July 18 〜 July 25 2011

” Use Your Imagination ”

今週のアメリカで、政治の世界の最大のニュースとなっていたのは、8月2日にデフォルト(債務不履行)を控えたアメリカが、 現行の法律で定められた累積債務の上限、14兆2900億ドルを 引き上げるに際して、オバマ大統領を始めとする民主党と 共和党の間で、なかなか接点が見出せない状況とそのジレンマ。
オバマ大統領と民主党が、問題を数ヶ月先送りするのではなく、少なくとも2012年末まではデフォルトに直面しないだけの上限引き上げが必要と主張し、 債務削減の柱を増税としているのに対して、共和党側は、上限の引き上げをあくまで一時的なレベルに抑え、増税を避けてメディケア(健康保険)や政府出費の大幅削減で 債務削減を図るべきと主張。 今週、「合意に向けて前進している」と言い続けてきたオバマ大統領であるけれど、金曜には大統領と下院議長、ジョン・ベイナー(共和党)との折衝が物別れに終わったことは世界中で大きく報じられた通り。
このため同報道が週明けの世界の株式市場に影響を与える前に、ダメージを軽減しようと、週末も大統領と下院議長の間で 調整が行なわれていたのだった。
でも、アメリカの経済専門家の間では、「ここまでギリギリの段階まで調整が難航しているのは予想外」としながらも、現時点の状況から「デフォルトは無い」という見方が 圧倒的で、期限までには債務上限の引き上げが議会で可決されることが見込まれているのだった。

そして、もう1つ週末に大きな報道となったのが ノルウェイ連続テロ事件。逮捕されたAnders Behring Breivik / アンダース・ベーリング・ブレイヴィック容疑者(32歳、写真左)は、 官庁街の爆弾テロの後、近郊の保養地、ウトヤで行なわれていた 政治を学ぶための青年キャンプに 警官のユニフォームで現れて、銃で発砲。 それも無差別な発砲ではなく、ハンティングのように狙いを定めた射撃で、しかも犠牲者を確実に殺害するため、 必ず1人の犠牲者に2発ずつ銃弾を浴びせていたことが、 現場の生存者の証言から明らかになっているのだった。
ブレイヴィック容疑者は 極右のキリスト教原理主義者で、反イスラム教と報じられているけれど、反移民の思想も強く、 青年キャンプでも多くのアフリカ系、アジア系移民の子供世代が 彼の銃弾の犠牲になっているのだった。
ブレイヴィック容疑者は 犯行に至る直前に1500ページにも渡るマニフェストをウェブ上にアップしており、そこには、彼の周到な準備の様子が数ヶ月にも渡って、 日記形式で記載されていたというけれど、ノルウェイでは このところ移民に反感を募らせ、ノルウェイ人と非ノルウェイ人を国籍ではなく、 人種で差別するネオ・ナチ的な勢力が若い層を中心に増えてきているという。
ノルウェイは、これまであまりに平和な国であったため、犯罪に科せられる最大の刑は懲役21年。したがって、ブレイヴィック容疑者は 有罪になったとしても、現行法のもとでは53歳で出所できることは確実なのだった。


でも、アメリカで今週最大の報道となっていたのは、何と言ってもヒート・ウェーブ(熱波)のニュース。
今週は、気象観測史上の記録を塗り替えるような暑い日が、全米各地で何日もあったけれど、 TV局側にとって、「暑さ」というのは、大雪やハリケーンなどに比べて画像にし難いニュース。
大雪であれば、積雪を見せればその雪の度合いが直ぐに分かるし、ハリケーンにしても雨と風が木々や家、時にレポーターを吹き飛ばしている様子などを 映像にするだけで、その凄さが伝わるもの。でも暑さというのは、人が汗を拭いながら歩いている姿や、 子供達が水遊びをする姿などが一般的な映像で、ちょっと暑い日と、とんでもない猛暑の日の違いが映像では なかなか表現できないのが実情。
そこで、オクラホマのTV局では、車のダッシュボードの上で、20分ほどでクッキーが焼けた映像を紹介。 ニューヨークでも、3大ネットワークの1つ、NBCが炎天下のアスファルトの上で、スクランブル・エッグや、冷凍のピザを焼く実験をして、 その暑さを表現していたのだった。

今週のニューヨークは、特に水曜〜土曜の4日間が厳しい猛暑で、湿度もかなり高く、ビーチに出掛けた人々でさえ、 「暑すぎて、楽しくない」とコメントしていたほど。ニュースでは、停電エリアが出たことを受けて、電力消費を控えるよう呼びかけながらも、 出来る限り エアコンが効いた屋内で過ごすことを奨励していたのだった。
私が個人的に暑さを最も実感することになったのは、昨日、土曜にセントラル・パークを走った際。
週末だというのに、平日よりもランナーの数が少なくて、しかも走っているのはもっぱら痩せている人。そしてランナーは女性も男性もこぞって、ブルーを着ている人が 圧倒的に多くて、この日ばかりは、オレンジ、レッド、フューシャなど、暖色のウェアを着ているランナーを 全くと言って良いほど見かけなかったのだった。

フューシャやパープルのタンクトップが多い私でさえ、昨日はブルーを着て走っていたけれど、私自身がブルーを選んだのも やはり、見た目に暑苦しいカラーを着ると、精神的に暑くなってしまいそうな気がしたため。
色というのは 人間心理に大きな影響を及ぼすもので、 午前9時なのに気温が30度に迫るような暑い日は、他のランナーのウェアを見ていても ブルーを始めとする寒色の方が心理的に好印象を与えるカラー。 パーク内を歩いている人の中には 赤いTシャツ姿を2〜3人見かけたけれど、目立つものの 「暑苦しい色!」 と思って眺めることになったのだった。

ところでこの日、私は走りながらちょっとした実験を試みていて、それはアイポッドで聞く音楽も涼しげなものにしたら、 走っている時にそれが精神的に 暑さを凌ぐ 効果をもたらすか?ということ。
私が暑さを凌ぐために選んだのは、ニューエイジのアーティスト、デビッド&スティーブ・ゴードンのアルバム、「ミュージック・ヒーリング」の中の、 「シークレット・ファウンテン」という楽曲で、4分55秒の間、ずっと水が流れている音をバックに、ハープやメタル・チャイムなどを用いた いかにも涼しげでゆったりしたメロディが流れてくるというもの。
この音楽の効果は、ジリジリした直射日光を浴びて日向を走っている時には、さほど感じられないのだけれど、 一度日陰に入って、涼しい風が吹いてくると驚くほど効果があって、 さらにその効果を高めるために、頭の中でサンダルを脱いで、ゆったり流れている川の水に両足をつけた様子を想像したら、その水の冷たさを雰囲気として身体に感じて、 一層 涼しさがリアルになって、暫し暑さを忘れてしまったほど。
「シークレット・ファウンテン」を4回ほどリピートして聞いて、涼しさを味わった後に ビヨンセの曲が流れてきたら、いきなり暑苦しく感じたので、 色だけでなく、音や音楽が精神に与える効果も絶大だと実感してしまったのだった。


私がこの実験を試みることにしたは、5月にニューヨーク・タイムズ紙で掲載された記事を読み返してのこと。
この記事の中で紹介されていたのが、カーネギー・メロンで行なわれたイマジネーションの実験で、 同実験では51人を3つのグループに分けて、1つ目のグループの人々には M&Mチョコレートを 30個食べたことを頭で想像させ、 2つめのグループには 同じくM&Mチョコレートを3つ食べたことを想像させ、3つ目のグループには何も想像をさせず、 その後、3つのグループに それぞれM&Mがたっぷり入ったボールを提供したという。
その結果、一番M&Mの減りが少なかったのが、事前にM&Mを30個食べたことを想像したグループ。 ちなみにこのグループは、単にM&M 30個のビジュアルを想像したのではなく、 それを口にほおばって、噛んだ途端に口に広がるチョコレートの味、噛んで行くうちに口の中でチョコレートが解けてそれを飲み込む様子などを 具体的に頭の中でシミュレーションで思い描いたという。 
ニューヨーク・タイムズの記事では、これにヒントを得たライター、ヘンリー・アルフォードが 架空のパウンド・ケーキをお皿に乗せて、フォークで食べるふりをしながら、 頭の中でその味や噛んだ時の感触、それを飲み込む様子を想像し、甘党の彼のデザート欲が抑えられるかをトライ。 彼は「最初はフォークの味が不思議に思えた」としているものの、その後数日、架空のデザートを食べ続けてみることになったのだった。

次に彼は、食事のポーション・サイズを半分にして、頭の中では 一人前のポーションを食べていると想像するようになり、 やがては野菜や果物などのヘルシー・フードを、脂肪分や糖分、塩分が高い彼の好物だと想像しながら食べるようになったという。
例を挙げれば、彼はバナナを食べながら、チーズや焼き菓子を想像し、マンゴ・ジュースを飲みながらアイスクリームやチーズケーキを想像し、ブルーベリーを ほおばって ブラウニーを思い描いたとのこと。 これによって彼は1ヶ月で約5キロの減量に成功。
加えて、彼はセルツァーを飲みながら、それがジン・トニックであると自分に思い込ませて、アルコールを断つことにまで成功してしまったのだった。

この記事では、食べ物を単に想像するだけでは不十分で、それを食べて 味わうというシミュレーションを行なうことが大切であると指摘されていたけれど、 実際のところ、空腹時に大好きな食べ物、その時食べたい物を頭に浮かべるだけでは、かえって空腹感を高める結果になるだけ。 でも、それを口の中に入れて噛むシミュレーションをしたり、その味を頭に思い浮かべて、それが口の中にあるかのように飲み込んでみることによって、 そのイマジネーションが食べ物への欲求を 軽減させたり、まるでそれを食べたかのような満足感をもたらすことが出来るのだった。
私自身も、単に音楽を聞いて、涼しげな雰囲気だけを感じているよりも、裸足になって川の流れに足をつけた様子を想像することによって、 体温が下がるような思いをしただけに、 イマジネーションが身体や精神に影響を及ぼすためには、それに具体性が必要であるという説に全く同感なのだった。

日本語には「病は気から」という言葉があるけれど、イマジネーションが悪いように働いた場合は、 「病は気から」の状態になるのはあり得る状況。
例えば、私の友達は過去1ヶ月ほど下腹部の痛みを覚えて、婦人科系の問題かと思い、インターネットでリサーチしたところ、 同様の痛みを訴える女性の何人もが、「頻尿になる」という症状を訴えていることを読んだ途端、彼女も 数日間、頻尿になってしまったのだった。 でも実際に医師に診断を受けてみたら、脚の付け根の筋肉痛だったことが判明し、彼女は途端に頻尿が治っただけでなく、 筋肉痛であれば 婦人科系の問題のように手術が要らないという安心感から、その筋肉痛まで治ってしまったのだった。

かく言う私は、子供の頃から どこか痛むところがあると、たとえそれが頭痛でも腹痛でも、必ずアスピリンを飲んで治して来たので、 アスピリンが実は頭痛にしか効かないことを20代後半になって知って、本当にビックリしてしまったのだった。
この話をすると、私の父が外科医だと知る人は呆れるけれど、私は今でも自分がアスピリンとは非常に相性が良いことを熟知しているだけに、 体調が悪い時に先ず服用するのがアスピリン。私にとって体調が優れない時に、アスピリンの味ほどホッとさせてくれるものは無くて、 頭痛以外のケースでは単なるプラシーボー効果しかないと分かっていても、常に服用し、そして何故か不思議にいつも効いてしまうのがアスピリンなのである。

7月1週目のこのコラムで、「脳のメカニズムさえ理解すれば、人間の味覚、視覚を含む五感は 簡単に操作することが出来るので、 ちょっとしたトリックで、苦しさを軽減したり、幸福感を増幅させることが可能なのである」と書いたけれど、 イマジネーションやプラシーボー効果というのは、まさに人間の脳を上手く翻弄してしまうトリックと言えるもの。
なので、これらは人間の脳と、その脳が支配する身体の全てに影響を及ぼすパワーがあるけれど、 このイマジネーションのパワーを使って、ビジネスの成功者になる、リッチになる というような自己啓発本やプロダクトは、 疑わしいというのが私の考え。 というのも、ビジネスで成功をしたり、リッチになったりというのは、自分1人の身体の中の問題だけでなく、 ビジネス・センスや人間関係、運やタイミングなど様々な要素が絡むことであり、イマジネーションだけを使ったり、鍛えたりするのでは役不足であるため。
このことは自己啓発本を読んだり、自己啓発DVDを見て成功したという人が、その自己啓発プロダクトのCMの中にしか存在しないことからも 明らかであると思うのだった。

でもイマジネーションというのは、食欲を抑えたり、暑さ、寒さなど身体が覚える感覚を増幅させたり、軽減させたりするのはもちろん、 スキーなど、一部のスポーツはイメージ・トレーニングで技術を向上させることさえ出来るもの。
現代社会は、今週のノルウェイのようなドメスティック・テロや日本の震災のような自然災害が何時、何処で起こっても不思議ではない世の中であるだけに、 日頃から健康管理と同時に、こうしたイマジネーションの使い方を少しずつでも習得しておくことは、いざという時に役立つこと。
イマジネーションを使って、ストレスを軽減するテクニックを身につけるだけでも、非常時はもちろん、日頃の生活の中でも、 身体や精神の健康を保つのに 大きな効果を発揮してくれるのである。

最後に、ランニングのBGMについて 付け加えておくと、「シークレット・ファウンテン」という楽曲は、涼しさを感じさせてくれるのには非常に役立ったけれど、 走り終わってみたら、いつもよりも5分以上もタイムが遅いことに気付いたのだった。
なので多少暑苦しくても、ビヨンセのようなダンス・ミュージックを聴いていた方が、そのリズムを使って早く走れるのもまた事実なのである。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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