Oct. 8 〜 Oct. 14, 2012

” Tipping & Vanity ”

今週のニューヨークで最も報道時間が割かれていたのは、写真上左側のニューヨーク・ポスト紙の表紙が象徴するように、 メジャーリーグのプレイオフと、大統領選挙の副大統領候補によるディベート。
メジャー・リーグのプレイオフは、ヤンキーズがボルティモア・オリオールズに3-2で勝利して、アメリカン・リーグのチャンピオン・シップに駒を進めたけれど、 今年のヤンキーズが 今ひとつ勝負強いとは言えないのは、熱烈なヤンキー・ファンでさえも認めるところ。

一方の副大統領候補によるディベートは、先週行なわれた オバマ大統領とミット・ロムニーのディベートよりも、 遥かに白熱したやり取りで、政治評論家もエンターテイメント性が高かったと評していたもの。
同ディベートは、両者引き分けと見る声も多かったけれど、それ以外はジョー・バイデン副大統領が、民主党副大統領候補、 ポール・ライアンをアグレッシブに攻撃したという見方が殆どで、準備不足、エネルギー不足だった オバマ大統領に比べて、 かなりのハイテンションで 討論を展開していたのだった。
そのオバマ大統領は、メディアとのインタビューで、先週のディベートの失策を認めていたものの、 それが選挙の行方を左右するとは思えないとコメント。 でもディベート後の世論調査では、ミット・ロムニーが急ピッチで追い上げていることが報じられているのだった。

そんなロムニー陣営が昨今、頻繁にアメリカの有権者に投げかけてきたのが、「あなたの生活は4年前より改善されましたか?」という質問。 これは 1980年の大統領選挙で、当時の共和党レーガン大統領候補がディベートで国民に語りかけた質問で、 同選挙で、民主党現職のカーター大統領に勝利した要因になったとさえ言われる名台詞。
ウォール・ストリートに関しては、ベース・サラリーは2007年のピーク時に迫る額に 戻していることが、 今週のニューヨーク・タイムズで 報じられていたけれど、ミドル・クラスについては、その生活が確実に 徐々に苦しくなっているのに加えて、 ミドル・クラスと呼ばれる層自体が減ってきているのは周知の事実。
ミドル・クラスの家計が苦しくなると、まず減らされるのが外食と、ヴァケーション。 リセッションの最中には、仕事の休みを取っても、何処にも旅行に行かない「ステイケーション」という言葉が登場したけれど、 ミドル・クラスのヴァケーションは確実に短く、また低バジェットになってきているのが現状。
また外食にしても回数が減るだけでなく、出かけるレストランも カジュアルなセッティングで、安く食事が出来る店がもてはやされているのだった。



アメリカよりも経済問題、失業問題が深刻なスペインでは、多くの一流レストランが生き残りのために、  クリエイティヴィティとミシュランの星をギブアップして、価格を下げた料理を提供する傾向が非常に顕著。 世界のトップ10レストラン・ランキングに3軒を送り込み、グルメ王国になろうとしていたスペインであるだけに、 その傾向を残念がる旅行者やグルメ関係者は非常に多いのだった。
とは言っても、レストランに星を与えているミシュランとて、生き残りのために ”ビブ・グルマン”というリーズナブル価格のレストランのセレクションを 設けなければならない状況。
でもニューヨークに関しては、そもそもニューヨーカーの外食回数が全米平均より多い上に、一年中旅行者が多いとあって、 人気の高額レストランは、常に混み合っていて 予約が取り難い状況はリセッション前と同様。 また料理の価格も確実にアップしていて、今やメイン・コースが40ドル、50ドルを越えても 誰も驚かない時代になっているのだった。



でも、値上がりしているのは料理の価格だけでなく、チップも同様。
かつては、ニューヨークでの常識的なチップは15%。その当時はタックスが7%代だったので、タックスの2倍を チップとして支払うというのが一般常識としてまかり通っていたのだった。
そのタックスは、現在8.875%。以前と同じ方法で支払っていたら、17.75%のチップを支払うことになるけれど、 実際のところ、今や一般的なチップの金額は18〜20%。 多くのレストランが6人以上のテーブルには、自動的に20%のチップを課すというポリシーを謳っているのだった。

これがマンハッタンの高額レストランになると、15%のチップがまかり通っていた時代から、チップの相場は20%。 そうしたレストランでは、今やウェイターが まともなチップと考えているのは25%。 30%のチップを支払う常連客も 増えてきているとのことで、20%では ”チープ・チッパー” になってしまうというのだった。
したがって外食は、料理の価格がアップしているだけでなく、跳ね上がるチップのせいで、ますます割高になっているけれど、 リセッションから完全に回復していないにも関わらず、ここへ来て 突如 チップが跳ね上がった理由として挙げられるのが、 レストラン側の会計書のトリック。
昨今のレストランでは、写真下のように 会計書に 「Suggested Gratuities (奨励チップ額)」として、パーセンテージ別に計算された チップの金額が記載されており、来店客がチップを計算する手間を省くと同時に、 店が設定する最低ライン以上のチップを支払わせるように、暗黙のプレッシャーを掛けているのだった。


左側の会計書の場合、チップの最低は18%で、最高が25%。右側の会計書の場合、最低限は15%からスタートしているものの、 15%のチップは「グッド」、20%ならば「エクセレント」と、チップの金額にグレードをつけることによって、 安い金額のチップを 払い難くする演出がなされているのだった。
このように、チップのパーセンテージが3段階並んでいる場合、通常人々が支払うのは真ん中の金額。 そしてその背景にあるのは、「最低を選んでケチだと思われたくないけれど、最高額は支払いたくない」という心理で、 このスタイルの会計書が登場してからというもの、マンハッタンのレストランではどんどんチップの金額がアップしているのだった。

レストラン以外で、チップを支払うビジネスは他にスパやビューティー・サロンなどがあるけれど、 こうしたビジネスも、サービスの金額に応じたチップの額を15%、20%、25%というパーセンテージ別に明細書に記載するようになってきており、 常連客ほど良いサービスを受けるため、もしくはチップをはずまなければならないほどにスタッフと親しくなっていることから、 20%以上を支払う傾向が顕著であるという。


またニューヨークでは、あっという間に タクシー料金のクレジット・カードによる支払いが 一般的になったけれど、 そのタクシーのチップは、写真上右側のように20%、25%、30%の中からしか選べないシステム。 ニューヨークのキャブは、今年9月から料金が17%アップしているけれど、チップはその料金をベースに計算される訳であるから、 実際に支払う金額の値上がり率は、確実に17%以上になっているのだった。


レストラン、スパやビューティー・サロン、タクシーというのは、チップを支払うべきビジネスとして長年まかり通ってきた存在。 ところが昨今では、本来チップを支払わなくても良いビジネスでもチップを支払うべき というような状況になりつつあるのだった。
例えば、私は先週アッパーイースト・サイドのベーカリーに出掛けたけれど、 そこではパンを買った来店客が、こぞってつり銭を チップ用のカップに入れており、 そのカップの中は殆どが1ドル札。中には5ドル札も見られたので驚いてしまったのだった。
デリやフード・ショップでは、かなり以前から 来店客がつり銭として受取った小銭のコインをチップとして入れるカップが用意されていたけれど、 こうしたカップの中身は、良くてクォーターと呼ばれる25セント・コイン。その殆どは1セント・コインというのが通常で、 財布の中で嵩張るコインをチップ替わりに置いていくというようなもの。
ところが、そのべカリーでは8ドル50セントのパンを買った来店客が、10ドル札を出して受取った1ドル50セントのつり銭を そのままチップとしてカップに入れる姿が珍しくない状況で、私は通常ベーカリーなどではチップは払わない主義だけれど、 あまりに誰もが同じようにチップを払っているので、つられて つり銭をカップに入れてしまったほどなのだった。

その他に、人々が本来はチップを支払う必要は無いけれど、比較的進んで支払う傾向にあるのがスターバックス。 そのスターバックスは、カードでコーヒー代を支払う人々が増えてからというもの、スタッフへのキャッシュのチップが減ってきたとのことで、 実際、来店客の中には「カードで支払えば、チップを払わなくても 罪悪感が無い」という人々が少なくないという。 でも この状況を受けて、新たに導入されるのが、カードで支払う人々にも チップを支払うオプションを設ける会計システム。
したがって、「スターバックスでは カードで払えばチップを支払うプレッシャーが無い」という状況は、確実に終わりを迎えつつあるのだった。

でも ごく一般の人々の収入は、チップのパーセンテージほどはアップしていないわけで、それに加えて、今までチップを支払う 必要が無かった場所でもチップを支払うようになりつつあるというのは、チリも積もれば年間でかなりの金額。
なので、コーヒーを買っても、ヘアカットやマニキュア&ペディキュアをしても、外食やドリンクをしても 確実に以前よりも出費が嵩んでいるけれど、そもそもチップというのは あくまで客側が好意で支払うものであって、義務ではないもの。 したがって、家計が苦しかったら 必要以上には支払う必要も無いものであるけれど、 アメリカではリセッション以降の、家計にゆとりが無くなってからの方が、人々がしっかりチップを支払うようになってきているのだった。

その理由の1つとして指摘されているのは、サービス業に従事している人々の多くが、チップのみを収入源としていることを客側が熟知して、 そうした人々の生活を思いやって多めにチップを支払っているというもの。
でも、それと同時に指摘されるのが 「ケチだと思われたくない」、「チップを削るほど生活に困っているなどと思われたくない」という見栄の意識。 かつては会計書に、チップの金額を予め提示することは、来店客の反感を買って 提示額よりチップを減らされるケースが多かったけれど、 今では奨励するチップの金額を3段階 提示されて、その真ん中を大人しく支払う人々が 圧倒的に多いというのは、一緒に食事をする友人や仕事相手に対する見栄であるケースも多く、 特にニューヨークにおいては 「経済的な弱さを露呈することは、自分の弱さを露呈するようなもの」と捉えられているのだった。



実際のところ、経済状態について見栄を張る必要が無いリッチ・ピープルほど、チープ・チッパーが多いというのは サービス業に従事する人々が頻繁に語ること。
中でもセレブリティは、店側が特別待遇をするだけに、チップがあまりに安いと サービスをした側は本当にガックリ来てしまうようで、そのケチぶりをソーシャル・メディアなどで 暴いてしまうケースは珍しくないのだった。
中にはセレブリティのチープ・チッパー・ランキングなるものを発表しているウェブサイトもあるけれど、 散々、スタッフに要求を押し付けて、チップを全く支払わない、もしくは チップが非常識に安いことで、 様々なメディアでバッシングされているセレブリティといえば、マドンナ。
またR&Bシンガーのアッシャーは、チップの替わりに自らのサインを残していったというエピソードがあるけれど、 最もチープ・チッパーとして知られるセレブリティといえば、何と言ってもタイガー・ウッズ。 まず彼はキャッシュを持ち歩かないことを理由に、チップを一切払わないだけでなく、 自分が給与を払っているスタッフと食事をしていても、食事代をスタッフに払わせており、 ラスヴェガスのレストランでは、不倫相手の女性に チップを払わせたエピソードさえあるのだった。

でも全てのセレブリティがケチという訳ではなく、ジョニー・デップは 2600ドルのレストランの食事代に対して、 1500ドルのチップを支払うなど、かなりのビッグ・チッパーとして知られる存在。
オバマ大統領にしても、ワシントンンのレストランで食事をした際のチップは、35%以上であったことが レポートされているのだった。

ところで、チップに頼る生活をしているというと、低所得者のイメージが付きまとうけれど、 必ずしもそうではないのが実際のところ。
例えば、マンハッタンの某高額フレンチ・レストランでは、ウェイターが受取るチップ収入は月に5000ドル。 チップ収入はタックス・フリーであるから、これは年収9万ドルを受け取っているのとほぼ同じこと。
9万ドルは現在の為替換算だと720万円程度になってしまうけれど、アメリカに住んでいる感覚だと、日本円の900万円に等しい金額で、 ウェイターとは言え、立派にミドル・クラスの収入。 年に一度、バースデーやアニバーサリーを祝うために、そんなレストランを訪れる来店客よりも ずっとリッチだったりするのだった。

またホリデイ・シーズンになると、アメリカではドアマンや、郵便配達にまでチップを支払うことになるけれど、 高級コンドミニアムのドアマンが受取るチップの金額は、500万円〜1千万に達するケースも 少なくないのは周知の事実で、これらはもちろん非課税。
チップとは言え、アメリカ人の平均年収以上の金額を ホリデイ・シーズンの間だけで稼ぎ出してしまうのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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