Sep. 8 〜 Sep. 15,  2014

” #Why I stayed ”
ドメスティック・ヴァイオレンス被害者の告白


今週のアメリカでは、火曜日にアップル社がアイフォン6やアップル・ウォッチの発売を発表したかと思えば、 9・11テロ 13周年前日に当たる 水曜夜には、オバマ大統領がアイシスを滅ぼすためのシリア軍事攻撃を示唆する スピーチを特番で行うなど、それなりに大きなニュースがあったけれど、 にも関わらず、アメリカ国民とメディアの関心が集中していたのが、写真上、 NFLボルティモア・レイヴェンズのランニング・バック、レイ・ライスのドメスティック・ヴァイオレンスを巡る報道。

2年前にスーパーボール・チャンピオンに輝いたボルティモア・レイヴェンスのレイ・ライスは、 スター・ランニング・バックとして知られる存在。その彼が、今年2月のヴァレンタイン・デイの際に 当時、婚約者であったジェニーン夫人に対し、ホテルのエレベーターの中で暴力をふるい、 NFLからそのペナルティとして、 2試合の出場停止処分を受けたのが7月のこと。
でもこの時点で、ドメスティック・ヴァイオレンスをあまりに軽視するNFLの姿勢が大顰蹙を買い、 「たった2試合の出場停止は甘すぎる」と批判を浴びながら、先週に開幕したのが、2014年のNFLシーズン。





そして、今週月曜になって突如インターネット、ソーシャル・メディア上で あっという間に広まったのが、レイ・ライスが暴力を振るった現場を捉えたエレベーターの監視カメラの映像。 このビデオでは、レイ・ライスが一発のパンチでジェニーン夫人を殴り倒し、気を失っている彼女を まるで粗大ゴミのように足で蹴りながら、 エレベーターから引きずり出す様子が映し出されており、これがアメリカ中の怒りを買ったことから、 その日のうちにボルティモア・レイヴェンズは彼を解雇。 レイ・ライスのユニフォームを別の選手のジャージーと無料で交換する措置にも踏み切り、 彼とスポンサー契約を交わしていたナイキも、その打ち切りを発表したのだった。
でも、もっぱら人々の怒りの矛先が集中したのが これだけ酷い暴力事件が起こっていたにも関わらず、たった2試合の出場停止処分で 片付けていた NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)。

これに対してNFLのコミッショナー、ロジャー・グッデルは、「メディアで公開されるまでこのビデオを見たことがなかった」 と釈明したけれど、「ビデオを見なければ プロ・スポーツ選手が女性を殴る状況が どんなであるか、想像が付かないのか?」と いう意見もあれば、「リーグの選手全員の家族構成から、食生活、ドラフト選手の交際相手まで、ありとあらゆるデータを集めて、 マイクロ・マネージメントをしているNFLが、このビデオを入手していないはずが無い」との指摘も浮上。
実際、この事件の捜査に当たった警察側は、4月にビデオをNFL側に届けていることを明らかにしていたのだった。


もちろんセレブリティやスポーツ選手によるドメスティック・ヴァイオレンスが 大きなニュースになったのは、 これが初めてではないけれど、レイ・ライスの一件が全米を大論争に巻き込む規模になったのは、 ショッキングなビデオが公開されたのもさることながら、やはりソーシャル・メディアの影響。
これまで、ドメスティック・ヴァイオレンスと言えば あまり公には話題にはならずにきたトピック。 犠牲者がその体験をシェアすることもあまり無かった問題。 でもアメリカでは女性の4人に1人が、暴力、もしくは精神的な虐待を伴侶やボーイフレンドから受けており、 これにレイプやストーカー行為も含めると、女性の3人に1人がその被害者で、 数にして4200万人という、とても軽視できない数字になっているのだった。

虐待をされたことが無い人々にとっては、何故女性達が殴られたり、時に命を脅かすレベルの暴力行為を受けながら、 その男性の元を去らないのかが非常に不思議であえるけれど、レイ・ライスの夫人にしても 今週、ビデオが大スキャンダルになった直後に発表した声明は、ビデオを公開したメディアを責めながら、 「スキャンダルで自分達の幸せが台無しにされた」と言わんばかりのもの。
これを受けてツイッター上には、” #Why I stayed /ハッシュ・タグ・ホワイ・アイ・ステイド” が登場。 ドメスティック・ヴァイオレンスの被害者女性が、何故自分を殴る男性と一緒に居たのか、別れなかったのかを 告白していたのだった。
それによれば、やはり多かったのが「自分が悪いと思っていた」というものや、「暴力の後、相手が態度を改めたので、本当にこれからは 変わってくれると信じていた」、「彼ほど私を愛してくれるくれる人は他に居ないと 彼が言ったから・・・」、「殴られても、これは虐待じゃないと 自分に言い聞かせていた」、「彼のもとを去ったら、私は1人では何も出来ないといわれ続けて、それを信じてきた」というものが大半。 要するに、自分で思い込んだり、相手に洗脳されたりして、別れられない、相手のもとを去れないケースが殆どなのだった。




私の知人、友人でもドメスティック・ヴァイオレンスの犠牲者となった女性が何人か居るけれど、 暴力を受けては それを許し続けるうちに、暴力がエスカレートしていくというのは、全てのケースに見られるパターン。 誰もが初期の段階では 人に相談するよりは、まずそれを隠そうとするのも共通のパターンで、 腫れあがった顔を 歯科治療のせいにしたり、コンシーラーで内出血やアザを隠す一方で、 先のツイッターのように、暴力の原因が自分あると思い込むもの。
もちろん暴力が続いて、「こんな人とは一緒に居られない」と別れようとする段階になると、男性が 「もう絶対に暴力は振るわない」、「また新しくやり直そう」、「君が居ないとダメだ」と 時に涙ながらに許しを求め、暫しの間、 暴力が信じられないほどに優しく尽くしてくれるのがシナリオ。 でも再び何かがきっかけで男性側が激怒して、暴力が再発し、それが回を重ねるごとに エスカレートしていくというのが、「ドメスティック・ヴァイオレンスのサイクル」 と呼ばれるもの。

NFLは、選手がドメスティック・ヴァイオレンスで逮捕される確率が、一般男性全体の4倍と言われるリーグ。 それだけに、NFLがこうした事件が起こる度に選手を送り込むのが、アンガー・マネージメント、すなわち怒りをコントロールするためのトリートメント。
でも、でも専門家によれば、ドメスティック・ヴァイオレンスというのは、決して怒りが抑えられなくて暴力に及んだり、フラストレーションを暴力で表現してしまう人間的な不器用さが原因で起こるものではなく、 虐待によって相手をコントロールしようとする意図や判断に基づいて、優越感や達成感、支配欲を満たすために行われるもの。
更にアメリカで顕著なのが、ドメスティック・ヴァイオレンスの加害者、被害者が、 共に子供の時代に両親のドメスティック・ヴァイオレンスを見ながら 育っているということ。 それによって「暴力とコントロールが愛情表現の一環である」、もしくは「暴力と コントロールによって、夫婦やカップルの上下関係をクリアにするのは 当然」 という価値観を 成長期に身につけているケースが多いという。
その ドメスティック・バイオレンスは、アル中で教育レベルが低い ブルー・カラーの男性が、 日ごろの生活の腹いせに 妻やガールフレンドを殴る というイメージが定着しているけれど、 女性を平気で殴る男性の中には、 それとは全くかけ離れた存在が非常に多いのが実情。 学生時代は花形スポーツ選手であったり、マナーの良い両家のエリートであったりで、たとえ女性が被害を訴えても 男性側が したたかに振舞って、周囲を味方につけてしまうのは 珍しくないこと。
でも、ドメスティック・ヴァイオレンスと無縁の男性が、「理由が何であれ、女性を殴るなんて論外」という確固たるポジションを貫くのに対して、 女性を平気で殴る男性というのは 「男が暴力を振るうのには、それなりの理由がある」、「相手が悪い場合は仕方が無い」等と、 暴力を肯定するポジションを取るもの。 したがって、ドメスティック・ヴァイオレンスについてオープンに語リ合うことで、女性は事前にドメスティック・ヴァイオレンスに走る男性を 見極めることが可能なのだった。


とは言っても、ドメスティック・ヴァイオレンスは、パワーとコントロールがドライヴィング・フォースになっているだけに、 かつてドメスティック・ヴァイオレンスの加害者だった男性が別の女性とは、普通に暮らしてるケースは少なくないもの。 これは、「相手が弱いと思うと虐めたくなる」という、弱い者虐めの子供の心理と全く同じ。したがって、相手が強いと思ったら 虐めない=上手くやっていけるのが、こうした男性との関係であるとも言えるのだった。

でも、ひとたび「弱い者虐め」のサディスティック・プレジャーを味わった場合には、 出来るだけそのプレジャーを長続きさせようとするのが人間心理。 だからこそ、相手が去っていこうとすると 涙ながらに謝罪をしたり、優しくなって相手を引き留めるけれど、 そう振る舞いながら 頭の中で考えているのは 相手をコントロールするファンタジーや、虐待の刺激。 すなわち相手を追い詰めて、 暴力を振るうための計画を練っているという。
そして、暴力のきっかけになる火種を自ら作っておいて、相手が反応したところで、暴力に及ぶというのは 加害者が意識的に行っていること。一見 感情のコントロールが効かないように捉えられがちな加害者は、 実際には被害者の行動を予見して 巧妙に暴力に至る筋書きを演じており、回を重ねるごとに エスカレートしていくのがその暴力。
これも計画的に行っているだけに、暴力をエスカレートさせるためのロケーションが選んであったり、小道具や武器が準備されているもの。 今回問題になったレイ・ライスについても、あえてヴァレンタインン・デイという本来ならばロマンティックな日を選んで、 それを台無しにするシナリオで暴力に及んでいたとしても、決して不思議ではないのだった。

したがって、ドメスティック・ヴァイオレンスとは実態を知れば知るほど 加害者は同情に値しないもの。 たとえスター・アスリートであろうと、セレブリティであろうと、刑事問題として例外無く 処罰されるべきであるけれど、現時点の NFLは暴力的なプレーヤーをプロテクトして、被害者の女性を軽視する姿勢。
そのNFLは今やファンの48%が女性。ドメスティック・ヴァイオレンスの女性被害者団体は、 NFLのコミッショナー、ロジャー・ゴッデルの辞任を求めているけれど、 実はこのコミッショナーこそが、今日のNFLを 巨大なビジネスに仕立て上げた張本人。 彼は年俸とボーナスで 46億円を受け取っており、ゴールドマン・サックスのCEO、ロイド・ブランクフェインよりも遥かに高給取り。
それもそのはずで、今やNFLの32チーム全体の資産価値は450億ドル、現在の為替で換算して約4兆8300億円。 一部のチームは過去6年ほどで、その資産価値を2倍にしているのだった。

したがって、NFLを動かす力があるのは圧倒的にお金。 それだけに スポーツ・コメンテーターは、ファンが本気で NFLのドメスティック・ヴァイオレンスに対する姿勢に抗議をしたいのなら、 ナイキやゲータレード、バドワイザーなど、NFLのメガ・スポンサーに働きかけるべき とコメントしているのだった。





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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。




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