July 21 〜 July 27 2008




” Twenty Something Girls in NYC ”


今週はアメリカで 特に大きなニュースが無かった中、そこそこに報じられていたのが、バラック・オバマ民主党大統領候補がドイツ、フランス、 イギリスなどの欧米諸国を訪問したニュース。 オバマ氏はベルリンでは大勢の人々の前でスピーチを行う(写真右) 一方で、 サルコジ大統領、ブラウン首相と会談するなど、外交経験が浅いと言われる経歴をカバーするための デモンスレーションを行っていたけれど、アメリカ国内でのこれに対するリアクションは比較的 冷めたもので、 今日27日付けのニューヨーク・タイムズの社説欄では 同紙の著名なコラムニスト、フランク・リッチが 「オバマは既に大統領のように振舞っているけれど、単なる候補者、それも大統領選に負ける可能性がある候補者に過ぎない」ことを 皮肉交じりに指摘していたのだった。 事実、オバマ氏は 対抗馬の共和党マケイン候補より遥かに多くのパブリシティを獲得しながらも、世論調査では徐々にそのリードが縮まっているのが実情。 先月から今月の推移によれば、マケイン氏が同じ支持率を保っているのに対して、オバマ氏はその支持率を3ポイント落としており、 マケイン氏が追い上げているというよりは、オバマ氏が若干減速傾向にあるのが見て取れるのである。

そんな中、開催まで2週間を切ったのが北京オリンピックであるけれど、アメリカでどの程度オリンピック熱が盛り上がっているかと言えば、 放映局であるNBCが盛んに ”8/8/08” とプロモートしているにも関わらず、オリンピックが何時からスタートするかを 知らないアメリカ人が少なくないのが実情で、「オリンピックが行われるのは知っているけれど、まだまだ先のこと」 程度に思っているようである。
既にオリンピック選手をフィーチャーしたTVCM の放映もスタートしてはいるけれど、以前のオリンピックに比べて こうした広告が控えめであるのは、マリオン・ジョーンズの影響が大きいと一部では指摘されていたりする。 マリオン・ジョーンズはシドニー、アテネ・オリンピックの 陸上で複数の金メダルを獲得し、 VISAカード等を含む複数の広告に登場していたスター・アスリートであったけれど、2007年には それまで疑惑を否定してきたドーピンクを認めて引退。 その後 全てのオリンピック・メダルを返却し、 今年1月には捜査段階でウソの証言をした偽証罪で6ヶ月の禁固刑が確定しており、 現在は服役中の身となっている。
オリンピック開催時にスター・アスリートであっても、その後 ドーピンク疑惑などが浮上すれば、 そのイメージダウンは アスリートを広告に起用したスポンサー側にも響くもの。 また事態によっては、大金を投じて アスリートを起用した広告を撤去、差し替えしなければならない状況にもなる訳で、 こうしたリスクを考慮して 特定のアスリートをスターとして広告に起用したがる企業は、今では少なくなっているという。
そのマリオン・ジョーンズはブッシュ大統領のプレジデンシャル・パードン(大統領恩赦)によって刑期を短くしてもらうとしている 何百人もの受刑囚の1人で、通常、大統領の任期最後の年にはプレジデンシャル・パードンが乱発されるのは歴史上珍しいことではないもの。 それだけにブッシュ政権には史上最高数のプレジデンシャル・パードンの要請が 寄せられていると言われているけれど、 受刑者が有名で犯罪に凶悪性が無いほどこれを受けられる可能性が高いという。
なので、マリオン・ジョーンズが プレジデンシャル・パードンを与えられる可能性が高いという見方が有力であったところに来て、 今週水曜に報じられたのが、アメリカの陸上競技連盟のトップに新たに就任したダグ・ローガン氏が、ブッシュ大統領に 「マリオン・ジョーンズに対してプレジデンシャル・パードンを与えることは、若い世代のアスリート達や世界のスポーツ界に対して、 ”ごまかしをしても 上手く逃げられる” という誤ったメッセージを送ることになる」 という内容のレターを送ったというニュース。
これによって マリオン・ジョーンズのプレジデンシャル・パードンの可能性は極めて難しくなったと言えるけれど、 オリンピックを目前に控えた段階で、アメリカのスポーツ界がドーピングに対して断固たる姿勢を見せたのは歓迎すべきところである。

でも今日、7月27日のニューヨーク・タイムズで報じられたのが 今回のオリンピックの 隠れた火種となりそうな、 中国の女子体操選手の年齢のごまかし について。
これは中国の女子体操選手のうちの2人が、中国政府が発行するパスポートではオリンピックへの参加資格を持つ16歳と記載されているものの、 それ以外の記録では全て規定年齢以下の14歳となっている問題で、女子体操の世界では規定年齢に達しない選手の年齢のごまかしは 既に何年にも渡って、複数の国によって行われてきたものである。 実際、2000年のシドニー大会の際も 体操女子個人で銅メダルを獲得し、中国チームの銅メダルに貢献したヤン・ユンは 後にインタビューで、オリンピック当時の彼女の年齢が14歳であったことを認めているという。
ステロイドなどとは異なり、尿検査などでは分らないのが選手の年齢であるけれど、インターナショナル・フェデレーションでは 選手の年齢についての調査はパスポートでしか行っていないのだそうで、そのパスポートは国にメダルをもたらしたい 政府の手によって書き換えられてしまうので 立証するのはほぼ不可能であると この記事では指摘されているのだった。


さて 私は以前にもこのコーナーで書いた通り、フランス語を習っていているけれど、肝心のフランス語がさほど上達しない一方で、 意外にも交友範囲を広げる手段になっているのがフランス語のクラスである。
クラスは 常に20代〜40代のミックスであるけれど、毎セミスターごとに 新しいクラスメイトと 必ず友達になる訳ではなくて、 私の場合、最初に取ったクラスが凄く気が合うメンバーの集まりだったので、その時のクラスメイトを中心に徐々に 交友関係が広がっていった感じである。
そうやって友達になった面子の殆どは 私より年下で、男性陣は30代のゲイ、女性陣は20代が中心。 一番若い女の子は22歳であるけれど、これを話すと同じ世代の友人に不思議がられるのが 「22歳の女の子なんかと何を話すの?」ということ。
私にしてみれば、知り合った時は 相手が若いのは見て取れても、アメリカ人は往々にして老けて見えるので、22歳だなんて知らずに 喋っている訳で、世間話をしている分には 年齢差はそれほど感じないものなのである。 でも食事をしたり、ワイン・バーに出かけるなどして、じっくり話し始めると確実に言えるのは、 私が知らない間に彼女らの教育係 になっている点。 何しろ、彼女らはエルメスのバーキンなど 興味も無ければ 見たことも無くて、 「ああ、あの セックス・アンド・ザ・シティ に出てきたバッグ?、どんなバッグだっけ?」 といった調子である。 そんな彼女らにバーキンについて説明して、お値段を教えてあげるのが私の係であり、 フレンチ・レストランに出掛けてデザートにスフレをオーダーすれば、そのスフレの正しい食べ方を教えてあげるのも 私な訳である。

さらに、20代というとちょっとルックスが良い男性を見かけると、直ぐになびいてしまう年齢。 なので、彼女らと話しているとバーやレストランで出会った男性の話がしょっちゅう出てくるけれど、 やはりそこが20代で やっていることが初々しいというか、素人臭いので そのストラテジーの誤りを正してあげるのも私の役割になってしまう。
つい先日、皆で食事に出かけた際に話題になっていたのが、その中の25歳の女の子がミッドタウンのレストランのグッドルッキングなウェイターに 見事にフラレたという話であったけれど、その内容というのが彼女がレストランで食事をしている最中、そのウェイターは ずっと彼女に対して 特にフレンドリーに振舞っていたそうで、最後にはオーダーもしていないデザートを彼女のために持ってきてくれたという。 ルックスが良い男性に、そうまでされれば女性として気分が良くなるのは当然!という訳で、彼女は居合わせた女友達にプッシュされたこともあり、 そのウェイターを 週末のビーチに誘ったところ、「一緒に行きたいのは山々なんだけれど、週末はいつもフィアンセと過ごすんだ」と ピシャリと断わられたという話であった。
私を始め、ある程度ニューヨークに長く住んで、年齢を重ねれば このウェイターのコメントが ウソだというのは直ぐに分ることだけれど、 20代の彼女らのリアクションは 「正直にフィアンセが居るって言ってくれたんだから、良い人じゃない」 という素直なもの。
でも私に言わせれば、よほど敬虔なクリスチャンでもない限り 自分から好き好んで 「フィアンセが居る」なんて言う ニューヨーク男性 など居ない訳で、 特にそれがウェイターだったら 尚のこと。 では、彼女がそんな体裁の良いウソで断わられたのは 何が悪かったか?と言えば 「週末のビーチ」に誘った点で、 そんなことをすれば ロマンティックな関係を求めていると思われて、相手が引いたところで無理はないというもの。 ウェイターやバーテンダーのような職種の男性は、ちょっと親切にしただけで その気になって、ストーカーまがいに 毎日店にやってくる女性客に苦い思いをした経験が少なくないので、そんなロマンスを匂わせるようなアプローチはご法度なのである。
もしウェイターやバーテンダーを誘うならば、仕事が終わってからのドリンクに誘うべきで、 そういう その場限りの後腐れの無さそうな 誘いには2つ返事で乗ってくる場合が殆どである。 さらに言うならば、ウェイターやバーテンダーはあまり若い女の子よりも、大人の女性の誘いを好む傾向があって、 これは そうした女性の方が 純粋にセックスだけと割り切ってワンナイト・スタンド(一夜限りの遊び)の相手を求めているケースが多いため。 今時の30代アップの女性は お金もたっぷり稼いで 自立しているので、タクシー代から ドリンク代まで 払ってくれることも珍しくなく、 ルーム・メイトの居ない良いアパートに住んでいるので 彼らにとってはそれも魅力のようである。

その一方で私のフランス語がらみの20代の女友達は、口を揃えて「デートは男性が払うべきもの」、「払ってくれない男性とはデートはしない」と 語っていたりする。 その理由の1つは、経済的に苦しいという部分もあるようで 彼女らの何人かはブルックリンにルームメイトと住んで 「マンハッタンのレントなんて払えない!」と嘆いているのだった。
とは言っても携帯電話にはお金を掛けていて、「電話代が高い」と言いながらもアイフォンを使っていたりするけれど、 ランドライン(地上波)の電話は持っていないのが常。 それ以外に頻繁にお金を使うレジャーはやはり映画で、外食は彼女らと出かけると 必ずビックリするほど安く上がってしまうのだった。
でも限られたバジェットで生活している分、お金の使い方にはこだわりが良く現れていて、 ブラジリアン・ワックスと避妊ピルの購入、もしくはヘア・カットやネールやフェイシャルにお金を使っているケースもあれば、 旅行のためにお金を貯めているケースもあるけれど、服は高いものを着ていなくても それなりに見られるのが若さというもの。
さらに私が若さを感じたのが、彼女らのうちの1人はこの春にレイオフされたにも関わらず、 「夏の間は、職探しはしないで 遊ぶことにしたの」などとあっさり語ってしまうところ。 養う子供が居るわけでも、住宅ローンがあるわけでもない彼女は、9月まで支払われる失業保険をもらって十分暮らしていけるようで、 「25歳だと レイオフもそれほど同情に値しないなぁ・・・」 と 感じてしまったのだった。

20代の教育係になっている私が 彼女らから時々訊かれるのが、「何時頃から自分のやりたいことが分ってきたの?」 ということ。
私自身、 「何かしたいけれど、何がしたいのか分らない」というジレンマを30代に入ってからも 味わい続けていたから、 彼女らの気持ちが良く分るけれど、こればかりは教えてあげたいと思っても教えてあげられないこと。 私が思うに、子供の頃からドクターや弁護士になりたいと考えて、実際大人になってその職に就いて一生その仕事をしていくのは 男性には出来ることだけれど、女性には向いていないこと。
女性は、自分自身が求めているものが3年くらいでどんどん変わっていくもので、 私とて、今の仕事を一生続けたいか?と言えば答えは「No」 である。時代と自分が求めるものに応じて変えたり、 変わったりして行かなければならないのが女性であり、女性の仕事な訳で、前もって何を計画したところで その通りにはならないのである。

でも20代でまだまだ時間がたっぷり残されている女性ほど、先を急ぎたがる傾向が強いもの。
それは恐らく 彼女らが30歳や40歳という年齢を必要以上に 年を取った状態だと思っていて、 「そうなる前に人生を何とかしたい」と思って焦っている部分が強いと思うけれど、 その焦りから解き放たれるのは 30代になって、20代の時より経済的、社会的に自立した状態をエンジョイし始めた時。 私の考えでは 30代というのは ある意味で 女性にとって人生で一番楽しい時であろうと思われるけれど、 20代で 自分の若さに対して周囲がチヤホヤしてくれる時には、30歳という年齢は その若さのデッドライン(締め切り)であったり、 それまでに自分の人生の目処が立っていなければならないタイム・リミットのようにも感じられているようである。
実際、私は20代の女の子に 「30代になって結婚もしていなくて、自立できるキャリアもなかったらどうしよう・・・」と言われたことがあるけれど、 そんな彼女に 、私が正直に言ってあげられるのは 「どうなっているかは分らないけれど、皆 どうにかなっていくもの」 ということだけなのである。





Catch of the Week No. 3 July : 7 月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 July : 7 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 July : 7 月 第 1 週


Catch of the Week No. 5 June : 6 月 第 5 週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。