Set.. 25 〜 Oct. 1
”モダナイジング Met ”
今週もニューヨークでは様々なニュースが報道されたけれど、政治的に最もビッグなスキャンダルとなったのは、
今年11月の選挙で、ニューヨーク州の司法長官に共和党から立候補しているジニーン・ピロー女史が、
夫の浮気の現場を押さえるために 盗聴器を仕掛ける計画をしていた「盗聴未遂容疑」で FBIの捜査対象になっているという事件。
ピロー女史と言えば、本来は共和党が11月の選挙でヒラリー・クリントンの上院議員再選を阻止するために対抗馬として
擁立しようとしていたウエスト・チェスター郡の司法長官。
行動派でルックスも良く、男性顔負けの仕事ぶりには定評があるピロー女史は、ヒラリー再選阻止には持って来いの共和党候補と言われたけれど、
夫の脱税スキャンダルが災いした上に、人気の点ではやはりヒラリーに勝てないことが明らかになってからは、
州の司法長官のポジションを狙って選挙キャンペーンを続けており、対立の民主党候補、アンドリュー・クォモ氏とは接戦が予想されていたところだった。
ところが今週半ばになって報道されたのが、夫が自分の知人の女性と浮気をしている事に気付いたピロー女史が、
元NY市警察長官で、現在プライベートにセキュリティ・コンサルタントをしているバーナード・ケリック氏とミーティングを行い、
「このまま夫の浮気を黙って見ている訳には行かない」として、2人が密会の場に使うであろうボートに盗聴器を仕掛ける計画を
持ちかけている様子を録音したテープの存在が明らかになったというもの。
ピロー女史は、盗聴を計画したことは認めたものの、実行には移していないこと、そして夫婦間の問題にFBIが介入するのは不適切であるとして、
捜査に抗議すると同時に、自らの立場を弁明する記者会見を行っているけれど、
多くの女性達が驚いたのが、夫の浮気を確かめるために盗聴器を仕掛けるのが「違法」であるという事実。
ピロー女史が盗聴器を仕掛けようとしていたのが、夫の所有するボートであれば これが違法行為であるのは理解できるけれど、
夫婦で所有するボートに盗聴器を仕掛けるのも 違法であるという事実は 女性達には 意外に受け止められていたようだった。
このスキャンダルが明るみになっても、引き続き出馬の意思を崩さないピロー女史は、女性からの同情票を得るために、
「私は夫に浮気された女性達のためにも、この捜査と戦う」とコメントしているけれど、
残念ながら、ニューヨークの70%近くの女性たちは、「浮気をする夫も悪いけれど、盗聴器を仕掛けるのは行き過ぎ」
として、ピロー女史に対しては冷ややかなリアクションを示しているのが実情である。
その一方で、アート&エンターテイメント絡みで今週ニューヨークで最も大きなニュースとなったのは、メトロポリタン・オペラのオープニング・ナイトである。
メトロポリタン・オペラと言えば、世界最大のオペラ・ハウスであり、かつてはニューヨークで最も華やかで、”富”を象徴するエンターテイメント
であったのは誰もが認めるもの。
社交界の花形達がパトロンとして名を連ね、客席はドレスアップした観客で埋め尽くされ、会場は常にゴージャスなムードに満ちており、
インターミッションには、シャンペンを片手に社交の場が繰り広げられていたものだった。
ニューヨーカーは、メトロポリタン美術館を共に メトロポリタン・オペラのことも ”Met / メト” の略称で呼ぶけれど、
90年代までのMet は、全パフォーマンスの90%以上をチケットを正規価格で販売する一方で、企業や富豪達からは
毎年 多額の寄付が寄せられる 世界で最も利益率の高いオペラ・ハウスで、
パヴァロッティ、ドミンゴといった歴史に残るスーパー・テナーのパフォーマンスが毎シーズン 目白押しであったのも記憶に新しいところ。
しかし、ここ数年のMet はチケットの平均売り上げが85%にまで落ち込み、しかも一部は ディスカウントで 売られているために、
利益を大幅に失っており、過去3年連続で その運営予算の削減を迫られるという 危機的状況を迎えていたのだった。
Met がこうした危機に陥ったのは、「人々のオペラ離れ」が原因と一部で指摘されていたけれど、実際のところは、
Met 側が新しい観客層の獲得を怠ってきたために、従来の観客層がどんどん年老いて行く一方で、
若い観客層が増えて行かなかったためである。実際、私が最後に、しかも久しぶりにMet でオペラを観たのは2シーズン前のことだけれど、
殆どの客層は60歳以上と思しき年配のカップルと年配の女性同士で、唯一若いと言えるのはゲイ男性のカップル程度。
最も安価な26ドルのシートには、バック・パックを背負ったジーンズとスニーカー姿の旅行者が陣取っているという状態で、
90年代後半までのMet の華やかさが すっかり失われていたのには、ショックを受けてしまったのだった。
この状況を打開すべく 2005年8月からMet の 16代目のジェネラル・マネージャーに就任したのは、ピーター・ゲルブ氏で、
今シーズンは彼が主導権を握ってからの初めてのシーズン。
トラディショナルなオペラ・ファンをキープする一方で、新しいプロダクションとハイテク・シアター・テクノロジーを取り入れて、新しい、より幅広い客層の
獲得を謳った彼の方針の下でスタートした 今シーズンのメトロポリタン・オペラは、
まず、ドレス・リハーサルを無料で一般公開したのに始まって、今週月曜のシーズン・オープナーでは、
オペラ・ハウスの外側にビッグ・スクリーンと客席を設置。一般に無料でパフォーマンスを見せ、ここでの立ち見を含めた観客数は
3000人を超えたことが伝えられている。さらに、タイムズ・スクエアでも、ナスダック、パナソニック、ロイターの屋外スクリーンで
パフォーマンスが生放映され、特設の1000人分の観客席が満席になっていた様子は、数々のメディアに大きくフィーチャーされたのだった。
またオペラ・ハウスがあるリンカーン・センターには、ハリウッドのムービー・プレミアのようにレッド・カーペットが敷かれ、
ジュード・ロウ、スーザン・サランドン、デヴィッド・ボウイ&イマン夫妻、リブ・タイラー、デザイナーのザック・ポーゼンなど、
各界のセレブリティが姿を見せ、メディアや彼らを一目見ようというファンが押しかけたため、久々に華やかで
話題の多いオープニング・ナイトになったのだった。
そのオープニング・ナイトのパフォーマンスを飾ったのは プッチーニの 「マダム・バタフライ(蝶々夫人)」で、
これは映画監督としても知られるアンソニー・ミンゲラが手掛けたMet のニュー・プロダクション。
でも、このプロダクション自体は昨年、ロンドンのイングリッシュ・ナショナル・オペラで上演されてヒットしたもの。
ミンゲラ監督の影響で、シネマティック・アプローチ、すなわちより映画的に演出されたと評された「マダム・バタフライ」は、
批評家たちからは、「新生Met をアピールするテストには合格した」と一様に評価されているけれど、
韓国人デザイナー、ハン・フェンがデザインしたコスチュームについては 日本人の視点から見ると、不思議な着物姿が登場したりして、
カラフルではあるものの、正確さには欠くものであったりする。
でもニューヨーク・タイムズのレビューアー、アンソニー・トマッシーニが、「このプロダクションのお陰で、
今シーズンは誰もがMet を話題にするだろう。人々がMet を話題にするなんて、何年ぶりのことか?」と語っていた通り、
ピーター・ゲルブ氏の手腕のお陰で、久々に息を吹き返す兆しを見せてきたのが今シーズンのMet なのである。
ゲルブ氏の構想は既に2010年のシーズンにまで及んでおり、このシーズンは、シルク・ド・ソレイユの「Ka/カー」を
手掛けたロバート・リパージュ監督を起用した ワグナーの「リング」 をハイテク・スペクタクルで上演するのが目玉になるという。
ちなみに、コンピューター制御のステージ・セットを最初に取り入れたメトロポリタン・オペラ・ハウスは、
バック・ステージで4つのパフォーマンスのセットを管理するキャパシティとテクノロジーを擁していることをウリにしてきたけれど、
そのオペラ・ハウスとしては ハイテクのシアターも、シルク・ド・ソレイユの「O / オー」や「Ka / カー」のような
ステージに比べると、時代遅れの存在になりつつあるのだという。
すなわち、オペラのようなクラシック・アートのショーケースでも、新しさを取り入れなければ 生き残って行くことが出来ないという訳であるけれど、
奇しくも、そのモダナイズ(モダン化)を図るメトのオープニング週にアメリカで封切られたのが、
既にオスカー・ノミネーションの呼び声の高い映画「ザ・クィーン」である。
この作品は 1997年のダイアナ妃の死後、
ダイアナ妃が王室の一員ではないことを理由に喪に服そうとしないエリザベス女王と、その頑な姿勢のために国民からの王室支持を失うことと懸念した
当時の新首相、トニー・ブレアの葛藤をテーマにしたもので、ブレア首相が最後には女王を説得して 生放送での追悼スピーチをさせるに至るまでの数日間を
描いたもの。でもこの作品の根底にあるのは、英国王室の伝統を守る姿勢と、国民の意を汲んでモダナイズを図ろうとするブレア首相の
対立であり、譲歩である。
この作品は、ヘレン・ミレンが演じるエリザベス女王の完璧な演技が高く評価されているけれど、それと同時に同作品に盛り込まれる
生前のダイアナ妃の美しい姿が、改めてダイアナ人気を煽っており、アメリカではこの秋、ダイアナ妃に関する新たな著書が発売される他、
ファッションの世界でも生前のダイアナ・ルックが新たに注目を集めている。
ここで不思議に思うのは、マリリン・モンローでもエルヴィスでも、ジョン・レノンでも、ダイアナ妃でも、
レジェンドとして死去してしまった存在は、何時の時代でも、変わらぬ姿で人々の心の中に存在し続けるものである。
これに対して生き続けている存在は、セレブリティでも、一個人でも、常に新しさを取り入れて変化したり、時代に対応していかなければならない訳で、
それを怠れば、ここ数年のMet のように 生きてはいるものの、年老いて、衰えていくだけの存在になってしまうのである。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に
ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。
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