July 28 〜 Aug. 3 2008




” 北京オリンピックのメディア・へディック ”


今週のニューヨークでは 水曜に ジョン・F・ケネディ空港のアメリカン・エアラインのチェックイン荷物の仕分けシステムが故障したため、 職員が手作業で仕分けを行わなければならず、多数の便が遅れただけでなく、乗客はフライトに乗って荷物が後から届くのを待つか?、 それとも荷物と一緒に空港に留まって、何時乗れるか分らない次のフライトをブックしてもらうか?という 考えただけでも ゾッとするような選択を 迫られていたのだった。
加えてその翌日、木曜にはノースウェスト航空が2500人の人員削減と航空運賃の値上げを発表しており、空の旅は益々 ストレスフルなものになりそうな気配である。

その一方で、火曜日にニューヨークのパターソン州知事が異例のTV放送で行ったスピーチが、 ニューヨーク州が急速に経済危機に陥っているという状況で、その悪化ぶりはニューヨークが 無法地帯と化していた 1970年代に匹敵するとのこと。
どうしてこんなに突然、州の経済が悪化したかといえば、ウォールストリートの不況の影響が大きいとのことで、 昨年6月にはニューヨークの16の銀行からの税収が約189億円あったところが、今年の6月にはそれが僅か5億4000万円ほどに減っており、 これは97%減という恐ろしい数字。 この税収減を受けて、州の財政赤字は過去90日間に22%も膨らんだそうで、今後は州の職員のカット、 パブリック・サービスのカットが行われるのは必至の状況となっているという。
このため州知事は火曜のスピーチで 税収減をカバーするため ブリッジやトンネル、主要道路を売りに出す計画を発表しているけれど、 同様のことは1991年のリセッション下でマリオ・クォモ州知事によっても行われたことである。
もちろん、これによって外国資本がニューヨーク州の財産を所有する可能性も出てくる訳だけれど、かつては 「Buy American / バイ・アメリカン」と 言えば、アメリカの製造業を守るために アメリカ国民に 「アメリカ製品を買おう!」 と呼びかけるキャンペーンであったもの。 ところが 今では「Buy American」と言えば、ヨーロッパのユーロ・リッチ、ポンド・リッチ、ロシアやアラブの富豪や企業が、 アメリカの企業や、ランドマークを含む不動産を買っていく言葉を指すことが ジョークのように語られていたりする。

そんな中、金曜にはアメリカの今月の雇用統計が発表されているけれど、それによればアメリカでは7ヶ月連続で雇用が減り続けており、 現在の失業率は5.7%。今年に入ってから46万3000人分の職が失われているという。
でも、この雇用統計の数字には現れていないのがフルタイムの職を解かれて、パートタイムで働くことを強いられている人々。 ニューヨーク・タイムズ紙によれば、現在勤労者のうちの4%近くがパートタイム・ワーカーであるとのことで、フルタイムからパートタイムに 替えられた場合、収入の20〜30%を失うケースが殆どであるという。
英語には「ペイチェック・トゥ・ペイチェック」という表現があるけれど、これは毎月の給与の中で ギリギリで生活をしている人々で、 貯蓄の余裕などない人々を指す言葉。 こうした「ペイチェック・トゥ・ペイチェック」の人々がフルタイムからパートタイムに格下げされた場合、 食費を支払うためにクレジット・カードの負債が増えていく例が多いとのことで、職があるとは言っても生活が苦しくなるだけというのが実情のようである。

でもある意味で今週最大のニュースとなったのは、 2001年9月11日のテロ直後、アンスラックス(炭疽菌)が混入した郵便物を送りつけるという 薬物テロで 当時の二ューヨークを脅かした 真犯人と思しき人物がFBIによって確定され、その直後に同人物が自殺を図ったという報道。
同事件では 郵便物からアンスラックスを吸い込んで 5人が炭疽病で死亡したことから、 9/11のテロ直後でナーバスになっていたアメリカ、特にニューヨークでは 薬物テロへの警戒が非常に高まったけれど、 このアンスラックスを送りつけた張本人というのが 写真左のブルース・アーヴィン(享年62歳)で、彼は36年にも渡ってメリーランド州にある アメリカ陸軍メディカル・リサーチ・インスティテュートに勤務した人物。
早くからFBIの捜査線上に浮上していたブルース・アーヴィンについては、「当時あれだけの量のアンスラックスを持ち出せたのは彼だけ」と関係者が証言していたけれど、 その動機と見なされるのが、彼が炭疽病のワクチンの特許を取得していたということ。 事実、炭疽病への恐怖が高まって以降、彼はヴァックス・ジェンという会社と約950億円のワクチン生産契約を結んでいたのだった。 その後この契約は、ヴァックス・ジェンが契約金を支払いきれずに解消されたというけれど、 自分にFBIの捜査が迫ってきたのを感じたブルース・アーヴィンは 2005年頃から銃を購入するなど 逮捕を恐れる奇行が目立つようになっていたという。
今週火曜日の彼の自殺は 薬物の過剰摂取によるものであったけれど、この日は 彼の弁護士が、 アーヴィンが死刑を免れられるよう FBIと司法取引について話し合う ミーティングの当日であったという。


さて、北京オリンピックの開幕がいよいよ今週末に迫っているけれど、アメリカ国内で徐々に指摘され始めているのが、 放映局であるNBCが 多額の放映権料とプロモーション・フィーを支払って、とんでもない貧乏くじを引くことになるかもしれないということ。
そもそも、中国政府がオリンピックを誘致するにあたって IOCにに約束したのが、他国で行われるオリンピック同様の 報道の自由を外国メディアに与えるということ。 ところがその状況は過去数ヶ月で一変してしまったという。
NBCは オリンピックが行われる度に、開催地の街の様子や、伝統、食べ物、人々の習慣や素顔 などを報じるセグメントを設けており、 トリノ・オリンピックの際には このNBCのセグメントが好評で、トリノへの観光客が増えたと言われていたほど。 ところが、中国政府は開催数ヶ月前になってからヴィザの発行から、ジャーナリストの滞在期間の制限などについて、 突然態度を硬化させ、報道についても NBCの再三に渡る要求を無視して、オリンピックの試合以外については厳しい報道規制を敷いているという。
外国記者達はインターネットへのアクセスも制限され、各メディアが捉えた映像も中国政府が厳しい目を光らせてモニターするとのことで、 NBC内では万一、オリンピックの開会式で中国の人権問題やチベット自治区への弾圧に抗議する選手や観客が居て、その映像を カメラが捕らえた場合、それを放送することによって その後 中国政府から取材規制を益々厳しくされるのでは?といった危惧も囁かれている。

でもアメリカの放映権料と言えば、オリンピックの収入の半分以上を占める莫大な金額。 アメリカのメディア権料なくしては、オリンピックの開催などあり得ない訳だけれど、何故そのアメリカのメディアが 中国政府の規制に対して 強く抗議することが出来ないか?といえば、NBCの親会社であるジェネラル・エレクトリックが中国進出に 多額の投資をしているため。ここで子会社が中国政府の機嫌を損ねれば あとあと 親会社の利益に響くという ビジネスがらみの駆け引きが生じているのである。
でも言論の自由、報道の自由が保障されているアメリカのメディアに手かせ足かせが付けられた場合、 果たしてオリンピックというスポーツと平和の祭典がどんなイベントとして報じられるのか、そして 言論と報道の自由に慣れ親しんでいるアメリカの視聴者が 厳しい報道規制の中で製作されるオリンピック番組を見て、 どんな印象を受けるのか?は NBC側にも予測が付かない部分。一方、ABC、CBS、FOXといった大手ネットワークは それを「興味深く見守る」 というのは上品な表現で、 実際には高見の見物ということになるようである。

既に中国入りしているNBCのレポーターのブログによれば、オリンピックを国家の威信にかけて完璧に成功させようと躍起になる 中国政府の厳しい規制のため、現地入りしているジャーナリスト達の間では 既に 北京オリンピックを 「No Fun Games 」、「Killjoy Games」 などと呼び始めているそうで、より良いアングルで映像を捉えようとカメラマンが椅子に上っただけで、「オリンピックを侮辱している」として、 引きずり下ろされるような始末であるという。
既に聖火リレーの段階で、前例の無いトラブルが続発した北京オリンピックなだけに、インターネット上には写真右のような 北京オリンピックを皮肉ったパロディが多数見られ、メディアでは もっと過激に 北京オリンピックを 1936年にナチス・ドイツがオリンピックをプロパガンダに使用したベルリン大会以来のアグリーな大会であると指摘する論説なども 掲載されているけれど、これだけ開催に批判的な声が聞かれるオリンピックはかつて無かっただけに 今日付けのニューヨーク・ポストでは 「北京オリンピックは、スポーツ以外の点で非常に興味をそそられる」といった社説が掲載されていたのだった。

ところでオリンピックといえば、広告代理店がスポンサー企業のエグゼクティブを現地に招待したり、スポンサー企業がクライアントを 招待するなど、ビジネス接待に使われる場でもあるけれど、昨日、8月2日付けのニューヨーク・ポスト紙によれば、 そうした企業エグゼクティブらに対して、北京オリンピックに出かける際は会社の情報を入れたラップトップや携帯端末機を 持参しないようにとステート・デパートメントからのメモが配られているという。
これはエレクトリック・コミュニケーションが中国政府によってモニターされているのに加えて、セキュリティを理由にラップトップや 携帯端末機から情報を盗まれる危険があるためだそうで、北京オリンピックは中国政府のスパイ活動に 利点をもたらすイベントとして捉えられているというのがこの報道である。

さてアメリカ選手団は今後、徐々に北京入りすることになっているけれど、先に現地入りした関係者が真っ先にチェックしているのが 北京の大気汚染。 「メダルが取れないなら、マラソン選手は途中棄権した方が長生きが出来る」などと指摘されるほどの 大気汚染が問題視されている北京であるけれど、人権問題と同時に中国政府が批判されているのが環境問題である。
こんな記事の数々を読むと、「オリンピックって一体何なんだろう?」と思ってしまうけれど、ビッグ・ビジネスであることは紛れも無い事実で、 放映局のNBCはオリンピック史上で最高額である 10億ドルの広告収入を見込んでいると言われている。
アメリカでは過去数年、中国の好況と市場の大きさを受けて 中国語を学ぶ人々の数が急増していることが伝えられているけれど、 オリンピックが終わった時点で まだまだ多くのアメリカ人が中国語を学びたいと考えているかどうかは、オリンピックがどのように開催され、 どのように報じられるかに掛かっているといっても過言ではないようである。





Catch of the Week No. 4 July : 7 月 第 4 週


Catch of the Week No. 3 July : 7 月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 July : 7 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 July : 7 月 第 1 週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。