Jan. 6 〜 Jan. 12 2003




「ジョー・ミリオネア」の茶番劇


今週の月曜から大きな話題を集めてスタートした新リアリティTVシリーズが「ジョー・ミリオネア」である。
この番組は以前このコーナーで触れた「バチェラー」に非常に似たコンテスト・スタイルで 男性が自分の理想に見合った女性を選び出すという番組であるが、これには「バチェラー」には無い裏トリックが隠されている。
フランスのお城に集められた20人の女性達は、それぞれ全米各地のオーディションで選ばれた若くて美しいキャリア・ウーマン達。 彼女らは、これから競って奪い合う男性に対面する直前に、その男性が「かつては普通の生活を送っていたけれど、 数年前に遺産で$50ミリオン(60億円)を相続した男性」であることを知らされる。
もちろん彼女らが滞在しているお城というのはその男性の別宅という設定で、女性達の前に馬に乗って「プリンス」として現れるのは 長身、ダーク・ヘア、ハンサムと3拍子揃った28歳のイヴァン・ウォレス(写真右)。ちなみにアメリカでは「トール、ダーク、ハンサム」と言えば、 女性が最も理想とする男性のルックスのことで、この場合ダークとは肌の色ではなく髪の色のことである。
女性達は彼の財産を知り、先ずは目が$の形になるが、その直後に彼が登場すると、今度はそのルックスの良さに感動し、 よだれを流さんばかりとなる。
ところがこの番組のトリックというのは、実はこの男性、 工事現場で働く年収1万9000ドル(約228万円)というアメリカの平均年収の約半分しか稼ぎ出していない、言わば貧乏人なのである。 そして、番組の最後にそれを知った女性が「それでも彼のことを愛せるか?」というのがこの番組のポイントになっているのである。
このイヴァン・ウォレスを演じるのは、本名がイヴァン・マリオットという パートタイムで下着のモデルをしていたこともある男性で、 ルックスは申し分無いけれど (彼の顔はちょっとインパクトが強すぎるので、日本人好みではないと言える)、 番組開始後のセグメントでは 彼がこれまでデートした女性は皆マテリアリスティック(物質至上主義)で、 自分が工事現場で働く貧乏人だと知ると「もっと野心的な人が好きなの」等と言って相手にしてくれなかったと語りながら、 1人寂しくTVの前で夕食を取るという いかにも白々しいシーンが登場する。
その次のセグメントになると、まるで映画「プリティ・ウーマン」の1シーンのように、イヴァンが テーブル・マナーや乗馬、社交ダンスを教えられて四苦八苦している様子が紹介される。
バトラーに、「チキン料理の時に飲むワインは?」と訊かれて「ホワイト」と答えたところまでは良かったが、 「サーモンは?」と訊かれると「レッド」等と答えて直されている。「ロブスターは?」と訊かれると考え込んで答えが出て来ず、 「フォアグラは?」と訊ねられた時には「それ何?」と訊き返す始末。
いくら生まれた時からリッチだっという設定ではなくても、マナーを知らない男性に興醒めする女性は多いこともあり、 彼は自分をミリオネアに見せるための猛特訓に加えて、ヘア・カットをし、TV局から支給されたワードローブに着替えてメイク・オーバーを受けることになるのである。
そして、生まれてから1度も乗ったことが無いという馬に乗って、女性達の前に登場した彼は、問題なく初対面をこなしたように見えたが、 再び馬に乗って去ろうとした時に、乗り損ねてしまうという失敗を犯してしまう。 だが「$50ミリオンの相続人」という先入観を植え付けられた女性達の目には、そんな事は一切気にならなかったようであった。
結局、第1回目の放映では 20人の女性のうち12人が選ばれ、8人が帰宅の途につくことになり、週を追うごとにその人数は絞られていくことになる。
イヴァンに言わせると、想像していた以上にウソをつき続けるのは難しいことで、常に会話や振る舞いに気をつけていなければなかったというけれど、 これがTV番組のコンセプトなので、女性達を騙しているという罪悪感はそれほど感じなかったという。
この番組の初回放映は、1860万人の視聴者数を獲得し「大ヒット」と言える視聴率になっているけれど、 NYポストのアンケートによれば、この「女性を騙して、いかに彼女らがお金目当てで 男性を選んでいるか?」を立証しようとした番組に対して、一般の女性視聴者達が腹を立てているかと言えば その反対で、エンターテイメントとして純粋に楽しんでいるという結果が得られている。 さらには女性達は騙されて参加している女性達よりも、ウソをついているイヴァンに対しての方が好意的であるという予想外のリアクションも見られている。
私から見ればそれが納得できるのは、この番組に登場する女性たちが ウソで固めた王子様の出現にキャーキャー悲鳴をあげて騒ぎ、良い年をして「おとぎ話みたい」等と興奮する姿は、 「騙されているのも知らずに気の毒」というよりは むしろ「お金目当ての軽薄女性が、何も知らずに馬鹿みたい」という印象を与えていたからである。
個人的に言わせて貰うならば、この番組に対して私が「面白くない」と思っていることが3つある。
先ず1つ目は今の世の中、お金目当てに金持ちと結婚したがるのは女性だけではないということ。 ミリオネアに見せかけたルックスの良い女性が居たら、多くの男性だって結婚したがる訳で、 何も女性だけを欲張り扱いする必要は無いと思うのである。
2番目はもし最後に選ばれた女性が彼が貧乏だということを知らされて、彼の財力に失望したからではなく、 彼がウソをつき続けたことに対して嫌気が差した場合、やはり彼女を「欲に目がくらんだ女」扱いをするのか?ということ。 例えば、アメリカでは貧乏人は良い弁護士が雇えないという点で裁判には不利だけれど、 裁判でウソをつけば偽証罪という立派な犯罪となるわけで、 モラルという ものさしで測るまでもなく、 嘘つきは貧乏人より遥かに悪いものである。
この「ジョー・ミリオネア」の場合、男性は貧乏だっただけではなく「れっきとした嘘つき」な訳で、 いくらルックスが良くても、こんな男性を押し付けておいて「本当の愛ならお金の力が無くても...」 などいうのは、あまりに女性に気の毒だと思うのである。
さらに3つ目は、私がティーンエイジャーの時に映画「紳士は金髪がお好き」を見て以来、 ずっと思ってきたことなのだが、お金のために結婚するというのはそんなに悪いことなのだろうか?ということである。
「紳士は金髪がお好き」の中で、主演のマリリン・モンロー扮するダンサーが、金持ちの恋人の父親に 「どうせ息子の金が目当てなんだろう」と詰め寄られて「そうよお金よ。男が金持ちなのは、女が美人なのと同じよ。 そこに惚れて何が悪いのよ。」と言い、父親を逆に説得してしまうというシーンがあるが、私はこれに妙に納得したのを覚えている。
すなわち女性が美人だからといって結婚したがる男性が責められないのなら、男性が金持ちだからと言って結婚したがる女性も責める必要は無いと思うのである。
大体、どんな女性が結婚する場合でも、多かれ少なかれ男性に養ってもらうことを考えている訳で、 「ダンナ様に稼いでもらおう」という気持ちが少しでもある女性は、「お金のため(もしくは生活のため)に結婚した」と言われても文句は言えない部分があると思う。
それに どんな大富豪だろうと、もっとリッチになるために 財産のある伴侶を選ぶのは社交界では当たり前のことで、 「お金のために結婚する」ということは世の中でかなり広く一般的に行なわれていることである。 それを今さら、社会悪の一端と見なすような企画を組むのは滑稽とすら感じられるのである。
では私がこの番組を「くだらないから2度と見ない」と思っているかと言えば、そうでもなくて 多くの女性達と同じように純粋なエンターテイメントとして楽しんで見ようと思っている。
ちなみに、以前紹介した「バチェラー」では、女性が選ばれて次のステップに進む際に受け取るのは真っ赤なバラだったが、 「ジョー・ミリオネア」では、選ばれた女性が受け取るのはジュエリーで、このジュエリーは勝ち残れば、勝ち残るほど高額になっていくという。 (初回はパールのネックレスで、受け取った女性達は本物のパールかどうかを歯で噛んでチェックするシーンも見られた。) これは見方を変えれば、騙されている女性達への局からの償いの印とも言えるかも知れない。





シンデレラ・ドリームの終焉

「ジョー・ミリオネア」の放映がスタートした週の土曜日のニューヨーク・タイムズに 皮肉のように掲載されたのが、写真左の「アップワード・モビリティ・アンド・ダウンライト・ライズ」というタイトルの記事。
この記事はジェニファー・ロペス主演の映画「メイド・イン・マンハッタン」等、昨今公開された 数本のシンデレラ・ムービーを例に挙げて、そのリアリティの無さ、すなわちこうした映画が 「現実の世界では起こりえないウソで固めたありえない寓話である」ことを指摘したものだった。
「メイド・イン・マンハッタン」は、ジェニファー・ロペス扮するシングル・マザーの ホテルのメイドが、エリート中のエリートと言えるリッチでハンサムな政治家と結ばれるという、 頭を冷して考えてみればありえないラブ・ストーリー。 (リッチでハンサムな政治家が、ジェニファー・ロペスのようなルックスのホテルのメイドと一晩浮気をしたというならば誰もが信じる上に、非常にリアリティのある話だと思うが…)。
同作品はジェニファー・ロペスのこれまでの主演映画の中では最高の興行売り上げを記録したと言われている。
不況になると 人々はシンデレラ・ストーリーを求めるようになると言われているけれど、 確かにアメリカが前回直面した90年代前半の不況期には、シンデレラ・ムービーのモダン・クラシックと言える ジュリア・ロバーツ主演の「プリティ・ウーマン」という映画が生まれている。
でもこのニューヨーク・タイムズの記事では 、様々な映画がリッチでルックスが良い善良な王子様的男性が、 自分の周囲にいるリッチで頭も性格も悪い女性達よりも、偶然出会った貧しくても心も容姿も美しくて 賢い女性を選ぶという シンデレラ・ストーリーを展開しているのを指摘して、「これらはいかにもハリウッドが描くありがちな筋書きではあるものの、 実際にはアメリカ社会はそれほどクラスレス、すなわち階級の無い世界ではない」という厳しい現実を突きつけている。
このことは日曜版のニューヨーク・タイムズのウェディング・アナウンスメントのセクションを毎週見ていると、 非常に納得できるものであったりするのは、やはりリッチな男性というのは少なくとも1回目の結婚では、ある程度裕福な家庭に生まれ育ち、 高い教育を受けた女性と結婚しているのである。 ここで「1回目の結婚」とあえて書いたのは、離婚して2度目の結婚をするリッチな男性は、家柄やお金ではなく 純粋に若さとルックスを求めて、同じように純粋にお金と贅沢な生活を求めるモデルと結婚する例は珍しくないからである。
私に言わせれば、ここアメリカで私が知る唯一の、そして本当のシンデレラ・ストーリーは故ジョン・F・ケネディ・ジュニアと結婚した キャロリン・ビセット嬢である。
マサチューセッツのごく普通の中流家庭に育ち、教員の資格を取るための勉強をしていたキャロリン夫人は、 その学生時代アルバイトでモデルをしていたこともあったけれど、やがて卒業後、地元のカルバン・クラインのブティックで販売員として働き始める。 そうするうちにそのルックスとセンスの良さがニューヨークの本社から視察にきたエグゼクティブの目に留まり、 彼女はNYのカルバン本社オフィスのスタッフとして引き抜かれるが、 NYに移ってきた当初はイースト・ヴィレッジの小さなアパートに暮らしていたというから、 その経済力は押して知るべしである。
でもアメリカで「ストリート・スマート」と呼ばれるしたたかさと、美しさ、 そしてカルバンの本社スタッフも舌を巻くファッション・センスの良さで 彼女はPRのポジションを獲得し、 スタイリストやセレブリティに製品を貸し出したり、セレブリティのワードローブのコンサルタントを担当するようになる。 JFKジュニアに出会ったのはセントラル・パークでジョギング中のことであったと言われるけれど、 その後JFKジュニアは、彼の友人でもあったカルバンの当時夫人、ケリー・クラインを通じて キャロリンとの交際を始め、極秘のセレモニーで2人が結婚したのは周知の通りである。
キャロリン&JFKジュニアの結婚当初は、「ソーシャル・クライマー(社会の下層や中流層から手練手管を使って階級を登りつめていく人々)」という言葉が盛んに使われ、 女性達が、キャロリンのようなシンデレラ・ストーリーを求めて 一流ファッション誌のアシスタント・エディターや、デザイナー・ブランドのプレス等、給料は安くても、 イメージが良く、社交界のAリストやセレブリティが集まるパーティーに出られるような仕事を選ぶというトレンドが起こった。
でもその後、夫妻が飛行機事故で死去してしまったこともあるけれど、何よりヤング・ジェットセット世代の登場、 好況と共に続々と現れたドット・コム・ミリオネアがこうした価値観を大きく変えることになった。 つまりお金というものはヤング・ジェットセットのように生まれたときに持っているもの、 そうでなければドット・コム・ミリオネアのようにあっという間に自分で稼ぐものといった価値観が当たり前になったので、 「貧乏な自分をリッチな男性に幸せにしてもらおう」的なシンデレラ願望はここで、女性の側から断ち切る時期が訪れたのである。
そしてその女性達の価値観を最も顕著に表していたのがTV番組の「セックス・アンド・ザ・シティ」である。 キャリアがあって自分を十分サポートして行ける女性達が、「お金持ちを見つけて結婚してもらおう」ではなくて、 「気に入った男性が見つかるまで諦めない」という視点でデートを続ける姿が女性達の共感を誘ったのは記憶に新しいところ。
でもドット・コム・ブームが終わると、ドット・コム・ミリオネアはヴァーチャル・リッチだったことを思い知らされ、 テロが起こって不況の足音が大きくなってくると、女性達が安定していると信じていた自分の生活は実はもろいものだったことを痛感させられることになる。
本当にお金を稼いでいた女性は株価の暴落で蓄えを減らしているものだし、 それほど稼いでいた訳ではなかった女性は蓄えが殆ど無かったりする。 そこへ来てボーナス・カットや、明日失業しても不思議ではない状況、給料の良い仕事は簡単に探せないという世情になってくると、 女性達に残された道はシンデレラ・ドリームか宝くじになってくる。 宝くじに当たる確率は雷に打たれて死ぬ確率の100分の1以下と言われるが、果たしてシンデレラ・ドリームが叶う確率が それより高いかは疑わしいものがあるかと思う。
私が今回のニューヨーク・タイムズの記事と「ジョー・ミリオネア」の放映のタイミングが実に皮肉だと思ったのは、 $50ミリオン(60億円)の相続人がTV番組に応募した女性の中から本当にその花嫁(もしくは、花嫁になりうるかも知れない女性)を選び出すという番組なのであれば、 「未だシンデレラ・ドリームが現実になる可能性がある」と解することが出来るけれど、 女性が信じていた$50ミリオンの相続人は実は自分より稼ぎの無い男性で、「番組はただのウソだった」という結末は、 「今時、そんなに美味い話があるはずが無い」というNYタイムズの記事の内容を違った形で肯定するメッセージとも受け取れたためである。
もし今時そんなシンデレラ・ストーリーがあるとすれば、女性は映画の中のようにジュリア・ロバーツかジェニファー・ロペスでなければならないと思われるけれど、 彼女らの実生活を見ていると、共に自分より資産面でも、知名度でも、キャリア面でもずっと下の男性と結婚(&離婚)をしている訳で、 映画の中のシンデレラにさえ現実は厳しいものと言うことが出来るだろう。





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