Sep. 10 〜 Sep. 16 , 2012

” Irreconcilable Differences ”

今週のアメリカで最大の報道になっていたのは アラブ諸国を中心に、20カ国以上で起こった大規模な反米運動のニュース。
ことに9月11日のリビアのベンガジでは、米国大使、クリストファー・スティーブンスを含む、4人の大使館職員が殺害される 事態となり、アメリカのメディアに衝撃を与えていたけれど、この大々的な反米運動の引き金となったのが、 イスラム教冒涜(ぼうとく)映画、「Innocence of Muslims / イノセンス・オブ・ムスリム」。
同作品の予告は7月からYouTubeにアップされ、誰にも注目されないまま2ヶ月が経過していたけれど、 その内容を 一部アラビア語に翻訳し、TVの報道番組で紹介して、人々の怒りを煽ったのがエジプトのジャーナリスト。
この作品は、ごく小さな劇場で 10人にも満たない観客を前に一度だけ上映されただけの映画で、 アメリカのジャーナリストの言葉を借りれば 「アマチュア映画と言ったら褒め言葉になる」というほど お粗末な作品。超低予算で 製作されたのが明らかなほどの素人ムービーなのだった。

当初、この映画を製作したとして、ウォールストリート・ジャーナルからアソシエーテッド・プレスまでの 電話インタビューに応えていたのが、イスラエルの不動産業者、サム・バシル(52歳)と名乗る人物。 サム・バシルは、 イスラム教の預言者、ムハメッド (Prophet Muhammed)が 映画の中で、 女たらしの 幼児虐待者、 かつホモセクシャルとして描かれていることについて、「イスラム教徒は人類のガンのような存在だから」と説明していたのだった。

でも このサム・バシルを名乗る人物が、実は存在しないことが明らかになったのが 今週水曜のこと。 やがてアソシエーテッド・プレスが、彼の正体が 詐欺や麻薬取引の前科がある ナコウラ・バスリー・ナコウラ(55歳)であることを突き止め、 週末になって 彼は事情聴取のために警察に連行されているのだった(写真上右側)。
でも、言論の自由、表現の自由が保障されるアメリカにおいて、こうした映画を製作することが犯罪に当らないのは当然のこと。 ナコウラ・バスリー・ナコウラが罪に問われるとすれば、詐欺罪の保護観察身分であった彼が、 法律で禁じられている インターネットによる情報の発信を行なったという 保護観察違反の罪であるという。
「イノセンス・オブ・ムスリム」に出演した俳優達は、「サム・バシルと名乗る人物に騙されて、同映画に出演した」という共同声明を発表しており、 そのうちの1人、シンディ・リー・ガルシアによれば、彼女は それが 「Desert Warriors(砂漠の戦士達)」という古代エジプトを描いた 作品だと思い込んでおり、反イスラム教の台詞は、後から吹き替えで加えられたものであったという。

一方、米国大使 クリストファー・スティーブンスが殺害されたベンガジの襲撃については、その後の調べで 有力になってきたのが、 これが 反米運動の暴動の一端を装った、事前に計画されたものであったという説。 襲撃犯は、リビア人と外国人が混じっているとのことで、その外国人がアルカイダのメンバーである可能性もあることが指摘されているのだった。



そして、14日金曜に大きな話題になっていたのが、ダッチス・オブ・ケンブリッジことキャサリン・ミドルトンのトップレス・フォトを フランスのゴシップ誌、「クローサー」が掲載したというニュース。
今週、東南アジアを訪問していたウィリアム王子とキャサリン妃であるけれど、問題の写真が撮影されたのは、 夫妻が その直前に 南フランスにある 親戚が所有するシャトーでバカンスを楽しんでいた際。
写真は、シャトーのバルコニーにあるプール・サイドで、キャサリン妃がビキニのトップを外しているフォト(写真上の表紙にフィーチャーされているもの)に始まって、 彼女がトップレス姿で、プリンスの背中にオイルを塗っているシーンなどで、最も ”際どい” と言われるショットでは、トップレスのキャサリンが ビキニのボトムを半分下ろして、そこにプリンスがオイルを塗っている様子。
このキャサリン妃のトップレス・フォトは、現時点でイギリスのメディアは一切掲載を控えているというけれど、 ハリー王子の全裸写真同様、インターネット上に溢れており、 多くのニュース・メディアは、その報道の際に クローサー誌表紙のキャサリン妃の胸の部分に処理を施した画像を使っているのだった。 (実際に出版されたクローサー誌の表紙では、映像処理の無い トップレス・フォトがフィーチャーされています。)

プリンス・ウィリアム夫妻は、当然のことながら写真の出版に激怒していることが報じられ、イギリス王室は 「クローサー」誌をプライバシーの侵害で訴えると同時に、これを撮影したフォトグラファーも訴訟の対象とする姿勢を見せているけれど、 キャサリン妃のトップレス・フォトは9月15日、土曜日にはアイルランドのデイリー・スター紙も掲載。そして9月17日、月曜には イタリアのゴシップ誌、「Chi / キ」にも 大々的に掲載されることになっているのだった。

「クローサー」誌のエディターはインタビューで、今回のキャサリン・ミドルトンのトップレス・フォトは、ハリー王子の全裸写真に比べて 遥かに問題性が低いと語っているけれど、その理由は、 まずヨーロッパでは女性がトップレスで日光浴をするのは珍しくないこと。 そして、写真が撮影されたシャトーは、600エーカーの敷地内にあるとは言え、建物自体は公道に面しているということ。
アイルランドのデイリー・スターのエディター、マイク・オケインは写真の掲載について 「外国のメディアにとっては、キャサリン妃は レディ・ガガやリアナと同じようなセレブリティである」と説明。 多くのセレブリティがトップレスで日光浴する姿をパパラッツィに捉えられ、それがネット上や 雑誌に掲載されても、全くお咎め無しである状況を示唆して、その正当性を訴えているのだった。



一部のメディアが指摘しているのは、ハリー王子の全裸写真が公開された際には、全くメディアを咎める姿勢を見せなかったイギリス王室が、 キャサリン妃のトップレス・ショットについては、クローサー誌だけでなく、掲載した他のメディアやフォトグラファーに対する 訴追に動くという、大きく異なる対応を見せている点。
私もこれには同感で、個人的な意見では ハリー王子の全裸写真と キャサリン妃のトップレス写真で どちらがプライバシーの侵害に当たるかといえば、断然ハリー王子の写真。 というのも、彼が撮影されたのはラスヴェガスのホテルのスイート・ルームで、その場に招かれた人間しか 居ることができない、屋内の完全なプライベート・スペース。
一方のキャサリン妃がスナップされたのは、プライベートな敷地内とは言え、公道から800メートルという屋外。 写真上がそのシャトーの問題のプールサイド・バルコニーであるけれど、敷地に入らずして この程度のスナップが撮影できる訳であるから、 超望遠レンズを使えば、トップレス・フォトがパパラッツィに撮影されても全く不思議では無い場所。 なのでパブリック・スペースとは言わなくても、プライベート・スペースとも呼び難い状況なのだった。
この違いを考えれば、盗撮によるプライバシー侵害として、写真を撮影した人物と、それを公開したメディアを 訴えるべきなのは、ハリー王子の全裸写真の方であるけれど、 王室の対応は、写真に写っているのがハリー王子本人だと認めるコメント。 イギリス・メディアについては、掲載自粛の要請をしたものの、これを独占公開したアメリカのTMZに対しては、法的アクションを見せる気配さえなかったのだった。

かつてプリンスの母親、ダイアナ妃が妊娠中にケンジントン・パレスのプールで、ビキニ姿で居るところを、 パパラッツィにスナップされたことがあったけれど、この時、エリザベス女王に 「どうしてワンピースを着用しなかったのか?」と咎められたのはダイアナ妃。
それから25年以上が経過し、今や何処に居ようとパパラッツィにスナップされても全く不思議ではない時代。 また 泳いでいる最中にビキニが外れて胸が露出したのならまだしも、 自らビキニのトップを外して、 ゆったり屋外で日光浴をしていたキャサリン妃のケースに限って、 王室が片っ端から法的手段に訴えるというのは、 あまりにメディア対応に一貫性が無いように思えるのだった。

フランスにはプライバシー保護の法律があり、過去の判例では訴えた側が勝訴するケースが非常に多いのが実情。 でも、罰金については メディア側にとって、痛くも痒くもない程度の金額で、その金額は年々減少の傾向を辿っているという。 したがって、メディアにとっては法を冒してでも スキャンダル写真を公開するだけの価値があるとさえ言われているけれど、 その一方で、ハリー王子の件でも、今回のキャサリン妃の件でも、 「イギリス王室のセキュリティに問題がある」と指摘する声が、特にイギリス国外で非常に多いのもまた事実なのだった。


この2つの報道について、私が共通に感じるのが "カルチャーの相違"。
前者のイスラム教冒涜映画については、先述のように20カ国以上で反米運動が巻き起こっているけれど、 その主張は 「アメリカがイスラム教を侮辱する映画を作らせた」というもの。
イスラム教徒は、「あれだけ情報伝達が発達したアメリカで、 政府がこの映画について知らなかったはずは無い」と決め付けて、 出演しているキャスト・メンバーでさえ知らなかった映画の内容を政府が把握し、 それを容認することによってイスラム教徒を侮辱したと、怒りを露わにしているのだった。

そもそもイスラム教徒の間では、この映画が浮上する以前から反米感情が高まっていたため、 「イノセンス・オブ・ムスリム」が、その反米感情の”最後の一押し”になったという見方が強いけれど、 アメリカでは先述のように、言論と表現の自由が保障されているだけに、 こうした映画が製作されても、よほどの差別的内容、反社会的内容が事前に問題にならない限りは、 政府がその公開に介入することはないし、YouTubeの親会社であるグーグルが、これだけ反米運動がエスカレートしても、 一部の法律に触れる国を除いて 「イノセンス・オブ・ムスリム」の予告ビデオを取り下げない理由もそこにあるのだった。
したがって ”自由” というコンセプトの段階から 思想が折り合わない 2つのカルチャーであるけれど、 「神の意思を貫くために暴力を正当化する」という行為については、イスラム教徒だけを責められないのが実際のところ。 例えば、アメリカでも 中絶に反対するキリスト教右派が、 中絶クリニックの医師の暗殺リストを作ってインターネット上で公開し、 クリニックが焼き討ちにあったり、医師が射殺されるという事件が起こっていたのは周知の事実。 したがって、今回の暴動で イスラム教だけを ”暴力を正当化する宗教” と批判するのは不適切だと思うのだった。



キャサリン・ミドルトンのトップレス・フォトについては、アジア及び、東南アジア人の女性の中には、 「バカンス中とは言え、プリンセスがトップレスになるなんて・・・」という意見もあるようだけれど、 欧米女性は、”トップレス”というものに、肌を露出する以上の価値観を持っている場合が多いのだった。
キャサリン妃がスナップされたフランスでは、長くモノキニ、すなわちビキニのボトムのみが 水着として高い人気を博しており、クローサー誌の編集長が語るように、 「トップレスで日光浴する女性は全く珍しくない」状況。
フランスでは、1960〜70年代のウーマン・リブ世代の女性にとって、トップレスになることは 男女平等を 象徴する意味合いがあったという。
アメリカでも現在、女性が男性同様に街中でトップレスになることが合法化されているのは全米50州のうち14州。 これを男女差別撤廃の一環として、全米に広めようと活動している団体があり、 毎年 「National Go-Topless Day/ナショナル・ゴー・トップレス・デイ」というイベントを開催。 トップレス姿で その全米合法化をアピールしているのだった(写真上)。

フランスにおいては、昨今、トップレスで男女平等をアピールする必要が無くなったのに加えて、 皮膚がんを懸念して、モノキニよりもビキニの売り上げが伸びていることが指摘されるけれど、 それでも 「ビーチでトップレスになる」とアンケートで答えた女性は12%。「自宅庭での日光浴ならトップレスになる」 と回答した女性は57%に上っているとのこと。
もちろん、中には水着の日焼けラインをつけたくないという女性もいるけれど、 欧米の女性にとって、日焼けはラグジュアリーであり、ゴージャスなライフスタイルの象徴。 特にトップレスで日に焼くというのは、一般女性が平気でビーチでトップレスになる以前の時代には、 プライベート・アイランドなど、エクスクルーシヴなバケーションを楽しんだ証でもあったのだった。


また、周囲の視線を集めながら、開放感を味わうことを美徳として、 女性がトップレスになるケースもあるけれど、それをビーチではなく、都会で実践していたのが マンハッタンのミートパッキング・ディストリクトにある スタンダード・ホテルのルーフトップ・クラブ、Le Bain / ル・バンのプールで トップレスになっていた女性達(写真上)。
同クラブでは、パーティー・プロモーターが雇ったヤラセのトップレス・モデルが効を奏して、一般のクラブゴーワーが トップレスでプール・パーティーを楽しむためにル・バンを訪れるようになったけれど、 その中には、男性の全裸客も含まれていたのだった。
もちろん、世の中には酔っ払うと服を脱ぎたがる という人も居るけれど、かつてロンドンのナイトライフで それで知られていたのは、キャサリン妃の妹、ピパ・ミドルトンなのだった。

いずれにしても、トップレスでの日光浴は欧米の女性にとって開放的でリラックスしたバケーションを意味するもの。
クローサー誌に掲載されたキャサリン妃のトップレス姿は、生まれて初めてトップレスで日光浴をしたとは 思えない印象であったけれど、ほぼ確実視されるのが、これがキャサリン妃の最後のトップレス日光浴になるであろうということ。
今回のスキャンダルで、多くの人々が 「バカンス中のプリンセスのトップレス姿を 雑誌が掲載するなんて・・・」と考えたはずだけれど、 その中には 「バカンス中だからといって、プリンセスが トップレスになるなんて・・・」と批判的に思う人も居れば、 「プリンセスになったら、バカンス中でも トップレスにもなれない」と同情する人も居る訳で、 これはカルチャーの違いが 生み出す 意見の相違に他ならないのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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