Aug. 2 〜 Aug. 8 2010




” New Normal & Happiness ”


今週のアメリカでは際立って大きなニュースは無かったけれど、週末になって発表されたのが 7月の雇用統計で、 それによれば 先月アメリカで失われた仕事の数は13万1000。
同月にはプライベート・セクターで7万1000の新しい雇用が生み出されたというけれど、国が一時的に雇っていた国勢調査のための職員が 調査終了と共に 職を失ったため、失業者数の増加に繋がったことが指摘されており、これを受けてアメリカの失業率は7月も9.5%という数字になっているのだった。
アメリカではリセッションの間に 800万人分の仕事が失われており、これがプライベート・セクターの雇用が月に 7万増えた程度で 盛り返せる数字ではないことは アメリカ国民ならば誰もが実感しているところ。
実際、雇用統計で失業者と見なされているうちの 約半分は6ヶ月以上仕事に就いていない人々。そのうちの140万人は 99週間、すなわち2年近く失業状態が続いている人々で、これは大恐慌時代以来の最悪の数字。 そして、この数字の中には あまりに仕事が見つからないために職探しを諦めた人々の数字は含まれていないのが実情なのである。
オバマ政権は中間選挙を11月に控えて、「失業率は一時的に悪化するものの、2011年末までには8.7%に低下し、2013年までには リセッション前の水準とほぼ同じの6.8%に落ち着く」 という楽観的な見通しを打ち出しているけれど、ビジネスの専門家によれば これが実現されるためには 向こう3年間、毎月30万の雇用が生み出される必要があるとのこと。 そしてそれが 現在の状況からは 不可能と言えるほどに難しい数字であることは、火を見るより明らかなのだった。

これを受けてウォールストリートや一部のメディアでは、経済成長があまりにスローで、高い失業率が続く状態を ”ニュー・ノーマル” と 見なす動きが出てきており、金融関係者の間では向こう3〜5年はこの”ニュー・ノーマル”が継続するという予測がされているのだった。
海外の投資家の恩恵を受けて 株価と債券が持ち直し、安泰ムードに入っている金融業界が、 一般庶民が職に就けずに苦しんでいる状態に対して ”ニュー・ノーマル” という 市場の悪材料とならないような 平穏なネーミングをつけているところは 何とも 腹黒い というか、身勝手 という印象を受けるもの。 でも、失業率が下がらない状態が恒久化しつつあること、そして失業率の高さに今さら驚く人々が徐々に減ってきていることは 事実で、それがノーマルかは別として 新しい状況でないことは 認めざるを得ないのだった。


経済の成長が アメリカでスローになっている理由の1つは消費が伸び悩んでいること。
そして消費の伸び率は、雇用の安定とリンクしているので、中流以下の人々が働いて収入を得て、消費活動を再開させるまでは、 富裕層がどんなにお金を使ったところで 経済が国全体の規模で拡大することはあり得ないと言えるもの。
でも、雇用問題とは無関係に 消費活動に水を差すムーブメントが国内で徐々に起こってきていることが指摘されて久しいのが今日のアメリカなのだった。
その消費活動に水を差すムーブメントとは、あくせく働いては物を買う ” マテリアリスティック=物質至上主義 ”の幸福感を否定し、生活の規模を小さくして、 時間と精神にゆとりのある 真の幸福感、お金では得られない豊かさを求めるというもの。

このムーブメントについては、今日8月8日付けのニューヨーク・タイムズのビジネス欄のトップ(写真左)でも扱われていたけれど、 ここにその具体例として登場していたカップルは、共に31歳。 かつては2台の車を所有し、2ベッドルームの大きなアパートメントに暮らし、 ファッション、ハイテク・ガジェット、キッチン・グッズなど、ありとあらゆるものを買い揃えて ”働いては使う” というサイクルに はまった消費活動をしていたという。
でも もちろん、彼らがしていたのは 働いてお金を貯めてから消費をするのではなく、クレジット・カードを使って お金を貯めるまえに物を買ってしまうという 典型的な リセッション前のアメリカ人の消費。 その結果、彼らはそこそこの収入はありながらも、日本円にして約270万円の借金を抱えており、決してハッピーな暮らしをしていなかったという。

ところがある時、このカップルは 「パーソナル・アイテムを100に絞って生活する」という ライフスタイルのダウン・スケールを謳った ウェブサイトに影響され、 それぞれの所有品を売ったり、捨てたり、寄付をしたりしながら、どんどん減らして行くことにしたという。
加えて2人は、2台の車を売って 自転車に切り替え、アパートも広かった2ベッドルームから、ストゥーディオ(ワンルーム)に引越し、 生活の無駄をきっぱり取り去ったのに加えて、妻は以前より 40%収入が減るものの、余暇がたっぷり取れる仕事に転職。 それでも、そのダウン・サイズ&ダウン・スケール後のライフ・スタイルであれば、減った収入でも暮らしてくのには全く問題が無かったという。
そしてその生活を3年続けた現在では、270万の借金がゼロになっただけでなく、ヴァケーションに出掛ける経済的余裕も生まれたとのこと。 さらに、妻は仕事の余暇にアウトドア・ライフを楽しんだり、週に4時間のボランティア活動をするようになり、 最初はカップルの行動を疑心暗鬼で眺めていた家族も、彼らの転身ぶりにすっかり感心するようになったという。

カップルの現在の心境は、「生活の規模を大きくするのが幸せと考えるのは誤り。物の購入では幸福感は得られない」というもの。 また、同じくこの記事に登場したフィルム・メーカーの男性は、 「自分がこれまで信じてきた 新しい車、最新のファッションを手に入れる といった幸福の定義が、ある時点からすっかり色褪せてしまった」として、 生活をスケール・ダウンさせることによって得られた 余暇に楽しむサーフィン、人々とのコミュニケーションに 幸福感を見出すライフスタイルを語っているのだった。
消費者動向のリサーチで知られるNPDグループの調査によれば、昨今ではリセッションをきっかけに自分のライフスタイルを見直す人々が増えており、 その結果、アメリカ人の間で消費の傾向に変化が見られ始めたという。 この分析によれば、”誇示的な消費”から”計画的な消費”に変わっていったとのことで、 確かに、リセッション前まではクレジット・カードの負債を増やしながらでも 人に見せびらかす消費、見せびらかした人に追いつく消費を続けていたのがアメリカ社会。 でもリセッションに入ってからは、それが計画的な 予算生活に変わっていったのは誰もが自覚するところ。
加えてさらに分析を深めていくと、人々は刹那的な消費を控えるようになり、 スポーツやレジャーなど何かに取り組む消費、カルチャーやグルーミングなど自分を向上させるための消費、 さらには満足感が長く持続する消費、すなわち長く愛用できる物や 思い出が残る旅行などにお金を使う 傾向が顕著になってきているという。

もちろん、物を買うという行為はかつてはもっと大きな満足感、幸福感を人々に与えたもの。 それは クレジット・カードが蔓延する前の 「欲しいものを見つけて、お金を貯めて買う」というような、購入が目標であり、達成であった時代の話。
時間を掛けて、思い入れをつのらせながら手に入れる物の方が遥かに価値が高く、満足感を与えると同時に、 長く愛用することになるのは当然のこと。でもその後のクレジット・カード文化のせいで 消費者は それを買えるお金が無くても 深く考えずに簡単に物を購入しては、すぐに飽きてしまって、その結果また別のものが欲しくなるという 消費活動の泥沼をに入ってしまった訳である。 そして そんな本来持っていないお金による消費の増加を受けて あたかも経済が潤っているような様相を呈しながら 借金社会になっていったのが ”好況” と呼ばれた時代。
でも そのせいで借金を抱えた人々は、特に欲しくなかったもの、必要でなかったものに対して 利息分が加わった額面以上の支払いをする羽目になったのは 周知の事実。 そしてアメリカ国民に対して そんな分別の無い消費活動を促すことによって 金融機関やカード会社は 多額の利益を上げてきた訳である。

なので、言うなれば クレジット・カード社会が物を購入する幸せをぶち壊してしまったことになるけれど、 それと同時にこの記事で指摘されていたのが、たとえカードでも お金を使えるという心理は 日々の小さな幸福感に対する感覚を鈍化させてしまうという事実。 物欲を頻繁に満たして自分を幸せにする生活に慣れてしまうと、 甘さを欲している時に食べた チョコレートの味、公園に咲いている美しい花などから味わえる 小さな幸福感や感動を 見逃しがちになるというのが その指摘なのだった。

でもふと考えると、現在のアメリカの肥満問題も カード消費による借金社会の問題と非常に似た部分があるのだった。
現在アメリカでは、成人の約3分の1が オビーシティと呼ばれる ”極めて肥満”の状態で、それより劣る”肥満”のレベルは成人人口の半分。 その肥満の傾向には拍車が掛かる一方なのである。
これはマクドナルドのようなファストフード店や、ジェネラル・ミルズ、ケロッグのような食品業界大手が 満足感が簡単に得られるものの、それが持続しない フードをあえてデザインして、その食欲を煽った結果とも指摘されるもの。 過度の肥満になる人々は、自分が本当に空腹かどうかも分からないまま食べ続けている訳で、 これは特に欲しい訳でもないものを購入して カードの借金を増やしている消費者と全く同様。 さらに こうした人々の ”お腹が空く前に食べる” という行為も ”お金を貯める前に使ってしまう” という行為に類似していると判断されるのだった。
そしてカード地獄同様、肥満問題の犠牲者となっているのも もっぱら裕福とは程遠い層。 収入がある人々は、フレッシュな野菜や魚など、加工・プロセスされていない食材を使った バランスの取れた食生活で健康を保っているのである。

こうしたカードによる借金や肥満は これまでのアメリカ社会の風潮である 「More is Better」という 状態に歯止めが利かなくなった結果とも受け取れるもの。
今、アメリカの消費者については徐々に そうした理性を失った状況から、 自分のライフスタイルのサイズを見直して、それにに見合った消費をしようというムーブメントが出てきている訳で、 これは見栄を張った消費や、その支払いに追われるストレス、支払いのためにオーバー・ワークとなる疲労と忙しさから 人々を解き放って、より人間らしい生活に引き戻してくれるというもの。
これによって、まともな生活に戻れるアメリカ人が増えることは アメリカ社会の幸福度を高めるかもしれないという期待が持てるけれど、 エコノミーの視点からは 経済規模が早急に 拡大しないと見込まれるのも また事実。
そうすれば当然、雇用も増えないことが予測されるけれど、人々がノーマルな状態に戻れるという意味で、 これを「ニュー・ノーマル」と呼ぶのであれば、それは公平な解釈。 でも「人々の仕事が無い状態が 当たり前」という意味で この言葉を使うのであれば、ウォールストリートにしてもメディアにしても あまりに冷たく、無責任と思えるのが私の個人的な意見なのだった。





Catch of the Week No. 1 Aug. : 8月 第 1 週


Catch of the Week No. 4 July : 7月 第 4 週


Catch of the Week No. 3 July : 7月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 July : 7月 第 2 週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。





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