Aug. 31 〜 Sep. 6 2015

” Why Everybody is DJ Now? ”
DJ=花形職業&花形副業?


今週、アメリカのみならず 世界中で大きく報じられていたのがシリア、アフガニスタンを始めとするアラブ国からの難民がヨーロッパに流入している問題。
特に今週メジャーなメディアがこぞって報じた、 シリアからボートで脱出した3歳の少年の死体がトルコの浜辺に打ち上げられた映像は、 世界中に衝撃を与えたけれど、それと同時に世界中から批判を浴びる結果になったのが、 ハンガリー政府の難民対応。水や食料も与えず、オーストリアの国境まで難民を歩かせる様子は、 メディアで大きく報じられ、政府よりも先に動いたのが民間のボランティア。
週末には、ハンガリー政府がオーストラリア国境まで難民を運ぶバスをチャーターし、ドイツ政府が数千人の難民の受け入れを発表。 ローマ法王フランシスコも、カソリック教会に対して難民の受け入れを呼びかけるなど、ようやく始ったのが難民に対するサポート。 しかしながら難民が果たして何百万人居るのかが把握できない上に、ほぼ全員が ドイツやスカンジナビア諸国など、 裕福なヨーロッパ諸国への移民を希望していることから、その長期的な受け入れには早くも懸念の声が聞かれているのだった。

アメリカも、年内に1800人のシリアからの難民の受け入れを発表し、2016年にはその数を8,000人まで増やすことを明らかにしているけれど、 他国の難民以前に ニューヨークで いよいよ深刻になり始めているのが 増え続けるホームレスの問題。
ビル・デブラジオ市長の”ホームレス放置”の政策に変わった途端に その数が増えだしたことは、以前このコラムにも書いたけれど、 ホームレスの4分の1は、K2(合成マリファナ)などのドラッグ中毒や、 精神が病んだ人々。 このため、今週はデブラジオ市長がようやく重たい腰を上げて、ホームレス問題に積極的に取り組む意向を明らかにしたけれど、 昨今 そんなホームレスが陣取っているのが、ミッドタウンやダウンタウンの 人通りが多い商業地。 この様子については、ジュリアーニ前NY市長が 週末のNYポスト紙で痛烈な批判を展開していたのだった。






ところで昨今、パーティーなどで出会う人に職業を尋ねると、必ずと言って良いほど返ってくるのが、 「I'm also a DJ」、「I'm a Parttime DJ」といった 副業でDJをしているという答え。
この春知り合ったアーティストもパートタイムDJであったし、先日知り合ったデザイン・オフィスに勤める男性や、 マーケティング会社を経営する男性もパートタイムやフリーランスでDJをしているとのこと。 私の友人のスピニング・クラスのインストラクターも副業がDJで、自分のクラスや他のインストラクターのクラスで使う BGMをミックスしたり、プライベート・パーティーやウェディングのDJを担当して、大忙しであるという。
そうかと思えば、友人の大学生の息子がやはりDJで、高校時代から学校のイベントや、ニュージャージーのショッピング・モールで 行われるファッション・ショーなどでDJをしていたとのこと。今年の夏休みにはクルーズ船内の クラブでDJをすることになっていると話していたのだった。

このように ふと気付くと皆がパートタイムDJをやっているのが昨今。 その背景には、DJという職業の需要が高まっているという事実があるけれど、 もはや クラブではない レストランにも DJブースがあるのは全く珍しく無いこと。
加えて ロサンジェルスを中心に、ジムにライブDJを入れるというトレンドもスタートしているほか、 今やブティックにもDJブースがある時代。 またコーポレート・イベントから子供のバースデー・パーティーにまでDJが雇われる時代で、 DJのスキルを教えるクラスなども登場しているので、DJの仕事は以前よりも増える一方。

アメリカのウェディングでDJに支払われるギャラは平均で約700〜1000ドル、大体10万円前後であるけれど、 20万円〜50万円のギャラを請求するDJも珍しくないのが実情。 通常のイベントの場合、全く無名のDJでも セットアップと片付けの時間を入れた5〜8時間程度のDJサービスが 900〜1200ドルというのが相場となっているのだった。

それがセレブリティになるとギャラがアップするのは当然のことで、 かつてカルチャー・クラブのシンガーだったボーイ・ジョージや、ビヨンセの妹、ソランジュ・ノールズなどは、 頻繁にDJを務めているし、 2年ほど前から本格的にDJとして活動しているパリス・ヒルトン(写真上左) も、この夏にスペインのイビサのクラブで1ヶ月のレジデンシーDJを務めたばかり。
現役モデルのDJも多いけれど、やはりクラブ・シーンはルックスが良い女性がもてはやされるとあって、 女性で活躍するDJには モデル上がりが少なくないのが実情。 男性上位の世界ではあるものの、ニューヨーク、マイアミ、ラスヴェガスのクラブに頻繁に登場するような女性DJになると、 さほど名前は知られていなくても、マルチミリオネアになる程度に稼いでいるのだった。




では世界レベルでトップのDJが 一体幾らを稼ぐかと言えば、世界一高給取りのDJ、 カルバン・ハリスの2014年6月から今年の6月までの1年間の稼ぎは、フォーブス誌によれば$66ミリオン(約79.2億円)。 彼のガールフレンドであるテイラー・スウィフトの方が稼ぎが多いとは言え、 とてもDJとは思えない稼ぎっぷり。
この金額は、世界一高給取りの女優であるジェニファー・ローレンスの年収$52ミリオン(約69.6億円)を 大きく上回るものだけれど、 実際のところ、フォース誌によれば トップDJ3人(写真上左より カルバン・ハリス、デヴィッド・ゲッタ、ティエスト)の年収の合計が $139ミリオン(約166.8億円)なのに対して、 女優のトップ3(ジェニファー・ローレンス、スカーレット・ジョハンソン、メリッサ・マッカーシー)の年収合計は$110.5ミリオン(約132.6億円)。 知名度はハリウッド女優ほどなくても、彼女らよりも遥かに稼ぐのがトップDJ達なのだった。

長者番付でトップ10にランクしているDJは、全てEDM(Electronic Dance Music)のDJでありアーティスト。 彼らの収入源は、ラスヴェガスのハッカサンを始めとする大型クラブへの出演や、 巨大なスタジアムで行われるミュージック・フェスティバルへの出演などに加えて、自らの楽曲や、他のアーティストとのコラボレーション・トラックの セールス。
今や社会現象と言えるほどのブームになって久しいEDMであるけれど、 クラブのイベントや、屋外のミュージック・フェスティバルで 抜群の集客パワーを持つのが EDMの世界で”God=神”と崇められるスーパースターDJ達。
カルバン・ハリスは、毎週のようにラスヴェガスのハッカサンとオムニアに出演しているけれど、その一晩のギャラは40万ドル(約4800万円)。 同じくヴェガスのクラブに頻繁に登場するティエストにも30〜40万ドルのギャラが支払われているのだった。






私が知る限り、現在のようにDJがセレブリティとしてもてはやされるようになった最初の存在は、 2014年にリリースされた「アップタウン・ファンク」でメガヒットを飛ばしたマーク・ロンソン(40歳、写真上左)。
90年代半ばにファッション・イベントを中心に出演して名前を上げたマーク・ロンソンは、 NYのソーシャライトであるアン・デクスターと大手不動業者兼、音楽マネージャーのローレンス・ロンソンの息子として、裕福に生まれ育ち、 ジョン・レノンの息子、ショーン・レノンが幼馴染みというネイティブ・ニューヨーカー。
やがて母親が70〜80年代に活躍したロックバンド、フォーリナーのギタリスト、ミック・ジョーンズと再婚したのをきっかけに、 幼い頃から音楽業界にドップリ浸かり、母親の社交界のコネと、父親の音楽界のコネを上手く使って セレブDJになったのが彼。ちょうどこの頃から、シャネルやヴェルサーチといったブランドが プロのDJがミックスしたBGMをファッション・ショーで使うようになっており、 ファッション業界がDJをアフター・パーティー、ブティック・イベントなどにも フル活用するようになった時流に乗って、 一躍セレブ・ステータスと高額ギャラを獲得したのがマーク・ロンソン。

一方、現在DJのトップに君臨する カルバン・ハリス(31歳)は、本名がアダム・ウィルス。 18歳でレコーディング・アーティストを目指してロンドンに出てきたものの、 一向に日の目を見る事がなく、一度は生まれ故郷のスコットランドに戻り、そこで魚の加工業者や食料品店で働く一方で、 ウェイターも勤めながら、自分の音楽活動を続けていたとのこと。
やがてマイ・スペースにポストした自らのトラックがきっかけでようやくレコード・デビューにこぎつけたのは2007年のこと。 でもカルバン・ハリスのキャリアが飛躍的に伸びて、知名度を大きく上げたのは2011年。 リアーナやフローレンス・ウェルチ、カイリー・ミノーグなどのためにダンス・ミュージックをプロデュースするようになってから。
そうするうちにEDMブームがメガ・ブレークして、彼曰く 「良いタイミングで 良いポジションに居た」というサクセスを収めているのだった。

昨今では、その道のトップに登り詰めれば DJやゲーマーの方が、インベストメント・バンカーなどよりも遥かに稼ぐ時代。 トップに登りつめなくても、可処分所得を得る副業にもなりうる訳で、 それを考えると、ガリガリ勉強させるだけが出世や生計を立てる道では無いというのは明らか。 時代がこの先どう変わるかの予測が難しい時代なだけに、子供達にはその道を極められるくらいに 好きで得意なことをさせておくのも、悪くないアイデアだと思うのだった。

ところで かつてはDJの仕事を、レコードを回すという意味で ”Spinning / スピニング”と呼んだけれど、 現在では ”DJing / ディージェーイング”という言葉になっていて、それはDJのテクニックが変わってきた実情を 反映させているのだった。

Will New York 宿泊施設滞在



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

Shopping

PAGE TOP