Oct. 6 〜 Oct. 12  2014

” No More Excuses! ”
言い訳癖が人生を破滅させるシナリオ


今週も最も大きく報じられていたのが、エボラ・ウィルスのニュース。
先週、アメリカ国内初の感染者として報じられたアフリカ帰りのテキサス州の男性、トーマス・エリック・ダンカンが 10月8日水曜に死去したことを受けて、ニューヨークのJFK空港を含む、5つの空港で 週末からスタートしたのが、エボラ・ウィルスを水際で食い止めるためのスクリーニング。
アフリカでの死者数が4000人を突破したエボラ・ウィルスは、 CDC(疾病予防センター)のベテラン職員が、「こんな事態を迎えたのは、エイズ以来」と 語るほど、世界的に深刻な事態になりつつあるのが実情。 週末には、死亡したトーマス・エリック・ダンカンの世話をしたナースが、化学防護服やマスクで 完全装備をしていたにも関わらず、エボラ・ウィルスに感染したことが伝えられているのだった。

空港職員の間でも感染を恐れる声が高まる中、JFKで導入されたのは乗客に触れることなく、体温が測定できるマシン。 西アフリカ諸国からの旅行者は、全員健康状態についての質問を受けながら、 体温のチェックが行われるようになっているのだった。
とは言っても アメリカ全土の空港において、西アフリカ諸国から到着する旅行者の数は1日に約150人。 その約半分が利用するといわれるのがJFKであるけれど、その数はJFKに1日に到着する 海外からの旅行者の0.01%。 このため旅行者数の見地からは、さほど神経質になる必要が無いことも指摘されているのだった。




ところで、先週のこのコラムでご紹介したのが、アメリカ人アントレプレナー、作家、モチベーショナル・スピーカーでもある Jim Rohn / ジム・ローンの「You are the average of the five people you spend the most time with / 自分(の人間性)は、最も一緒に時間を過ごし ている5人のアヴェレージである」をという語録。
私は 著名人の語録を読むのが大好きで、ほんの1〜2行のセンテンスから、本を1冊読むくらいのインスピレーションを得ることも少なくないのだった。

そんな私がジム・ローンの語録の中で 最も気に入っていると同時に、 人と話す際によく引用するのが “If you really want to do something, you'll find a way. If you don't, you'll find an excuse.”。 「もし、本当に何かがしたかったら自分で方法を見つけるはず。そうでないのなら 言い訳を見つけるもの」というのがその意味。
これは本当に言い得て妙で、 その好例を 自らの経験から挙げれば、私が未だNYに来て間もない頃。 当時は家具を全て揃えると お金がかかると思ったので、 家具付きのアパートを探していたけれど、なかなか気に入った物件が見つからず、不動産ブローカーに連れられて出かけたのが、当時新築の家具無しアパート。 でもそのアパートの雰囲気や窓からのビューを一目で気に入ってしまった私は、 それまで散々 家具付きアパートに固執していたにも関わらず、「家具は自分で何とかします!」と 不動産ブローカーにキッパリ言って、その場でレンタルを決めたのだった。

また今もCube New Yorkのベストセラーの1つであるパシュミナにしても、 これがアメリカで初めに大流行したのは1999年。当時「セックス・アンド・ザ・シティ 」のシーズンNo.2で、 サラー・ジェシカ・パーカーが、様々な色のパシュミナを巻いている姿を見て、どうしてもピンク、ラヴェンダー、ブラックという合計3枚を入手したいと思ったけれど、 小売価格で買った場合、当時のお値段は合計1000ドル前後。
そこで考えたのが、せっかくEコマースをしているのだから、サイトで販売して、卸売価格で手に入れようということ。 やがて業者を当たるうちに、ミニマム50枚から卸売りをしてくれるところを見つけて、 当時日本で未だ放映さえされていなかった「セックス・アンド・ザ・シティ 」のことを盛り込みながら、 パシュミナの記事を書いたところ、瞬く間に舞い込んできたのが50枚を雄に超えるオーダー。
その後、私はパシュミナの売り上げだけで、会社の資本金を作り、 会社のオフィスをレンタルするまでに至ったのだった。

こうした、アパートやパシュミナのエピソードに止まらず、振り返ってみると 「何かがしたい」、「何かを手に入れたい」という願望のために、 それまで考えてもみなかったことを実行したり、執拗なまでに物事に取り組んだり、様々なトライアルの末に物事が実現したり、 ということが非常に多かったのが これまでの私の人生。
逆にビジネスでも社交でも、プランを実行する熱意が無くて、それをやらない言い訳ばかりを持ち出して来る人、 具体的なタイム・テーブルを提示しないで無期延期にしたがる相手とは、全く話が纏まらず、何も実現しないので、 そういう人には 時間やエネルギーを割かないポリシーにして久しいのだった。






その意味で、決して薄情に振舞うつもりは無いものの、私が疎遠になってしまったのが 今年4月3週目のこのコラム、”部屋の乱れは、生活の乱れ? 部屋のオーガナイズは、精神のオーガナイズから”で、取り上げた女友達。
昨年レイオフされて、格下げの仕事に就いて以来、すっかり生活が荒れただけでなく、 部屋の中が、空き巣に物色されたかのようにゴチャゴチャになっていた彼女は、 その後、健康上の理由から仕事を辞めてしまい、失業手当が出ないこともあって、 解約した 401K を生活費に回していたのだった。
そして初夏に会った時点では、弟と母親に絶縁されたと言っていたので、 どうしたのかと思ったら、どうやらお金の工面を頼んで 断られたよう。 新しく出来たボーイフレンドにも、生活費のサポートを持ち出して あっさりフラレてしまった彼女に 私が 最後に会ったのは、共通の友人と3人でディナーをした際。
友人は 彼女に仕事もお金も無いのが分かっていたので、あえて安いレストランを選んでいたけれど、 それでも支払ったのは、1人50ドル程度。 その時は、友人が彼女に仕事を世話しようとしていて、 「このままだと 彼女の401K が底を付くのは時間の問題だから…」といって、 「仕事を受けるように説得して欲しい」というのが、私がディナーに誘われた理由なのだった。
でも学生ローンと、クレジット・カードの借金を抱える彼女は、友達が世話する仕事の 給与や待遇、オフィスのロケーション等、全てに満足せず、 加えて 「今、別の仕事にも応募しているから…」と、 その仕事が受けられない言い訳を並べるだけ。 そんな態度で 渋々インタビューを受けたので、仕事には採用されずに終わってしまったのだった。


それから2ヶ月ほどが経過して、私が最後に会った時には、彼女は既に3ヶ月も家賃を滞納して、立ち退き請求が部屋の前に何通も届けられている状態。 さすがに私も心配になって、彼女の住むアパートを サブレットして、彼女はもっと安いアパートにルームメイトと暮らす ことを提案したのだった。
彼女のアパートはミッドタウンの西側の新しい高層ビル内。周囲がまだ開発中で日常生活や交通があまり便利とはいえない分、 レントがさほど高くない一方で、事情が分からない外国人に又貸しする場合は、「タイムズ・スクエアに程近い、真新しい高層アパート」 というふれこみで、高めのレントが望める物件。 彼女が安価なアパートを別に探して、そこをルームメイトとシェアすれば、何もせずして毎月1000〜1200ドルの家賃収入が 得られる可能性があるのだった。
もちろんその1000〜1200ドルでは、生活費を賄うのがやっと。 それでも何も収入が無いよりは良いかと思って提案してあげたけれど、やはり それが出来ない言い訳ばかりを聞かされたので、 「本人にやる気が無いのなら…」と、私はそれ以上 薦めなかったのだった。

その後、彼女を心配する友達と私で 彼女について話したことがあったけれど、 私達の共通の意見は、彼女がディナーやドリンクに出掛ける以外は、何も積極的にやりたがらないということ。 私だったら、アパートの扉の前に 立ち退き請求が何通も来ていたら、恐ろしくてディナーやドリンクにお金を使う気になれない反面、 何でも良いから仕事をしようと考えると思うけれど、 彼女の場合、私とは全く逆なのだった。

彼女の人生の転落の始まりは、部屋の床に脱ぎ捨てた服を拾う気力や 戸棚から出したものを再び収納しようというエネルギーが無く、部屋が荒れ果てたたことだったけれど、 それを放置する言い訳をしている間に、生活まで部屋同様にめちゃくちゃになっていったのは驚くべきこと。
特にアパートの立ち退き請求が届くまでに事態が悪化したのは、彼女が自分の生活のために 何1つ自分でやろうとはせず、 何もしないための言い訳ばかりをしてきた結果。
人間には 自分を擁護するための 言い訳をしなければならないケースがあるけれど、 人生に巡ってきたチャンスや自分のためにしなければならない事に対してまで、 自分で自分に言い訳をして やらないようにするというのは、 後ろ向きな生き方というよりも、自滅行為。
加えて言い訳というものは 癖や習慣になるので、 それが身に付いたら、夢や理想、幸福をを追い求めることなど論外。 言い訳癖がもたらすのは、最善のシナリオで 消極的かつ不完全燃焼な人生と言えるのだった。



Will New York 宿泊施設滞在



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。




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