July 20 〜 July 26 2009




” Who's Stupid? ”


今週のアメリカでは、スポーツの世界ではシカゴ・ホワイトソックスのピッチャー、マイク・ブルーリーが 7月23日木曜に 史上18人目となる パーフェクト・ゲームを達成したり、ジャーナリズムの世界では先週金曜に死去したアメリカを代表するトップ・ジャーナリスト、 ウォルター・クランカイトの葬儀が 21日の火曜日に マンハッタンで大々的に行われたりと、様々なニュースや出来事が報じられていたけれど、 最も物議を醸していたのが、オバマ大統領が22日、水曜の夜に行ったプレス・カンファレンスのTV生中継の際に 語ったコメント。
そもそも、このプレス・カンファレンスは 議会から支持が得られないオバマ大統領の国民健康保険案に対して 国民に直接理解を求め、支持を取り付ける目的で行われたもの。 この56分に渡るTV記者会見のうちの55分間は、賛否のリアクションが分かれるながらも オバマ大統領は本来の目的を達成しようとしていたのだった。 ところが、最後に受けた女性記者からの質問というのが、前の週に逮捕されたハーバード大学の教授、ヘンリー・ルイス・ゲイツについてのもの。
このヘンリー・ルイス・ゲイツという教授は、7月16日に自宅に戻ったところ、家の扉が開かなくなっていたため、 扉を壊して自宅に入ろうと試みていたけれど、これを目撃した近隣の女性が強盗と勘違いして 警察に通報。 駆けつけた警官は、ゲイツ教授のIDをチェックし、彼の自宅であることは確認したものの、捜査に非協力的で 警官をののしり続けたゲイツ教授を ”ディスオーダリー・コンダクト” すなわち、警官の指示に従わなかったという容疑で逮捕。 ゲイツ教授を彼の自宅から手錠を掛けて連行したのだった。
ゲイツ教授は 駆けつけた 警官の捜査を”レイシャル・プロファイリング” と呼ばれる 人種的偏見に満ちた 見込み捜査だと 決め付けており、 「自分が黒人だからか?」と、警察に対して 終始 食って掛かっていたという。 結局、ゲイツ教授に対する ”ディスオーダリー・コンダクト” の罪は取り下げられたものの、ゲイツ教授は これを人権問題として騒ぎ立て、 ゲイツ教授側の言い分だけを聞いた黒人運動家も 「オバマ大統領が誕生したことで、人種問題が片付いたと思っているアメリカ人は多いが、実際にはアメリカにはまだまだ 人種問題が存在している。ゲイツ教授の事件はその好例だ」などと発言していたのだった。

女性記者から、この事件についてのリアクションを尋ねられたオバマ大統領は、 「事実関係を全て把握している訳ではないが・・・」 と前置きをしながらも、「the Cambridge police acted stupidly / (ゲイツ教授を逮捕した)ケンブリッジの警察は 馬鹿げた行為をした」 と語り、「アフリカ系アメリカ人やヒスパニックは警察によって不当に扱われてきた長い歴史があるのは事実だ」とまで 言及したのだった。
このオバマ大統領の発言には2つの問題があって、1つはオバマ大統領はホワイト・ハウスのプレス担当官と事前にこの質問に対する 打ち合わせをしておきながらも、事実関係をきちんと把握していなかったこと。 さらに「事実関係を把握していないけれど・・・」と前置きをしたにも関わらず 「stupid」 という一国の大統領としては極めて不用意な 表現で 警官の非 を決め付けたような発言をしたことである。

実際のところは、ケンブリッジの警官は近隣の女性からの通報を受けてから ゲイツ教授の自宅に向かった訳で、 その通報通りの容疑者(ゲイツ教授)が たとえその家の住人であったとしても、一通りの捜査を行うのは ルーティーンであり、彼らの任務な訳である。
しかもケンブリッジの警官はゲイツ教授を強盗と決め付けて逮捕した訳ではなく、 警官に対する著しい 侮辱と、捜査に協力せず、「レイシャル・プロファイリングだ、人種差別だ」 と錯乱して大騒ぎをした 同教授の態度を見かねて ”ディスオーダリー・コンダクト” の容疑で 逮捕した訳である。 事実、ゲイツ氏は とても ハーバード大学の教授とは思えないような 品性の無いセンテンスで、警官の母親のことを侮辱するという 悪態をついていたことは 証言で裏付けられているのだった。
また、その様子については 逮捕時に居合わせた黒人警官も、ゲイツ氏が常軌を逸していたことを証言しており、 当然のことながらケンブリッジの警察はオバマ大統領のコメントに抗議する記者会見を行う一方で、 全米の警察も 任務を遂行した警官に対するオバマ大統領の 「stupid」という言葉に大反発を見せることになったのだった。

このオバマ大統領の ”stupid” な コメントのせいで、水曜に行われたTV記者会見の報道は、 本題の健康保険から ゲイツ教授逮捕とそれについての大統領のリアクションをめぐる 人種問題に完全に移行してしまい、 翌日の報道番組は健康保険問題そっちのけで、ゲイツ事件の事実関係やそれに対するオバマ発言の分析に終始してしまったのだった。
全米で 論議が巻き起こるほどのリアクションに驚いたホワイト・ハウスでは、 一度は報道官が 「大統領はこれ以上 同件にはコメントしない」と宣言していたものの、 世論の反発のせいで 健康保険問題に取り組めなくなることを恐れ、金曜に緊急に記者達を召集。 その席でオバマ大統領はゲイツ教授と、彼を逮捕したケンブリッジの警官、ジェームズ・クローリーの双方に 電話をして、「ホワイト・ハウスに2人を招待してビールを飲みながら全てを水に流そう」ということで 話が纏まった エピソードを交えながら、彼の水曜のコメントが「誤解を招いてしまった」として、事実上、発言の取り消しを行ったのだった。

さて、このゲイツ教授逮捕事件に対するアメリカのリアクションは?といえば、 黒人層も含めて 指摘している点が 「単なる警察のルーティーン捜査を 人種問題に発展させたのはゲイツ教授自身である」ということ。
彼の「自分が黒人だから 逮捕しようというのか?」 という発言は、もしゲイツ教授が普通に道を歩いていて、それを警察がパトカーで尾行し、 道を曲がろうとた途端に呼び止められて、無実の罪を着せられて逮捕された という時になら適切であるけれど、 実際、自分で自分の家に押し入ろうとしていて、近隣の人からの通報を受けてやってきた警官に対して 語るべき言葉ではないもの。
彼が人種問題など持ち出して大騒ぎなどせず、警官の捜査に協力していれば彼が逮捕されることなど無かったであろうし、 例え逮捕されたとしても、そんなことはアメリカでは決して珍しいことではないのである。

例えば私の友人の知り合いは、以前ロスに住んでいた際、 強盗が家に押し入ろうとしているの気付いて 警察に通報したところ、強盗は逃げてしまい、自分が呼んだ警察に 自宅で逮捕されてしまったというエピソードがある。
この知り合いは金髪の白人男性であるけれど、自宅に押し入っているところを目撃されているゲイツ氏より 遥かに逮捕される必要が無い 人物である。
でも警察側にしてみれば、強盗は武装しているケースが多いので、駆けつける際は常に命がけ なのだそうで、 その上、強盗が偽のIDを使っているケースも多く、怪しいと思ったら手錠を掛けて連行するというのは 近隣の人々にとっても、警官にとっても手っ取り早い解決策であるという。
また、ディスオーダリー・コンダクトの容疑については、どこまで悪態をつく状態を容認するかは 警官個人の判断に掛かっているとのことで、スピード違反で捕まった時に 俗に ”Fワード” と呼ばれる放送禁止用語を 一言 口走っただけで、 ディスオーダリー・コンダクトの罪に問われてしまう場合もあれば、 今回のゲイツ氏のように人種問題から、警官の母親の悪口までを 散々言いまくった挙句に 逮捕されるケースもあるという。

いずれにしても、確実に言えるのは、たたでさえ経済問題が進展しない上に、ここへきて健康保険案の支持も得られず、 確実に 支持率を下げているオバマ大統領が、このゲイツ問題で マイノリティー大統領の了見の狭さを露呈してしまったということ。 そして、「stupid」という表現で自らの愚かさをさらけ出してしまったということ。
オバマ大統領といえば、就任直後に夜のトークショーに出演し、自分のボーリングのスコアが伸びないことを ボヤこうとして、スペシャル・オリンピック(障害者のオリンピック)を引き合いに出したことで、 大バッシングを受けて 謝罪したことがあったけれど、今回の「stupid」は それに匹敵する 言葉の選択のミス。ホワイト・ハウスのPRでさえ、大統領のこの言葉選びには ギョッとしたと言われているのだった。

ところで、アメリカに暮らしていれば 黒人層が 「Because I'm Black? / 自分が黒人だから?」 と自分の非や自分の不運を 人種のせいにしたがる様子を目撃する機会があるもの。
私は、以前 デザイナーのサンプル・セールに出かけたところ、そこに来ていた黒人女性に セキュリティが 「バッグの中身を見せて欲しい」と言い寄ったところ、「私が黒人だからそんな事を言うの?」と 食って掛かっているところに 居合わせたことがある。 そして 実際にセキュリティが彼女のバッグを開けると、中から盗もうとした商品が幾つも出てきていたのだった。
アメリカでは 人種問題が今もはびこってはいるものの ”レイシスト”、すなわち ”人種差別主義者” である というのは非常に恥ずべきレッテル。 それだけに、特に黒人層の中には 「自分がマイノリティだから差別するのか?」と抗議することによって、 レイシスト呼ばわりされたくない白人層の態度を軟化させようとする人々も居て、 こうした人種を逆手にとって利用することは ”レース・カード” 、すなわち ”人種の切り札” と呼ばれてきたもの。
でもこれを使って人種問題を利用することは、人種問題を肯定することでもある訳で、マイノリティ側にそういう風潮がある限りは 人種問題が消えることはないのである。


ところで、アメリカでは時に 何も悪いことをした訳ではなくても警察に連行されてしまうケースがあるもの。 そしてこれは、もっぱらIDを所持していないために起こることである。
例えば、私の友達は旅行でNYに来ていた友人と 地下鉄に乗ろうとして、 メトロカードを使って改札を通ったところ、勝手が分からない友人も一緒に改札に入ってきてしまい、 その時点で 駅に居た警官に呼び止められてしまったという。
私の友達は何も悪いことをしていないし、彼女の友人も勝手が分からなかっただけのことだけれど、 1人分の運賃で2人が改札を通ろうとしたのだから、無賃乗車の容疑を掛けられても仕方が無いと言えば 仕方が無いこと。
一度警官に呼び止められると、必ず求められるのがIDの提示であるけれど、旅行者であった友人の方は パスポートを所持していたので、その場でIDを確認されて無罪放免となったのだった。 ところが、アメリカで運転免許証を持っていない友達は、フォトID を所持しておらず、 そのせいで警察に連行されてしまうことになったのだった。
実際、IDを所持していないという理由で連行されて、不法移民が発覚するケースは非常に多いそうで、 たとえ地下鉄の改札での小さな出来事で、きちんと運賃を払うと説明したとしても、 IDが無い場合はそのまま連行されてしまうのである。 そして一度連行されると、今は指紋の照合で 簡単に不法移民が判別される時代になっているという。

ちなみに今週、CUBE New York のスタッフも 地下鉄の中に居たホームレスを避けるために 車両と車両の間の扉を空けて別の車両に 移ったところ、警察に呼び止められてしまったという。 彼女の場合、IDをきちんと持参していたので チケットを切られただけであったけれど、 地下鉄は走行中であるなしに関わらず、車両間の移動は禁じられていること。 良く見ると、扉のドアノブのところに警告のステッカーも貼ってあったりするのだった。
これを知らずに車両間を移動して 警察に呼び止められた場合、罰金は75ドル。 IDが無かったり、罰金額に驚いて ”Fワード” などを口走って 警官の怒りを買ってしまえば、 ゲイツ教授のように連行されても アメリカでは決して不思議ではないし、 それは 人種問題とは全く無関係に行われているルーティーンなのである。







Catch of the Week No. 3 July : 7 月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 July : 7 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 July : 7 月 第 1 週


Catch of the Week No. 4 June : 6 月 第 4 週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。





© Cube New York Inc. 2009