July 10 〜 July 16




Philadelphia Story



私には歴史上の人物で 尊敬して止まない存在が2人居て、その1人は、以前かなり前にこのコーナーにも書いたことがある通り、ココ・シャネル。 そして もう1人がベンジャミン・フランクリンである。
ココ・シャネルについては、大学時代から伝記を読むなど、日本に居た頃から興味を持っていた人物であるけれど、 ベンジャミン・フランクリンはアメリカに来てからその功績を知った人物で、アメリカに来たばかりの頃は100ドル紙幣に顔が印刷されているので、 歴代の大統領なのかと勘違いしていたくらい、彼については何も知らなかったのである。
ところが、未だCUBE New Yorkのビジネスをスタートする以前、自分のキャリアをどうするべきか迷っていた時に、 ある人に言われたのが、「ベンジャミン・フランクリンのように生きれば、ベンジャミン・フランクリン(100ドル札)が沢山やって来る」という言葉。
そこで、「ベンジャミン・フランクリンとは一体どんな人物なんだろう」と思って調べ始めたのが、 私が彼をドップリ尊敬するようになったきっかけである。

ベンジャミン・フランクリンはアメリカ独立宣言と合衆国憲法の起草者の1人で、アメリカ独立を外交交渉で助けた人物、アメリカ建国に最も功績があった人物というのが、広く一般的に知られる部分である。でもそれ以外にも、電気に興味を持った彼は、凧の実験によって雷が電気であることを立証し、 さらに避雷針を発明。当時の暖炉による火災を恐れた彼は、薪を燃やす量が少ないフランクリン・ストーブを開発する一方で、アメリカ初の消防署を 自らスタートし、火災保険のシステムを作った人物。また馬に乗って嵐を追いかけ、嵐が一定のコースを辿っていることを突き止めた気象学者でもある。
健康志向が強かった彼は、泳ぐという行為を知らない人が多い時代に、自ら水泳を学んで 身体を鍛え、食事にも気を使い、 18世紀の時点で ダイエットとエクササイズで長寿を目指した人物。 実際、彼は当時としては実に長命と言える84歳で生涯を終えている。
印刷業で身を立てた彼は、作家や新聞の発行人としても知られ、当時の字が読めない人々のために、最初に新聞にポリティカル・カートゥーン (政治的な漫画)を取り入れており、彼の印刷知識は、後にアメリカにおける紙幣導入の助けにもなっている。 学問を奨励した彼は、後のペンシルヴァニア大学となった、フィラデルフィア・アカデミーを創立。さらに貧しい人々にも書物に触れる機会を 増やすため、無料で本を貸し出すアメリカ 初の公立図書館を設立。自らの多数の書物をこれに寄贈している。
また目が悪かった彼は、遠くと近くを見るための眼鏡のかけ替えを面倒に思い、2つの眼鏡のレンズをそれぞれ半分にカットし、 1つのフレームにセットすることにより、現在も使われているバイフォーカル(遠近両用レンズ)を生み出している。
音楽を愛した彼は、ヴァイオリン、ハープ、ギターを弾きこなしたが、自らグラス・アーモニカという楽器を考案。この音色に魅了された ベートーヴェンやモーツァルトは、グラス・アーモニカで演奏するための楽曲を作ったとも言われている。
ここに書いたのは、ベンジャミン・フランクリンの発明や功績の一部に過ぎず、彼の84年の生涯が 非常に中身の濃いものであったのは 押して知るべしであるけれど、それも彼が「Time Is Money / 時は金なり」という言葉を語った人物であることを思えば容易に納得が行くというもの。 彼は、時間を有効に使うために、現代で言う 「システム手帳」を自ら考案し、スケジュール管理をしていたことでも知られているのである。

さて、今年は1706年1月6日(グレゴリオ暦1月17日)に生まれたベンジャミン・フランクリンの生誕300年に当たる年。
アメリカのビジネスマンの中には、ベンジャミン・フランクリンの 問題を発明に変えてしまう思考力、その取引と外交のフィロソフィー、 オーガナイズ能力、好奇心、行動力を敬愛すると同時に、彼の生き方から学ぼうとする人々が 現代も非常に多く、 彼に関する多数の書物が出版されているし、それらは長年に渡ってベストセラーとなっているものである。
ベンジャミン・フランクリンはボストンに生まれているものの、彼が社会的に頭角を現し、成功を収めたのはフィラデルフィア。 そして、フィラデルフィアといえば、独立宣言の土地でもあるけれど、このニューヨークからアムトラック(電車)で1時間10〜30分程度の街に、 初めて出掛けることになったのが今週の私である。

「フィラデルフィアに行く」というと、ニューヨークの友人は声を揃えて「何をしに行くの?」と尋ねるほど、ニューヨークに住んでいる人々にとって フィラデルフィアというのは パッとしないイメージの街である。 そして、次に必ず言われるのは 「フィリーズ・サンドウィッチでも食べてきたら?」という コメントであるけれど、このフィリーズ・サンドウィッチというのはイタリアン・ブレッドの間に細かく刻んだステーキ、炒めたオニオン、チーズを 挟んだメガ・カロリー・サンドウィッチのことで、フィラデルフィア名物の食べ物と言ってまず名前が挙がるのが この フィリーズ・チーズ・ステーキ・サンドウィッチである。
でも、昨今ではブッダカン、モリモトといったフィラデルフィアのレストランがニューヨークにも進出して ホットな存在となっており、 レストランがぐんぐんレベルを上げて、洗練されて来ていることが指摘されるのもフィラデルフィアである。
そのフィラデルフィアには、全米最大のコンベンション・センターがあるので、ビジネスのヴィジターが多い街のようだけれど、 今回私が滞在したセンター・シティは、歴史的な建物が残るヒストリック・エリアとビジネス・エリアがコンパクトに纏まった街で、 2日も過ごせば、全体をくまなく回れてしまう感じである。 治安はかなり良いと言えるもので、道もきれいに区画整備がされており、 街を横に走るストリートには、一部の例外を除き、植物の名前がつけられているという。

街の観光名所と言えるのは、独立宣言が行われたインディペンデンス・ホール(独立記念館)と、その中のリヴァティ・べル・センターに 収められている リヴァティ・ベル(自由の鐘:独立宣言が読み上げられた際に鳴らされた鐘)で、週末には長蛇の行列が出来ている。
フィラデルフィア美術館も観光名所であるけれど、ここはワシントンのスミソニアン、ニューヨークのメトロポリタン美術館に次いでアメリカ第3位の 規模を誇るミュージアム。同美術館のポップ・カルチャー的アトラクションと言えるのは、美術館前の「ロッキー・ステップ」と呼ばれる99段の階段で、 これはご存知の通り、映画「ロッキー」で、シルヴェスター・スタローンのジョギング・シーンに登場するもの。 このロッキー・ステップを駆け上がって、ロッキーの真似をしてガッツ・ポーズをする人々は今でも多く、 これを経験するために同エリアをジョギングする旅行者も絶えないという。
かつては階段の上に、ロッキー像が飾られていたというけれど、美術館の「アート」のイメージに合わないことから、数年前に撤去されて、 ロッキー像は今はスポーツ・アリーナ前に移されているとのこと。
「ロッキー」以外にもフィラデルフィアは、ブルース・ウィルス主演の「シックス・センス」、 トム・ハンクスがオスカーを受賞した「フィラデルフィア」等の映画の舞台であり、ブラッド・ピットが出演していた「トゥエルブ・モンキー」、 ニコラス・ケイジ主演の「ナショナル・トレジャー」といった作品も部分的にフィラデルフィアで撮影されているという。

一方、観光名所というにはシンプルであるけれど、フィラデルフィアで忘れてはならないスポットになっているのはLove Park / ラブ・パーク。 ここはロバート・インディアナの有名な「LOVE」の文字のスカルプチャーがある、中央に噴水をフィーチャーした小さな公園で、 「LOVE]の文字の由来は、フィラデルフィアのシティ・ニックネームであるThe City Of Brotherly Love / ザ・シティ・オブ・ブラザリー・ラブ から来ている。このブラザリー・ラブとは兄弟愛のことではなく、アメリカ建国のために戦った 人々の同士愛を指すようだけれど、「何故 ”O” の文字だけが曲がっているのか?」と尋ねられたロバート・インディアナは、 「愛は決して完璧なものではないから」と答えたそうで、実際のところ彼は4回の離婚経験者であるという。

このように観光スポットについて触れると、まるで 私がフィラデルフィアで観光をしてきたように思われてしまうかもしれないけれど、 実は私は大の観光嫌いで、今回唯一通り過ぎるだけでなく、訪ねるという行為をしたのはフランクリン・インスティテュートの中の、 ベンジャミン・フランクリン像(写真一番上右)のみ。
自分の2匹のテディ・ベアにベンジャミンとフランクリンと名前を付けるほど、ベンジャミン・フランクリンのファンである私としては、 このベン・フランクリン像は目と記憶に焼き付けておきたいもので、写真では何度も見ていたものだったけれど、実物には 何とも言えずに感動してしまったし、「この人の100分の1でも賢かったら・・・」などと真剣に考えてしまったのだった。

私が観光を好まないのは、「街の歴史」よりも「街の今」の方に興味があるからで、観光名所よりも 流行っているレストランに 出掛けてローカル(地元の人々)のマン・ウォッチングをしたり、実際に彼らと話して、地元の人間しか知らないような話を聞くのが 私の旅行の楽しみであったりする。
私がフィリーズ(フィラデルフィアの人々)から受けた印象は、先ず物凄くフレンドリーであるということ。 街中を歩いていて、目が合うとニッコリ笑って「Hi」、「Hello」と声を掛けてくるのは、ウエスト・コーストも同様だけれど、 まるで知っている人みたいに声を掛けてくるのにはビックリしてしまったし、ニューヨーカーより扉をホールドしている時間が遥かに長いのである。 これは自分が通った後の扉を押さえて、後続の人が扉を開けずに済むようにしてあげる行為だけれど、 私が5メートルくらい後ろに居ても、扉を開けて待っていてくれるし、ある男性などは自分が扉から出掛けたのをわざわざ戻って、 ドアを引いてくれたのでビックリしてしまった。
ローカルのフレンドリーさは、レストランで食事をしていても感じることで、今回私は3泊の滞在中、何度も1人で食事に出掛けたけれど、 必ずと言って良いほど隣に座っている人達が話しかけてきて、そうでない時はシェフやウェイト・スタッフが代わる代わる話しに来てくれるので、 全く退屈しないどころか、物凄く興味深い体験をしてしまったのだった。

そのレストランは、私が出掛けたところは何処もレベルが高く、特に魚料理が美味しかったのは フィリーズ・サンドウィッチのイメージから かけ離れているだけに、私にとってはサプライズだった。でもその中で、今回の旅行のハイライトと言えたのは、 今フィリーで最もホットなレストランの1つ、ストライプ・バスで食べたバナナ・スプリット。
同レストランは、先述のブッダカンやモリモトを手掛けたレストランター、スティーブン・スターが昨年買い取ったレストランで、 シェフは、レストラン界のオスカー、ジェームス・ビアード・アワードを受賞しているクリストファー・リー。 本当ならここでディナーをしたいところだったけれど、ランチがヘビー過ぎて あまり食欲が無かった私は、 デザートのバナナ・スプリットだけを食べに行くことにしたのである。
バナナ・スプリットはご存知の通り、大衆的なダイナーの定番デザートで、バナナを真ん中から2つに裂いて、 その間にアイスクリームを3スクープのせて、チョコレート・ファッジや生クリーム、ナッツやレインボー・スプリンクルなどの トッピングを掛けて仕上げるもので、フィラデルフィアより物価が高いニューヨークで食べても 6ドル程度がせいぜいのお値段。
ところが、このストライプ・バスのバナナ・スプリットのお値段は その2倍以上の15ドル。 同店のペストリー・シェフ、キャリー・シャヴェンソンが、 シェフ就任後に 先ずクリエイトしたのがこのデザートで、オート・キュジーヌ・ヴァージョンのバナナ・スプリットとのふれ込みだったのである。

このバナナ・スプリットというのは発祥地は知らないけれど、フィラデルフィアには縁のある食べ物で、というのもバナナというフルーツが アメリカに最初に上陸したのがフィラデルフィアで、それはアメリカ建国から100周年目の1876年のこと。 そしてアイスクリームという食べ物がアメリカで最初に作られたのも、フィラデルフィアで、この記念すべき最初のフレーバーは何と イエロー・トマトだったという。
でも、私がストライプ・バスでバナナ・スプリットを食べようと思ったのは、こんな歴史に裏付けられた考えからではなく、ホテルの部屋においてあった ローカル誌に掲載されていた同店のバナナ・スプリットの写真があまりに美味しそうだったから。
そこで、ストライプ・バスに出掛けて バー・エリアでバナナ・スプリットをオーダーして、それが出来るのをワインを飲みながら 待っていることにしたけれど、バナナ・スプリットをオーダーした途端に、私の両側に座っていたローカルのフィリーズが興味を示して 話しかけてきた。そこで彼らと話しながら待っていたところ、持って来られたのが写真右の巨大なトレー。
キャラメライズしたバナナの上に、ハウス・メイドのアイスクリーム3種類(チョコ、ヴァニラ、ストロベリー)、 そして3種類のソース(チョコレート、ラズベリー、キャラメル)と8種類のトッピング(キャンディド・オレンジ、ブランデー・チェリー、チョコレート・ミント、ストロベリー・クルトン、ピーナッツ・バター、Etc.)もハウス・メイドで、好きなものを 好きなだけ 掛けてくれることになっている。
そして、仕上げにたっぷりフレッシュ・クリームをのせた後、ストライプ・バスの「SB」というイニシャルの入った チョコレート・プレートを添えて出来上がりだけれど、これはどう見ても600カロリーくらいありそうな代物。
でも、このデザートがあまりにセンセーショナルだったので、バーエリアに座っている人が 何人もデザートを見にやって来ては 話しかけてくれるので、私が食べようとした時には、アイスクリームが溶け始めている状態だった。
味の方は、まずキャラメライズされたバナナが美味しかったし、トッピングやソースも手が掛かっていた分、味が複雑で面白かったけれど、 やはり一番感心したのは、15ドル出しても後悔させないプレゼンテーション。見に来た人が「このデザートは20ドルには見える!」と 言ってくれたけれど、私も全く同感だったのである。

このバナナ・スプリットに限らず、フィリーズの食べ物のポーションは大きいというイメージで、 滞在最終日の今日、日曜は、ローカルお薦めのブランチが有名なフォーシーズンス・ホテルの ファウンテン・レストランで朝食をとったけれど、こちらも 夕方になっても空腹感を覚えないほどのボリュームだった。
ちなみに、大統領が訪れると滞在するのがフォーシーズンス・ホテルだそうで、その向かいにあるのが大衆的なエンバシー・スウィーツ・ホテル。 でもこのホテルがエンバシー・スウィーツになる前身は、モナコのプリンス・レーニエが女優のグレース・ケリーにプロポーズした場所と 地元の人が説明してくれた。実は私はグレース・ケリーの大ファンでもあって、ふと考えると彼女はフィラデルフィアの裕福な家庭の出身。 当時のフィラデルフィアの裕福層を描いたミュージカル・コメディ、「ハイ・ソサエティ (邦題:上流社会) 」は彼女自身のバックグラウンドを演じたような映画である。
もちろんグレース・ケリーといえば、モナコの王妃となって、妊娠した彼女のお腹を隠すために、エルメスがケリー・バッグをクリエイトした話は あまりに有名であるけれど、こうして実際に街を訪れて、いろいろな話を聞いたり、読んだりするうちにフィラデルフィアという街が 思った以上に興味深く、また有意義に滞在できたのは、今回の旅行の嬉しい驚きだった。

先述のようにニューヨークから1時間少々で来られるのがフィラデルフィアだけれど、空気も土地も人々も 違って新鮮な思いが出来るので、 小旅行には良いと思うし、ティファニーで100万円以上の高額な買い物をするなら、フィラデルフィアのタックスは7%。 ニューヨークの8.375%のタックスとの差額で、高級ホテルに宿泊しての旅行費用が全て賄えてしまうのである。



Catch of the Week No.2 July : 7月 第2週


Catch of the Week No.1 July : 7月 第1週


Catch of the Week No.4 Jun : 6月 第4週


Catch of the Week No.3 Jun : 6月 第3週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。