Aug 22 〜 Aug 28 2011

” First Earthquake, Then Hurricane! ”


今週の火曜日、8月23日にヴァージニア州、ミネラルを震源にしたマグニチュード5.8の地震が起こり、 ニューヨークでも被害こそは殆ど無かったものの、多くの人々が揺れを体感したのは世界中で大きく報じられたとおり。
震源が浅く、揺れが広範囲に及んだこの地震は、ヴァージニアから遠く離れたシカゴや、カナダでも揺れを感じたというけれど、 私は外に居たこともあって、全くこの地震を感じなかったのだった。 実際に、TV局のレポーターが街頭で調査したところ、外に居た人々は10人に1人程度しか地震を感じていなかったというけれど、 地震に関するツイートの数は、これまでの最高と言われるオサマ・ビン・ラディン殺害のニュースを超えるほどになっていたことが伝えられているのだった。

そもそも23日、火曜日は ホテルのメイドをレイプした容疑で逮捕された、元IMFのトップ、ドミニク・ストラウス・カーンへの 起訴が全て取り下げられた日で、検察側が被害者の信頼性が薄いにも関わらず、尚早にストラウス・カーンへの起訴へ踏み切ったことの 釈明記者会見を行なっており、これがこの日の最大の報道になると見込まれていたけれど、 その記者会見の真っ最中に起こったのがこの地震。
このため記者会見を撮影したビデオは、本来の報道目的ではなく、会場に居た記者や検察側の関係者が、 地震に驚いて、慌てて避難する様子を紹介するために放映されたような始末。 日本人にしてみると、「この程度の地震でこんなに驚くなんて・・・」という程度の揺れではあったけれど、 生まれて初めて地震を経験したニューヨーカーが多かっただけに、この日は地震報道一色で、 ニューヨーカーのリアクションは、恐ろしいと感じた人々と、「一度地震を体験してみたかったんだ」などと、深刻に捉えない人々に 分かれていたのだった。

通常ならば、アメリカ東海岸は地震とは無縁のはずであるけれど、震源地となったヴァージニア州は地震が起こった歴史があるところで、 専門家も、マグニチュード5.8の規模には少々驚いていても、ヴァージニアが震源であることには それほど驚いていなかったのが実情。 とは言っても、しょっちゅう地震が起こる場所でも無いだけに、地震対策が出来ていない様子を露呈していたけれど、 経済状況が芳しくない時期なだけに、これを機に地震に 備えようという人々は、個人レベルでも企業レベルでも、 少ないであろうことが指摘されていたのだった。
ニューヨークでも、避難命令が出たビルでは 人々が慌てて外に避難していたけれど、 「外に出るのが安全とは限らない」という常識的なことも、窓ガラスのシールドが割れて落下したニュースを受けて、 後から専門家が指摘していたような状態。 実際、私のアメリカ人の友人も 「いきなり地震が起こったら、まず何をしたら良いか分からない」と言っており、 アメリカ東海岸で地震が起こったとしら、 日本で同規模の地震が起こるよりも、遥かに被害が大きくなることが見込まれるのだった。


でも、翌日の水曜からこの地震の報道に直ぐ取って変わったのが、ハリケーン・アイリーンのニュース。
アメリカでは、毎年ハリケーンが来るたびに、アルファベットのABC順に人の名前を付けることになっているけれど、 アンドリュー、フューゴ、カトリーナといった歴代の大きなハリケーンの名前はリピートされない仕組み。
アルファベットで9番目の「I」から始まるアイリーンは、今年9番目のハリケーンということになるけれど、 もちろんハリケーンの中には、途中で熱帯低気圧に変わるものや、進路がアメリカからそれるものも多いので、 毎年、ニューヨークに何らかの影響や被害をもたらすハリケーンの数は、年に3〜4程度なのだった。

今回のハリケーン・アイリーンに対して、ニューヨークのみならず、ノース・キャロライナからマサチューセッツ州に至るまでの計10州が、 非常事態宣言を発令してまでの警戒をしていたのは、アイリーンが大型ハリケーンであることもさることながら、 その進路が東海岸を直撃の状態になっていたため。
1851年以来、ニューヨークから75マイル(129キロ)圏内にハリケーンが上陸したのは 今回が6回目。なので、毎年”ハリケーンの被害” と言って騒いでいるのは、 実際にはハリケーンが原因の天候不順による被害。それでも、毎年死者が出たり、 豪雨による洪水や、強風による損壊や停電の被害はかなりのものなので、 ニューヨークを始め、ハリケーンの進路となった州では、大規模な警戒体制が とられることになったのだった。

不意に起こる地震も恐ろしいけれど、スノー・ストームやハリケーンのように、どの程度の規模のものが来るか分からないまま、 最悪のシナリオを想定して、様々な準備をしなければならない天災というのも、非常にストレスになるもの。
しかも、ブロードウェイのシアターから自由の女神、エンパイア・ステート・ビル、全ての美術館、セントラル・パークまでがクローズし、 サックス・フィフス・アベニュー、スターバックスを始めとするデパートやストアが軒並みクローズ。 プロ・フットボールのプレシーズン・ゲームが延期になり、バスや地下鉄はNY史上初めて全面運行停止。 加えて、空港が全て閉鎖されただけでなく、ブリッジやトンネルまで通行がストップされ、 マンハッタンの中で強制避難エリアが出るというのは、前代未聞の出来事。
メジャー・ネットワークでは、ハリケーン・アイリーンの上陸が見込まれる2日前の金曜から24時間体制で 関連ニュースを放映しており、 私自身、ニューヨークに長く暮らしていて、これほどまでの厳重警戒を体験したのは初めてなのだった。

中には、こうした状況を過剰反応だというニューヨーカーも居たけれど、気象観測士が危惧していたのが、 ハリケーン・アイリーンが新月の満潮時という最も潮位が高い時に、ニューヨークの沿岸地域を直撃することが見込まれていたこと。
したがって、それだけ洪水になる確率が高くなる訳で、マンハッタンのバッテリー・パーク・シティが 強制避難エリアになったのも、洪水で地下の電力システムがダメージを受けるのを防ぐために、 電力会社が予めこのエリアの電力供給をカットしようとしていたためなのだった。
しかも、ハリケーン・アイリーンの規模は気流のサイズも含めると西ヨーロッパのサイズに匹敵するという超大型ぶりで、 ニュースのレポーター達は、こぞってアイリーンを「パーフェクト・ストーム」という言葉で表現していたのだった。
いずれにしても、殆どの人々が事態をシリアスに受け止めた結果、日頃75万人が利用するグランド・セントラル駅やJFK空港はほぼ空っぽの状態。 土曜の夜のタイムズ・スクエアにしても、時々タクシーが行き交う程度で、 ニューヨークがこんな風にゴースト・タウン化したのも、初めてと言われていたのだった。

私が住むアッパー・イーストサイドは幸い、強制非難エリアではなかったけれど、金曜の段階からTVで四六時中、 ハリケーンに対する警戒措置の報道が行なわれ、土曜に入ってからは、一足先にハリケーン・アイリーンが上陸している ノース・キャロライナなどの被害の様子を見せられるのは、「24時間後にはニューヨークもこうなる!」という予告編を見ているようで、 あまり心穏やかでは居られないもの。
それに引き換え、TVを持っていない友達は 危機感が非常に薄くて、「来週、父親がニューヨーク入りするんだけれど、 どのレストランに連れて行ったら良いと思う?」などと携帯メールをしてくるような状態。
なので、私も出来る限りの被害対策をした後は、報道番組からクッキング・チャンネルに切り替えて、 番組の中でニューヨークの人気シェフ、ボビー・フレイが作っていた アルグラとピーチのサラダを早速ディナーでトライして、悦に入っていたのだった。



結局のところ日曜早朝に、ハリケーン・アイリーンは トロピカル・ストームに変わってニューヨーク・エリアに上陸。 でもその被害は、同じニューヨークでも地域によって度合いが全く異なっていて、 マンハッタンではウエストサイドの一部が浸水したものの、特に大きな被害はなし。 クイーンズ、ブルックリン、スタッテン・アイランドの一部や、アップステート、ロング・アイランドでは、 家が倒壊し、大木がなぎ倒されたた上に、洪水の大被害が出て、 停電になった世帯も 非常に多いことが報じられているのだった。
私も、明け方に窓ガラスに当たる暴風雨の音で目が覚めたけれど、朝9時に再び目を覚ました時には、 ハリケーンが一段落した印象。 私が住むビルの住人達も 口々に「あんなに騒いだ割には、意外に大したこと無かったね」などと言っていたのだった。
その後、家に食事にやってきた同じアッパー・イーストサイドに住む友人も、「ただの大雨だった」というリアクション。 なので、後からTVでマンハッタン以外のニューヨーク各地の大きな被害の報道を観て、すごくビックリしてしまったけれど、 日曜夜に記者会見を行なったブルームバーグNY市長は、これだけの被害が出ても ニューヨーク市では死者が出なかったことを受けて、37万人の市民に対する強制避難命令が正しい判断だったという、 勝利宣言的なコメントをしていたのだった。

ニューヨークの地下鉄やバスは、月曜の朝6時から運転が再開されることが、ブルームバーグ市長の会見で発表されたけれど、 これまでに無かったような非常事態警戒で過ごした週末というのは、いつもの週末より長く感じられて、 5日くらいが経過したような印象。
その間、避難指示が出ているのに海岸の様子をチェックしに来る人々、家の中で腰まで水に浸かるほどの浸水被害にあって途方にくれる人、 ハリケーンが去って喜びあう人々や、膝まで水に浸かりながら道を歩いている最中に手で大きな魚を捕まえてはしゃぐ人などを ニュースで見ていて、自然のパワーも凄いけれど、人間というのも さほど弱い生き物ではないということを強く感じてしまったのだった。

それと同時に感じたのは、今回のハリケーンによるバッテリー・パーク・シティの強制避難命令や、ウエストサイドでの浸水の状況から、 これが今後のニューヨークの不動産市場に影響を与えるのでは?ということ。
今週木曜に、ニューヨーク市が公開したのが、ハリケーンの度合いに応じての 避難ゾーン。 木曜から金曜に掛けては、ニューヨーク市のホームページに掲載されている 避難ゾーンのマップにアクセスが殺到して、 サイトがダウンしたことも伝えられているけれど、バッテリー・パークやウォールストリートは、マンハッタンで最も地面が低いものの、 新しい高層ビルに 比較的裕福な住人が多く暮らすエリア。 でも気候変動で、今後大型ハリケーンやストームが増えることが見込まれるだけに、その都度、強制避難や電力供給カットの 対象になる地域に暮らすというのは、かなりストレスになること。
私自身、もし今後引っ越すことがあったら、最もパワーが弱いカテゴリー1のハリケーンでも強制避難地域に指定される可能性がある 「ゾーンA」のエリアには、絶対に引っ越さないようにしようと思ってしまったのだった。

いずれにしても被害に遭う、遭わないに関わらず、自分の住むエリアが今回のハリケーンのような 大災害を経験するというのは、人生観や価値観に少なからず影響を与えるもの。 何時、何が起こるか分からない時代であるだけに、被災時の準備は常にしておかなければというのも、 改めて痛感したことなのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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