Aug. 13 〜 Aug. 19 , 2012

” Dot-Com Tragidy ”

今週のアメリカは、先週末に共和党の副大統領候補がポール・ライアン(写真上右)に決まったことを受けて、オバマ陣営、ロムニー陣営がそれぞれに 精力的な遊説を展開していたけれど、ライアンが副大統領候補に指名されてから、突如 大統領戦の大きな争点に浮上したのが、高齢者保険制度であるメディケア。 その理由は、ポール・ライアンが下院の予算委員長として、メディケアを大幅にカットするドラスティックな案を打ち出していたためであるけれど、 今週は、ポール・ライアンが「オバマ・ケア(オバマ大統領の健康保険案)こそがメディケア予算を奪うプラン」だと主張。 これに対してオバマ大統領側は、「ポール・ライアンがメディケアの民営化を進め、結果的に高齢者は年間に6400ドル(約51万2000円)の医療費を 余分に負担することになる」と主張し、真っ向から対立しているのだった。
でも専門家の見積もりでは民主、共和どちらのプランでも、国の予算のメディケア負担が大幅に削減されることは必至とのことで、 これはアメリカの財政難を考えれば 全く不思議では無いこと。したがって、 「どちらが高齢有権者を上手く欺けるか?」という戦いの様相を呈しているのだった。



ところで、今週はグルーポン、フェイスブックなど、インターネット株が大きく値を下げたことが 報じられていたけれど、フェイスブックは5月18日に38ドルで公開された株式が、 週末の終値で、公開価格の約半分である19ドル5セント。 今週、特にフェイスブック株が値を下げたのは、公開前から同社株式を所有していたインサイダーのロックアップ・ピリオド(株式売却を制限する期間)が 終了したためで、新たに2億7100万株が市場に出回ったことを受けて、今週同社株は13%も値を下げているのだった。
一方のグルーポンは、金曜の終値で4ドル75セントをつけているけれど、2010年12月に公開された同社株の 公開価格は1株20ドル。それが初日に 26ドル11セントで引けた時点では、企業価値が130億ドル(約1兆400億円)となり、 グーグルからの60億ドル(約4800億円)の買収オファーを断ったのは正解と思われていたのだった。 しかしながら、金曜の株価で計算した企業価値は、グーグルがオファーした半分に当たる30億ドル(約2400億円)で、 今となっては「グーグルに売却しておいた方が賢明だった」というのは誰もが考えること。
またオンライン・ゲーム・メーカーのジンガにしても、3月まで14ドルで取引されていた株価が、フェイスブックのIPOを前後して値を下げ始めて、 金曜の終値は3ドルにまで落ち込んでいるのだった。
こうしたインターネット株のIPOフィーバーの終焉を受けて、ツイッターや グルーポンのライバルとして知られるリヴィング・ソーシャルは、 暫くIPOを見合わせることを発表しているけれど、 インターネット株が価格を伸ばせない理由として指摘されるのは、 たとえ利益を上げていても、ウォールストリートによる四半期ごとの業績見通しの数字をクリアしない限りは、 業績が良いとは認めてもらえないため。
特にフェイスブックについては、「ウォールストリートの視点で3ヶ月に1度のペースで ジャッジされるような 企業体制ではない」 という懸念が、株式公開前から聞かれていたことなのだった。



ところで、先週日曜のニューヨーク・タイムズ紙に大きく報じられていたのが、2000年の ドット・コム・バブルの際に マルチミリオネアになったジェニファー・サルタン(38歳、写真上)が、銃と麻薬取引の容疑で逮捕されたというニュース。
この当時のドット・コム・バブルでは、数多くの若いインターネット・アントレプレナーが あっという間に 億万長者となり、バブルがはじけたと同時にその全てを失ったけれど、 インターネット株のIPOブームに大きな陰りが見えてきた今、 ジェニファー・サルタンのかつてのサクセスが 現在のIPOミリオネアとオーバーラップする部分があるためか、 様々なメディアで大きく報じられることになったのが、彼女の転落ぶりなのだった。

NYUに在学中から、ロック・ミュージシャンのフォトグラファーとして仕事をしていた ジェニファー・サルタンが、ドットコム・ミリオネアになったのは、 NYUの同期生であり、後に彼女の婚約者となった アダム・コーヘンと共に、 インターネットでライブ・ストリーミングをする会社、”ライブ・オンライン”の立ち上げメンバーになったのがきっかけ。
MTVやアリスタ・レコードといった大手クライアントに恵まれた同社は、ドットコム・ブームがピークをつけようとしていた2000年1月に、 1999年に株式を公開したばかりのデジタル・アイランドという企業に7000万ドル(現在は約56億円、当時の為替換算だと約75.5億円)で買収されることになったのだった。 この買収でジェニファー・サルタンに転がり込んだのは買収額の3%のシェア。でも彼女の婚約者、アダム・コーヘンは37%のシェアを所有しており、 合わせて40%のシェアで、2人は額面上 280万ドル(当時、30億円)の財産を手にしたのだった。

リッチになった2人は、2000年の夏には、ニューヨーク郊外の高級リゾート地、ハンプトンで、寝室が11もある巨大なサマー・ハウスを 一夏40万ドル(現在なら約3200万円、当時の為替換算だと約4300万円)の家賃でレンタル。 彼らのことは、当時 ニューヨークのメディアで、「お金の使い道が無くて困る、ドットコム・ミリオネア」という記事になったほどなのだった。
また同じく2000年に、ジェニファーはアダムと一緒に マンハッタンのフラットアイアン地区のロフトを310万ドル(現在は約2億4800万円、 当時の為替換算だと約3億3430万円)で購入。この物件は、8階建てビルの中の6フロアを占め、 プライベート・エレベーター、レコーディング・スタジオ、ルーフトップといった施設を含む、 10部屋を擁する贅沢なものなのだった(写真下)。


しかし、ジェニファーのサクセス・ストーリーがそう長くは続かなかったのは、ドットコム・バブルがはじけて、 インターネット関連株がナスダックで大暴落を見せたのが原因。
ドット・コム・バブルは2000年3月にピークをつけて、その後2年で80%のバリューを失い、その結果5兆ドルの富が 泡と消えたけれど、ジェニファーとアダムが立ち上げに加わったライブ・オンラインの買収に際して、 デジタル・アイランドが支払ったキャッシュは、買収額7000ドルのうちの僅か525万ドル。 このキャッシュの殆どはライブ・オンラインの立ち上げ資金を支払ったパートナーが受け取り、 ジェニファーとアダムは買収シェアを、当時1株81ドルで取引されていたデジタル・アイランドの 株式で受取っていたのだった。
ところがドット・コム・バブルがはじけたせいで、デジタル・アイランドの株価は、95%以上値を下げて 3.4ドルとなり、 買収時に6590万ドルとして支払われた同社の約80万の株式は、無残にも270万ドルの価値に萎んでしまったのだった。

その後、ジェニファーとアダムは、様々なIT関連のスタートアップ会社に加わっては、 それが長続きしない状況を重ね、やがてジェニファーはアーキパンクチャー(鍼灸師)の資格を取り、 新たなビジネスを始めようとしていたという。 しかし、2人がロフトのローンを支払えなくなったのが2009年10月のこと。
そして、翌年2010年6月から バンク・オブ・アメリカが彼らのロフトの差し押さえ手続きに入ったため、 2人は結婚はしていなかったものの、夫婦として個人破産の手続をしたという。
その後2人は、かつては羽振りが良かったころに集めていたクローム・ハーツの高額シルバー・ジュエリーを Eベイで売却して、新しいビジネスの資金作りをしようと試みたものの、 購入時に比べて微々たる売値にしかならず、収入源を失ってしまったという。



やがて「ビジネスの才能がある」と自負していたジェニファー・サルタンが手を染めたのが、 ドラッグの取引。彼女が扱っていたドラッグは、処方箋薬の痛み止めで、これは 彼女自身も中毒になっていたもの。 ジェニファーは、3年ほど前にアーキパンクチャーの学校を卒業した時の顔(写真上左側)より、昨今の裁判所でのスナップが 大きく老け込んでいるのが見て取れるけれど、彼女は自分のドラッグを買う資金調達の目的も兼ねて、 既にニューヨーク市警察が目をつけていたクイーンズのドラッグ・ディーラーに処方箋薬を売りつけていたという。
さらに彼女は、知り合いが警官から盗んだ銃をそのクイーンズのディーラーに売りつけようとしていた容疑にも 問われているのだった。
それだけでなく、ジェニファーはインターネット上で、ドラッグの流通も試みており、 危ない取引が多いことで知られるウェブサイト、”クレイグ・リスト” を通じて 2012年2月に処方箋薬の痛み止めを大量に販売しているけれど、 彼女が薬を売った相手は、実は警察の覆面捜査官で、彼女はこの罪でも別件逮捕・訴追されているのだった。

そのジェニファーは、今や8万5000ドル(約680万円)の保釈金を支払うことさえ出来ず、 刑務所で裁判を待つ身となっているけれど、彼女が犯した罪は、 有罪になった場合、最低で15年の禁固刑、最高で終身刑という重犯罪。
彼女の両親は、「散々大金を使い続けて、一文無しになって保釈金も払えないなんて・・・」とコメントし、 娘のために保釈金を支払う意思が無いことを明らかにしているのだった。


私も この記事を読んで、2000年のドットコム・バブルがはじけた後に、 財産を失ったアントレプレナーが「キャッシュで買ったポルシェだけが残った」と語っていたのを思い出したけれど、 これを思うとフェイスブック・ミリオネアも、早く株を売って財産価値があるものを ローンではなく、キャッシュで購入するのが財産を確実に手元に残す方法。
アメリカでは「悪銭身につかず」のことを「Easy Come Easy Go」というけれど、 宝くじの勝者など、大金を手にしたことが無い人間が 突然リッチになると、 税金を幾ら支払うことになるか?などを深く考えることなく、お金を使いまくって、あっという間に破産というのは よくある話。
ドットコム・ミリオネアの場合、持ち株の額面上だけでミリオネアになったケースが多かっただけに、 バブルがはじけた後は、株の売却益を見込んだ派手な出費の借金だけが残ったという最悪のケースも多々見られていたのだった。

今週は共和党の大統領候補、ミット・ロムニーが 「過去10年間で、毎年13%は税金を払ってきた」とコメントし、 ミドル・クラスより遥かに低い税率が話題になっていたけれど、 彼のようなリッチ・ピープルが、何故何十年もリッチで居られるかといえば、出費を経費で落とすのはもちろん、 ケイマン・アイランドに口座を開いたり、チャリティに寄付をしたり、 給与所得をゼロにして、収入を全てキャピタル・ゲインにするなど、万全な節税対策をしているため。
すなわち 裕福であり続けるには、それなりの体制作りが必要で、それを怠って贅沢だけを身につけてしまえば、 よほどラッキーで、大金を稼ぎ続けることが出来ない限りは、やがては誰もが破産するシナリオになっているのだった。

ジェニファー・サルタンとアダム・コーヘンが所有していたロフトは、年間の固定資産税だけで8万5000ドル(約680万円)。 それに毎月2万7000ドル(216万円)のローンを支払っていた訳で、収入が滞れば 直ぐに生活が苦しくなるのは 誰にでも想像がつくもの。そこで、彼らがロフトを担保に重ねてきたのが借金。
ドットコム・ミリオネアとは言え、彼らがやっていたことは 住宅ローンを抱えて破産に追い込まれたミドル&ローワー・クラスと大差が無いのだった。

差し押さえられたジェニファーとアダムのロフトは、さすがにマンハッタンの高級物件とあって値崩れすることはなく、 12年前の購入価格の倍に当たる 625万ドル(約5億円)で、現在 売りに出されているとのこと。 でもこれが売却された時点で、売り上げは全て債権者のものになるので、2人は全財産を失うことになるのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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