Sep. 27 〜 Oct. 3 2004




イチロー&日本のイメージ


今週はシアトル・マリナーズのイチローが、ジョージ・シスラーの持つシーズン最多安打の記録を 破ったことが、日本で大きく報道されていたけれど、 アメリカではそれがどの程度盛り上がっていたかと言えば、 マリナーズの地元シアトルは別として、ニューヨークを始めとする アメリカ全土としては、さほどの盛り上がりが無かったのが実際のところである。
イチローが記録を破った金曜の夜のニューヨーク・エリアのメジャー・ネットワークの ニュースのスポーツ・コーナーでは、イチロー報道は僅かに見られた程度をであったし、 その翌日、土曜日の新聞にしてもニューヨーク・ポストがこのニュースに割いたスペースは、 写真1枚と記事が1コラム半。ニューヨーク・タイムズにしても、 スポーツ欄の1面にカラーで写真を掲載したものの、記事そのものは非常に短いものが1本のみで、 先日バリー・ボンズが700号ホームランを打ったニュースが、第一面トップでカラー写真入りで掲載されていたことを思うと、 扱いはかなり小さいものであった。

でもこれは、アメリカの野球ファンなら誰もが 最多ホームラン記録がハンク・アーロンの755本 であることを知っていても、ジョージ・シスラーの名前は殆ど聞いたことが無いのと同様で、 スポーツの世界では、シーズン記録よりも生涯記録の方が重みがあると見なされる傾向にあるし、 同じシーズン記録でも「シーズン最多ホームラン、最高打率に比べると、シーズン最多安打というのは決してグラマラスな記録ではない」 というのがニューヨーク・タイムズ紙の指摘であったりする。

とは言っても、イチローがメジャー・リーグのトップ・プレーヤーの1人であることは、 彼がこの大記録を達成する前から誰もが認めている事実で、例えイチローが今回 シスラーの記録を破れなかったとしても、彼のアメリカにおける高い評価は変わっていなかったであろうと思われるものである。

私にとって、今回のイチロー報道で、最も印象的だったのは、 10月2日、土曜日のニューヨーク・タイムズ紙の社説欄に掲載されていた、日本に住む同紙のライター、 ロバート・ワイティングによる 「The International Pastime / ザ・インターナショナル・パスタイム」という記事だった。 このタイトルは、野球がアメリカで、「ナショナル・パスタイム(国民的娯楽)」と呼ばれてきたのに 引っ掛けて、アメリカでも、日本でも、野球が国民的娯楽になっていることを 意味するもので、 内容は アメリカ人の視点から 日本におけるイチロー記録達成報道を伝えるものだった。

記事の中では、ニューヨーク・タイムズのスポーツ・セクションで9月に掲載された イチローの記事を NHKのアナウンサーが手に持って、「東海岸のメディアでさえ、イチローに 関心を払っている」と熱っぽく語っていた様子などが描かれていたけれど、 私が非常に気になったのは、日本の某メディアの記事の抜粋として紹介されていた、 「日本人と言えば、かつては車や家電製品を輸出することばかり考えている 正体不明の民族であったけれど、こうした優秀な野球選手の活躍が、アメリカ人における 日本人のイメージを肯定的なものに変えつつある」という部分であった。
確かにイチローの記録達成は、私も日本人として誇らしく思うし、 松井もヤンキーズで良く頑張っていると思うけれど、 彼らがアメリカでレプリゼントしているのは野球選手としての彼ら自身であり、 最も広義に解釈されたとしても日本の野球界がせいぜいで、 アメリカ人が、「イチロー&松井=日本国民のイメージ」というように、 オーバーラップさせて見ているということは決して無いのである。
逆の視点から言えば、イチローや松井がメジャーで全く活躍出来なければ、 「日本のトップ・プレーヤーがこの程度なんだから、日本のプロ野球なんて大した事無いな」と 判断されるかもしれないけれど、だからといって「日本なんて大した国じゃない」とは判断されない訳で、 アメリカの野球ファンは、イチローや松井が日本国民の期待を担ったヒーローであるとは解していても、 彼らが日本の国民性を代表する存在だとは見なしてはいないのである。

アメリカはそもそも移民の国であり、各民族のイメージや国民性は、 その歴史やアメリカに持ち込んだカルチャーから判断されるものである。 日本と言えば、70年代には「フジヤマ、ゲイシャ」的な知識しかなかったアメリカ人が、 今では箸を使ってソバ・ヌードルやスシやテリヤキを毎日のように食べ、 子供達はポケモンやパワー・レンジャーのオモチャで遊び、ハロー・キティや日本のマンガが 大人たちからも持て囃され、ハリウッドでは「シャル・ウィ・ダンス」や「リング」が リメイクされる時代になっている訳で、ソニーの製品やホンダの車よりも時間は掛かっているけれど、 日本のカルチャーは確実にアメリカ社会に浸透してきており、それに伴って日本人のイメージも 外からの思い込みではなく、的確な日本人像に変わりつつあるのが現状なのである。
この背景には、長年に渡ってアメリカ社会でビジネスや文化の普及を続けてきた日本人達の 姿がある訳で、そもそもイチローや松井、そして彼らのニュースを伝える報道陣が、シアトルやニューヨークで さほど不自由もなく暮らしていけるのは、既に日本人社会が現地にあって、 彼らが試合後に足を運ぶ日本食レストランや日本のバー、日本の日用品を調達できるストア、 日本語放送、日本のビデオ屋、日本の書店等が存在しているからである。
アメリカ人にとっての日本人のイメージというのも、イチローや松井よりも、 むしろ自分の生活の中で知り合う日本人達から来ている部分が大きい訳で、 私が知る限り、「日本人の友達が居る」というアメリカ人は、決して日本を悪く言わないものである。 それほどに外国に暮らす日本人というのは、多かれ少なかれ「日本を良い国だと思って欲しい」と 思って外人に接する傾向があるし、外国に暮らすということは、日本に暮らしているよりも ずっと頻繁に自分が日本人であることを意識して生きることになるものである。

でも誤解しないでいただきたいのは、私がここで言いたいのは、「日本のイメージを高めているのは、 外国に住んでいる日本人」という事ではないのである。
もう5年ほど前のことになるけれど、デザイナーのヴィヴィアン・タムにインタビューをした際、 彼女が語っていたのが、アメリカの某ライセンス会社は、何回 ミーティングをしても間違ったサンプルを仕上げてくるけれど、日本の会社は、 ファックスのやり取りだけで、指示通りの商品を時間通りに仕上げてくれるということで、 「日本人は本当に優秀で信頼出来る」と言われたのを今でもはっきり覚えていたりする。
こうした事は、ヴィヴィアンの口からだけでなく、日本の会社とビジネスをしたことがある大勢の アメリカ人から聞くことで、日本に居ながらにして海外との仕事をしている日本人も、 日本のイメージアップには多大な貢献していると 私は思っているし、 長野オリンピックや日本で行われたワールドカップに出掛けた外国人も、 現地で日本人に親切にされて「日本人のイメージが変わった」、「日本人が好きになった」などと 語る例は多いのである。
だから、イチローの記録達成や松井の活躍は日本人にとって、とても励みになると思うし、 彼らがメジャーでこれだけ活躍できるというのは素晴らしいことであるけれど、 日本のイメージアップまでが彼らのお手柄になってしまうというのは、 かなり度を越えた評価であり、誇張であるというのが私の偽らざる感想である。

さて、このワイティング氏の記事の中には、 「“アメリカ人は、日本人であるイチローが、シスラーの大記録を破ることをどう思っているんだろう?” という疑問を日本人が持っている」とも書かれていたけれど、 今やメジャーリーグの10人に3人は外国人選手であるし、記録を達成するほど出場回数の多いプレーヤーというのは、 アメリカ人に馴染まれた存在であること、加えて先述のようにシーズン最多安打というのは、 非常にこだわるべき記録ではないことから、イチローの記録達成はごく自然に受け入れられており、 「日本人に破られた」というような意識は全く無いのが実状である。

今回イチローは、1920年以来、84年間破られたことが無かった大記録を塗り替えた訳であるけれど、 メジャー・リーグにはこれより古い記録が3つ存在しており、それらは1901年にナップ・ラジョイによって 打ち立てられた4割2分6厘のシーズン最高打率、1904年のピッチャー、ジャック・チェスブローによる シーズン最多勝利の41勝、そして1912年のチーフ・ウィルソンによるシーズン最多3塁打、36本という、 いずれも超人的な大記録である。







Catch of the Week No.4 Sep. : 9月 第4週


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