Aug. 29 〜 Sep. 4 2005




天災か?、 人災か?



ハリケーン、カトリーナによってルイジアナ、ミシシッピー州に、膨大な被害がもたらされたことは 今更説明の必要は無いと思うけれど、この近代アメリカ史上最悪の自然災害の経済的ダメージは、 現時点の見積もりで、少なくとも1000億ドル(約11兆円)に達していることがレポートされている。
被災地エリアでは100万の職が失われ、その失業率は25%に達するであろうことが見込まれているけれど、 経済的に全米により大きなインパクトをもたらすと言われるのが、ガルフ湾の油田の操業がストップしたことである。 このため、既にアメリカで大きな問題となっていたガソリン価格の高騰に 更なる拍車が掛かることになった訳で、 現在1ガロンあたり 3ドルを超えたガソリン価格が、今度何処までアップするかは、経済評論家も明言を避けるほどである。
逆に、多くのメディアが確実視するのは、ハリケーン・カトリーナが膨大な被害と共に、21世紀最初のオイル・ショックをもたらすということで、 今後、石油価格の高騰が 様々な物価の上昇に反映された場合、 車社会、アメリカの国民にとって、既にガソリン代で逼迫していた家計が益々苦しいものになるのは、絶対視されている事実なのである。

既にニューヨーク市のイエロー・キャブも、「ガソリン価格が高騰している期間だけ」としながらも、「ガソリン追加料金」が 運賃に加えられるなど、その余波が徐々に市民生活に反映されてきているのを感じる毎日であるけれど、 そうした忍び寄るオイル・ショックへの危惧よりも、多くのアメリカ人が心を痛めたり、気が滅入る思いをさせられるのは、 カトリーナの被災地の痛ましい惨状を、ありとあらゆるメディアを通じて、1日中見せられる事である。
惨状のレポートは日を追うごとに、悲壮感を極めるものとなっており、浸水した住宅エリアに浮かぶ死体や、 飢餓と脱水で 力尽きて路上で亡くなった人々の遺体、略奪、発砲、暴力、放火、レイプといったヴァオイレンス、 救援対応の遅れに激怒する人々、銃を使ってそうした人々を収めなければならない警察官等の映像は、 ニュースの度に映し出され、新聞の1面も、毎日のように惨状の写真を大きくフィーチャーしたものとなっているのである。
恐らくこれは、 9/11のテロの時よりも 遥かにスロー・ペースと言われる一般市民からの寄付を集めるために、 政府とメディアが意図的に行っている事かも知れないけれど、それもさすがに1週間以上続くと、そろそろトーン・ダウンして欲しいというのが 正直な気持ちなのである。

でも、ハリケーン後の報道を見たり、読んだりするにつけて感じるのは、現在のニュー・オリンズにおける惨状は、「天災によって露呈された人災」だということである。 私が意味しているのは、略奪やそれを止めようとした警官に向かって発砲する被災者のことではなく、 こうした惨事に至る要因を長年に渡って築いてきたと同時に、様々な危険と問題があるエリアを放置してきた行政側の責任のことである。 そもそも、今回甚大な被害に見舞われたエリアは、水面より低い土地であることは既に大きく報道されているけれど、 毎年ハリケーン・シーズンの度に危険にさらされてきた同エリアに、住宅が密集するのは、 低所得者達がそこにしか住めないからである。しかも、その堤防の高さを4メートルから7メートルに補強する案は何年も前から浮上しているものの、 その費用は毎年のように連邦予算から削られ続けてきており、地元の専門家も、「今回の被害を最小に止めるには、 20年前に遡って、地域プランを練り直さなければならない」と コメントしているほどである。
こうなってしまうのは、ニューオリンズが位置するルイジアナ州は全米50州の中で、税収も少なければ、政策的にも軽視されがちな存在で、 小さな州でも大統領選で大きな意味を持つニュー・ハンプシャーなどに比べれば、遥かに連邦予算で冷遇されている州なのである。
ルイジアナの貧民層は、車どころか 運転免許証さえも持っていない人々が少なくないし、携帯電話やインターネット・アクセスなどはまるで別世界の話で、 健康保険にも加入していなければ、クレジット・カードも持てないし、下手をすると銀行口座さえ持っておらず、 それでいて、子供の数は3〜4人と多く、低所得で子供達を養わなければならないために、栄養のバランスの取れた十分な食事などは日ごろから ありつく事など出来ないし、よほどラッキーに奨学金でも手にしない限り、子供達が大学に進むことも不可能なのである。 アメリカは世界一の先進国と認識されながらも、実際には3000万人を越す貧困生活者を抱える国家であり、 こうした人々は、常に政策から取り残されて、救済の手が差し伸べられないまま 放置されており、 今回のような自然災害に見舞われた場合、ひとたまりもなく全財産を失い、路頭に迷う運命となってしまっているのである。


今回のカトリーナの上陸に際しても、ニューヨークに避難してきた人々のコメントによれば、 ラジオでは、狂ったように「Evacuate! Evacuate! (避難しろ!)」と言うだけで、「何処からどういう交通機関で避難しろ」というような、 避難計画や、避難指示はなく、ニュー・オリンズ・エリアの殆どの人々は、車を持たないため、避難しようにもその手段が無い状況に 陥っていたという。
さらに、今回のカトリーナの被災について、多くのメディアが指摘するのがその救援体制の遅れで、 人々がニュー・オリンズ、ダウンタウンのスーパードームに避難して24時間経っても、水や食料が供給されず、 その苛立ちと飢餓が人々を略奪行為に走らせ、アナーキーな状態を生み出してしまった訳である。 こうなった要因の1つとして挙げられるのはリーダーシップの不在で、ニュー・オリンズ市長は、 救援を要請する電話を掛け続けていたというけれど、SOS宣言をしたのもハリケーン上陸の2日後という遅さの上に、 市民やメディアに対してリーダーシップを示すようなことはせず、 この点では9/11の際のジュリアーニ市長とは明らかに異なっていたと言える。

でも、カテリーナによる被害は、9/11のテロとは比べ物にならないくらい広範囲にに渡るもので、共に多くの命が失われたという点では 痛ましい事件であったけれど、マンハッタン島が東京の世田谷区とほぼ同じ面積で、グラウンド・ゼロがその中のワールド・トレードセンターというほぼビル2つ分の 面積であることを考えれば分かる通り、9/11の被害エリアは地上に立って、エリア全体を肉眼で見渡せる程度の大きさなのである。 だから、テロの映像をTVで見ていた日本人がグラウンド・ゼロを訪れると、そのエリアのあまりの小ささに驚くものだけれど、 実際に、テロの際には 交通機関は麻痺しても、生存者達には帰る家が残されていたし、マンハッタンの多くのビジネスや住民達がテロの2〜3時間後には、 生存者をサポートするために水や食料を提供したり、献血のために病院に行列するなど、救援物資が地元で賄える状況だったのである。 また、グラウンド・ゼロとその周辺を除いては、電気、水道といったライフラインになんら問題は無く、 その点でもニュー・オリンズ、ミシシッピーとは異なる状況だったのである。

加えて、9/11とカテリーナの決定的な違いは、市民と警察の関係である。 9/11の際には、ポリスマンはファイヤー・ファイター(消防士)同様にヒーローとして 市民から感謝された存在で、 彼らに対する食事の供給のために、食材が寄付され、一流シェフが腕を振るったものだったけれど、 今日、9月4日付けのニューヨーク・タイムズの報道によれば、ニュー・オリンズのポリス・デパートメントの1500人の警官のうち、 少なくとも200人がハリケーン以降辞めてしまい、2人の警官が自殺したことが警察署長より発表されたという。
警官が辞める理由は、ガソリンが無いためにパトカーが使えず、 1日中濡れた靴で歩き回り、被災者、略奪者に対応するフラストレーション、警官を狙った狙撃が相次いでいる等 の過酷な労働条件のためで、 警察署長も辞めて行く警察官に理解を示すほどに、警官は被災者にとっての怒りの矛先になっていたのである。

だから、今回のカトリーナの被害は、9/11のテロの被害とは規模も種類も異なるものと言える訳であるけれど、 ワシントンの関係者が指摘するのは、それに対応する行政側の姿勢である。
9/11の際は、共和党、民主党の党派を超えた協調姿勢で復興が謳われ、アメリカが一丸となって立ち直ろうとする愛国ムードが 高まったけれど、カトリーナに際しては、これだけの被害にみまわれながら、そのような高まりが行政側にも、国民側にも見られないのが実情である。
私自身、9/11の際も、昨年末の津波被災者に対しても、寄付を行ってきたけれど、 カテリーナの被災者への寄付は未だ行っておらず、寄付をするか、そして何処に対してするかは、未だ考えている最中である。
私が寄付を思いとどまる理由は、一般の人々に寄付を働きかけているセレブリティやブッシュ大統領、 大統領同様に石油価格高騰で、間接的に利益を上げていると言われるチェイニー副大統領、ライス長官らは、 果たして自らも寄付をしているのだろうか?と疑問に思うことが1つ。 そして、寄付したお金が果たしてきちんと被災者のもとに届くのだろうか?という危惧がもう1つである。 実際、3万人程度を移動させるバスのチャーターさえもスムーズに進まないなどというのは、先進国とは思えない不手際ぶりで、 一体NBCの特番が一晩で集めた7億円の寄付金は何処に使われているのだろう?と首を傾げたくなるのである。
寄付というのは、税金とは異なり、使われるお金の用途が絞られた状態で支払うことが出来、アメリカの場合、 寄付をした分の税金が免除されるというシステムなっている。だから、税金が有力議員の地元の垂れ流しプロジェクトに 使われることと比較すれば、遥かに有益な社会貢献基金と考えられる訳である。
しかしながら、9/11後の報道によれば、アメリカン・レッド・クロスの前CEOは 約50万ドル(5500万円)の給与を受け取っていたとのことで、 被災者のことを思って寄付したお金は、レッド・クロスのエグゼクティブの高額給与に消えてしまっていたかもしれないのである。 前CEOの給与が問題視されたためか、現在のCEO、マーシャ・エヴァンス女史が果たしていくらの給与を支払われているかは非公開となっているけれど、 いくらCEOでも 非利益団体、それも現場スタッフは全てボランティア、運営資金も企業や個人からの寄付で成り立っているというオーガニゼーションの職員が、 寄付を寄せている殆どのアメリカ人よりも遥かに多額の給与を受け取っていたというのは、 私にはどうしても納得の行かないことなのである。


ところで、アメリカを語る時、「車社会」と同時に出てくるのが、「銃社会」というものであるけれど、 ハリケーン後のニューオリンズは、その恐ろしさをまざまざと見せ付けてくれたというのが私の偽らざる気持ちである。
警官が秩序を守るために銃を持ち歩くのは仕方が無いとは思うけれど、 救援物資を奪うため、略奪から自分の家を守るため、発砲する警官に応戦するために 当たり前のように銃を持ち出す一般市民の姿は 異常としかいえないもので、今回のような極限状態に追い込まれた人間が銃を握っている事ほど恐ろしいことは無いのである。
この銃を手にした市民が繰り広げる無政府状態のために、救援活動が遅れていることも指摘されているけれど、 アメリカで、どんなに多くの人々が命を落としても、ハイスクールでの銃乱射事件が起こっても、銃規制が一向に進まないのは、 アメリカン・ライフル・アソシエーションの強力なロビー活動と政治献金に 議員達があっさりなびいているためで、これも私がカテリーナの惨状を人災と考える理由の1つである。

いずれにしても、今回のカテリーナのもたらした経済的損失と大被害を考えるにつけて、ふと思い出したのが、 昨年末、友人と、「2005年にはブッシュ大統領の政策シナリオが大幅に狂う、予期せぬ何かが起こるはず」と話し合っていたことだった。 その時に私が予測したのが、奇しくも自然災害と暴動で、まさかそれが一緒に起こるとは思ってもいなかったけれど、 もしこのまま私の予測が当たるのだとしたら、今後数年のアメリカ経済は、これまでに無い、かなり大変な局面を迎えることになるだろうし、 経済に止まらず、社会問題でも 抱えていた火種が経済悪化に伴って勃発することになると思う。



Catch of the Week No.4 Aug. : 8月 第4週


Catch of the Week No.3 Aug. : 8月 第3週


Catch of the Week No.2 Aug. : 8月 第2週


Catch of the Week No.1 Aug. : 8月 第1週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。