Aug. 13 〜 Aug. 19 2007




” Beiging, Ready for Olympics ? ”



今週のニューヨークの週明けは、トークショー・ホストとして長年第一線で活躍したマーブ・グリフィン、 以前このコラムでも触れた ニューヨークの社交界の華であり、生涯で数百億円のチャリティ活動を行った ブルック・アスター夫人、元ヤンキーズの選手で引退後は40年間 解説者として知られたホール・オブ・フェイマー(野球の殿堂入りした人物)、 フィル・リズットという 3人のレジェンド死去のニュースが、月曜、火曜、水曜 と3日連続で報道されて、時代の流れを感じさせていたのだった。
特にブルック・アスター夫人については、ファッションの業界紙WWDが死去翌日の火曜日の表紙を含める5ページの追悼報道をした他、 ニューヨーク・タイムズ紙も第一面がそのニュースを報じ、さらに今日、8月19日付けの同紙のスタイル・セクションでも、 夫人の生前のファッションや社交のスナップが 大きく特集されていたのだった。 また 金曜に行われた夫人の葬儀には、ニューヨークの政界、財界、社交界、ファッション界等から数多くの参列者が訪れ、 その参列者を見に 一般の人々が集まってきたため、NYPD(ニューヨーク市警察)が警備に出動する大々的なものになっていた。

今週は、ビジネスの世界ではニューヨーク株式市場の乱高下が毎日のように報じられ、近年で最も荒々しくマーケットが動いた 週と言われいてたけれど、株価やサブプライム・ローン等とは無関係の子供達の間で 今週のビッグ・イベントとなっていたのは、 ディズニー製作の大ヒットTV映画、「ハイスクール・ミュージカル」の続編、「ハイスクール・ミュージカル2」が 週末のディス二ー・チャンネルでワールド・プレミアになったこと。 この「ハイスクール・ミュージカル」は、アメリカでは CD & DVD が昨年度の売り上げ No.1に輝く サプライズ・メガ・ヒットとなっているけれど、 日本を始め世界90カ国で既に放映され、世界中で 10億ドル(約1150億円)を稼ぎ出す超ビッグ・ビジネスとなっているもの。 昨今、この主演の ザック・エフロンは 小中学生を中心に大人気となっているハリウッドの ライジング・スターである。

その一方でスポーツの世界では、土曜日にデヴィッド・ベッカム率いるLAギャラクシーがニューヨーク入りし、 対ニューヨーク・レッドブルスとのシーズン第1戦目が行われたのが大きな話題となっていた。 試合はベッカムの再三に渡るアシストにも関わらず5−4でニューヨーク・レッドブルスが勝利を収めている。 しかしながら メジャーリーグ・サッカーが ニューヨーク・タイムズの第一面にカラー写真入りで掲載されるなどということは そうそうあり得なかったこと。また 通常1万人程度の観客動員数しかないレッド・ブルスの試合に この日は 公式発表で 6万6237人が観戦に訪れており、ベッカム効果が確実に現れていることを立証する結果になっている。
でも、その同じ土曜日には ワールド・トレード・センター近くで、9/11のテロの際に大きな被害を受けながらも、 その後6年間放置され続けていたドイツ・バンク・ビルディングで火災が発生し、 ファイヤー・ファイター(消防士)2人が命を落とすという事件も起こっている。 火災の原因は未だ判明していないけれど、ビルから上る炎と煙、 現場の混乱振りを目の当たりにしたニューヨーカーの脳裏にまたしても フラッシュバックしてきたのは、約3週間後に6周年記念イベントを控えた 9/11のテロ。 このドイツ・バンク・ビルは、アスベストの巨大な塊とも表現される トキシック(毒)・タワーで、 構造的にも危険な状態な建物であることから、解体作業の引き受け先が決まらないために 黒いネットが被せられたまま長年放置されてきた建物である。
現在、付近は悪臭が漂っている上に、埃やそれに混じったアスベストが空気中に撒き散らされていることも懸念されており、 近隣のアパートに暮らす人々は立ち入り禁止令が出ているため、自宅に戻ることさえ出来ないという。

さて、今日8月19日のニューヨーク・タイムズ紙のトラベル・セクションに大きくフィーチャーされていたのが、来年のオリンピック開催に向けて 大きく変わりつつある北京に関する記事だった。
鉄柱をぐるぐる巻きにしたような外観の ”バード・ネスト(鳥の巣)” とニックネームされたメイン・スタジアムを始めとする オリンピック・ファシリティが着々と建設されているのに加え、 ありとあらゆる高級ホテルが ラグジュアリアスなセッティングで 北京に進出しており、 そのラインナップは、グランド・ハイアット・ベイジン(Beijing / 北京)、セント・レジス・ベイジン、リッツカールトン・ベイジン、 ペニンシュラ・ベイジン、インターコンチネンタル・べイジンなど大手が勢揃い。 しかも それぞれのホテルが150メートルの吹き抜けロビーや、ピラミッド型のロビーなど、デザインやテクノロジーを駆使した ゴージャスな作りであるけれど、通貨換算の関係で こうした一流ホテルに 1泊300ドル代から滞在できてしまうのが北京の魅力になっているという。
またホテルだけでなく、オリンピックのチケットも 野球の試合ならば5ドル、オープニング・セレモニーならは773ドル程度と、 客席がなかなか埋まらなかったトリノ・オリピックよりも ずっと低価格に設定されていることも伝えられているのだった。

その一方で、日本の一部メディアでも報じられていた通り、現在北京の街ではオリンピック・ホストをきっかけに、 世界の国際都市と肩を並べるために 市民に対するマナー教育が行われているという。
その市民マナーの問題点としては、道に座り込む、唾を吐き捨てる、 行列をしないで待ち、我先に と人を掻き分ける 等 が挙げられているけれど、 もしこれがニューヨークならば 道に座っていればホームレスだと思われるし、唾を吐き捨てるのをポリスマンに見つかったら50ドルの罰金、 また行列を無視して割り込めば、並んでいる人に注意されてしまうけれど、どんなに混み合っていても 男性が女性や高齢者を先に通してくれたり、 男女に関わらず若い人が 高齢者や子供に席を譲るなどはマナー以前の常識になっている。
そこでふと思い出したのが、ニューヨーク・タイムズに5月に掲載されていた ヨーロッパで最もマナーの悪い旅行者の 国別ワースト・ランキングの記事。かつては「何処へ行っても英語が通じて当たり前と思っている」、「態度が横柄」といった理由で アメリカ人が このランキングの上位の常連で、「アグリー・アメリカン」という言葉さえ 生み出していたけれど、 今ではアメリカ人はこのランキングのワースト10にも入らなくなったそうで、代わりにダントツの第1位となっているのが 中国人旅行者であるという。
理由は団体でぞろぞろ行動して、決して訪れた国のマナーに従おうとせず、自分達の行動姿勢を貫くためで、 これがヨーロッパの人々には 時に目に余る行動に映るのは言うまでも無いことである。
実際、私自身も パリで中国人団体旅行者の物凄い光景を目の当たりにしているだけに、 中国人がこのランキングの” ワースト1” というのは 非常に納得できたりもするけれど、 ことに最近のヨーロッパで 中国人旅行者のマナーが問題視され始めた理由としては、彼らが空前の好景気を反映して 以前よりも高級なホテルやレストランに メイド・イン・チャイナのマナーで出没するようになったところが大きいようである。

私個人の体験は、 パリのチュイルリー庭園前のホテル・ムーリスに滞在していた時のこと。 通常、欧米ではホテルの部屋というのは、プレジデンシャル・スウィートにでも滞在しない限りは、主に寝るために使うもので、 飲んだり、騒いだりしたければ バーやクラブに出掛けるのは常識であるけれど、 私と同じフロアに 滞在していた中国人旅行者グループが 夜中に1部屋に集まって ワイワイ騒いで 宴会をしてくれたせいで、 私はすっかり寝不足になってしまったのだった。
しかも同ホテルは 建付けが古いこともあり、ただでさえ壁が薄く、音も響き易く、 私は1泊700ドル以上の宿泊費を支払いながら、この中国人旅行者達のせいで まるで 日本の温泉宿に大学生の集団に混ざって宿泊したかのような思いを強いられることになってしまったのだった。

でも、さらに驚ろかされたのは翌朝のブレックファストでのこと。
ホテル・ムーリスは、1階のロビー奥にあるティー・サロン、 ル・ジャルダン・ディーヴェーでブレックファストを サーブするけれど、日曜は 宿泊客に限って 朝食を同ホテルのレストラン、ル・ムーリスのダイニング・ルーム(写真左) でサーブすることになっている。 ちょうどその翌朝は 日曜だったので、パリでも最も絢爛豪華と言われるダイニング・ルームで優雅に朝食・・・と思っていたら、 既にそこに陣取っていたのが、私を寝不足にした20人以上の中国人旅行者たち。
彼らはフランス語が話せないのはもちろん、英語も片言 話せる人が少しだけ居る程度で、 英語を話す中国人女性ガイドが 各テーブルを回っては 全員分の朝食のオーダーをしていたのだった。 でも 何に驚いたかと言えば、その中国人たちのマナーの劣悪さである。
まず物を口に入れながら喋るのに加えて、口を閉じずに噛むので、視力が良い私にとっては 人の口の中のスクランブル・エッグが 視野に入ってきて、物凄く不愉快な気分になってしまったのだった。 また、椅子の足2本を宙に浮かせながら、後ろにふんぞり返って 喋っている男性が居たかと思えば、 後から同じツアーの中国人がダイニング・ルームに入ってくる度に 大声で挨拶し合って、 ツアー客同士が勝手に椅子やテーブルを持ち上げたり、動かしているような状況で、ハイスクールのカフェテリアよりも酷い光景が、 今年 ミシュランで3つ星を獲得した ル・ムーリスのダイニング・ルームで繰り広げられていたのである。
やがて、その中の男性が私のテーブルに来て、勝手に椅子に手を掛けて 「この椅子持って言っても良い?」というようなことを中国語で私に訊いてきたので 私は「メートルディーに訊いて下さい」 と思い切り不機嫌に英語で答えて、それを阻止することになったのだった。
加えて 彼らのテーブル・マナーも最悪のもので、ミルクを入れ過ぎてソーサーにこぼれたコーヒーを カップに戻したり、 ベーコンをナイフに指して口に入れたりと、かなり野蛮とも映る食事の光景が広がっていたのである。
しかも彼らの朝食は宿泊費には含まれて居なかったようで、その料金について 英語で文句を言い出したのがツアーのガイド。 別に耳をそばだてなくても、はっきり聞こえてきたほどの大声のクレームによれば、オレンジ・ジュースを飲まなかった人の食事代から ジュース代が引かれていないとのこと。でも、ムーリスの朝食はジュースを飲もうと飲まなかろうと、 卵料理にハムやベーコンをつけようと、つけまいと、同じプリフィックス料金がチャージされるもの。 それを穏やかに説明するマネージャーに納得しないツアー・ガイドは、フラストレーションからか 立ち上がって文句を言い出す始末で、 私も唖然としてしまったけれど、私のテーブルにコーヒーのお替わりを持ってきてくれたウェイト・スタッフも、 呆れたような顔をして私に目配せしていったのだった。

その時 私が痛感したのは、いくら経済的に豊かになって ホテル・ムーリスのような一流のホテルに宿泊できる財力が付いても、 中国人が カルチャー、マナー、西洋的なリベラルな志向という点で、先進諸国に追いつくにはまだまだ時間が 掛かるであろうということ。 一部には、こうした現在の中国人団体旅行者を70年代の日本人と比較する向きもあるけれど、 日本人は 「郷に入れば郷に従え」という 諺 (ことわざ)が存在するる国であるせいか、他国では少なくとも大人しく振舞っていたものだったけれど、 現在の中国人は、何処へ行こうと自分達の日ごろの生活やマナーを変えないだけに、 他国を旅することによって マナーを身に付けるということは あまり期待出来ないことも指摘されているのだった。

でも、私がその時のパリ滞在中に見た女性の中で 最もファッショナブルで、頭の先から足の先まで 非の打ち所が無いほどに スタイリッシュで、しかもマナーも社交性も抜群だったのは、某デザイナー・ブティックでショッピングをしている最中に 出会った香港チャイニーズの女性。 彼女が香港チャイニーズだと分かったのは、もちろん会話をしたからであったけれど、 服はもちろん、時計、ジュエリー、バッグ、シューズ、マニキュア・ペディキュアに至るまで全て完璧で、 逆にこういう女性は どんなに裕福でもパリやロンドンのローカルには居ない存在である。
なので、同じ中国の血が流れていても こうも違うものかぁ・・・と感じたのを覚えているけれど、 アメリカに住んで、中国人の友達が居る人なら誰もが感じるのは、香港チャイニーズ、台湾チャイニーズ、 俗に ”ABC” と呼ばれる アメリカン・ボーン・チャイニーズ が、メインランド・チャイナ(中国本土)の中国人とは 区別されたがる傾向にあるということ。 なので、同じチャイニーズ同士だったら仲良くするのかと思っていた私は、ちょっとビックリしたことがあるけれど、 もちろんメインランド・チャイナに暮らしている中国人にもしっかりした教育や西洋的なマナーが身に付いた人は 沢山居る訳で、1つのステレオ・タイプでは語れないほどに人口が多いのが中国なのである。

オリンピック開催を1年後に控えて、現在最もアグレッシブに開発が進んでいる北京であるけれど、外観的には 世界中からやってきたゲストを驚かせるだけのプレゼンテーションが整いつつあるのは各メディアが一様に指摘するところ。
でもオリンピックというイベントは ホスト国のホスピタリティも評価されるものでもあり、 それには一般の中国の人々が海外からの旅行者達に対して 如何に親切に、 礼儀正しく 接することが出来るかも非常に大切な要素なのである。



Catch of the Week No. 2 Aug. : 8 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Aug. : 8 月 第 1 週


Catch of the Week No. 5 July : 7 月 第 5 週


Catch of the Week No. 4 July : 7 月 第 4 週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。