Oct. 2 〜 Oct. 8




火曜の夜、シェフ&レストランターを寝不足にする人物




今週のアメリカのメディアは、月曜日に起こったアーミッシュ・スクールでの射殺事件に 最も報道時間を割いていたけれど、5人の犠牲者を出し、犯行後に自殺を図ったこの犯人は、 一見まともで、表向きには3児の良き父親を装った32歳の牛乳配達人、チャールズ・ロバーツ。しかしながら、彼は20年前、12歳の時点で、当時4歳と5歳の 2人の年下の家族に対して性的虐待をした経験を持ち、事件前、彼は頻繁にこれを夢に見て、再び虐待の欲求を抱いていたという。 そして、彼が1週間を掛けて準備をして犯行に及んだのが月曜の事件で、少女達の殺害は「20年前の虐待の復讐」であると 事件現場から妻に掛けた電話で説明していたことが報道されている。


さて、このアーミッシュ・スクールでの惨事が起こった10月2日に発表されたのが、 ミシュランのアメリカ版第2弾、サンフランシスコ・ガイドのレーティングである。
昨年発売されたニューヨーク版も、星のレーティングの発表と同時に、非難と疑問の声が上がっていたけれど、 サンフランシスコ版も同様のようで、「どういう基準で評価しているか分からない」という意見が多いという。
私は今年5月にナパ&サンフランシスコに出掛けた際に、今回ミシュランが2つ星を付けたマイケル・ミーナを始め、1つ星のシェ・パニッス、 テラ、ゲーリー・ダンコに出掛けているけれど、肝心の3つ星のフレンチ・ランドリーには出掛けていないので、 サンフランシスコの多くの人々のリアクションである 「マイケル・ミーナ」、「サイラス」、「マンレサ」が3つ星に値するという クレームの感触が掴めなかったりする。
でもテラとシェ・パニッス、ゲーリー・ダンコが全て一纏めで1つ星というのは、さすがに私にとっても 「???」 という感じで、 昨年のニューヨーク版ミシュランに対するリアクションと同じような状況が、サンフランシスコで起こっているのは十分に理解出来るところである。

さて、ニューヨーク版ミシュランが発売されて1年が経とうとしている今、ニューヨークでミシュランの星がどのくらいの意味を持っているか?と言えば、 少なくともニューヨーカーの間では、どのレストランが3つ星で、どのレストランが2つ星などと把握している人はまず居ないと言えるほどで、 時にメディアがレストランの説明やシェフの説明に使う程度である。
それよりもニューヨーカーに最も影響力を持つレストラン・レビューと言えば、何と言ってもニューヨーク・タイムズの水曜版、 「ダイニング・アウト」セクションに掲載される、フランク・ブルーニによって行われるレーティングである。
こちらはミシュランとは異なり、最高が4つ星で、ミシュランは何回レストランを訪れて評価をしているのかは分からないけれど、 ニューヨーク・タイムズのレビューは、以前このセクションでも触れたことがある通り、最低4回はレストランを訪れ、ランチやブレックファストをサーブしている 場合は、それらも全て味わってから星のレーティングをしなければならないという規定になっているという。

「そうは言ってもニューヨーク・タイムズのレビューアーが来れば、どんなレストランだって緊張して良い料理とサービスで迎えるに決まっている」 と思う人も居るかもしれないけれど、歴代のタイムズのレビューアーは全て覆面、すなわち身元を隠してレストランを訪れることになっており、 ニューヨーク・タイムズ紙自体も 他のセクションのライターやレビューアーの顔写真を掲載することはあっても、レストラン・レビューアーに関しては、 決して姿形を公開しないのがポリシー。したがって、他のレストラン評論家はメディアの名前を出してレストランの予約を取り、良いサービスや、 無料のワイン等を提供されて記事を仕上げるのに対して、ニューヨーク・タイムズのレビューアーは、多くのレストランターやシェフが知らない間に 店を訪れ、一般の客に紛れて料理を味わい、サービスをチェックするので、それだけレストラン本来の姿が描かれているという点で、 読む側は信頼できるし、レビューを書かれるレストラン側はナーバスになるもの。
過去にはタイムズのレビューがあまりに酷くて、直ぐに閉店に追いやられたレストランがある一方で、パブリシティも少なく、 それほど知られていない店が、タイムズで高い評価を得たために 混み合い出すという例が多々あるために、 ニューヨークのレストラン・ビジネスに最も大きな影響を与えるのがニューヨーク・タイムズのレビューと言っても過言ではないのである。

では、現在そのニューヨーク・タイムズのレストラン・レビューを行っているフランク・ブルーニが、どんな人物かと言えば、 彼のバック・グラウンドはフードやレストラン業界とは、殆ど無縁であったりする。
今年42歳になる彼は、2004年4月からニューヨーク・タイムズのレストラン批評家に就任しているけれど、 それ以前の彼の専門は政治で、ブルーニは、1998年から2002年までの4年間はワシントンDCでタイムズのレポーターを務めている。 ことに1999年からは ジョージ・ブッシュ当時テキサス州知事の大統領選挙キャンペーンの取材を担当し、ブッシュ大統領就任後 8ヶ月間はホワイト・ハウス記者を担当。その後2002年7月〜2004年3月までの間、ブルーニはニューヨーク・タイムズ紙の ローマ支局のチーフを務めているけれど、その傍ら、ブッシュ大統領に関する 「アンブリング・イントゥ・ヒストリー」 を執筆し、同書はベストセラーとなっている。
彼は他にもカソリック教会牧師の少年虐待を描いた「ア・ゴスペル・オブ・シェイム」の著者の1人でもあり、 90年代前半の彼の3ヶ月間に渡る湾岸戦争の記事は、ピューリッツァー賞の最終候補に上っているというから、彼がライターとして優秀であることは 誰もが認めるところ。
ブルーニは、ニューヨーク・タイムズに務める以前は、デトロイト・フリー・プレスで映画評論を始めとする 様々なポジションをこなしており、それ以前はニューヨーク・ポスト紙にも籍を置いていた時期があるというから、 叩き上げのジャーナリストと言える人物である。

現在ではインターネット上で、アマチュア・ブロガーとは一線を画す 「フード・ブロガー」達が、フランク・ブルーニよりも先に、 最新レストランの独自のレビューをフィーチャーする時代になっているけれど、 そんなフード・ブロガー達でも 唯一 引用せざるを得ないのが、フランク・ブルーニのレビューである。
中には、「ブルーニは食材に関する知識は今ひとつだ」といった批判や、「レビューが核心からそれている」 といった指摘も聞かれるけれど、こうしたフード・ブロガー達は、 ブルー二が次にどのレストランをレビューするかを いち早く突き止めては その星の数を予測して楽しんでいたりもするのである。
レストラン側は、レビューの掲載が決まると、ニューヨーク・タイムズのフォトグラファーが撮影に訪れるため、それによって 自分達のレストランのレビューが何時掲載されるかを知るけれど、彼のレビューがビジネスを左右するだけに 「レビューが掲載される前の夜は眠れない」というシェフやレストラン・オーナーが多いのも実情。 とは言っても実際には、ニューヨーク・タイムズのウェブサイトでは、火曜日の午後9時半過ぎにはレビューが一足先に掲載されており、 水曜朝のダイニング・セクションを待たずして、レビューの結果が分かってしまうのである。
でも、レストラン側にしてみればレビューの結果を待つ以前に、把握しておきたいのがフランク・ブルーニの正体。 「少なくともブルーニがどんな人物かが分かっていれば、それほど醜態をさらさないで済むだろう」というのはいかにもレストラン側が考えそうなこと。
そこで、これに応えるがごとく、6月末からニューヨークのレストラン業界に出回ったのが写真左の ”ブルーニ・フライヤー”(フライヤーとは、所謂 宣伝チラシのこと)。

フランク・ブルーニの写真入りで、彼のプロフィールを明らかにしたこのフライヤーによれば、 彼は42歳という年齢の割りに若く、レストランの予約は女性の名前で入れられること、また女性連れで訪れることが多く、 フードやキッチン・オペレーションに関する質問は極めてカジュアルに行われるそうで、彼は非常に礼儀正しく振舞うとされている。 徹底しているのはクレジット・カードでの支払いも、決して彼名義では行わないのだそうで、このフライヤーにはブルーニが使うカードの名義までもが フィーチャーされていたりする。
でも、このフライヤーが出回るまでもなく、レストラン業界にある程度長く務めるスタッフを擁する店では、彼の存在に気付くスタッフは多いようであるけれど、 彼に気付いてから態度を変えるのでは、逆効果となるようで、例えば今年6月に掲載されたル・サークのレビューでは、 「レストランのスタッフが自分の存在に気付いてから、良い席をオファーして サービスの態度を変えてきた」としっかり記載されてしまい、 そもそも「来店客を差別する」 と指摘されがちの同店にとっては、痛い所を突かれた形になっていた。
また、ブルーニは自分の存在が知られていると気付いた場合、友人を先にレストランに行かせてサービスをチェックするといった 裏技も行っており、たとえブルーニ・フライヤーが出回ろうと、レストラン側が彼の目を欺くことはさほど簡単ではないようである。

レストラン関係者の間では、「フランク・ブルーニはアジア系レストランに対する評価が厳しい」という見方が定着しており、 その一方で指摘されるのが、彼の2つ星の判断基準の曖昧さである。 先述のル・サークのような高額レストランに対する2つ星評価は、安価なレストランの1つ星より厳しい内容で批判されている場合が多いけれど、 小規模なレストランに対する2つ星は通常のレストランの3つ星に匹敵するような賛辞が述べられているのが通常である。
すなわち、彼の2つ星の評価はレストランの価格帯や格によって意味が異なる という訳だけれど、 ニューヨーク・タイムズのレビューの最大の問題を挙げるとすれば、それは週に1度、1軒しかレビューが行われないこと。 単純計算すれば年に52軒のレビューしか掲載されない訳で、レストランが数多く ひしめくニューヨークでは、これではレビューの頻度が 少なすぎるのが実際のところである。
このためニューヨーク・タイムズのレストラン評価の多くは、何年も前にレビューが行われ、時に既にその店を辞めたシェフによって獲得された 星の数である場合も少なくなかったりするのである。 したがって、レビューが行われた時期と現在のレストランの力量が異なるケースが生じてくる訳である。
このため、ニューヨーク・タイムズのレストラン・レビューは新しい、話題のレストラン・レビューの合間に、 既にレビューが行われたレストランの再レビューが挟まる形で行われており、 最初のレビューが掲載された時点より力量が落ちているレストランは、この時点で星を剥奪されることになる。

その意味では、フランク・ブルーニが今年8月のレビューで評価を し直した結果、星が剥奪されて誰もが納得したのが、 4つ星シェフ、ジャン・ジョルジュ・ヴォングリヒテンが経営する2軒のレストラン、”マーサー・キッチン” と ”ヴォング” である。 ヴォングは、オープン直後の1992年に当時タイムズのレビューアーであったブライアン・ミラーによって3つ星を与えられ、 マーサー・キッチンは、やはりオープン直後の1998年に 現在「グルメ」誌の編集長となったルース・レイチェルがタイムズのレビューアーだった時代に 2つ星を与えたレストラン。でも昨今評判が落ちてきているこれら2軒を再レビューしたフランク・ブルーニは、ヴォングを1つ星に落とし、 マーサー・キッチンからは完全に星を剥奪して、「サティスファクトリー(満足出来る)」という評価を与えている。
中には、フレンチ・レストラン、ダニエルのように、オープン直後に最高の4つ星を獲得してから、その後3つ星に評価を落とされ、 比較的短時間で4つ星に返り咲いたという歴史を持つ店もあるけれど、ダニエルくらい有名なレストランになると、タイムズの3つ星評価を 不服としたニューヨーカーから 多数のクレームが寄せられたため、早めに再レビューを行う というケースも生じてくるようである。



ちなみに今週のダイニング・アウト・セクションでフランク・ブルーニがレビューを行ったのは、春先開店予定が大幅に遅れて、8月8日に フォーシーズンス・ホテル内にオープンしたラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション。 東京、パリ、ラスヴェガスに次いで4軒目の出店となる同店に対する評価は3つ星となっている。
でも、レストランター達にとって、ここ2週間ほどリラックス出来るブレイクが与えられているのは、10月2週目まで フランク・ブルーニがイタリアに出掛けているため。 インターネット上では、こんなインサイダー・インフォメーションまで出回るほどレストラン側はフランク・ブルーニのレビューを 真剣に受け止めている訳であるけれど、少なくともニューヨークではこのような姿勢は ミシュランのレビューアーには決して向けられないものなのである。





Catch of the Week No.1 Oct. : 10月 第1週


Catch of the Week No.4 Sep. : 9月 第4週


Catch of the Week No.3 Sep. : 9月 第3週


Catch of the Week No.2 Sep. : 9月 第2週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。