Aug. 16 〜 Aug. 22 2005




Enjoy ”It” While It's Hot



既に、HPでもお知らせしている通り、今週からCUBE New Yorkで取り扱いがスタートしたのが、フェンディのスパイ・バッグと並んで この秋の ”It(イット)”バッグになっているクロエのペディントン・バッグのベッソ版レプリカである。
この入荷に当たって、バッグの実物をチェックしなくては!と思った私は、クロエ・ブティック、バーグドルフ・グッドマン、サックス・フィフス・アベニューに それぞれ足を運んだけれど、何処の店にもバッグは1つもなく、少数が入荷する度に、 ウェイティング・リストの顧客が購入するので、サンプルさえも置いていないし、見せてもいないとのことだった。
そこで、私は本物のバッグとベッソの製品を比べるだけの理由で、ウェイティング・リストに名前を入れなければならなかったけれど、 思いのほか、早く電話が掛かってきたのはバーグドルフ・グッドマンで、私は頼んでおいたブラウンのペディントン目指して出掛けることになった。 そして実際にバーグドルフ・グッドマンの店員と話していて受けた印象は、 確かにペディントン・バッグはこの秋一番人気のバッグではあるけれど、それと同時に、「手に入り難いバッグを入手させてあげた」 という印象を購入者に与えるようなマーケティングが行われているということだった。

人間というのは不思議なもので、雑誌の写真で見た時はピンと来なかった服やバッグでも、今それが「ウェイティング・リストに200人の名前が連なる大人気商品!」 になっていたり、ファッション・アイコンと見なされるセレブリティが着たり、持ったりしているのを見れば、突然欲しくなるものである。 逆に何ヶ月も「欲しい!、欲しい!」と思い続けてきたものでも、一度メディアや知人が「XXXXはもう終わり!」などと言っているのを聞いたり、 自分がダサいと思う人が着ていたり、持っていたりすると、途端に購入意欲が失せるものなのである。
私の友人は、この購買意欲のローラーコースターをつい最近体験したそうで、彼女はモニカ・ボトキエのピンクのバッグが欲しくて、 3ヶ月ほど必死で探していたのだという。ところが、アメリカ人の友人が同じバッグのブラウンを持っていたので、それを褒めたところ、 「このバッグ、便利だから使っているけれど、So Last Year (去年までの流行) じゃない?」と言われて、突然欲しくなくなってしまったという。 ちなみに彼女は、その前はルエラのジゼル・バッグを欲しがっていた時期があり、私が昨年末にバーグドルフ・グッドマンでジゼル・バッグが ほぼ半額のセールになっていたので、教えてあげたところ、喜んで買ってくるかと思ったら、 「(ジゼル・バッグが) こんな終わっているバッグだとは知らなかった」と言って、やはり買うのを止めてしまったことがあった。

でも、庶民が秋を迎える時点で、少量ずつ入荷してくるペディントン・バッグを争っている中、 ファッション業界やハリウッドのセレブリティの間では、このペディントン・バッグを初夏の時点から持ち歩いていること、 もしくは、サンプルだけが作られて、商品化されなかった素材のペディントンを持っている事が 「 It 」とされている訳で、 「 It 」の追求は上を見ればキリが無いのである。


このように、物でも、人でも、店でも 「 It 」、すなわち旬の存在と見なされるものは、人々の興味や購買欲を煽り、引く手数多の人気になるし、 その流行が大きければ大きかったほど、ピークが過ぎた後の反動も大きいものである。
だからマーケティングの世界では、「 It 」を長続きさせるためには、「オーバー・エクスポージャーを防ぐこと」が鉄則とされており、 このオーバー・エクスポージャーとは、メディアに騒がれすぎること、商品だったらそれが市場に氾濫し過ぎることで、 「簡単に、誰にでも 手に入る」、「簡単にアクセスできる」ものに対しては、人々は有り難味や敬意は払わないものであるし、 直ぐに飽きを感じてしまうものなのである。

そう考えると、ニューヨークのナイト・スポットの 流行り・廃れ はまさに、その「 It 」をめぐる人間心理をそのまま映したものである。
クラブが最もホットと見なされるのは、ドアポリシーが厳しく、未だ一般にその存在を知られていない段階。 やがてメディアが「ホット・スポット」として取り上げ始めると、「 It 」の最先端を追いかけていた人々は、そのクラブにさらにエクスクルーシブなVIPセクションでも 存在しない限りは、そこに足を運ばなくなってしまう。
メディアが取上げることによって、一般の人々の間での関心が高まった頃が、クラブにとっては最も稼ぎ時と言える時期で、 この時期に、オーナーやプロデューサーはガッポリ儲ける、もしくはクラブを高値で売りに出すことになる。 最初はドアポリシーを厳しくして、入店者を選ぶ形を取るけれど、徐々にそのドアポリシーは緩んで行き、 店のサービスも高飛車からフレンドリーに変わり、誰でも待たずに入れるクラブになった時点で、 そのクラブは「ブリッジス&トンネル(橋やトンネルを渡ってやって来る、マンハッタン外からの来店客) しか寄り付かない」などと言われて、廃れていくのである。

こうなると、ナイト・スポットのビジネスは、いかにエクスクルーシブな時期を長く持続出来るか?に掛かってくるとも言えるけれど、 その意味で、昨今、最も興味深いマーケティングを展開したと言えるのが、6月半ばにラファイエット・ストリートにオープンした「ラ・エスキーナ」である。
同店のオーナーの1人であるサージ・ベッカーは、80年代後半にマンハッタンで最もホットなクラブであった、M.K.、エリア等をプロデュースし、その後 バウリー・バー(B・バー)、ジョーズ・パブを手掛けた人物。 ラ・エスキーナは、当初、ベッカー氏を含むオーナー4人の友人らを中心に口コミで来店客を増やしていったレストラン兼ナイト・スポットで、 これが口コミ以外で初めて広まったのはインターネット上のブログであった。
でも、このラ・エスキーナという店は、話を聞いただけでも、ブログを読んだだけでも、いかにも行って見たくなるようなスポットで、 そのトリックというのが、ラ・エスキーナは店を訪れても、看板が出ていないどころか、「ザ・コーナー・デリ」というメキシカン・デリ (写真右)であるということ。
このデリに入っていくと、「エンプロイーズ・オンリー (店員以外立ち入り禁止)」と書かれたグレーの鉄の扉があり、 そこを入って階段を下り、キッチンを通り抜けて行くと、そこで出会うのが美人のホステス嬢。 彼女に店の電話番号をもらって、一度地上に戻り、渡された番号に電話を掛けて予約を取るというのが、この店に入店する唯一の方法で、 例えドリンクだけでも予約を入れなければならないというのがルールである。
この予約というのは、直ぐにテーブルが用意される場合もあれば、1時間、2時間、時にはもっと待たなければならない場合もあるとのことだった。 ちなみに、ラ・エスキーナは100種類のインポート・テキーラが売り物のレンガの壁のインテリアのレストランで、出されるフードは、階上のザ・コーナー・デリ同様、 メキシカン・フードである。

「ノー・パブリシティ」、すなわち取材にも応じなければ、オープニング・パーティーもしないというポリシーで、もちろん店内写真も一切撮らせない方針で 運営されてきたラ・エスキーナが、初めてメディアらしいメディアに書かれたのは7月20日のデイリー・キャンディーと呼ばれるメルマガであった。 ところが、その11日後、7月31日付けのニューヨーク・タイムズのスタイル・セクションが、その第一面で、 ラ・エスキーナの秘密の扉のことはもちろん、美人ホステスから直接受け取らない限りは公開されていなかった電話番号までを 掲載してしまったために、同店は一夜にしてニューヨークで最も予約の取りにくいホットなレストランになってしまったのである。
これが果たして当初から計画されていたメディア・エクスポージャーなのか、それとも ネット上で徐々に広まった同店のことをタイムズの記者がレポートしただけなのかは定かではないけれど、 同店のオーナーが、これまでホット・スポットを数多く手掛けてきたサージ・ベッカーであるだけに、 時限爆弾のように巧妙に仕掛けられたパブシティであるという説が有力となっている。 それを証明するかのように、ニューヨーク・タイムズの記事には ラ・エスキーナがもう直ぐ午前4時まで営業の カクテル・ラウンジになることが明記されており、「バウンサー(ドアマン)を雇って、通常のクラブのように運営されるのも時間の問題」 というセンテンスで記事が締めくくられていたのである。
ウェブ上のブログでは、ラ・エスキーナが ごく一部の人々の間だけで、「It」とされていた44日間を惜しむ声も聞かれているけれど、 タイムズが書いても、書かなくても、遅かれ、早かれ、その評判が広まって、エクスクルーシブな輝きを失うのがこうしたナイトスポットの宿命なのである。

ナイト・スポットでも、ファッションでも 「 It 」 が廃れることなく生き残った場合は、長寿の定番となる訳で、 そうなるものには、時代とは無関係の魅力や利点があると同時に、ある種の「無難さ」という概念が備わっているものである。
このラ・エスキーナが半年後、1年後のニューヨークでどのような存在になっているかは知る由も無いけれど、 同店が人気を持続しようと、廃れようと、その時には、その時点の新しい「 It 」が存在しているのである。 そう考えると、「 It 」を追いかけることは、ある種、刹那的な行為に思えるけれど、 レストランやクラブ、ファッション、スポーツ、映画、音楽等、ありとあらゆるものが、時代を映して変わって行く訳で、 時代の空気を呼吸して、その時々のエキサイトメントを感じながら生きてこうとする触覚を持つ人々が、 「 It 」に引き付けられるのは、鉄くずが磁石に吸い寄せられるのと同じくらい自然なことであるし、 頭で考える以前に本能的に行っている活動なのである。
また「 It 」を探求する心は、好奇心でもあるから、これを追いかける心とエネルギーがある限りは、人間は若くあり続けるのである。



Catch of the Week No.2 Aug. : 8月 第2週


Catch of the Week No.1 Aug. : 8月 第1週


Catch of the Week No.5 July : 7月 第5週


Catch of the Week No.4 July : 7月 第4週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。