Dec. 30 〜 Jan. 5 2003




結婚は過大評価されている?


長くシングル・ライフを続けていて感じるのは、結婚に関するアメリカ人と日本人との会話の違いである。
アメリカ人と話していて、「結婚しているの?」と訊かれることは多いけれど、 「していない」と答えると、相手が既婚者でも独身でも「Good!」とか「Great!」といった答えが返ってくる。
これに対して、質問した人が日本人だと「どうして結婚しないの?」という質問が返ってくる。 日本人女性の中にはこの「どうして結婚しないの?」という質問に対して敏感に反応して、 気分を害される人も少なくないようだけれど、私はニューヨークに住んでいて こうした質問をする人が少ないせいか この質問はそれほど気にはならない。
どうやって答えているかといえば、その時々によって答えは異なるけれど、 これは理由が1つではないためで、気が向いたものをピックアップして答えているように思う。
でも、既婚者に「どうして結婚しないの?」と訊かれた時は、 「どうして結婚したの?」と訊き返すことが少なくない。 これは皮肉でも何でもなくて、本当に人々がどうやって結婚に踏み切ったのか?というのは 私にとってはかなり興味のあることであると同時に、不思議なことなのである。
今でこそ日本でも離婚は珍しくなくなったけれど、とりあえず普通の人が初めて結婚する時は、 「一生に1度」と思って結婚する訳で、その一生にたった1人の人間をどうやって、何を基準に選んだのかというのは、 シングルを続けている私にとってはかなりのミステリーであったりもする。
人によってはたまたま適齢期に付き合っていたという短絡的な理由で結婚していたり、 「勢い」や「状況とタイミング」、「周囲に纏められた」等、 それほど本人の決断や意思が絡まないままに結婚している場合も多いようだけれど、 プロセスはどうであれ「幸せ」、もしくは「結婚した意義」が感じられれば、それは良いことなのだと思う。
でも中には「一時の気の迷いを一生引きずることになった」とか、 「結婚してみるまで相手のことなんて分からない」、「結婚してから(もしくは子供が生まれてから)、全てが変わってしまった」、 「結婚がこんなに大変だと思わなかった」等と正直に後悔する人も少なくない訳で、 そうした人たちが、後悔するような結婚をする前に一体何を考えていたのか?、 結婚する時点で迷いが無かったのか? 、家族は止めてくれなかったのか? というのは、これから結婚するかも知れない者としては 是非知っておきたいことだったりする。
私が1番嫌いなのは、不倫をしていたり、自分の伴侶の悪口を言っている人に「そろそろ結婚した方が良いんじゃない」と言われることで、 これはまるで「自分と同じように不幸になれ!」と呪いをかけられているように聞こえて不愉快である。 実際人間というのはドラッグでも、万引きでも、悪いことや、間違っていると思うことをしている時は 心の安心を得るために仲間が欲しいと思う訳で、こうした人に結婚を勧められると、結婚というものが高校生がトイレで煙草を吸うようなイベント、 すなわち「別に良い事じゃないけれど、仲間に入れるんだからすれば?」的なものに思えてしまう。
そうやって ふと考えてみると、友人というものは結婚前の交際については「あんな浮気性の人やめた方が良いんじゃない」等と 比較的親身なアドバイスをするものだけれど、一度「結婚」となると無条件に「おめでとう!」と祝福してしまう場合が多いようである。 多くの人は友達が結婚すると言えば、それが本人にとって本当に良い結婚かどうかも確認せず、ほぼ反射的に 「おめでとう」、「良かったね」等と無責任な祝福をすることになる。 例え日頃「結婚なんてするもんじゃないわよ」等と言っている既婚者でも 「私、もう直ぐ結婚するんです」と言われれば、「どうしてまた?」などと訊こうとはしないものである。
先日ニューヨーク・タイムズに「結婚というシステムは社会的に過大評価されている」という論説が掲載されていて 思わず笑ってしまったけれど、結婚して不幸になる人が少なくないのを誰もが承知していても 「結婚=幸せ」という方程式が社会的にまかり通っているのは、確かに滑稽でもあったりする。
ここまで読んだ方は、私がアンチ結婚派だと思われるかも知れないけれど、 私は本当に気に入った相手で、状況さえ整っていれば、「結婚は悪くない」と思っている結婚肯定派である。 さすがに「結婚して、幸せになりたい」等というような夢見る乙女のような願望はそもそも持ち合わせていなかったけれど、 生きていくためには人生のパートナーというものが必要だと考えているし、そのパートナーは 結婚による自分の「家族」と呼べる人間であって欲しいと思っている。
結婚相手というのは親や姉弟とは異なり、唯一自分で選ぶことが出来る家族な訳で、 選んだ限りは別れたり、相手を取り替えたりすることは考えたくないものだけれど、 実際にはノーチョイスで巡り合わされた親や姉弟には我慢できても、自分が選んだ伴侶には たちまち、もしくは時間を掛けてウンザリする例が少なくないようである。
だからそうした失敗をしないためにも、結婚しているカップルと話をするチャンスがあると 出会った時のことや、結婚しようと思ったきっかけなどを事細かに訊ねることがあるけれど、 そんな時に次から次からいろいろな話を嬉しそうに話してくれるカップルを見ていると、 「結婚とは良いものなのかも知れない」と思えて、例え人の結婚話でも幸せな気分になれるものだし、 逆に「何でだか分からないけど…」とぼやきの混じった気の進まないコメントを聞いていると、 シングルの有り難味を痛感することになる。
私の父は以前「結婚というのは真っ白いキャンバスに2人で絵を描いて行くようなものだ」と言っていたけれど、 実際に結婚というもの自体は真っ白いキャンバスのようにニュートラルなものなのだと思う。 「結婚=幸せ」か「結婚=人生の墓場」かは結婚した人達によって決められていくことだから、 結婚しただけでお祝いするというのはある意味では時期尚早のように見受けられてしまう。
アメリカでは20代で結婚したカップルの50%、30代で結婚したカップルの3組に1組以上が離婚していることを考えると、 「結婚=幸せ=お祝い事」という価値観、もしくは催眠効果は 一度結婚生活というもの始めるとあっさり崩れていることが窺い知れる。 「結婚する」ということとは「結婚生活」というものとは別物と言えるけれど、 結婚前に一緒に暮らしていたカップルほど離婚率が高いというアメリカでの統計結果を考えると、 「一緒に暮らして行けるカップル」でも「結婚生活」は続けられない場合が多いということになる。
それでも離婚した人の多くがまた結婚したがることを考えると、相手が変われば「結婚=幸せ=お祝い事」という 価値観はまた不死鳥のように湧き上がってくるようである。
恐らくこれだけ離婚する人が多くても結婚が社会で過大評価されるのは、 結婚に失敗しても「相手が悪かった」と解釈されて、 「結婚のシステムは誰にでも適したものではない」とは指摘されることなく 時代が流れてきたからだろうと私は思っている。




ライターの仕事の利点と問題点

今週で、この「キャッチ・オブ・ザ・ウィーク」のコラムをスタートして1年が経ったことになるけれど、 正直言って自分でもよく続いたと思っているのが本音であったりする。
私が毎週、このコラムの執筆を始めるのは日曜の夜10時過ぎで、 これは「セックス・アンド・ザ・シティ」が放映されている時期に、 日曜の夜9時から30分間のこの番組を見終わってから、ゆっくりコンピューターを立ち上げると どうしてもこの時間帯になることからついてしまった習慣である。
どうやってネタを考えるのか?という質問を受けることが少なくないけれど、 月曜から土曜の夜までは何も考えないようにして、土曜の夜から日曜の夕方にかけて ネタを考えて夜に書き始めるというのが毎週のパターンである。
私は夜型の人間な上に、夜中の方が電話が掛かってこない等、文章が書き易い状態なので、 このコラムに限らず、書く仕事というのはどうしても夜中に行なうことになってしまう。 これは、私に限らず 殆どのライターに共通した仕事時間と言えると思う。
私はCUBE New Yorkを自分の会社にする前は、ここニューヨークで約10年、ジャーナリスト兼リサーチャーを仕事にしてきたくらいだから、 文章を書くことは好きだし、普通のライターよりも書くのは早い方だと思っている。 でも、私にとってこのコラムがちょっとしたプレッシャーになっているのは、週に一度の割合で 締め切りを抱えるというスケジュールからである。 通常雑誌の仕事などをしていれば、締め切りは月に一回だし、CUBE New Yorkの記事になると、 締め切りというのはあって無いようなものだから、気分が乗った時に貯めて文章を書くというペースでやっていけるのである。
こう書くと、まるで気が向いた時にしか仕事をしていないように思われてしまうかも知れないけれど、 ライターという仕事は書いている時だけが仕事ではない訳で、 私に言わせるとほぼ24時間営業のような仕事である。
映画を見ても、クラブやレストランに出かけても、買い物をしていても、 何が売れているか、人が何を着て、何を飲んだり、食べたりしているか、どんな店が混んでいるかに始まって、 人のマニキュアやぺディキュアの色までチェックすることになるし、 見たこと、聞いたことを覚えておかなければ役には立たない訳で、 通常人が遊びや娯楽と思ってやっていることに 常に仕事が介入してくることになる。
もちろんTVを見たり、新聞や雑誌を読んだりということも仕事の重要なパートであるから、 毎朝、ほぼ1時間を費やして3種類の新聞を読むことになるし、TVのニュースやトークショー、 話題になっているTV番組などは自分自身は興味が無くてもビデオに撮って見たりすることになる。 面白い記事は切り抜いて資料にするし、TVの気になる情報はメモに取ったりすることになるから、 ボッと新聞を読んだり、TVを見たりということは到底出来なくなってしまう。
でも日本で仕事をしていた時点からこうした生活を続けてきたので、 何をしていても仕事のリサーチになってしまうということについては 私自身、特に苦しいとか、面倒臭いとは思ったことは無かったりする。 むしろフラストレーションになるのは、集まった情報を文章として纏めなければいけない段階で、 一度書き出してしまうと楽になるけれど、書くまでにその構成や展開を頭で考えているのは、 言わば執筆のための生みの苦しみ的部分である。
でもライターの仕事というのは1つ記事を書き上げる度に達成感があるし、常に新しい題材に取り組めるという点で 飽きない仕事でもある。また自分で取材をして、文章を書くことがメインなので、よほど特殊な場合以外は 複雑な人間関係の職場に居ることも無い訳で、他の業種に比べれば遥かにストレスを感じることなく続けていけるという利点があると思う。
逆に、殆どのライターにとって問題点と言えるのは、仕事が安定してないこと、そして低収入であることと言える。 ことにニューヨークのフリーランス・ライターの執筆料は過去約15年、値下がりはしても、値上がりはしていないと言われるもので、 私の友人のライターは、そんなただでさえ安いフィーが雑誌社側の経営が苦しくなったという理由で一方的にカットされたのを愚痴っていた。 それでも仕事が続いて入ってくれば良い方で、ある日突然毎月の仕事が打ち切りになるというケースはここ数年非常に多いようである。
加えてライターの仕事の問題点と言えるのは、日頃からどんなにリサーチをしても、1つの文章を仕上げることに対してしかフィーが支払われないことである。 すなわちよくリサーチされて、いろいろな情報が盛り込まれている記事に対しても、上辺だけのリサーチや、 ひどい時にはライターの思い込みだけで書いているような記事と同じ料金が支払われているのである。
だから真面目で優秀なライターほど安いお金で働いていることになるし、彼らにとっては手を抜かずに頑張る理由は 自分のプライドと自己満足のため というお金にならない報酬のためになってしまう。 会社勤めをしていても、責任感があってチャンチャン仕事をこなす人の方が、仕事が出来ない人をカバーして 給料以上の労働を強いられることになるけれど、ライターの仕事にも似たようなケースが生じるのである。
またライターという仕事は同じ雑誌の仕事をするにしてもフォトグラファーに比べて非常に割の悪い仕事とも言える。
ニューヨークでフリーのライターをしている場合、取材のセットアップをするのはライターの仕事で、 フォトグラファーはただ取材の場所に現れて、写真を撮って、現像に出すだけで仕事が終わるのである。 ところがライターの場合、取材というのは仕事の前準備に過ぎない訳で、取材から戻って 集めた情報を文章にするのが仕事で、さらにフォトグラファーが送りつけてきた写真を選んだり、キャプションを付けたりと、 やらなければならない仕事量はフォトグラファーとは比べものにならないほど多いのである。
唯一、ライターがフォトグラファーより楽な部分は、取材に行く時に荷物が少ないということである。
私は時々、「ライターになりたい」という人たちから相談を受けたり、メールを頂いたりするけれど、 正直言って、ライターという仕事は人にはあまり薦められないと思っている。 真面目にやろうとすると大変な仕事だし、労力と収入のバランスや、仕事の安定性等、 様々な点で他の仕事に比べて不利な仕事だと思う。
「ライターをしているくせに…」と思われてしまうかも知れないけれど、 私自身、CUBE New Yorkに過去6年以上もの間、何百本の記事を書いて来たか知れないけれど、自分に対しては一銭も執筆フィーを払ったことは無い訳で、 私ほど「ライターの仕事は儲からない」を自覚している人間は居ないと思っている。
私にとって執筆という仕事は、会社を経営するという本業に対するサイド・ビジネスだと考えていて、 会社を経営するということは自分のやりたくないことだらけだから、それについては自分に対して給料を支払っているけれど、 執筆という仕事は自分が好きでやっているので、記事を仕上げた達成感や、読者の方から頂くメール等を報酬だと思って 一切フィーを支払わないことにしているのである。 そしてこのポリシーはCUBE New Yorkの人件費削減には大いに役立っていると言える。





Catch of the Week No.5 Dec.: 12月第5週


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Catch of the Week No.3 Dec.: 12月第3週


Catch of the Week No.2 Dec.: 12月第2週