Set.. 4 〜 Sep. 10




”ファッション・ショー に見るカスト制度 ”



先週のこのコラムの最後に、アメリカはここ1週間で 「夏の終わりから 秋の始まりにシフトする」と書いたけれど、 ニューヨークで秋の始まりを意味するイベントと言えば、フットボール・シーズンの到来と ファッション・ウィークである。
NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)もファッション・ウィークも今週からスタートしているけれど、 フットボールについて いつも不思議に思うのは、どうしてアメリカのフットボールが フットボールと呼ばれるのか?ということ。 同じ英語圏でもイギリスでフットボールと言えば”サッカー”を指し、 アメリカでフットボールと言えば、所謂 ”アメリカン・フットボール”を指す訳けれど、 サッカーがゴール・キーパー以外が手を使えば反則であるのに対し、”アメリカン・フットボール”はトスからパス、キャッチまで、 全て手を使って行うスポーツで、プレーヤーがボールを蹴るオケージョンはわずか4つ。 キックオフ、フィールド・ゴール、攻守入れ替えの際のパント、そしてポイント・アフター・タッチダウンのキックのみで、 これらは試合時間のうちの10分の1程度に及ぶか及ばないかのプレー。 すなわち、殆どのプレーが手を使って行われているのに、どうしてフットボールと呼ばれるのか?は、 深く考えるまでもなく不思議に思えることなのである。




一方のファッション・ウィークは9月8日の金曜から15日までの日程で開催されるけれど、 今回も、ブライアント・パークのテントを中心に約100のファッション・ショーや展示会が行われることになっている。

このファッション・ウィークのため、業界紙WWDは、通常休刊日に当たる9月9日土曜日付けで、 週末版を発行していたけれど、この表紙として飛び込んできたのが、写真上 右のマーク・ジェイコブスと彼のパートナー、 ロバート・ダフィーのヌード。この週末の朝にはちょっと衝撃的な写真は、マーク・ジェイコブスが皮膚がんチャリティのために 製作したTシャツについて報じるものだった。
このチャリティでは、マーク・ジェイコブスが 自分達だけでなく クリスティ・ターリントン、ナオミ・キャンベル、ワイノナ・ライダー、セルマ・ブレア、などのセレブリティに働きかけ、そのヌード写真をと共に 「Protect The Skin You're In / プロテクト・ザ・スキン・ユーアー・イン」というメッセージをフィーチャーしたTシャツを製作。その売り上げをニューヨーク大学メディカル・センターの 皮膚がん研究グループに寄付するというもの。
ファッション業界というのも不思議なところで、本来、人の身体を覆う ”服” というもので商売をしているにも関わらず、 服を必要としない ”ヌード”というものを非常に好む世界である。 「ヴォーグ」のような一流ファッション誌も、写真の出来こそはテイストフルであっても、 男性誌がフィーチャーするのと さほど変わらないモデルやセレブリティのヌードを頻繁に掲載しているし、 ファッション広告にしても、肌の露出に対して最も寛容なスタンダードを持っており、 ジーンズの広告モデルがトップレス 姿で登場するのは非常に多い例。 ファッション・ショーにしても、モデルがGストリングスとブーツだけで登場することなど 決して珍しくないし、 元グッチのデザイナー、トム・フォードが「ヴァニティ・フェア」誌のゲスト・エディターを務めた際も、 彼がフィーチャーしたセレブリティの写真は全てヌードであった。
今回のマーク・ジェイコブスのチャリティについても、皮膚がんがテーマということで皮膚=ヌードと結び付けたくなる気持ちは 分からなくもないけれど、服を作る立場、見せる立場の人々が、服を着た姿よりヌードを好むと同時に、 ヌードの方が人々の関心を集めるパワーがあることをあっさり認めているのは、興味深くもあり、 不思議なことでもあったりするのである。
ところで、この写真を見たときに私が先ず思ったのはマークがあまりに痩せて写っているので、きっと修正が行われているのでは? ということだったけれど、実際彼は現在体重を60キロにまで落としたそうで、フォトショップで修正したのは 身体や顔のシワだけとのこと。

ファッション・ウィークに話を戻すと、 少なくとも私の知る限り、毎年2回の春と秋のコレクション・シーズンが楽しいと思っている バイヤーやプレスというのは、若い駆け出しの人々である。
食べ歩きが好きな人は美味しいものを食べるのが仕事であるレストラン評論家を羨ましいと思うし、 映画が好きな人は 映画評論家を羨ましいと思っていたりするのと同様、 ファッションが好きな人は仕事でファッション・ショーに出かけられるプレスや バイヤーを 羨ましいと思っているもの。 でも、どんなに美味しいものでも、食べたくない時にも 食べなければならないのは苦痛であるし、どんなに映画が好きでも 自分の好みとは無関係に選ばれた映画を1日に何本見続けて、しかも退屈でも居眠りも出来ないとなったら 苦しいのと同様、 ファッション・ショーもファッション・ウィークのスケジュールに合わせて見せられたら、 どんなにファッションが好きな人でもウンザリしてしまうものである。 しかも、1シーズンのコレクションの中で、 本当にエキサイティングなクリエーションを見せてくれるデザイナーは ほんの一握り、すなわち1日中ショーを見続けても1人居るか、居ないか。なので、そんな退屈なショーが続けば 当然 ショーの最中に居眠りをするバイヤーやプレスも出てくるけれど、昨今はそんな様子を しっかりスナップして レポートするメディアがいたりするから、バイヤーやプレス関係者は 有名になればなるほど気を抜くことが出来ないのが実情である。

こうしたバイヤーやプレスが口を揃えて語るのが「もしセレブリティやソーシャリートのようにファッション・ウィークを 楽しめたら どんなに良いか!」ということ。 行きたいファッション・ショーだけに行って、自分が着る服のことだけを考えながら、ノートも取らずに ショーを見て、 夜はデザイナーが主催するパーティー三昧というセレブリティやソーシャリートのファッション・ウィークは、 バイヤー やプレスから見れば 天国のように思えるものなのである。
しかもセレブリティに関しては、混み合う受付を通らずに、ショーの開始直前に座席に付くことが出来る上に、 トップ・クラスのセレブリティになれば、多少遅れても、その登場を待ってからショーがスタートすることも多い訳で、 これらもバイヤーやプレスが羨むセレブリティの特権であったりする。

さてファッション・ショーというものはデザイナーが、そのクリエーションを見せる以外に、2つの意味合いを持つショーケースでもある。 その1つは、デザイナーがメディアやバイヤーをどう見ているかのショーケースであり、2つ目は デザイナーにどれだけのパワーがあるかのショーケースである。
前者のショーケースというのは、デザイナーが 特定のメディアやバイヤーを会場の何処に座らせるかのことであるけれど、 一般的にファッション・デザイナーにとって一番大切なゲストと言えばショーに話題性を与え、パブリシティをもたらしてくれる セレブリティ (もちろんどの程度のスターかにもよる)、メジャーなファッション・メディア (ヴォーグ、バザール、イン・スタイル、エル、W等)や、ニューヨーク・タイムズ、フィガロ等の メジャーなニュース・メディアのファッション・エディター。さらにニーマン・マーカス、バーグドルフ・グッドマン、 サックス・フィフス・アベニュー、バーニーズといった一流リテーラーのバイヤーで、 これらは何が起こっても冷遇出来ない存在。さらに、セレブリティのスタイリストもVIPステイタスを獲得する傾向にあり、 ファッション・ショーのファースト・ロー、セカンド・ローを占めるのは主にこうし た面々である。
しかし、同じプレスでもアシスタント・エディター、バイヤーでもアシスタント・バイヤーなど、 一流どころの下っ端は当然5列目から 7列目くらいまで下げられてしまうので、 俗に言う「フィフスロー(5列目)・エディター」、「フィフスロー・スタイリスト」と言えば、 未だ経験も知名度も浅い若い顔ぶれを指すことになる。
こうした「誰を何処に座らせるか?」という座席指定は、デザイナー側がどれだけ そのメディアや バイヤーを大切に思っているか、 もしくはどれだけ彼らに感謝しているかを示すのはもちろんのこと、メディアやバイヤー側にとっては、 彼らがショーの会場の何処に座るかは、そのまま業界の政治力のポジショニングにも置き換えて見なされる傾向があったりする。
また、ファッション業界にはいわゆる「天敵」なるものが存在して、 決して隣に座らせはいけない人間同士というのがあるので、 ファッション・ショーの座席というのは、有名デザイナーになればなるほど、様々な業界事情を考慮した上で、 慎重に決められているものである。
日本の某社に務める私の知人が以前 「うちなんてバーニーズの5倍は買っているのに、あっちのバイヤーは 前から2列目で、 うちはいつも後ろの方の席」とボヤいていたのを聞いたことがあるけれど、 ファッション・ショーの座席は日本のプレスやバイヤーとは全く無縁のこうした政治的しがらみで 決められているから、 それも仕方が無いと言えば仕方が無いのである。

後者の「デザイナーにどれだけのパワーがあるかのショーケース」について言えば、例えば同じファッション・メディアでも、 ヴォーグ誌のアナ・ウィンターのような編集長クラスがショーにやってくるのは トップ・デザイナーや、将来が嘱望されるデザイナー、 話題を集めているホットなデザイナーである証拠。 さらに客席にどれだけ一流店のバイヤーを揃えられるか、何人セレブリティが集められるかは、 ランウェイ上で発表されるコレクションと共に、デザイナーの業界におけるパワーが測られるステージなのである。
だからファッションPR関係者の間では、ファッション・ショーの成功、不振は実際にショーが行われる3日前、 すなわち、誰がショーにやってくるかがはっきりした時点で決まってしまう とさえ言われている。
実際のところ、3シーズン前のローランド・ムーレのように、大ヒットのコレクションにはブランドの知名度に関わらず、 一流バイヤーやプレスが集まるもので、名の売れたモデルが1人もランウェイに登場しなくても、ショーには 緊張感があり、盛り上がるものである。

さて、一般の人がニューヨーク・コレクションを 見ることができるかということだけれど、 答えはまず 「No」 と言わなければならない。これは ショーがプレスとバイヤーのためのビジネス・イベントと見なされていることもあるけれど、通常、一般の人々が見たがるような有名デザイナーのショーとなると、毎シーズン、PRがいかに招待客リストを削るかに 苦労している状態だから、一般の人々を入れている余裕など無いのが実情なのである。 だから、ニューヨーク・コレクションの場合、人気のあるデザイナーになると、たとえ招待状があってもショーの直前に会場に行くと、中に入れないという場合も少なくなかったりする。
多く のデザイナーは招待状を2種類作るなどして、 大切なゲストと そうで無いゲストを簡単に識別できるようにしているので、 後者と見なされる招待状を持参した場合、ショーの開始直前に立ち見として入場させてもらえるか、 そうでなければ会場に入ることも出来ずに 外のモニターでショーを見ることになってしまう。

以前もこのコーナーに書いたことがあるけれど、ファッション・ショーとは 言わば ファッション業界の”カスト(階級)制度”が 如実に現れる場である。
入り口で入場を制限される人々にとっては彼らを尻目に会場に入って 行く人々は 自分より上に思えてしまうけれど、 いざ会場に入ってはみたものの案内の担当者に「このチケットはスタディング(立ち見)です」と 言われた人は、 座席に座っている人より下にランクされていると感じることになる。 座席に座れたとしても、後ろのブロックに座らせられる人は、ステージ付近のセレブリティが座るエリアに着席出来る人々が 華やかな別世界の存在に思えるし、 前列に座っているファッション・エディター達にしても、 ライバル誌のエディターが、セレブリティの隣だったりすれば 面白くない思いをすることになる。

ファッション・ショーの会場というのは殆どの場合、ランウェイを囲んでU字型に座席が組まれているけれど、 ふと考えてみると、これほど来ている人間が お互いに お互いをよく見 渡せる設定というのは無かったりする。
ファッション・ショーというとランウェイを歩くモデルとファッションが主役というイメージがあるけれど、 実際には服を一瞥しただけで、それを見るバイヤー やプレスがどういった反応を示しているかを熱心に チェックしている人は非常に多いし、実際にショーが始まる前の10分程度の間は、セレブリティ、バイヤー、エディターと いった ファッション業界の カストの頂点の人々に会場中の視線が注がれて、彼らのためのステージのような状態になるのである。
だからファッション・ショーとは言ってみれば絶好のマン・ウォッチングの場であると言えるし、 ランウェイ上のファッションより そちらのマン・ウォッチングの方が娯楽性に富んでいることも少なくないのである。



Catch of the Week No.1 Sep. : 9月 第1週


Catch of the Week No.4 Aug. : 8月 第4週


Catch of the Week No.3 Aug. : 8月 第3週


Catch of the Week No.2 Aug. : 8月 第2週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。