July 31 〜 Aug, 5




Don't Drink & Tell



記録的な猛暑に見舞われていた今週のニューヨーク。 気温にして38度、体感気温にして40度という暑さは、本当に 「殺人的」 と言えるもので、実際にニューヨーク市で、 今週のヒート・ウェーブ(熱波)が原因で亡くなった人の数は20人にも上っているという。
息を吸うと、体温より暑い空気が入ってくる上に、水分補給のために 水を持ち歩いても、 直ぐにぬるま湯のようになってしまうような暑さで、私は外出の際には 前の晩から凍らせておいたボトルド・ウォーターをタオルに包んで 持ち歩くようにしていたけれど、そんな氷水持参でも、1ブロック歩くと冷房が効いたショップに入らずには居られなかったのが今週のニューヨーク。
暑さと同時にニューヨーカーが心配しなければならなかったのがブラックアウト(停電)で、私が住んでいるビルでは、 節電の呼び掛けと ともに、万一停電になった場合の注意事項を書いた紙が住人に配られていたけれど、 今週火曜日の日中に史上最高の電力消費を記録したニューヨークでは、夜中の1時になってもその電力消費が落ちることがなかったという。 その原因は、冷房をつけて眠る人々が多いのはもちろんのこと、昨今では企業も個人もコンピューターの電源を落とさない傾向にあること、 加えて携帯電話、ラップトップ、アイポッド等の充電がもっぱら夜に行われているため。 すなわち、「節電を呼びかけられても、テクノロジー分野の電力消費は譲れない」というのが ニューヨーカーの本音だったようである。

さて今週、この暑さと同じくらいにメディアで大きく報道されていたのが、飲酒運転で逮捕されたメル・ギブソンの アンチ・ユダヤ発言である。
この事件は、7月27日に飲酒運転で逮捕された俳優兼、映画監督のメル・ギブソンが、逮捕時に保安官に対して、 「世界中の戦争は、全てユダヤ人の責任だ」、「お前はユダヤ人か?」と食って掛かったというもので、 人種差別、ことにアンチ・ユダヤ思想に対して 非常に敏感なアメリカ社会では、この発言が大波紋を呼んでいたのである。
さらに、この発言が大きく問題視される理由としては、メル・ギブソンが、2004年に公開され 世界で650億円を稼ぎ出した大ヒット映画で、 アンチ・ユダヤ色が強いと言われた「パッション・オブ・ザ・クライスト」の監督を務めていること、 そして彼が現在ユダヤ教を扱ったプロジェクトを2つ手掛けていることが 指摘されていたりする。
いずれにしても、この事件が発端で世の中に明らかになったのが、メル・ギブソンがアルコール中毒であるという事実で、 彼は逮捕時の発言に対して謝罪をし、アルコール中毒のリハビリ入りをしているけれど、周囲の人間によれば 彼はアルコールが入ると すっかり人が変わってしまうのだという。

英語では、「酔った勢いで喋っている」ことを 「Alcohol is talking 」、直訳すれば「アルコールが喋っている」と表現するけれど、これは 実際には「アルコールに喋らされている」という状態である。
この「Alcohol is talking 」の状態というのは、日頃は言わない本音を語っている場合と、 実際には思ってもいないこと、後から覚えてもいないことを語っている場合があり、 メル・ギブソンのアンチ・ユダヤ発言にしても、アメリカではこの 2通りの受け取られ方をしているのが実情である。 すなわち、「酔った人間の発言を深刻に捉えすぎる」という意見と、 「酔った時に、思わず出た本音」という捉え方で、前者はもっぱらメル・ギブソンを個人的に知る人々、彼のユダヤ人の友人らが メル・ギブソンをサポートするために語っている言い分。そして後者は、彼がアンチ・ユダヤ思想の持ち主であると主張する人々のコメントである。

でも、「酔うまで 飲まない」のがスタンダードなアメリカ は、まず大の大人が公衆の面前で酔っ払うこと自体が批判の対象となるので、 「酔っているから仕方が無い」という日本的な 寛容さは さほど望めない社会である。 さらに酔った上での言動も、それが真意である、無しにかかわらず 非難の対象になるのがアメリカであるし、 この国では「酔うと人が変わる」というのも、人間性の判断材料としては かなりのネガティブ要素である。

今回のメル・ギブソンのスキャンダルが、「キャリア自殺」と言われるほどの大きなインパクトとなったのは、飲酒運転、逮捕、アルコール中毒 といった問題に、アンチ・ユダヤ発言というハリウッド・スターにとっての ご法度要素が絡んだためであるけれど、彼のこのあまりに急激な転落ぶりは、 昨年から大きく人気と評判を落としているトム・クルーズを人々に思い起こさせるようで、メディアからは、 「Mel Gibson Is New Tom Cruise 」(メル・ギブソンは、次のトム・クルーズだ) といった指摘も聞かれている。
ちなみに、昨年トム・クルーズが奇行を繰り返した際は、「Tom Cruise Is New Michael Jackson」(トム・クルーズは、次のマイケル・ジャクソンだ)と 言われていたけれど、トム・クルーズの場合、人種発言など、人々の怒りに触れる行動はしない代わりに、 誰もが首を傾げる数々の奇行を繰り返してきた結果、かつてのスターダムを失いつつあり、 マイケル・ジャクソンにしても、度重なる整形手術や、幼児虐待疑惑に加え、その普通とは掛け離れたライフスタイルから すっかり変人扱いされる存在となってしまった訳である。
これに対して、メル・ギブソンの場合、映画「リーサル・ウェポン」のシリーズで人気を博し、ピープル誌の「セクシエスト・マン・アライブ」の 記念すべき第1号に選ばれ、映画監督としても「ブレーブ・ハート」でオスカーを受賞、「パッション・オブ・ザ・クライスト」が公開された時点では、 ハリウッドのキングとまで言われた存在で、長年に渡って着実にキャリアを築き上げてきたのは トム・クルーズ、マイケル・ジャクソンと同様であるけれど、酔った勢いで吐いた たった2センテンスが、 そのキャリアに、トム・クルーズが1年掛けて与えた以上のダメージをもたらすことになってしまったというのは、 「魔が差した」とも 言うべき不運であり、悪夢とも言えるものである。

18世紀の時点で、ベンジャミン・フランクリンは 「足を滑らせるのは、口を滑らせるよりマシだ」 と語っているけれど、 酔っていようと、いなかろうと、余計なことを口走って、自分の評判を落としてしまうというのは、何時の世の中でも人間が犯してきた過ちである。 しかも、現在はメディアを通じて、その失言があっという間にほぼ世界中を駆け巡ってしまう訳で、著名人であればあるほど 口を滑らせる怖さを自覚するべき状況である。
英語のことわざには 「Speach Is Silver、 Silence Is Golden (雄弁は銀、沈黙は金)」というものがあるけれど、今回メル・ギブソンが、たった2センテンスで 失ったものの大きさを考えると、 怒りや感情、アルコールの勢いで 余計なことを言う代わりに、 沈黙を守ることが出来れば、それは本当に 黄金に匹敵する財産なのである。



Catch of the Week No.5 July : 7月 第5週


Catch of the Week No.4 July : 7月 第4週


Catch of the Week No.3 July : 7月 第3週


Catch of the Week No.2 July : 7月 第2週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。