July 16 〜 July 22 2007
” I'm Worse Than Plastic Bag ”
今週のニューヨークと言えば、当然のことながら7月18日 水曜の夕方にグランド・セントラル駅に程近い 41丁目&レキシントン・アベニューで起こった
スティーム・パイプの爆発が大ニュースになっていた。
このスティーム・パイプとは市内の多くのビルの暖房用に街中の地下に埋められているもので、
古いものになると 既に埋められてから100年が経過している箇所もあるという。
今回の爆発は、老朽化した地下パイプに 水曜の朝の豪雨による冷たい雨水が流れ込み、
蒸気の気圧が変わったために起こったと説明されているけれど、爆発したのは1924年に埋め込まれたパイプであったという。
同様の爆発は、同じくパイプの老朽化が見込まれるフィラデルフィアやボストンといった街にも起こりうることが専門家によって予測されているけれど、
ニューヨークでは私が住み始めた89年にも、グラマシー・パーク・エリアで同じような爆発が起こっているという。
いずれにしても今回の爆発のせいで、心臓発作を起こした女性が1人死亡し、30人が怪我を追う惨事となっており、
このうち最も重症なのは、爆発時に現場を通過したトラックを運転していた男性で、身体の80%に火傷を負っているという。
また怪我をしなくても、スティーム・パイプのインシュレーションであるアスベストが爆発と共に石や泥、埃と共に
振り撒かれており、NY市側ではアスベストに汚染された衣類を収容するスポットを設ける一方で、事故現場近隣の人々には窓を開けず、
エアコンをつけるようにと指示していたのだった。
でもこの爆発で 現場に居た多くのニューヨーカーの頭を真っ先によぎったのは、「新たなテロではないか?」という懸念。
実際、砂埃の中を人々が逃げ出す姿は9/11のテロを彷彿させるもので、また現場から離れていても
高々と舞い上る煙を見て、9/11の日を思い出すニューヨーカーは多かったという。
さて その7月18日、地下パイプが爆発するほどの大雨、それもバケツを引っくり返したような大雨の朝に ホール・フーズで売り出されたのが、
アニヤ・ハインドマーチの I'm not Pastic Bag 。 今回は6月20日にアニヤのブティックで発売されたのに続く 第2回目の発売で、
前の夜の午前1時にバウリー・ストリートのホールフーズの前をタクシーで通りかかったCUBE New York のスタッフによれば、
既に1ブロックほどの行列が出来ていたとのことだった。
今回のホールフーズでの発売は、同店がオープンする朝8時からの販売開始で、来店客1人につき3個までの購入制限があり、
ニューヨーク、コネチカットなど東海岸の8店舗のホールフーズで2万個のバッグが売り出されたのだった。
6月のアニヤのブティックでの発売の際は、滅多にお客が入らないブティックに 人々が大挙して押し寄せたこともあり、
店員の対応がスローで、要領が悪かった上に、カードをプロセスする機械も古くて 時間が掛かるもので、
しかも店が狭いのを理由に3人ずつ入店させるという効率の悪いシステムを取っていたため、
10時から売り出しがスタートしたアップタウン・ブティックで バッグ1000個を販売するまでに 5〜6時間が掛かったことが伝えられていたのだった。
でも今回のホール・フーズでの発売は さすがに会社の規模が大きいだけあって かなりオーガナイズされたもの。
店舗ごとに若干 販売の手順が異なったものの、8店舗に振り分けられた2万個のバッグが 午前11時までにほぼ完売したとのことだった。
今回の発売でも その行列はかなりのもので、販売開始前に行列をチェックしに来たホールフーズのスタッフでさえ
ビックリ していたというほどの長い行列が豪雨にもめげずに続いていたのだった。
でも今回の行列が 6月のアニヤ・ブティックでの売り出しの際と異なっていたのは、並んでいた人々の層。
前回のアニヤ・ブティックでは、20〜30代の若い女性が友達同士で並んでいるケースが圧倒的に多く、
それに連れられて来たボーイフレンドという感じの男性が混じっており、アジア人と白人の割合が 3:7 くらいで
白人の方が多かったのである。
ところが今回の行列はと言えば、 まず学校が夏休みに入っているせいか ティーンエイジャーと思しき若い層が非常に多く、
加えてビックリするほど多かったのが中国人。それも父親、母親に加えて 年取ったお婆さんまで連れて来て、
家族総出の行列をしている中国人が非常に多く、ことにダウンタウンにある3店舗のホールフーズの
行列前方の大半を占めていたのが中国人だったのである。
これらの中国人は、当然のことながらお金を貰って雇われている並び屋で、この日チェルシーのホールフーズで行列していた
CUBE New Yorkの元スタッフの話によれば、彼らが購入したバッグは
元締めのトラックがホール・フーズ各店を回って回収していたとのことだった。
これらはおそらくEベイ、 もしくは Eベイの3倍の価格は付くと言われる日本の市場などで売られるかと思うけれど、
スタッフがチェックしたところでは、Eベイでは平均200ドル、
日本のオークションでは最高で6万の価格が付いていたというから、低賃金の中国人の並び屋を雇えば、
バッグ本体が15ドル(税込みで16.26ドル)という価格であるから、濡れ手に泡の大儲けが出来る訳である。
そんな利潤追求の中国人グループはさておき、アニヤの I'm not Pastic Bag の販売で最も失望したのは、
行列していた人々のマナーの悪さ。
以下は、ユニオン・スクエアのホールフーズに行列していた人たちが バッグ購入後に道端に残していったゴミのスナップ。
先頭から数十人は夜中から並んでいたというから、使い捨ての椅子を持参したり、新聞を使って雨宿りをする気持ちは分かるけれど、
使ったものや食べたスナックの紙袋、スターバックのコーヒーカップやジュースや水のプラスティック・ボトルが散乱している様子は、
アニヤの I'm not Pastic Bag が単なるマーケティング・スローガンでしかないのを如実に表していて、
「こんなバッグを販売する方が、よほど環境に悪いのでは?」 と真剣に考えてしまったのだった。

また、販売するホール・フーズ側にしても、ユニオン・スクエア店では「プラスティック・バッグ(ビニール袋)は渡せない」
という事前のアナウンスがあったものの、実際には 雨のせいもあってか 店員が
プラスティック・バッグを I'm not Pastic Bag と共に渡してくれるという矛盾ぶり。
他店でも 一部には客側から 「プラスティック・バッグを渡すなんて・・・」 という声が聞かれたというものの
それは超マイノリティで、買い物客 が I'm not Pastic Bag をプラスティック・バッグに入れて持って帰る という
皮肉を通り越した ジョークのような光景が見られていたのである。
でも考えてみれば、6月のアニヤのブティックでの発売の際も、行列していた人々にボトルド・ウォーターが配られており、
このプラスティック・ボトルは、リサイクルド・プラスティックで作ったプラスティック・バッグよりもずっと環境に悪影響を及ぼすもの。
プラスティック・ボトルもリサイクル可能ではあるけれど、そのためにはプラスティック・バッグよりも遥かにエネルギーを要するものであったりする。
この時点でも 6月4週目の” It's All About Marketing ” で、
アニヤ・ハインドマーチ自身の商業的なコメントに失望したことを書いたけれど、
これに加えて、今回の行列客が残していったゴミや ホールフーズが配るプラスティック・バッグなど、
私個人としては このバッグの販売を通じて世の中の 建て前本位の 嫌なところを見てしまった気がして、
非常に後味が悪い思いをしたのは事実である。
未だにCUBE New Yorkにはアニヤのバッグの問い合わせや、申し込みが後を絶たないけれど、
今回で懲りたこともあり、私は 今後、例え 再販があったとしても 「CUBE New Yorkでは I'm not Pastic Bag は扱わない」 と
心に決めてしまったのだった。
アメリカでの2回の発売で CUBE New York が入手したバッグは、52個ほど。
スタッフは徹夜まではしなかったものの 朝7時から豪雨の中を並んでおり、
会社としては、その時間給で利益が食い潰されているので、全く利益が上がっていないプロジェクトなのである。
でも、CUBE New York としては チャリティや環境問題に関わるプロダクトは積極的に取り扱う方針であるし、
利益面や私個人の感想はどうあれ、受け取ったお客様に喜んで頂けて、プラスティック・バッグの代わりに使って頂けるのであれば
スタッフが並んだ甲斐は十分にあると思うのである。
よく人には、「200ドルくらいで売れば儲かったのに・・・」と言われるけれど、やはり物には適正価格というものがある訳で、
個人がオークションサイトで、15ドルのものを250ドルや300ドルで売ろうとするのは別に構わないと思うけれど、
自分の会社としては そんな事は決してしたくないというのが正直な気持ちである。
したがって、未だにお問い合わせを下さる方々には大変申し訳ないですが、既に米国での販売は終了している上に、
ヨーロッパでの発売分のバッグ入手なども 当社では行いません。
また、万一再販があったとしても 次回は CUBE New York では お取り寄せをお受けすることは出来ません。
この場を借りてご理解をお願い致します。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に
ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。
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