Sep. 26 〜 Oct.. 2 2005




テクノロジー、メリット&デメリット



先日、私がアイポッド・ミニを握り締めてミッドタウンを歩いていたところ、偶然道で会った友人に「やっと買ったんだ、アイポッド!」と 冷やかされてしまった。 事実、私はアイポッドについては本当に後発で、「曲をダウンロードしている時間なんて無い」と思っていたので、 アイポッドには全く興味を示さずに来たのである。
でもここへ来て、すっかり頭打ちになった英語能力向上を諦め、フランス語の勉強を始めようと決心したため、 ジムでも、交通機関の移動中でも フランス語のレッスンが聞けるように という理由で、やっと購入に踏み切ったのがアイポッド・ミニだったのである。
でも購入してみれば、やはり曲をダウンロードをしてしまうし、フランス語よりも音楽を好んで聴く傾向にあるけれど、 私がダウンロードしているのはもっぱら70年代後半から90年代前半にかけて流行った曲で、 中には一時、「もう2度と聴けないかもしれない」と諦めていたものが何曲も含まれているのである。
私の20代のアシスタント達はジェネレーションが違うので、私の世代の誰もが味わっている、 「大好きな曲が2度と聴けない」という空しい気持ちが理解出来ないようだけれど、 私の学生時代は、気に入った曲を必死にカセット・テープに録音して、 1時間のテープを編集するためには、ダブル・カセットのオーディオ機器を使って、2時間以上が掛かっていたし、 一度、ディスクが廃盤になってしまえば、もう「その曲を聴くことが出来ない」と諦めなければならなかったのである。
だから私がアメリカに来た当初、凄く嬉しかった事の1つが、アメリカのラジオでは そうした諦めていた「名曲」、自分にとって思い出深い曲が、 ラジオで掛かることがあったり、日本で廃盤になったディスクが未だ販売されていることだったけれど、 それでも音楽ばかりに時間やお金を掛けていられない訳で、時折、たまらなく聴きたくなる曲があっても、 それを手に入れるための特別な努力は 一部の例外を除いてはせずに来たし、 それだけに、街中で偶然「思い出の曲」が聞こえてくると、曲が終わるまで そこから動けなくなったりしたものなのである。
特定の曲に、これだけの思い入れがあるのは、「その曲が好き」という理由以外に、 その曲が呼び起こす記憶や時代に懐かしさや様々な感情を抱くからであるけれど、やはり一時的にでも 「もう2度と聴けないかもしれない」と思った曲ほど、特別な思い入れを感じているのは事実である。

そう思ってふと考えると、テクノロジーの進化のお陰で、昨今では「もう2度と手に入らない」、「2度と観られない、聴くことが出来ない」という感情を抱く機会というのは、 激減しているのである。 今や、画像にダメージがある昔の写真もきれいに修復できるし、私の友人はインターネット・オークションで、以前買い損ねて、ずっと諦め切れなかった コレクターズ・アイテムを何点も手に入れているし、映画の世界では、かなりマイナーでニッチな作品までもが、DVDになって発売されているのである。
ところで、私にとって買いそびれて悔しい思いをするものと言えば、もっぱらファッション絡みであるけれど、 そんな私が今年の春から、欲しいと思っていたのが、ロンドンにアトリエを構え、ニューヨークでコレクションを発表しているフランス人デザイナー、 ローランド・ムーレのドレスである。 この春のファッション・ウィークで ローランドが見せたコレクションは、彼にとってのニューヨーク・デビュー・コレクションで、 春の時点では 未だ どのストアが彼の作品を扱うのかがはっきりしていなかったため、7月初旬になってからロンドンのアトリエにEメールで問い合わせたところ、 「バーグドルフ・グッドマンかダウンタウンのジェフリーの2店舗のみ」という返事が来たのが7月中旬のこと。 その後 忙しくて、すっかりバーグドルフにもジェフリーにも足を運ぶことが出来ずにいたら、案の定、8月に入った時点で 私の欲しかったドレスはどちらの店でも売り切れになっていた。
手に入らないと思うと、益々欲しくなるのが人情というもので、そのドレスの事を考えて悶々としていた8月中旬のこと、 ローランドのオフィスから再びEメールが来て、私が欲しがっていたドレスを含む数型が、どこのデパートやブティックでも完売しているので、 それらに限っては、ロンドンのアトリエが直接オーダーを受けて、製作し、発送してくれる というオファーを知らせてきたのである。
私は、彼の服を実際に着用したことが無かったために、写真や、素材の説明とサイズ・チャートを見ながらドレスをオーダーすることには 少々抵抗があったものの、でもこの2度目のチャンスを逃す手はないと思ったので、結局インターネットを通じてオーダーをしてしまったけれど、 ふと考えると、これもファッションのダウンロードのようなものである。
私にとって、このシステムが画期的だと思ったのは、ことにローランド・ムーレのような若手で、これから知名度が上がっていく段階の デザイナーの場合、バイヤーはコレクションのうちのほんの数型しか仕入れない訳で、バイヤーの目に留まったアイテムしか店頭に並ぶことは無い上に、 仕入れる枚数も、1000ドル以上の商品となると、サイズ2〜12までが1枚ずつ程度。すなわち、自分のサイズが1枚売れてしまったら アウト! という場合も少なくないのである。 だから、ファッション・ウィークのランウェイや、デザイナーのウェブ・サイトで コレクションを見て、 どんなに気に入った服があっても、その実物を実際に店で見つけられる確率、それが自分のサイズである確率は極めて低いと言わなければならないのである。
一部の高級店では、年間に数百万円以上買い物をするような顧客に対しては、 コレクションが終了して、商品を買い付ける時点で、彼女らの目を付けた商品を、彼女らのサイズで仕入れるという システムが既に取られているけれど、ストアー・バイヤーを通さず、インターネットを通じて一般の消費者が デザイナーに直接オーダー出来るというのは、デザイナー、消費者の双方にとってメリットのあるシステムなのである。
ちなみにこのシステムでは、オーダーの打ち切りは8月末、申し込み時点で、ドレスの半額をクレジット・カードで支払い、 10月半ばに商品がデリバリーされる時点で、残金がチャージされることになっている。

さて最近、私が必ずインターネット上で購入するものに映画のチケットというのがあるけれど、 特に混雑が予想されるような話題作の場合、インターネットでチケットを確保してしまえば、 チケット完売で、次回まで待ったり、映画を諦めたり、妥協して別の映画を観る必要も無い訳である。
今では、ネット上で映画チケットを購入する人が非常に増えたため、アメリカでは週末のボックスオフィスの成績(金曜〜日曜までの興行売り上げ)が、 木曜の時点で殆ど正確に把握できるようになってしまったけれど、 その一方で、海賊版の映画をダウンロードする人々が増えて、興行成績が下がっていると言われるのが昨今の映画業界である。 すなわち、少し前に音楽業界で起こっていた事と同じことが、今映画業界で起こりつつある訳だけれど、テクノロジーがメリットとデメリットをもたらすのは どんな分野にも言えることである。
私の友人は 「Eメールや携帯電話やテックス・メッセージ(携帯メール) なんて無い時代の方が、 ボーイフレンドとの付き合いがずっと楽だった」などと ボヤいているけれど、 確かに連絡を取り合える手段が増えた分、関係をこじらせる手段も増えた訳であるし、相手に簡単にコンタクトが出来るとは言え、 相手に掛けられるエネルギーや時間が増えた訳ではないのである。

そう考えると、私のショッピングにしても、例え今後、多くのデザイナーが、私が欲しいと思う服や靴やバッグをサイト上でオファーしてくれても、 それを全て買えるだけの財力が私にない限りは、物欲を掻き立てられて 苦しい思いをさせられた挙句、 「店で売り切れだったら、諦めるしかない時代の方が ショッピングが楽だった」などとボヤくことになるだけかもしれない。



Catch of the Week No.4 Sep. : 9月 第4週


Catch of the Week No.3 Sep. : 9月 第3週


Catch of the Week No.2 Sep. : 9月 第2週


Catch of the Week No.1 Sep. : 9月 第1週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。