July 24 〜 July 30
アスター家のスキャンダルに見る 富豪達の老後
今週のニューヨークで、大々的に報じられていたのが、元社交界の花形、ブルック・アスター夫人の後見人を巡る 家族と
友人達を巻き込んだ裁判のニュースである。
同訴訟は、ニューヨークの富豪ファミリー、アスター家の内紛を公にさらすことになったために、メディアと人々の関心を集めているもので、
どんなに新しいジェネレーションのニュー・リッチが次々と登場しようと、やはりニューヨークで 代々続く大富豪ファミリーといえば、
ヴァンダービルト、ロックフェラー、そしてアスター家なのである。
渦中の人物、ブルック・アスター夫人は、今年104歳。3度目の結婚で、ヴィンセント・アスター氏と結婚しており、同氏の父親は、タイタニックで命を落とした
かの有名なジョン・ジェイコブ・アスターである。映画「タイタニック」の晩餐会のシーンで、
ケイト・ウィンスレット扮する若きデビュータントが、レオナルド・ディカプリオ扮する貧しいアーティスト、ジャックに「あれがジョン・ジェイコブ・アスターよ。
この船で最もリッチな人物」と耳打ちするシーンが出てくる通り、歴史的に名を刻む大富豪である。
ブルック・アスター夫人は、夫に先立たれた後、その受け継いた巨額な資産で 熱心にチャリティ活動を行い、彼女がニューヨークやメイン州などの
様々な機関に寄付した総額は、300億円以上。この功績が認められ、アスター夫人は1998年には当時のクリントン大統領より、
プレジデンシャル・メダル・オブ・フリーダムを授与されている。
アスター夫人は、チャリティ活動もさることながら、社交の場で見せるゴージャスなイブニング・ガウン姿、トレードマークとなっている3連のパール・ネックレス、
そしてデイタイムの外出には欠かさなかった優雅なシルエットの帽子などで、かつては社交界のスタイル・リーダーとして知られており、
古き良き時代のニューヨーク社交界を代表する存在。
しかし、昨今では高齢と病のため 公の場には殆ど姿を見せなくなっていた。
そのブルック・アスター夫人の名前が新聞の一面に踊ることになったのは、今週木曜のこと。
夫人の後見人となっている 息子のアンソニー・マーシャルに対して、彼の息子であり、夫人の孫に当たるフィリップ・マーシャルが、
アスター夫人が適切なケアを受けて居ないことを理由に、
父親であるアンソニー氏を後見人から外し、代わりにアスター夫人の親友で、デザイナー、
オスカー・デ・ラ・レンタの妻でもあるアネット・デ・ラ・レンタ夫人が後見人になるよう、訴えを起こしたのである。
その訴えによれば、アンソニー・マーシャルはアスター夫人の後見人として年間約2億5000万円もの予算を夫人の財産から受け取りながら、
夫人に新しい服を買い与えず、主治医の週に1度の診察を月1度に減らし、1ヶ月分1000ドルの夫人の常用薬の購入をストップ。また、夫人の愛犬を
地下室に閉じ込め、夫人の面倒を見るメイドの人数を大幅に減らした上、夫人は時に暖房も無い部屋のソファーで眠らなければならなかったという。
この訴えを、当然のことながら否定しているアンソニー・マーシャルは、アスター夫人の唯一の子供であるけれど、
子供とは言え既に82歳。夫人の2番目の夫との間の子供であるため、実の父親のラストネーム、マーシャルを名乗っており、
彼はCIA職員を経て、後にブロードウェイのプロデューサーとなったという 不思議な経歴の持ち主。
訴えを起こしたフィリップ・マーシャルは、アンソニー・マーシャルの2人の息子のうちの1人で、今年53歳になる大学教授。
父親との不仲が伝えられている人物ではあるけれど、彼の訴えに対しては、アネット・デ・ラ・レンタ夫人を始め、アスター夫人と親しかった
デヴィッド・ロックフェラー、ヘンリー・キッシンジャー元大統領補佐官などが、その宣誓供述書にサインし、
彼の言い分と訴訟をバックアップしていることが伝えられている。
アメリカでは、ブルー・ブラッドと呼ばれる、本当に血筋の良いファミリーはプライバシーを重んじるため、先週のこのコラムで触れた、
スーパーモデル、クリスティ・ブリンクレーの夫の愛人、ダイアン・ビアンキのように メディアに登場して自分のことをペラペラと口にしないもので、
それだけに、今回、アスター家がファミリーの内紛をあからさまにしてまで、裁判を起こしたということはメディアと人々の関心をそそっていると同時に、
アスター家ほどの富豪でも、現在アメリカにおける社会問題となっている 「老人虐待」が行われていることは 大きなショックを与えているのである。
老後の収入の問題など 全く無く、優雅に余生を送れるはずのアスター夫人も、高齢と病気で人に頼る暮らしを強いられると、
その 後見人となった息子の裁量1つで、虐待、放置状態になってしまうことは、高齢のリッチ・ピープルにとっては「明日は我が身」の
決して他人事では済まされない問題であることが指摘され、
その一方で今日、日曜のニューヨーク・タイムスでは「一度 親が寝たきりや痴呆症になってしまったら、自分の相続分が
医療費でどのくらい削られていくんだろう・・・」 と計算する 子供の世代の本音が記事になっていたりする。
実際、リッチな家庭であればあるほど、親は高額の医療ケアを受けて長生きするので、
その資産は 医療費でどんどん食い潰されて行くのだそうで、昨今の親の世代は、自分の資産総額と、毎週掛かる医療費については
一切、子供達に語らないのが 常識になっているという。
でも、今回のアスター家のスキャンダルに、もう1つひねりを加える要素となっているのが、息子アンソニー・マーシャルの2人目の妻であり 現夫人、
シャーリーン(61歳)の存在である。
マーシャル氏と夫人は、ともに既婚者として知り合い、不倫の末に結ばれたカップルで、アスター夫人はシャーリーンのことは決して良く思っていなかったという。
写真で見る限り、このシャーリーン夫人は少々太めで、一見したところ 「気の良さそうなおばさん」という感じではあるけれど、彼女の前夫は、
裕福な人々のリゾート地として知られるメイン州ノーセスト・ハーバーの教会の司祭であった人物。しかしながら、彼女とマーシャル氏の不倫が
地元であまりに大きなスキャンダルになったため、前夫は同地を離れてしまい、息子の不道徳に責任を感じたアスター夫人は、
その教会のために 多額の寄付をしたことも明らかになっている。
アンソニー・マーシャル夫人としてアスター家に入ったシャリーンは、夫を完璧にコントロールしていたとのことで、
マーシャル氏は彼女に相談せずに大切なことを決めることはなく、
メイド達も、徐々にシャーリーンに指示を仰ぐようになっていったという。
やがて、シャーリーンは アスター夫人に長年勤めたメイド達も 自分の裁量で解雇するようになっていったというけれど、
今回の訴訟がきっかけで明らかになった事実で、 アスター夫人の友人達に大ショックを与えたのが、
メイン州にあるアスター夫人の邸宅で、現在売りに出せば6億円近いといわれる物件が、
誰も知らない間にシャーリーンの個人所有になっていたという事実。
これは、アスター夫人がマーシャル夫妻の結婚記念日に、息子のマーシャル氏にプレゼントした邸宅を、
彼が愛情表現の一環として彼女に与えてしまったというもので、このことからもシャーリーン夫人の思うがままに動いている
マーシャル氏の様子が窺い知れるというものである。
アスター家の事情は別として、私は個人的に 遺産を当てにして ろくに仕事をしない人間や、遺産や
離婚の慰謝料の計算ばかりしている人間というのを 軽蔑していて、私がこうなったのも、以前の仕事のパートナーの1人が
まさにこのタイプだったからである。
彼が当てにしていたのは親ではなく、病気がちで70歳を超えていた叔父の遺産。
彼はろくに仕事をしない上に、日夜働くようなハードワーカーを馬鹿にする傾向があり、私は何度と無く 彼のことを
「この人は、将来 一体どうやって食べていくつもりなんだろう?」、「この人は 何もしていないのに、どうして こんなに自信に満ち溢れているんだろう?」と
不思議に思って見ていたのだった。
私の元パートナーが 叔父の1億円を軽く超える遺産をもらえると計算していたのは、叔父が未婚で、唯一の身寄りが
叔父の弟である彼の父と、彼の2人だけであったため。
しかし、その叔父がこともあろうに 70歳を超えて 結婚してしまったために、彼の人生設計は大幅に狂うことになってしまったのだった。
叔父が結婚した場合、彼が遺産を一部でも受け取れる唯一のチャンスは、その遺書で彼への財産分与の意思が示されていることだけれど、
彼と 叔父の妻は犬猿の仲であるのに加えて、叔父の妻には連れ子がおり、叔父があえて 妻が毛嫌いする甥に遺産を残すことは
先ずはあり得ない状況。このため叔父が結婚した時点で、彼には一銭の遺産も入ってこないことは 明白な事実だったのである。
私は、30歳を過ぎてろくに働いたこともない彼が 「I'm finished. (自分はもうお終いだ)」 とうなだれるのを見て、正直なところ呆れてしまったけれど、
その後、私がさらに呆れることになったのは、彼が何の仕事もしないにも関わらず、CUBE New York前身となった会社の利益の
4割を自分によこすように、というパートナーシップ・アグリーメント(パートナー協約書)を勝手にでっち上げてしまったことだった。
私はこの協約書の不当性を証明するために、弁護士を雇って大変な思いをすることになったけれど、
世の中には、自分で稼ぎ出すことより 人に与えられることを期待して、それに頼ることに美徳を見出す人が居るというのは、
価値観や道徳観の違いでは語れない、著しい人間性のギャップを感じさせるものだった。
こんなパートナーに出会う前からも、私はニューヨークに来たばかりのころ、知人の方にとても良くしてもらったのがきっかけで、
「与えられるよりも、人に施せる人間になりたい」と思い続けて来たけれど、そもそも
「Easy Come Easy Go / イージー・カム・イージー・ゴー」という言葉が示す通り、
やはり労せずして与えられたお金というのは、身に付かず 直ぐに出て行くものであるし、
「人に与えられるのに慣れた人ほど、自分では稼げないもの」というのは、世の中を見回すと実感することである。
ところで私は、4年ほど前にフォーシーズンス・レストランの前を通り掛かった際、同店から出てきたブルック・アスター夫人を見かけたことがある。
写真で見るとおり、帽子を被って、スーツを着用して、とても細く、小さいという印象だったけれど、当時恐らく100歳であったということを考えると、
とてもエレガントに年齢を重ねてきたと言えるもの。夫人を店の前に停めてあるリムジンに乗せるために、3人がアシストをしており、
夫人は自分の足で歩きながらも、1歩が10センチくらいしか進まなくて、僅か3メートルほどの距離の移動にとても時間を掛けていたけれど、
付き人達は根気良く彼女をエスコートしていて、彼女自身、ロイヤル・ファミリーの一員のようなオーラを放っていた。
社交界の女性というのは、人と目が合うと 必ず 何とも言えずに上品に微笑むもので、
その決して媚びない、フワッと柔らかい微笑みは、巨額な財産に裏付けられたゆとりさえ感じさせるものであるけれど、
私と目が合った時の アスター夫人もしかりで、私も思わず微笑み返してしまったのを覚えている。
昨今、あんな笑顔が出来るソーシャリートが何人存在するだろう・・・と考えるにつけ、今回の訴訟内容の虐待、放置が事実であったとしたら、
それは本当に心が痛むことである。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に
ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。
|