Sep. 3 〜 Sep. 9 , 2012

” No Easy Mission ”

今週のアメリカで最大の報道になっていたのは、火曜日〜木曜日の3日間のスケジュールで行なわれた 民主党党大会に関する報道。
党大会は、現職大統領が属する党が後に行なうのが通例で、先週行なわれた共和党党大会が クリント・イーストウッドの意味不明なスピーチ以外、ハイライトが無かっただけに、 今週、民主党がオバマ大統領再選を如何に国民にアピールできるかに焦点が集まっていたのだった。

そして、3日間のスケジュールが終了してみると、党大会のハイライトとなったと同時に、最も話題が集中したのは オバマ大統領のスピーチではなく、党大会2日目の水曜日に行なわれたクリントン元大統領のスピーチ。 28分の予定を大幅に上回って、48分に渡るスピーチを披露したクリントン元大統領であるけれど、 この日は 同じ時間帯にNFL、プロフットボールのシーズン開幕戦が行なわれていたにも関わらず、 全米の2,510万人がチャンネルを合わせたのが同氏のスピーチなのだった。
クリントン氏は、大統領の任期を終えて12年が経過しているものの、今もアメリカで好感度の高い著名人のNo.1。 彼のスピーチのリアクションは、一部で「長過ぎる」という指摘が聞かれていたものの、称賛の嵐で、 共和党メディアであるフォックス・ファイブのコメンテーターでさえ 「オバマ大統領はこのスピーチのお陰で再選されるだろう!」 と語ったほど。
実際にクリントン元大統領は、オバマ大統領が過去数ヶ月の選挙活動を通じて国民に訴えようとしてきたメッセージを、 オバマ氏よりも遥かに的確に、分かり易く、しかもユーモアを盛り込んで国民に語りかけており、 そのスタミナやカリスマ性もさることながら、「これほどスピーチが上手い政治家は居ない!」と思わせる 見事な語り口を披露したのだった。
スピーチ後のネット上の書き込みやツイッターのリアクションでは、クリントン氏のスピーチを称賛すると同時に、 「クリントンに投票したい!」という声が溢れていたけれど、 私自身、クリントン氏のスピーチを聞くのは 彼が大統領時代から好きで、今回の党大会のスピーチもチェックしようとは思っていたけれど、 実は 私はその時フットボールの開幕戦を戦っていたニューヨーク・ジャイアンツのファン。 しかも対戦相手がダラス・カウボーイズという好カードだったので、フットボールとクリントンのスピーチを ダブル画面にして見ようと思っていたけれど、一度クリントン氏のスピーチにチャンネルを合わせてしまったら、 すっかり引き込まれてしまって、フットボールをチェックすることを忘れて 48分間のスピーチを聞き入ってしまったのだった。
でもそうなってしまったのは私だけではなかったようで、フットボールの試合は クリントン氏のスピーチが始まってから、 大きく視聴者を減らしたことが報じられているのだった。



その民主党党大会の初日にスピーチを行なったのがミッシェル・オバマ大統領夫人。
メディアは夫人のスピーチもさることながら、ミッシェル夫人のファッションを 共和党大統領候補、ミット・ロムニー夫人である アン・ロムニーと比較して、”ファッション対決” という視点を設けていたけれど、 軍配が上がったのは 文句なしでミッシェル夫人。
彼女が着用したのはトレーシー・リースのシルク・ジャカード素材のピンクとブルー・グレーを切り替えたドレス。 このドレスは、夫人のためにカスタム・メイドされたものであったけれど、 同じ素材を使って売り出される予定の類似したドレスのお値段は約500ドル。 ドレスのカラーに合わせたスウェードのパンプスはJ・クルーで、お値段は245ドル。 このドレスがファッション・メディアやソーシャル・メディア上で 大称賛を浴びたお陰で、 トレーシー・リースは今週、メディアで引っ張りダコになっていたのだった。

一方のアン・ロムニーが先週の共和党党大会で着用したのは、真っ赤なオスカー・デ・ラ・レンタのコート・ドレスで、 価格は約2400ドル。シューズはスチュワート・ワイツマンで約440ドル。 多くのファッション・クリティックは、これを着用してスピーチを行なったアン・ロムニーが ドレスに合わせた真っ赤なリップスティックと、完璧にブローされたヘアで、 美しかったと評価しながらも、ドレス自体は「安全なチョイス」として、可も無く、不可も無くの評価に終わっていたのだった。


ドレスだけでなく、スピーチについても 既に過去4年、ファースト・レディとして公の場でのスピーチを数多くこなしている ミッシェル夫人は、アン・ロムニーとは役者が違うという印象で、メディアは 「ミッシェル・オバマのスピーチを聞いた後だと、 アン・ロムニーはもっとメディア・トレーニングが必要」と指摘していたのだった。
さらに、ミッシェル夫人にもう1つ軍配が上がったのが、そのネール・カラー。
ドレスの裾の切り替えカラーであるブルー・グレーとマッチさせたミッシェル夫人のネールは、その翌日には既に ネット上やソーシャル・メディアでセンセーションを巻き起こしていて、そのカラーが 「シャネルの新色のブルー・ネール、スカイラインでは?」といった 憶測を呼んでいたけれど、金曜には そのセンセーションを受けて ホワイト・ハウスがオバマ夫人のネールが アーティスティック・ネール・デザインの「ヴォーグ」というカラーであることを発表していたのだった。
ロムニー夫人に関しては、マニキュアもペディキュアもドレス&リップ・スティックに合わせた真っ赤であったけれど、 大統領選挙の焦点が雇用問題、経済問題と言いながらも、夫人達のファッションを頭の上から 爪の先まで逐一チェックするのが 昨今のメディア。 またHDTVと高画質フォトの影響で、「アン・ロムニーの手と首を見れば、どれだけ顔にボトックスを打っているかが分かって気味が悪い」と、 63歳にして額や目尻に全くシワの無いロムニー夫人の 美容施術にまでケチをつける声も聞かれたけれど、 こうしたポイントは、ソーシャル・メディアにネタや話題を提供しても、支持率や投票結果を占うデータとは無関係と言えるのだった。

むしろ、 昨今浮上してきたソーシャル・メディア絡みの数値で、世論を反映しているといわれるのが ” TPM ”。 これは「Tweets Per Minute / ツイーツ・パー・ミニット」の略で、1分間にどれだけのツイートが行なわれたかというもの。
今や ツイッターの利用者は、「思ったことを口に出すより先にツイートする」とさえ言われるけれど、 例えば、民主党党大会初日のミッシェル・オバマのスピーチの最中のTPMのピークは2万8,003。 この数字は、先週の共和党の党大会におけるミット・ロムニーのスピーチのTPMのピーク、1万4,289の約2倍になっているのだった。 クリントン元大統領のスピーチのTPMのピークは、オバマ夫人には及ばず2万2,087であったけれど、 彼の48分のスピーチの間のツイートの合計は49万6,222。1分1万以上のツイートを48分間獲得し続けたことになるのだった。
オバマ大統領のスピーチは?といえば、スピーチ自体は4年前の党大会に比べると 「大きく精彩を欠いた」と指摘されていたものの、 ツイッター上では、政治イベントにおけるTPMの最多記録を更新し、彼のスピーチ直後の TPMが 5万2,757に 達していたことが発表されているのだった。

ツイッターは、ポジティブ&ネガティブのリアクションが混じっているので、必ずしも”ツイート=サポート”とは限らないものの、 ツイートが多いのは、人々の関心の高さを示すバロメータであることは事実。 その意味で、国民がミット・ロムニーよりは オバマ大統領に関心を寄せていることだけは明らかなのだった。



ところで4月4週目のこのコラムで、SMプレイをフィーチャーした「フィフティ・シェイズ・オブ・グレー」が メガ・ベストセラーになっていることについて書いたけれど 、 その後も記録的な売り上げを記録した 同3部作の売り上げを、 あっという間に上回る勢いの 大ベストセラーになろうとしているのが 本来9月11日、 9・11のテロの11周年に売り出される予定だった「No Easy Day / ノー・イージー・デイ (写真上)」。
同書は、2011年5月2日に パキスタンに潜んでいたオサマ・ ビン・ラディンを殺害した海軍特殊部隊(ネイビー・シール)のメンバーが、 マーク・オーウェンというペン・ネームを使って、 当時のミッションの様子をメインに 特殊部隊のトレーニングや、そのメンタリティについて記した著書。 同書の内容が、国防総省が発表していたビン・ラディン殺害の様子と異なるのに加えて、 アメリカ史上、最も意義深い最高機密のミッションの詳細が明らかになったことから、 同書へ関心が非常に高まり、出版社はその発売日を1週間繰り上げ、増刷を決めているのだった。

海軍特殊部隊のメンバーには、軍隊及び、政府に対する守秘義務があるため、国防総省は マーク・オーウェンを名乗った著者のアイデンティティを明らかにし、彼を訴追する姿勢も見せているけれど、 各メディアのレビューアーによれば、著者は守秘義務を上手く かわしながら、特殊部隊や、ビン・ラディンのミッションについて スリリングな事実を語っているとのこと。
私がこれを書いている9月9日、日曜には、同書の著者が3大ネットワークの1つ、CBSの報道番組で 1時間のインタビューに応じていたけれど、CBSではアルカイダに狙われ始めたといわれる著者の ルックスと声を変えて、既に一部メディアが報じている彼の本名も隠してのインタビューの放映。
同書の出版が報じられた時点では、海軍特殊部隊のメンバーまでもが、リアリティTVスターのキム・カダーシアンのように、 「自分のことを何でもメディアで明かして、お金にする」かのように見る声も聞かれていたけれど、 CBSのインタビューに登場した著者が明らかにしていたのが、彼らのミッションが政治目的と絡んだ様々なバージョンで語られること対して 不満や困惑の気持を抱いていたということ。 彼が同書の出版を決心したのは、 米国史上最も重要な海軍特殊部隊のミッションに関する 正確な情報を 歴史の一部として明らかする必要性を感じたためであり、 同書の売り上げは全てチャリティに寄付されるという。 したがって、「ノー・イージー・デイ」が個人の利益目的の暴露本ではないことは明らかなのだった。

同書の中では、海兵隊のメンバーが 「使命を遂行するのは自分達でも、その手柄を独り占めにするのは 政治家」であるということを十分悟っていること、自分達は ”道具箱の中の道具” に過ぎないことを理解した上で ミッションに臨んでいる様子が明らかにされており、 ビン・ラディン殺害後も、メンバー達は 「自分達のお陰でオバマが再選するだろう」とジョークを飛ばし、 「このミッションがハリウッドで映画化された場合、自分をどの俳優に演じて欲しいか?」 という話題に興じるなど、冷めた視点で任務に臨んでいたことも描かれているのだった。
実際のところ、今週の民主党党大会で オバマ大統領の過去4年の任期中の最大の功績として讃えられていたのが、 オサマ・ビン・ラディンの殺害であったけれど、 著者によればネイビー・シールのチーム・メンバーは、オバマ大統領が作戦遂行の決断を下したことについては評価しているものの、 決して彼の熱烈なファンや支持者ではないとのこと。

そんなネイビー・シールのオバマ大統領に対する思いを露呈するかのようなエピソードが、大統領がミッションを終えてアメリカに戻った ネイビー・シールのメンバーと ねぎらいの対面をした際のこと。 「ビン・ラディン殺害の引き金を引いた兵士は誰か」と尋ねた大統領に対して、 チーム・メンバーは返答を拒んだそうで、その理由は 数多くのミッションをこなしてきた彼らにとって、 引き金を引くということは、最も簡単な作業と見なされているため。
ミッションの鍵を握っているのは、むしろそれに至るまでの過程であって、「一番簡単な作業をした人間が、手柄を得るべきではない」というのが 特殊部隊のメンバーの考え。したがって大統領の質問は、兵役の経験が無く、軍事作戦を理解しない ”軍の最高司令官=大統領 ” という印象をメンバーに強く与える結果になったようなのだった。

私は、「ノー・イージー・デイ」は読んでいないし、おそらくこの先も読まないと思うけれど、 今日のCBSのインタビューを観ていて興味深く思ったのは、アメリカ軍が ビン・ラディンが潜伏していると思しき パキスタンの施設に狙いを定め、それと全く同じ建物をノース・キャロライナ州に再現し、3週間に渡って そこでリハーサル・トレーニングを行なった後、特殊部隊を実際の現場に送り込んでいたという事実。
特殊部隊のメンバーが精神的、肉体的に非常にタフな精鋭揃いで、数々のミッションをこなして、 非常に現場慣れしているにも関わらず、3週間も 作戦のリハーサルを繰り返すというのは、 極めて異例なこと。それでも本番では、ヘリコプター着陸失敗という不測の事態が起こり、 ミッションは数分予定時間をオーバーした上に、軍の最新兵器とテクノロジーを搭載したヘリコプターを残して その場を去る訳には行かないために、飛行不能になったヘリを爆破しなければならなかったとのこと。 さらに、殺害したのがビン・ラディン本人であることを確認するために、死体からDNAサンプルを 採取した様子など、同書にはハリウッドが映画化に飛びつきそうな興味深いコンテンツが満載されているのは確かなのだった。

著者は 同ミッションの成功を、「民主・共和双方の政治目的で使われたくない」という理由から、 あえて9・11テロの11周年にあたる9月11日を同書発売日に選んでいるけれど、彼がインタビューの中で 明言していたのが、同ミッションが3000人以上の命が奪われたテロの首謀者に対するジャスティス(審判)であり、 国内政治とは無関係であるということ。
彼の著書が出版されなければ、ビン・ラディン殺害のミッションは、違ったヴァージョンで歴史に刻まれたと思われるけれど、 それを考えると、これまで どれだけの歴史上の出来事が政治目的で書き換えられてきたかは 測り知れないほど。

でも、全く同じ出来事を一緒に見守っていても、個人の視点でそれが異なって理解されるのもまた事実。 例えば、今週行なわれた民主党の党大会の報道を見ていても、民主党寄りのメディアと、共和党よりのメディアでは、 同じイベントが全く異なる内容で報じられるのだった。
日常生活のレベルでも、同じ出来事が全く違うように捉えられたり、伝えられたりするのは頻繁に起こること。
したがって、事実を公正な視点で記録に残すというのは 非常に難しいことであるけれど、 実際の世の中では、一体何が公正な視点と言えるのかさえも 定かでない場合が多いのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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