Oct. 4 〜 Oct. 10 2004




グッド・スピーカー、バッド・スピーカー


今週の金曜日には、2回目のプレジデンシャル・ディベート(大統領候補者討論会)が行われたけれど、 世論調査で初回、2回目、共に勝利を収めたと言われているのはジョン・ケリー上院議員である。
ブッシュ大統領がケリー候補より劣ったと見なされた要因は、 初回のディベートでは、受けた質問に答える前に、ボッと考えている時間が数秒あり、 「集中力が注がれていない」、「体力的、気力的に準備不足である」と判断されたこと、 さらにケリー候補が喋っている間の、憮然とした表情、ウンザリしたようなボディ・ランゲージに対して 好感が持たれなかったこと等が挙げられており、 第2回目のディベートでは、ケリー候補の言葉が終わる前に喋り始めたり、 イラク問題では早口で捲くし立てるように自己弁護をしていたのとは好対照に、 苦手の環境問題に話題が移ると、時間を潰すようなスローで内容の薄い返答になっていた点 などが指摘されていた。

一方のケリー候補は、取り立てて好感が持てるとか、イメージアップをしたという印象は無いものの、 失敗が無く、無難にディベートをこなしたこと、ブッシュ大統領の出方や、受けるであろう質問に対して 良く準備がされていたという点で、大きな評価こそは与えられなくても、 減点されることも無く、ブッシュ大統領と比較すれば勝っていたというのが 世論であり、メディアの評価でもあった。

こうした反応からも分かるように、大統領選のディベートというのは、 候補者の主張の内容を評価する場ではなく、候補者がどのように主張を展開するかに対して 評価が与えられる場であったりする。
それと言うのも 有権者は、 ブッシュ大統領、ケリー候補が それぞれイラク問題、 健康保険、経済、外交問題等について、どのような見解や政策を 打ち出しているかについては、予め知識がある訳で、 ディベートで交わされる論議の殆どは、既にアメリカ国民がニュースで見たり、 新聞で読んだりして、馴染みのある候補者の主張な訳である。 でもその主張を 相手の出方に対応しながら 効果的に打ち出す、 主張の間にパーソナリティを感じさせるコメントを挟む、 相手の語尾を捕えたユーモアを返す等で、 人格、頭のキレの良さ、リーダーとしての資質や好感度をアピールするのが 候補者にとってのディベートの課題であり、 有権者は、候補者がそれをいかにやってのけるか、どちらが上手くやってのけるかを 見極めようとするものなのである。

私が個人的にアメリカの選挙戦ディベートの最悪の失敗例と言えると思うのは、 2000年のNY州上院議員選挙の際の、民主党のヒラリー・クリントン候補と共和党の リック・ラジオ候補のディベートで、大失敗を犯したのは当然のことながら、落選したラジオ候補であった。
このディベートの際、ラジオ候補は自分のスピーチ台を離れて、ヒラリー候補のスピーチ台まで 行き、彼が用意してきた公約書にサインするよう、ヒラリー候補に詰め寄るシーンがあり、 会場内もヒラリー候補も、この突然の型破りな行動に唖然とする一幕が見られたのである。
選挙結果はヒラリー候補の圧勝であったけれど、有権者もメディアも、 「ディベートの際にラジオ候補があのようなマナーの悪い、アグレッシブさを見せなければ、 彼がもっとアンチ・ヒラリー票を集められただろう」と指摘しており、 これは明らかに相手をやりこめようと大胆な試みをして、墓穴を掘った例である。

でも通常、ディベートに挑む候補者には、イメージ・コンサルタントや、スピーチ・コンサルタントがついているもので、 こうした大失敗が起こらないように、綿密なプランが組まれ、トレーニングが行われているのが実状である。
前回、2000年の大統領選の際、当時テキサス州知事であったブッシュ候補は、 ディベートのトレーニングに数ヶ月を費やしたと言われているけれど、 様々な角度からスピーチをする姿をビデオに収めて、身振り、手振りから、姿勢、口の動かし方まで、 大統領として信頼されるに相応しいイメージを作り上げるのがこうしたトレーニングである。
ケリー候補は、今回のディベートに備えて、フェイク・タンで健康的なイメージを 高めようとしたことがレポートされているけれど、同時に表情に乏しい同候補は、 ディベートで棒立ちにならないよう、手のジェスチャーを入れたスピーチのトレーニングも 行っていたと言われている。しかしながら、それをナチュラルにこなすほどの トレーニングはできなかったようで、ディベートで見せた ケリー候補の スピーチからワンテンポ遅れた手のジェスチャーは、 早速「サタデー・ナイト・ライブ」にパロディとして登場し、笑いを集めていた。 とは言っても、お堅いイメージのケリー候補にとっては、パロディのネタにされることは 好パブリシティと解されるのが実際のところである。

アメリカの政治家が、時にスピーチの内容以上に、こうしたイメージやボディ・ランゲージ等を 重視する理由として 心理学者が説明するのは、人間は相手の話を聞いている際、話の内容には30%程度の関心しか払っておらず、 残りの70%は、相手の顔の表情や声色、ボディ・ランゲージ、服装、髪型を含む外観、コロンの香りなど、 話以外のありとあらゆる部分に注がれているということ。
実際、人はお金があると自慢をしている人間の靴や時計をチェックして、頭の中で「単なるハッタリ」と 判断していたり、人が過度に愛想良く言い訳をしているのを聞いて「ウソをついている」と 判断したりするもので、人間は言われたことだけをそのまま鵜呑みにする生き物ではない訳である。
このため、アメリカでは政治家はもちろん、裁判で証言台に立つ証人、 大企業のトップ等が、スピーチや証言に備えて、トレーニング・セッションを受けることは 極めて一般的なこととなっていたりする。

でも、こうしたトレーニングが裏目に出る場合もあり、その好例と言えたのは、 マーサ・スチュアートの株式不正取引裁判における、司法側の証人、ダグラス・フェニュイルである。 彼はマーサ・スチュアートのメリル・リンチのブローカーで、 マーサ同様の罪に問われたピーター・バカノヴィックのアシスタントで、 インサイダー情報をマーサに告げた張本人として証言台に立ったけれど、 彼の受け答えが、あまりに「練習を重ねた」という雰囲気が漂っていたために、 陪審員は あえてその証言を重視しなかったことが伝えられいてるのである。
彼の場合、司法取引をして、インサイダー取引の事実を語っていた訳であるけれど、 話ベタの彼に対して、司法当局がトレーニングをし過ぎたために、 かえってその証言に信憑性が無くなってしまったというのがこのケースで、 語り手の良し悪しで、事実がウソになったり、ウソが事実になるということは、 政治の場でも、裁判の場でも、そして日常生活の中でも起こりうることなのである。

私はスピーチが上手い人というのは、人を惹きつけるカリスマ性とコミュニケーション・スキルがあって、 そもそも人と話をするのが好きな人であると考えているけれど、 ディベートを見ている限り、ブッシュ大統領もケリー上院議員もこれに該当する人物とは 言い難いのが実際のところである。
それだけに、今回の大統領選のディベートは、見ていて面白味が無いものであるし、 どちらが高得点を上げるかよりも、どちらが減点要因が少ないかという視点で争われているのも 納得の行くものである。
ちなみに、ブッシュ、ケリー、両候補とも、コロンの香りは、1つ間違うと 遊説中に触れ合う支持者からの減点要因になりかねない という理由から、 デオドラントは使用しても、コロンは使用しないのだそうである。







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