July 26 〜 July 31 2011

” 痛み分けの痛み ”


今週のアメリカの最大のニュースも、先週に引き続き、現行の法律で定められた 14兆2900億ドルの累積債務上限を、 8月2日のデフォルト(債務不履行)のデッドラインまでに引き上げるための オバマ大統領&民主党 VS. 共和党 の 妥協点がなかなか見出せない状況。
もし、デフォルトとなれば、世界の市場に打撃を与えるだけでなく、年金の支払いが遅れ、アフガニスタン等に派兵されているアメリカ軍兵士の給与が家族に支払われず、 アメリカの国債のAAAランクが下げられることを受けて、金利が上昇。 そうなれば、住宅ローン、学費ローンを抱えた多くのアメリカ人や、ビジネス・ローンを抱えた中小企業の経営者に 多大な経済的ダメージを与え、経済の立ち直りにさらに時間を要することになるのが目に見えているだけに、 デフォルトは何としてでも避けるというのは、両党が一貫して主張していたこと。

それでも、来年に大統領選挙を控えて、両党に様々な政治的もくろみが絡むだけに、 増税や支出の削減で譲れない争点が多過ぎたのが、 これほどまでにギリギリになっても解決策が見出せなかった要因。
この状況を受けて、6月7日には、50%だったオバマ大統領の支持率は7月29日、金曜の時点で40%に低下。 リーダーシップが欠如していると批判を浴びていたけれど、 国民は下院で過半数を握る共和党に対しても、同様にフラストレーションをつのらせており、債務上限の引き上げ難航の責任が 「共和党にある」 とアンケートで答えた人々は 70%以上になっているのだった。


オバマ大統領は、今週、国民に対して、 その解決策に応じない共和党の下院議長、ジョン・ベイナーに電話で意見を訴えるか、 もしくは その解決案や意見をツイートするように と呼びかけていたけれど、 意見が纏まらないのはアメリカ世論も同じこと。
増税は困るとしながらも、メディケア、メディケイドといった 高齢者または障害者向け公的医療保険制度やソーシャル・セキュリティ(年金)のカットも困る など、 その経済状況に応じて、言い分は様々。
今週 食事をした友人の間でも、累積債務減らしが話題に上っていたけれど、 金融会社に勤める友人は、「増税は失業を増やすだけ」として、増税には絶対反対の立場。 政府の支出の大きな部分を占めているメディケアこそカットされるべきというのがその意見で、 勝手に過食して太った糖尿病患者の医療費に、国が毎年2400億円を支払っていることに腹を立てて、 アメリカ人の肥満の原因の1つになっている、マクドナルドなどのファスト・フード・チェーンにも、タバコ同様の課税をすべきだと主張していたのだった。

これに対して、私の別の友達は両親が離婚して、それぞれ高齢に達しているので、メディケアのカットには大反対の立場。 持たない人間に与えないで出費を削減するよりも、持つ人間に税金を支払わせて税収を増やすべきというのがその意見なのだった。
そもそも、これだけの経済状況の悪化を招いた要因の1つは、ジョージ・ブッシュ政権下での、金持ち層に対する減税。 それによって、貧富の差が大きく開いたと同時に、増えると見込まれた仕事は海外に流出してしまい、アメリカの製造業が 大きなダメージを受ける結果になったのは周知の通り。 なので 「アメリカの経済悪化を招いただけでなく、それを利用して、散々良い思いをした人間に税金を払わせるのが何故悪い!」というのが この友人の言い分。

私は複雑な思いで、こうした意見を聞いていたけれど、確かに今のアメリカに増税が必要なのは誰の目から見ても明らか。 オバマ大統領は富裕層に対する増税を訴えていたけれど、課税対象となる年収ラインについては明確ではないのだった。
歴史的には、増税というものは 必ずミドル・クラスに最も重く圧し掛かるもの。 そのミドル・クラスというのはアメリカから消えつつある存在であるけれど、要するに仕事をして、ローンと税金をきちんと払っているようなアメリカ人ほど、 常に増税のあおりを受ける訳である。
アメリカでは、成人の3分の1が税金を支払っていないと言われるけれど、その内訳はもっぱら大金持ちと貧困層。 法人にしても、GE(ジェネラル・エレクトリックス)のような大企業が、今年は一銭の税金も支払わずに済むことが報じられており、 人が雇えないほどに苦しい経営を強いられている中小企業ほど、財務を圧迫するほどの税金を支払う羽目になっているもの。
なので、こうした税金逃れをしているような大企業や大金持ちから 税収を得て欲しいとは思うけれど、 そのプロセスで、何故か いつもミドルクラスや中小企業が一番損をする立場になることを思うと、あっさりそれを支持して良いものかと 考えてしまうのだった。


でもメディケア、メディケイドは、本当に生活に困っているアメリカ人にとっては命綱。
私の金融の友人が語る通り、マクドナルドのフライやバーガーばかり食べて、エクササイズもせずに肥満になった人間を 税金で救済するのは腹立たしいという思いも理解できるけれど、アメリカではファスト・フードを主食としているのは、言うまでもなく貧困層。 特にアメリカの中西部などは、車で15分の距離にファスト・フードのドライブ・スルーはあっても、新鮮な野菜や果物、肉、魚が手に入る食材店が無い というエリアは多く、ガソリン代を払って遠くの店に出かけて、高い食材を買ってきて、それを調理するような 時間もお金も無いファミリーが、 近所で安価で買えるファスト・フードを主食にしてしまうのは仕方が無い状況。
マクドナルドにもサラダや朝食のオートミールなど、一見ヘルシーなメニューはあるけれど、これらはバーガーやフライに比べて非常に割高。 なので、貧困層が購入する類のフードではないし、オートミールに含まれる糖分は、チョコレート・バーのスニッカーズより多いという不健康ぶりで、 実際にはヘルシーとは言えない代物なのだった。

現在のアメリカでは、こうした食生活で肥満、引いては糖尿、心臓病などになった人々の医療費を支払うよりも、 貧困層にヘルシーな食生活を身につけてもらう方が、遥かに支出が少ないとして、 貧困層や貧困家庭の子供を対象にした食生活改善プロジェクトが、政府プログラムの一環として、またグラスルーツ・ムーブメントとしても 行なわれいてるけれど、これらのプロジェクトは将来的な効果は見込まれても、既に糖尿や心臓病を患っている人を 救うことは出来ないのは当然のこと。
その一方で、健康や食生活に気をつけて、お金を払ってジムのメンバーになったり、食費がアップしても、 新鮮な野菜や果物、魚を中心とした食生活をしている人々は、自費で健康管理をする一方で、税金でそうした努力を怠っている人々を サポートしていることになるわけで、たとえ健康が何より有難いものだと理解していても、割りが合わない思いを抱かざるを得ないのも また事実なのだった。
立場の異なる友人達の唯一の合意点は、「戦費を減らすべき」ということであるけれど、これも政治的思惑が絡むと そう簡単には実践できないもので、戦費についても民主、共和両党の意見が大きく分かれているのだった。

通常、意見が真っ向から対立していても、妥協点を見出さなければならない場合、仕方なく辿り着く結末というのは 「痛み分け」。
すなわち、双方とも何らかの痛手を受けたまま、勝敗の結着をつけないことだけれど、私がこのコラムを書いている7月31日夜に、 民主、共和両党が達した合意も、まさにその痛み分けの状況。
その合意案によれば、政府は向こう10年間で2兆4000億円の 出費を削減することになるけれど、民主党にとっては この金額はかなりの痛手、共和党にとってはあまりに少ない金額。 でも、2012年の選挙までは債務を増やすことが出来るようになったのはオバマ大統領、及び民主党にとって 主張が通った部分。しかしながら、それと引き換えにオバマ大統領は、最も強く押していた富裕層に対する増税をギブアップしなければならず、 まだ上下院での可決のプロセスが済んでいないけれど、双方にとって痛い部分を譲った形で落ち着く気配を見せているのだった。

妥協というのは、お互いが価値あるものを手放したり、譲りたくない部分をお互いに譲るからこそ得られるもの。
でもお互いに得るものが手放したものより小さいために、少なからず敗北感を覚えることになるのが常で、 特に政策のように何らかの方向性を示さなければならないケースでの妥協や、痛み分けというのは、 その方向性が曖昧になるだけ。
したがって 今回の合意も、デフォルトを防ぐためのもので、そのデフォルトが防げたというのが唯一のメリット。 肝心な債務減らしについては、政府の出費をドラスティックに減らす訳でもなければ、増税で税収を増やす訳でもなく、 借金だけ暫くは続けられることになったという 解決には程遠いものなのだった。


ところで、アメリカの累積債務がニュースになる際に、頻繁にそのイメージ画像としてメディアに使われるのが、写真上の”ザ・ナショナル・デット・クロック”。
これは、マンハッタンの6番街44丁目のビルの壁に1989年に設置されたもの。 債務の状況が数字に反映されるようにプログラムされたこの電光掲示板は、累積債務が10兆ドルを超えた2008年9月までは、 写真上左のように「$」のマークも電光掲示板に表示されていたけれど、10兆ドルを超えてからは、写真上右のように「$」マーク電光表示の左側に ペイントされ、この先も99兆ドルまでは問題なく表示できるようになっているのだった。
僅か3年足らずで、45%も累積債務が増えたスピードを考えると、恐ろしくなるけれど、この ”ザ・ナショナル・デット・クロック”を設置したのは、生前、国家債務に異様なまでの関心を寄せていたといわれる不動産業者、シーモア・ダーストで、 現在は、ダースト・オーガニゼーションが管理しているもの。
アメリカの累積債務は、7月29日午後6時現在で、14兆5509億9426万5734ドルであったけれど、 ”ザ・ナショナル・デット・クロック”では、この数字を アメリカ一世帯当たりが抱える負債額でも表示しており、それによれば、 現時点で、アメリカの1世帯当たりの債務は12万2000ドル。ドルが77円を切った現在の為替レートで換算しても、936万円の借金を抱えている計算になるのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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