Aug 31 〜 Sep. 6 2009




” The Liar In Your Life ”


今週のアメリカのペーパー・メディアで、ほぼ1週間に渡って大きく報じられていたのが 日本の政権交代のニュースである。
ニューヨーク・タイムズ紙では先週土曜日の時点で、既に「民主党が今回の選挙で勝つであろう」 という小さな記事が掲載されていたけれど、 英語でも ”ランドスライド・ヴィクトリー” と表現される 民主党の地滑り的勝利は今後の日米関係が変わっていくことを 米国メディアに予感させていたのだった。
オバマ政権は週明け早々、「新政権とも変わらぬ友好関係を築いていく」 というコメントを発表していたけれど、 第二次大戦以降、日本の政治を仕切ってきた自民党と ワシントンの政界には かなりの癒着があり、 アメリカ政府が これまでそれにアグラをかいてきた状態は 米国メディアも認識するところ。 でも、今回の政権交代によって ホワイト・ハウスは戦後初めて日本の新政権と ”ストレンジャーの関係になった” ことが報じられており、今週はワシントンの関係者が民主党や、鳩山代表について随分勉強をしていたことが伝えられていたのだった。
アメリカのメディアの見方では、今回の日本国民の審判は 自民党という政権に対してよりも、 小泉元首相が行った改革の失敗に対して下されたものだという見方が強く、 今日日曜付けのニューヨーク・タイムズ紙でも、10年以上アジア担当だった同紙の記者、ピーター・グッドマンの論説の中で、 「小泉政権下の改革により、はじけたバブルから立ち直っていなかった日本が 一層 暗い社会になってしまった」 という指摘がなされていたのだった。

私が個人的に 今回の選挙報道で最も興味深かったのが 米国メディアの 今になってからの小泉政権批判で、 日本の歴代総理の名前を1人も知らないのが当たり前のアメリカ人がこうした記事を読んだら、 小泉首相が選挙まで政権を握っていたと勘違いしても仕方が無いような記述が見られていたのである。 その内容を要約すれば、日本はかつては終身雇用が当たり前で、国民健康保険制度も行き届いた、最もサクセスフルな社会主義的 キャピタリズム(資本主義)国家であったけれど、それが長年の小泉政権による改革とそのダメージで 崩されてしまったというもの。
こうした報道が、鳩山氏の 「日本は アメリカのキャピタリズムの犠牲になった」 という主張をかわす意図なのか どうかは 定かで ないけれど、米国メディアが捉えた日本の新政権の方向性は、「アメリカと協調はしながらも一線を画すこと」、 「自民党が行ってきた改革ダメージをリバースさせること」と見ており、「経済立て直しにはそれほど期待が持てないのでは?」という 見方もあるようである。

アメリカ国内に目を向ければ、今週は月明けの第1週目ということで、先月8月のアメリカの雇用統計が発表されているけれど、 それによれば、失われた職の数は21万6000に減ってきたものの、失業率は9.7%にアップ。 中でもティーンエイジャーの失業率は25.5%で、就業可能なティーンの4人に1人が失業しているという結果が出ているのだった。

話は変わって、目下ニューヨークで行われているテニスの全米オープンで、選手達に思わぬ禁止令が出て話題になっている。 その禁止事項とは Twitter / ツイッター(英語での発音はトゥイター)。
目下アメリカで爆発的に流行っているツイッターは、 ”Twittering” ”Twittered” などと、既に動詞化されるほどの 社会現象になっているけれど、これは簡単に説明すれば140字のメッセージをフォロワー(メッセージの受け取り登録をした人)に発信するもの。
セレブリティの中ではアシュトン・クッチャー&デミー・ムーア夫妻やシャキール・オニールなどが、数百万人のフォロワーを擁していることで 知られているけれど、プロテニス界でもアンディ・ロディック、アンディ・マーレーを始めとするプレーヤーがツイッターで頻繁にファンに メッセージを発信していることで知られていたりする。
USTA(ユナイテッド・ステーツ・テニス・アソシエーション)がプレーヤーによるコート上、ロッカールームなどでの ツイッターを禁止したのは、 自分や他のプレーヤーのコンディションなど、ツイッターで発信される ちょっとしたインサイダー・インフォメーションが ギャンブルの情報として 使われる可能性を懸念してのこと。
ちょっと 意外であるけれど、世界中で最もギャンブルの対象になっているスポーツは サッカーかと思いきや、実はプロ・テニス。 なのでギャンブル絡みのトラブルを避けようというのが、その目的のようだけれど ツイッターを行っている若いプレーヤーからは この禁止令に反発のリアクションも見られていたようである。


さて、滅多に本を読まない私が、つい最近斜め読みしていたのが 「The Liar In Your Life / ザ・ライヤー・イン・ユア・ライフ」という新書。 これはUMASS(The University of Massachusetts Amherst )の科学者であるロバート・フェルドマン教授の著書で、 人間の嘘について長年の研究と分析を行ってきた同教授が嘘のメカニズム、嘘を信じてしまう人間心理、 人間が嘘つきになっていくプロセスなどを細かく、分かりやすく記載したものである。
私は個人的に人間の嘘、嘘をつく心理、嘘を信じる心理、嘘と知っていて噂を流す心理というのに、非常に興味があって、 非常に巧妙な嘘や、悪質な嘘については、忘れないように日記に書きとめているほど、 嘘というテーマは ライフワークにしているリサーチ・サブジェクトの1つなのである。
私が人の嘘に興味があるのは、 記憶力が良い方なので 人の発言の矛盾からその嘘に気付いてしまうことが非常に多いためである。 作家のマーク・トゥウェインの語録に 「If you tell the truth you don't have to remember anything / もし真実を語っているのなら、 何も覚えている必要は無い」というものがあるけれど、これはまさしくその通りで、嘘というのは 記憶力を要する話術なのである。
見方を変えれば、巧妙な嘘つきほど記憶力が良いことになるけれど、頻繁に用いている嘘については、 自分でもそれが真実であると錯覚してしまうほどに、 常に信憑性を持って語ることが出来てしまうのも また事実。 これは、嘘の返答を何度も練習することによって、 嘘発見器では 嘘が見抜けなくなるのと同様のメカニズムである。

「ザ・ライヤー・イン・ユア・ライフ」によれば、人間は10分の会話の中で3回は嘘を付いているとのこと。
私は2004年のこのコラムでも 「Don't Lie」 というタイトルで、 嘘について書いているけれど、 この時に触れていたのが、日本の方がアメリカより 嘘に対して寛容な社会であるということ。
アメリカでは日本の概念で「お世辞」、「社交辞令」とカテゴライズしているものまで 嘘と見なすので、 「自分は嘘つきでは無い」と思っている日本人でも、アメリカの概念だと頻繁に嘘をついていることになるのだった。
例えば、「可愛い赤ちゃん!」、「素敵なドレス!」、「(人の手料理を食べて)お料理上手!」、「遅れてごめんなさい、道が混んでいて・・・」、 「(明らかに深刻な事態の時に)きっと大丈夫だから・・・」といった社交上のコメントは、 それが事実に反する場合、全て嘘に該当するのである。

同書で人間が嘘をつき始める年齢とされているのは3歳前後。
殆どの子供にとって最初の嘘になるのが「I didn't do it / 自分がやったんじゃない」というものだそうで、 それが4歳児になる頃には、その嘘が若干巧妙になって 「The dog did it / 犬がやったんだ」 というようなものになってくるという。
また子供を嘘つきに育て上げるのは他ならぬ親達で、 例えば話したくない親戚から電話が掛かってきた時に 「ママは居ないって言っておいて」 とか、 クリスマス・シーズンに「気に入らないプレゼントでも、貰う時は嬉しそうにしなさい」と子供に命じるのは、 嘘を奨励していること。それでいて「嘘をついちゃいけません」 といった矛盾した教育が行われているのは万国共通のことである。
そんな子供が、大学生になるころには 最初は疑って掛かっている大人をも騙してしまうほどに 嘘が上達するとのこと。 そして社会人になってからは、レジュメに嘘の経歴を書くというのは、非常に一般的なこと。 またセールスの仕事をしていれば、巧みな嘘で物を売りつけようとしたりするものである。

世の中に嘘が蔓延しているのは、それが簡単にまかり通ってしまうからであるけれど、では何故人が嘘を信じてしまうかと言えば それは人間が精神的に楽をしたいと思っているからで、 言われたことを鵜呑みにして信じることが、人間が精神的エネルギーを最も使わずに済む状態であるという。
すなわち 人の言動を疑う、疑問を抱くというのは 脳を活発に活動させなければならないということ。 でも、それ以前に 人間には ”信じたい嘘” というのがあることも同書では指摘しているのだった。
例えば、アパートを探し続けていた人がやっと気に入った物件に巡り会った時は、不動産屋の嘘かもしれないセールス・トークを 鵜呑みにしてアパートを決めるきっかけにしたくなるもの。
ショッピングをしている場合でも、自分では欲しいけれど値段が高くて決心がつかない時に、セールス・パーソンに 「これだったら何シーズンでも着られるし、意外に何にでも合わせ易いから・・・」、 「この商品は1サイズ1枚ずつしか入荷してこないから、今手を打たないと・・・」などと言われれば、 それを信じて購入に踏み切ってしまうのは、多々あることである。
この場合、嘘をつく方は ”セールスを上げる” 、 つかれる方は ”自分の買おうとしているものに付加価値をつける”、もしくは ”購入に及ぶ決心を付けさせてもらう” という 利点が 嘘によってもたらされる訳で、嘘をつかれる側が必ずしも犠牲者であるとは限らないのである。

自分についての嘘というのは 自分を良く見せるため(=悪く見せないため)、もしくは自分に関心を引き付けるために つく場合が殆どであるけれど、事実に基づいていれば いるほど、信憑性がある嘘になるのは言うまでも無いこと。
例えば嘘のパターンに良くありがちなのが、自分が経験していない事を語って相手を敬服させようというもの。 この時、もし その人物に 大金持ちのボーイフレンドに頻繁に高級リゾートに連れて行ってもらう友達がいて、 彼女の自慢話を何度も聞かされていた場合、その細かな自慢話を 逐一 自分の体験として語ることによって、 まるで自分に高額を貢いでくれるボーイフレンドが居るかのような嘘をつくことが可能になる訳である。
でもその嘘のソースが、映画「プリティ・ウーマン」のような真実味の無い 映画の中のストーリーだった場合、 「昔のボーイフレンドから ”幾らでも使って良い” って言って、クレジット・カードを渡されていた」 というような 空虚な嘘になってしまうから、 少しでもクレジット・カードの知識がある人であれば 「夫婦でも家族でも、会社の社員でも無い他人が、限度額ナシで使えるクレジット・カードなんて存在しない」 と判断して、それを嘘だと見抜いてしまうことになる。
私が観察している限り、自分を良く見せようという嘘をつく人というのは、自分が見下している人間に対してこうした嘘をつくものの、 自分が明らかに人脈、学歴、経済面などで 勝てないと思う相手に対しては、情報収集をするための 聞き役に回っていることが多く、ここで取り入れたインフォメーションがやがて、自分を良く見せるための嘘となって再発信されるようである。

世の中一般では 嘘をつく時、 人間は眼球が動いたり、目を伏せたり、言葉を言いよどんだりすると思われているけれど、 「ザ・ライヤー・イン・ユア・ライフ」によれば、こうした行動は嘘をついているバロメーターには全くならないという。
私は一度、空港の入国手続きで 所持金を訊かれた際、「今、1ドル幾らだっけ?」と考えて 返事を言い直したために、 嘘をついていると思われたらしく、荷物検査に回されたことがあるけれど、もちろんこの時の私は申告したとおりの所持金しか持っていなかった訳である。
裁判の証言の際も、陪審員や判事が 同様の先入観を持っていることに備えて、 嘘をついているように見えないボディ・ランゲージのトレーニングをしてから、証言台に立つビジネス・エグゼクティブ等が多いと言われるけれど、 「目は口ほどに物を言う」とは言え、巧妙な嘘つきは 逆に人の目を見据えて嘘を言ったりするものである。

私の経験上、1つのバロメーターになるのは 嘘の矛盾を不意に突かれた場合、嘘をついた人間は 度合いの差はあっても まずは慌てるし、 巧妙な嘘とは裏腹の 筋が通らない言い訳を即座にでっち上げたりするものである。
でも嘘が嘘とバレるのは、もっぱら話をする度にその内容が違っている場合、別の筋から同じ出来事についての もっと信憑性の高い話が伝わってきた時などで、 時に嘘をつく側のリサーチ不足、知識不足による ”事実に反する内容” から嘘が判明する場合もあったりする。
とは言っても、嘘が嘘と分かっても 多くの人はそれをあえて 問い詰めたりはしないもの。 それを嘘と知りつつ会話を続けたりするもので、私が最も長い期間、その嘘に付き合ってきた相手というのが、 他ならぬ 以前のボーイフレンドである。
私は彼のことを 占い師である母に 自分のボーイフレンドであることを隠して 運勢を見てもらったことがあるけれど、最初に母に質問したのが 「この人、嘘つきの星を持っていない?」ということ。 私の推測はドンピシャであったけれど、何故そんな質問をしたかと言えば、その時点で 何度も彼の経歴や 持っている株の話などがクルクル変わっていたためで、本人はスイスの口座に現金を沢山持っていると言っていたけれど、 母の占いではそんな大金は持っていないどころか、借金を抱えているかもしれないとのことなのだった。
なので、付き合っていたものの 一秒たりとも 信頼したことが無かったのがこのボーイフレンドであったけれど、 どうしてそんな相手と付き合っていたかと言えば、誰かと付き合っていた方が便利だったのに加えて、 嘘つきなりにチャーミングな部分があったところ、さらに相手の話のつじつまが合わないことを自覚していただけに 「自分はこの程度の嘘つきには騙されない」と高をくくっていた部分があって、 彼のことを ”人畜無害な嘘つき” だと思っていたのだった。
でも後になって 世の中に 人畜無害な嘘つきなど存在しないことを 思い知らされることになったけれど、 彼のように嘘をついて世の中を渡ってきたようなレベルになると、 嘘がバレた時の言い訳や逆切れのパターンも沢山持ち合わせている一方で、 嘘をつく罪悪感など全く無いので、別れても、別れても戻ってきた疫病神のような存在なのだった。

「ザ・ライヤー・イン・ユア・ライフ」によれば、世の中の人間は多かれ少なかれ、皆 嘘つきだそうだけれど、 著者のロバート・フェルドマン教授は、それでも「信頼できる人間関係を築くためには、どんな小さな社交上の嘘も つかないように心掛けるべき」 という意図でこの本を書いたという。
先述のマーク・トゥウェインも 「Honesty is the best policy / 正直であることが最善のポリシー」と 語っている通り、信頼とは 真実に基づくもの。 巧妙な嘘は バレ難いものの、それが一度バレた時は、 その嘘が巧妙であればあるほど、深く信頼を失うものなのである。





Catch of the Week No. 5 Aug. : 8 月 第 5 週


Catch of the Week No. 4 Aug. : 8 月 第 4 週


Catch of the Week No. 3 Aug. : 8 月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 Aug. : 8 月 第 2 週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。





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