Sep. 22 〜 Sep. 28,  2014

” Farewell to Two Famous Bachelors ”
今週去って行った2人のセレブ・バチェラー


今週のニューヨークで最大の報道になっていたのは、 何と言っても、過去20年に渡ってヤンキーズのショートストップを努め、 9月25日木曜に ヤンキー・スタジアムで、引退前最後のホームゲームをプレーしたデレク・ジーターのニュース。
この試合でサヨナラ・ヒットを放つという絵に描いたような引退劇を演じたジーターは、 私がこのコラムを書いている今日、9月28日、日曜にフェンウェイ・パークで行われた 対レッド・ソックス戦を最後に正式に引退。この日もタイムリー・ヒットを放ち、 フェンウェイ・パークがヤンキーズの選手のためにスタンディング・オーベーションとなるという、 通常だったら有り得ない光景で、 その輝かしいキャリアを終えたのだった。

私自身は、今は殆どメジャーリーグの試合を観なくなってしまったけれど、1996年から2000年代初頭までの黄金時代のヤンキーズについては、 大ファンと言える存在。この時代の話をさせたら、どんなヤンキー・ファンでも涙ぐませることが出来るくらい、当時の事を良く覚えているのだった。
そんな私にとって、忘れられないデレク・ジーターのプレーと言えば、2001年のプレーオフ、対 オークランド・アスレティックス(以下A's)第3戦、7回裏で見せたの彼の守備。 対A's戦は、プレーオフのファースト・ラウンド。したがって5戦中3勝したチームが次のラウンドに駒を進めるけれど、 この時のヤンキーズは、当時非常に勢いがあったオークランド A'sに ホーム・スタジアムで初戦、第2戦とも敗れており、 A'sの本拠地に場所を移して、もう後が無い状態。
第3戦は、7回裏を迎えてヤンキーズが1点をリードしていたものの、A'sに追い風が吹いていたのは誰もが感じていたこと。 そこで、A'sのバッターがライト線に 同点タイムリーになると思しきヒットを放ち、 「ここで1点でも入ったら、ヤンキーズは負ける!」 と誰もが予感した瞬間に、ライトからの 的が外れたバックホームの送球に割って入って、 ホームベースをブロックしていたキャッチャー、ホヘ・ポソダに完璧にフリップしたのがジーター。
運良くこの時のランナーが、走塁が下手で知られるジェイソン・ジオンビだったこともあるけれど、 彼をホームで刺したこのプレーは、その瞬間を見ていたヤンキー・ファンにとっては奇跡のような守備。

そして このジーターの気迫のプレーが、 何時負けても不思議ではないほどシャキッとしなかったこの年のヤンキーズを 目覚めさせて、ヤンキーズは同年のワールド・シリーズ 第7戦まで漕ぎ付けることが出来たのだった。
この2001年秋は、言うまでもなく テロのせいでニューヨークが沈んでいた時期。 そんな中、逆転に次ぐ逆転で、プレーオフを勝ち抜いて行ったヤンキーズの勝利に どれだけニューヨーカーが 精神的に助けられたかは、言葉には出来ないほど。
結果的にワールド・シリーズ第7戦でアリゾナ・ダイヤモンドバックスに敗れはしたものの、 この時のヤンキーズの試合ぶりは、ニューヨークという街にとって野球以上の意味を持つものだったことは、 当時を覚えている人ならば、誰もが認めるところなのだった。

このA'sの試合におけるジーターの守備は、「ヤンキーズの最も歴史的なモーメント」のビデオにもフィーチャーされているだけでなく、 ESPNが選んだデレク・ジーターの 10 ベスト・プレーで、彼の 3000本安打ホームランに次ぐ、 2位に選ばれていたプレーなのだった。(以下がそのビデオ)






ジーターは引退後、現在交際中のモデル、ハナ・デイヴィスとの結婚、そして子供を作って、 ファミリー・ライフをスタートさせることが有力視されているけれど、 今週末に、長い独身生活にピリオドを打ったのが、 ハリウッドのNo.1 のバチェラーと言われた ジョージ・クルーニー(53歳)。
彼と 人権問題の弁護士であるアマル・アラムディン(36歳)がイタリアのヴェニスでウェディングを行ったのが 9月27日土曜日のこと。 当然のことながら、芸能メディアは週末からその大報道に入っていたのだった。

でもジョージ・クルーニーとデレク・ジーターは、世の中の流れとは逆行していて、 アメリカという国自体は 年々シングル人口が増え続けた結果、、1976年に政府が調査を始めて以来 初めて、 今年8月の時点で 成人人口の半分以上が シングルになったことが報じられたばかり。
16歳以上のアメリカ人のうち、人数にして 約1億2460万人、パーセンテージにして50.2%が、 シングルとなっているのだった。

このデータを発表したのは、毎月就業状況のレポートを出している ビューロー・オブ・レイバー・スタティスティックス。 同機関が調査を始めた1976年の段階では、16歳以上のシングル人口は37.4%であったという。
シングルと見なされる中には、離婚をした人々、伴侶に先立たれた人々も含まれているけれど、 昨今、シングル人口が増えている理由の1つと言われるのが、男性が離婚後、比較的直ぐに再婚するのに対して、 女性が再婚をせず、シングルの生活を続けるケースが多いこと。 もちろん その背景にあるのは、時代の流れと共に 女性の社会進出、高学歴が一般的となり、女性が夫の収入に頼らず 生活していけるキャリアを持つようになったこと。 また女性の社会進出、高学歴は、婚期の遅れという形でも、シングル層を増やす要因になっているのだった。

そんな離婚経験のあるシングルの割合は、1976年の15.3%から 最新の調査では19.8%にアップ。 でも、それよりも増えているのが一度も結婚したことが無いシングルで、その数は1976年の22.1%から 30.4%にアップ。
このようにシングル人口が増えているのは、アメリカという国の 政治的、社会的、経済的な状況を反映してのことであるけれど、 その増加が、そのまま社会や経済に大きな影響を及ぼし返すのもまた事実。
シングル層、既婚層の出費パターンを分析しているエコノミストによれば、 シングルは、家を買わずにレントするケースが多く、可処分所得を外食、旅行、ファッション、ハイテク・ガジェットにつぎ込むケースが多い一方で、 既婚者は不動産を購入して、子供の出産&育児、教育費や 学費の積み立て、様々な保険料の支払いに所得を取られる分、 外食やレジャーを控える傾向が強いとのこと。

シングル人口が多いのは、やはり都市部であるけれど、そのことは都市部のエコノミーにとっては非常に好材料。 というのも、独身者は出会いや娯楽を求めて、外食と外出が多いため。
実際、私が住んでいるビルは シングルが かなり多いけれど、先日、金曜の午後9時過ぎに帰宅したところ、 その時間からスタイリッシュに装って出て行く 住人が 非常に多く、 これが平日だと7時、8時頃に、ジムや近隣のレストランに出かけると思しき住人がやはり非常に多いのだった。




さて、話をジーターとジョージ・クルーニーに戻すと、2人ともセレブリティとしてスポット・ライトを浴びて久しいものの、 不名誉なスキャンダルも無く、人柄の良さがメディアやファンの間で評価される存在。
特にジーターに関しては、ニューヨークのナイト・スポットでの夜遊びが 非常に有名であったけれど、にも関わらず事件にも スキャンダルにも巻き込まれずキャリアを終えたのは、 スポーツ選手としては特に珍しいこと。

さらに2人は、共に何人もの女性と交際してきた存在。
一度離婚暦のあるジョージ・クルーニーが 交際してきたのは、以前のこのコーナーにも書いた通り, ラスヴェガスのカクテル・ウェイトレス、サラー・ラーソン、 イタリア人モデル兼女優のエリザベッタ・カナリス、そして元女子プロレスラーのステーシー・キーブラー。 サラー・ラーソンの前には、短期間、「デス妻」のテリー・ハッチャーとも交際が伝えられているのだった。 ジョージ・クルーニーのガールフレンドは、彼に結婚の意志が無いと見られていただけに、いずれもレッド・カーペット上を歩くための”アーム・キャンディ”と、 メディアやファンからは 捉えられていたのだった。

一方のジーターは、現在のハナ・デイヴィス(写真上右から3枚目)に辿り着く前は、 マライア・キャリー(写真上一番右)に始まって、ジェシカ・ビール、ミンカ・ケリー(写真上右から2枚目)、そして不特定多数のワンナイト・スタンドの女性達。
同じように交際相手が多いセレブリティ・バチェラーには、ジョン・メイヤーが居るけれど、 彼の場合、交際相手の女性がことごとく別れた後に、彼を悪く言うのに対して、 ジョージ・クルーニーとデレク・ジーターに関しては、そうしたゴシップが全く出てこなかったことも、 彼らの人格が評価される部分なのだった。

その要因の1つは、彼らが別れた女性達について全く語らないこともあるけれど、 何よりも ちゃんと後始末をしているため。
ジョージ・クルーニーが、彼のアーム・キャンディを約2年務めたステーシー・キーブラーに対して、2年の交際の慰謝料、口止め料、手切れ金として 支払ったと言われるのが 約10億円。もちろん、その支払いにはきちんと弁護士が介入して、暴露本を書かない等、様々な条件に合意する必要があるのは当然のこと。

デレク・ジーターについては、慰謝料や手切れ金の情報は無いけれど、2年ほど前に有名になったエピソードが、 彼が一晩関係した女性を 夜中に彼のアパートから追い出す(?)際の手法。
相手の女性を真夜中でも危険無く 自宅に送り届けるために、リムジンが手配されていて、 そのリムジン内にギフトとして用意されているのが、ジーターのサイン・ボール。 野球ファンならずともジーターのサイン・ボールに そこそこの価値があることは、容易に想像が付くけれど、 メモラビリア・グッズの相場では、引退前のジーターのサイン・ボールには 500〜600ドルの価値があったのだった。

単にボールにペンを走らせただけで、それだけの金額のギフトを捻出できるというのは、ラッキーであるけれど、 一晩関係して、もう2度と会わない女性のために そこまでしてくれるスポーツ選手は前代未聞。 それもあってか、ジーターの女性遊びも スキャンダルには ならずにきたけれど、 そつが無いはずのジーターが唯一ミスを犯したのが、以前関係したのを忘れて 同じ女性を2回引っ掛けてしまったこと。
以前と全く同じ手法で、彼のアパートから送り返された女性は、 それが自分のためだけの特別待遇ではなくて、ジーターが誰にでも行っているルーティーンの一環に過ぎないことを 悟って、これをメディアに暴露したのが2〜3年ほど前の話。
でも、それが報じられても やはり一晩関係した女性のために、そこまで気配りするスポーツ選手など居ないこともあって、 ジーターのサインボールのエピソードは、ニューヨークでは単なるジョーク扱いで終わったのだった。

いずれにしても、今週は2人の有名な バチェラーが オフ・ザ・マーケット&オフ・ザ・フィールドで、 結婚と引退というピリオドを迎えたのは 象徴的なタイミング。
でもスポーツ選手の悲しい性(さが)で 40歳のデレク・ジーターの引退の方が、53歳のジョージ・クルーニーの結婚よりも、 「20年のベテラン・プレーヤー」、「キャリアの終焉」という状況から、 年老いたイメージになっているように思うのだった。



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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。




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