Aug 17 〜 Aug. 23 2009




” End Of Anonymity ”


8月も4週目を迎えて、アメリカではハリケーン・シーズンがスタート。また今週の木曜からはこの時期恒例のバーニーズ・ウェアハウスセールも 始まって、いよいよ夏も終わりという感じがひしひしと漂ってきたのが昨今。
今週末からオバマ大統領一家は、マーサス・ヴィンヤードで約1週間の休暇を過ごすことになっているけれど、 大統領ファミリー同様、この時期に夏の最後のヴァケーションを1週間〜10日ほど取るアメリカ人は多いという。 そんなアメリカの夏休み気分は9月第1週目の月曜である、レイバー・デイの連休で終わることになっており、 ニューヨークでは8月末からテニスの全米オープンが始まり、レイバーデイ明けの週末からはファッション・ウィークがスタート。 この2つのイベントは、毎年夏の終わりと秋の始まりをニューヨーカーに感じさせるものになっているのだった。

昨年は、9月半ばに リーマン・ブラザースの破綻という事態が起こっているけれど、 今年に関しては、国民の税金からベイルアウト・マネーを受け取った金融機関がいずれも$ビリオン単位の黒字を計上。 そしてその利益の出所と言われているのが、国民が支払うクレジット・カードやローンの利息&手数料と言われているのだった。
実際、今年に入ってから 金融機関が カード利用者の限度額オーバーによるペナルティ、及び その利息で上げた利益の総額は 何と380億ドル(約3兆5885億円)。 カード会社は返済能力の無い利用者のカードをキャンセルする一方で、 支払い能力に不安がある利用者については限度額を減らすという措置を取ってきたけれど、 アメリカ国内の多くのカード利用者はカップルのうちの1人がレイオフされたり、労働時間短縮によるペイ・カットなどで、 収入が減っており、電気代や食費といった生活費をクレジット・カードの支払いで賄わなければならない状態。
したがって、好況時のようにアパレルや家電製品などを 稼ぐ前にクレジット・カードで買ってしまうという消費パターンから、 生活を回していく手段としてクレジット・カードを使うという状況になっているけれど、 そんな中で いつの間にか減らされていた限度額を超えて 食料品代や ガソリン代を支払ってしまうというのは、 アメリカ中のローワー・ミドル、ローワー・クラスの誰もが経験していること。 その結果、カードの請求書が来るとペナルティが科せられている上に 限度を超えた利用額に高い利息が付いており、 次の月にはそのペナルティのせいで、月々の支払いの利率までアップしているというのがありがちなシナリオなのである。
すなわち、金融機関はアメリカの一般庶民がレイオフされたり、ペイカットで金回りが苦しくなっている状況を利用して、 更なるフィーや利息を巻き上げている訳であるけれど、その金融機関側は公定歩合0.25%という超低金利を利用して 簡単に金策が出来るため、その利益率は膨大であることが指摘されているのだった。
アメリカ国民の側にしてみれば、国民の税金から救済金が賄われた金融機関に カード・フィーやペナルティを吸い取られているというのは、事実上 2重搾取をされているに等しい訳で、 それだけに金融機関、ことに多額のボーナス支給を見込んでいるゴールドマン・サックスには 人々の非難が集中しているのは言うまでも無いこと。
このため、ゴールドマン・サックスのCEO、ロイド・C・ブランクファインはイメージ・コンサルタントを雇い、 同社内では国民の怒りをかわすボーナスの支給法が再検討されていることが報じられているのだった。

さて、今週のアメリカのニュースの中で 今後のインターネットのあり方に大きな影響を与えると言われたのが、 匿名(Anonymous)ブログで 「スカンク、売春婦」と中傷されたモデルが、ブログを書いた人間の情報を公表するよう グーグルを相手取って裁判を起こし 勝訴したという報道。
この訴えを起こしていたのはブロンドのモデル、リスクラ・コーエン(写真左、右側)。 8ヶ月に渡る裁判の末、彼女側の訴えがマンハッタンの高等裁判所で認められた結果、 ブログ・サイトをホストしていたグーグルが明らかにしたのが、その匿名ブロガーの登録インフォメーション。
その中傷の主は、驚くなかれリスクラのフレネミー、ローズマリー・ポート、29歳(写真左、左側サングラスの女性)。 2人は2〜3年前にマンハッタンのパーティー・シーンで知りったというけれど、 2008年春頃にローズマリー・ポートが耳にしたと言われるのが、リスクラが彼女のボーイフレンドに 「ローズマリーはあまり良くない友達と付き合っている」などと告げ口しているという噂。
これに腹を立てた彼女が2008年夏にスタートしたのが「スカンク・イン・NY」というリスクラを中傷するウェブサイト。 このサイトにはリスクラが「精神的におかしい」、「売春婦だ」といった悪口と共に、彼女を中傷する写真なども掲載されており、 同サイトの存在を知ったリスクラは、当然のことながら精神的にショックを受けると同時に 人が信用できなくなり、ソーシャル・ライフに大きな影を落としたことを訴えていたのだった。

ローズマリーが匿名ブログの張本人だったことを知ったリスクラは まず彼女に電話をして 彼女が真相をつきとめたこと、 さらに 「もし自分が知らない間に、こんなブログを書かれても仕方ないようなことをしていたのだったら、謝罪する」との意思を 伝えたというけれど、ローズマリーのリアクションは 「この件はロイヤーを通じて話すべき」というもので、一切の謝罪や後悔の様子は無かったという。
これを受けてリスクラはローズマリーを相手取って 約3億円の慰謝料を請求する訴えを起こしているけれど、 この訴えは後日 取り下げられているのだった。
訴えを取り下げた理由としてリスクラは、「事実が分かれば十分で、自分はもう彼女のことを許しているから・・・」と説明していたけれど、 実際のところは ローズマリーはナイトクラブでホステスを務めたり、時にパーティーのプロモーターを務める程度の収入。 慰謝料の支払い能力の無い人間を訴えるのは、裁判を起こす側にとってのお金の無駄でしかないのだった。

この中傷ブログをクリエイトする要因になった ローズマリーのボーイフレンドに対する告げ口については、 リスクラ本人は「覚えが無い」と証言しているけれど、 ローズマリーの周囲の人間は ローズマリーが「人の悪い噂を立てる常習犯である」ことを証言しているのだった。
でもそのローズマリーが かなりのツワモノであることは確かで、 彼女は弁護士を通じたステートメントの中で、「中傷ブログを製作したことは全く後悔していない。 おかしいのは裁判所の判決。この判決によって自分のプライバシーが侵害されたことにショックを受けている」とコメント。
今後は彼女の情報を公開したグーグルを相手取って訴えを起こす構えを明らかにしているのだった。

一方のグーグル側は、「同社がブロガーの情報を公開するのは裁判所の命令があった場合のみ」 と今回のケースを説明しているけれど、 もちろんグーグル側はブロガーのプライバシーを守るために、大金を叩いて控訴する義務や必要など無い訳で、 ローズマリー側が何と言った所で、裁判所の命令に応じて情報を公開したことで 訴えられる筋合いなど無いのは明らかな事実である。
ウェブには国境が無いだけに、この判決には世界各国からの注目が集まっていたと言われるけれど、 確実に言えるのは、 今後 同様の訴えが起これば 今回のケースが判例になって 中傷ブログや書き込みの主のアイデンティティが 明らかにされる可能性が濃厚になってきたということ。
ネット上での「行き過ぎた言論の自由」が問題視されて久しい現在であるけれど、 今回の裁判所の判決では 「匿名による言論の自由は、個人が他人を中傷したり、わざと事実と異なる発言を する際に 保障される必要は無い」 として、きっぱりと インターネット上での匿名中傷行為を 「言論の自由とは見なさない」 判断を下しているのだった。

ブログや書き込みは その信憑性が乏しいにも関わらず、就職の際にネット上のネガティブな書き込みが原因で採用がダメになったり、 娘の婚約者をグーグルした両親が、彼に対するネガティブな書き込みを読んで結婚に反対するなど、 人々の人生やキャリアに大きなインパクトを与えるようになっているのは周知の通り。
リスクラの弁護士のところには、今週火曜日にこの判決が下ってからというもの 同様の依頼の問い合わせが殺到しているとのことで、 その中には 「インターネット上で性犯罪者呼ばわりされて、仕事をクビになった」という男性、 「サイト上にビジネスの悪口を書かれて、廃業に追い込まれた」という経営者なども居るという。
また有名どころでは、ニュージャージー州マナラパンの元市長、ジョージ・スポダックもネット上の匿名中傷の被害者の1人。 彼は 選挙戦の最中に ニュージャージー州のウェブサイト、「NJ.Com」 に、「幼児虐待者、アルコール中毒者、妻を殴る、州の資金を横領している」 などと 複数の人間に書かれ、この書き込みの主はその信憑性を高めるために 「全ての証拠を握っている」とまで 記載していたという。
この中傷が原因で 選挙に敗れた彼は、昨年「NJ.Com」を訴えた結果、書き込みをした複数の人間のEメールアドレスを 公開させたというけれど、、「NJ.Com」がその人物達の名前を把握していなかったために、 現在 彼は グーグル、AOL、ヤフーといったメール・アカウントのホストに対して、IPアドレスを公開するよう 訴えを起こしている真っ最中である。

メディアの専門家や、弁護士の間ではインターネット上に 事実無根の中傷が 蔓延している理由として、 「それが匿名で簡単に行えるだけに、やっている側は 単なる憂さ晴らし程度にしか考えておらず、 罪悪感をさほど感じて居ないため」 と説明しているけれど、確かに先述のローズマリー・ポートのコメントからも、 そうした 「大したことをした訳でも無いのに、自分の方がプライバシーを侵害されている」といった雰囲気が感じ取れるもの。
でも、匿名の恐ろしさは、自分の発言に責任を取らなくて良い分、中傷が必要以上にエスカレートすること。 それだけに、書いた本人のアイデンティティが明らかになった時は、周囲がその人間が心に抱いているジェラシーや 悪意に震え上がってしまうものだけれど、もちろん これまで 中傷ブログや書き込みをしてきた人は、 「まさかそれが自分とはバレないだろう」 と思ってやってきたもの。
その意味で、今回の判決は 無責任かつ悪意に満ちたネット上の言論の自由を取り締まる 大きなステップと見なされているのだった。

ところで、目下アメリカではもう1つ、これまで ”匿名” が まかり通って来たものが 取り締まられようとしているけれど、 それは スイスの無記名銀行口座。
アメリカでは UBSが そのアメリカ人顧客の脱税行為をサポートしていたことが報じられて以来、 顧客名簿の公開を巡って、政府とUBSが対決を続けてきたけれど、 今週に入ってから、UBSがその数千人に上るアメリカ人クライアントの名前を国税局に明らかにする決定が下っており、 遂にスイスの匿名口座にも 大々的な脱税捜査のメスが入ることになったのだった。
アメリカ政府は、UBSだけでなく スイスの小規模なプライベート・バンクにも この捜査の手を広げるとしており、 戦々恐々としているリッチ・ピープルが少なくないことが指摘されているのだった。
でも見方を変えれば、どうして今までスイスの無記名口座がIRS (アメリカ国税局) の捜査から野放し状態になっていたのか?という方が不思議な話。 深く考えるまでもなく、無記名口座の用途と言えば 脱税目的以外に考えられないのである。

世の中には、名前を隠して多額の寄付するような美談もあるけれど、 多くの場合、名前を明かさない状態で人間がすることというのは、悪いこと や 悪意があること。
そう考えると ”匿名” というのは、臆病だったり 卑怯だったりする人間の 隠れ蓑 のようなコンセプト とも考えられるもの。
そもそも匿名という状態は、IDが確認されていない訳であるから、私の考えでは人権を与えるに値しないもの。 したがって、マンハッタン高等裁判所が下した 匿名中傷ブログに 「言論の自由」は保障されないという判決は、 私自身も 100%支持するものなのである。





Catch of the Week No. 3 Aug. : 8 月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 Aug. : 8 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Aug. : 8 月 第 1 週


Catch of the Week No. 4 July : 7 月 第 4 週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。





© Cube New York Inc. 2009