦で、実力では負けていなかったのものの、 運で勝敗が決まったような負け方とでは、どちらがベターか?というもの。
これは言ってみれば、「パフォーマンスに悔いは残っても、勝敗に悔しい気持ちを抱くことが無い負け方」 と、「パフォーマンスに悔いは無くても、勝敗を考えると悔しい負け方」に カテゴライズされるけれど、 アメリカでは、大半がオランダの負け方、「すなわち接戦の末、運で勝敗が決まる負け方」の方がベターという意見。 「たとえ、自分が唯一決まらなかったゴールを蹴った本人であっても、オランダの負け方の方が ベター」とさえ言う人もいたのだった。

しかしながら、実際にスポーツの世界では、プロでも、アマチュアでも、 プレーヤーの精神面で 意外に長く影を落とすのが「接戦の末、運で勝敗が決まる負け方」。
実力があるのに何故か勝てない不運なプレーヤーというのは、往々にしてこうした負け方を 精神的に引きずっているものだった。





今日、行われたワールドカップの決勝には、ドイツのアンゲラ・メルケル首相、2018年のワールドカップ、ホスト国であるロシアのプーチン大統領といった 政治家に加えて、ペレ、カカ、デヴィッド・ベッカム、トム・ブレイディといったスポーツ&サッカー関係者、 リアーナ、ミック・ジャガーらのセレブリティも姿を見せていたけれど、 彼らに混じって決勝を観戦していたと言われるのが、NBAプレーヤーのルブロン・ジェームス。
そのルブロン・ジェームスは、今週末にブラジル惨敗と並ぶ大報道をアメリカのスポーツ・メディアにもたらしていた張本人なのだった。

2010年に それまで彼のキャリアを支えてきたオハイオ州クリーブランドと、 そのホームチーム、クリーブランド・キャバリアーズ(通称キャブス)を去って、マイアミ・ヒートに移籍したのがルブロン・ジェームス。 過去4年間に2回 チームをチャンピオンシップに導いた彼は、文句なしに現在 NBAのベスト・プレーヤー。
しかしながら その4年前の移籍の際に、 彼はESPNの特番で自らの移籍チーム(マイアミ・ヒート)を発表し、 それまで自分を英雄としてサポートしてきたクリーブランドのファンの心情を全く顧みない、思い上がったようなコメントで 大顰蹙を買った存在。
以来、彼は殺人容疑者でもなく、ドーピングをした訳でもなく、不倫をした訳でもないにも関わらず、 オスカー・ピストリウスや、ヤンキーズのアレックス・ロドリゲス、ランス・アームストロング、タイガー・ウッズらと並んで、 最も嫌いなアスリートのトップ10に名前を連ねるほど、ヘイターが多いアスリート。 かく言う私も 2010年に、たかだか移籍先を発表するだけのことで、 何十分も時間を割いた ルブロンの自己陶酔型特番を観て以来、それまで特に好きでも、嫌いでもなかった 彼のことが大嫌いになった1人。
クリーブランド・キャバリアーズが、ルブロンの家族や親戚までもをチームで雇って、高給を支払っていた様子や、 地元ファンの彼に対する信仰ぶり(?)を知れば知るほど、 チームを移籍するのは本人の自由とは言え、「もっとマシなやり方があったはず」というのが 私だけでなく、 この状況を知る大半のスポーツファンの意見なのだった。

その彼が、再びフリーエージェントとなったのが現在のNBAのオフ・シーズン。
例によって、彼がどのチームを選ぶかが憶測を呼んでいて、シカゴ・ブルス、LAクリッパーズ等の名前が浮上していたけれど、 それに混じって候補となっていたのが、古巣のクリーブランド・キャブス。 でも多くのスポーツ・クリティックは 彼がマイアミに残留するという予測をしていたのだった。
そんな中、まず今週木曜に噂が流れ、そして金曜に正式発表されたのが ”ルブロン・ジェームスがクリーブランド・キャブスに 復帰する”というニュース。
2010年の特番直後には、ルブロンのユニフォームを燃やして、その怒りを現していた地元のファンは、 今回は打って変わって大歓喜の嵐。 かつてルブロンの移籍を「裏切り行為」と呼んだキャブスのオーナーも ルブロンのカムバックを大喜びで迎えるコメントをし、ツイッター上でもルブロン・ジェームスの”カミング・ホーム”が あっという間にトレンディングになっていたのだった。


さすがに前回の大失敗から学んだとあって、今回のルブロン・ジェームスは プレス・カンファレンスも 特番も行わず、スポーツ・イラストレーテッド誌を通じてエッセーを発表。 その中で「2010年の時点では 自分にとって北オハイオがどれだけ 大切で意義ある場所であるかを自覚してなかった。そこから去ったのは自分の間違いだった。」 と、古巣のファンへの謝罪を展開。
マイアミのファンやチームメイト、チームのオーガニゼーションに対して、過去4年間の感謝を述べた上で、 その間にさまざまなことを学んだ彼が、自分のホームタウンに戻ること、 そして彼同様に、さまざまな分野の有能な人材がオハイオに戻って、ホームタウンを盛り上げて欲しいという スポーツを超えたメッセージも同時にそのエッセーで伝えているのだった。
これを受けて、4年前の彼の「裏切り行為」を批判していたスポーツ・クリティックも、 「この決断によってルブロン・ジェームスは、ヘイターが多いアスリートから、最も愛されるアスリートになるだろう」とさえ 語っていたけれど、確かに今回の彼の決断と、その発表のプロセスは、前回とは打って変わって ”フィールグッド・ストーリー”と言えるもの。
マイアミに残留していたら、絶対に出来なかった彼のイメージ面でのダメージ・コントロール効果は絶大であったと言えるのだった。

この報道と共に、今週メディアで浮上したもう1つの疑問が、 「自分を裏切って去っていった人間が、戻って来たいと言った時に、それを受け入れるか?」というもの。
今週は、クリーブランドの地元ファンにこの質問が向けられていたけれど、 男性も女性も「自分の恋人だったら、受け入れないけれど、ルブロンだったらOK」という答えが 100%。
これがルブロンで無い場合、自分を裏切ったのが元恋人、ビジネス・パートナー、友達であった場合は、 復縁を拒むというのは 多くのアメリカ人のリアクション。 それ以外は、「(復縁の)チャンスは与えるけれど、直ぐには信用しない」という意見が殆ど。

すなわち、実生活における裏切り行為は、スポーツ選手のファンに対する裏切り行為ほど簡単には リバースできないということになるけれど、そもそも人を裏切るという行為は「判断の間違い」 よりも「良心やモラルの欠落」によって起こるもの。 これらが欠落している人は、あまり自分の傍に置かない方が、心穏やかに過ごせることは事実なのである。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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