Oct. 14 〜 Oct. 20, 2013

” A Month Of Banksy ”


今週のアメリカでは、10月17日に控えていた債務上限引き上げデッドライン目前に、 暫定予算案が可決され、 デフォルトが回避されたと同時に、16日間続いた政府機関の閉鎖が終了したのは周知の通り。
この法案によって、今回の政府機関閉鎖を招いた米国下院議会が1月15日までは 引き続き予算審議を行うことになり、 債務上限問題のデッドラインが2月7日まで延長されたけれど、これが問題の先送り案に過ぎないのは 紛れもない事実。オバマ大統領は、今週木曜に行われた デフォルト回避直後のプレス・カンファレンスで、 記者からの 「また同じことを繰り返すのですか?」という質問に対して、きっぱりと 「No」と答えていたものの、 大方の見解では 政府機関閉鎖は繰り返さなかったとしても、 議会が今回と同様の土壇場の不利益な愚行を繰り返すという予測が多いのだった。

今回の政府機関閉鎖で、最大のLoser=敗者と言えるのは野党、共和党で、 共和党議員の間でも意見が纏まらないだけでなく、支持者までもが分裂しつつあるのが現状。
その一方で世論調査では、民主、共和のどちらにも肩入れしない中道派が両党の支持者を上回る数に達していることも明らかになっているのだった。
その16日間の政府機関閉鎖がアメリカ経済にもたらしたダメージは240億ドル(約2兆3,500億円)。 オバマ大統領は "There are no winners here"と語り、 政府機関閉鎖が政治的、経済的にアメリカ全体にダメージを与えたことを強調していたけれど、 唯一恩恵を受けた存在があるとすれば、それはビデオのダウンロード&レンタルのネットフリックス。 政府機関閉鎖で、16日間も職務から遠ざかっていた約50万人の政府職員が ネットフリックスを少なからず利用したお陰で、 過去2週間で その売上げが伸びたことがレポートされているのだった。




さて その政府機関閉鎖がスタートした10月1日から、ニューヨークでスタートしていたのが ロンドンのグラフィティ・アーティスト Banksy / バンクシーの 「Better Out Than In / ベター・アウト・ザン・イン」と名付けられた ストリート・アート・イベント。
バンクシーは2000年代に入ってから活動がクローズアップされたアーティストで、世界各地で社会風刺的かつ、反キャピタリズムとも言えるメッセージを含んだ グラフィティ・アートを描いてきたことで知られる存在。 そのプロフィールは、顔や名前も含めて全く知られていない覆面アーティストであるものの、 これまでに彼の作品はサザビーズ等のオークションで高額で落札されている他、ブリストルの美術館では 2009年にバンクシーの 大々的なエキジビジョンが行われ、2010年にはバンクシーを追いかける男性を描いたドキュメンタリー、『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』が 公開され、 アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされているのだった。

今回、バンクシーがニューヨークで展開した「ベター・アウト・ザン・イン」というイベントは 10月1日〜31日まで、毎日のようにバンクシーがニューヨーク市内の何処かで 新しい作品を公表するというもので、そのロケーションは不明。作品自体は、www.banksyny.comのウェブサイト で公開されるけれど、場所については大体の記載しか行われておらず、次に何処にアートが出現するか分からない点も イベントの醍醐味。
そんな話題性も手伝って、同イベントがスタートして以来、新しいバンクシーのアートが公開される度に、その場所に メディアや 同イベントを追い掛けるブロガー、 見物人が大勢集まることがレポートされているのだった。

写真上、上段はそのバンクシーの「ベター・アウト・ザン・イン」の第1日目に公開されたグラフィティ。 スプレー缶禁止マークの下に 「GRAFFITY IS A CRIME/グラフィティ・イズ・ア・クライム(落書きは犯罪です)」と書かれたサイン(標識)を利用して、 そのスプレー缶に手を伸ばしている少年の落書きをするという、いかにもバンクシーらしいユーモアを感じさせる作品。
その後も、毎日のように ニューヨークの5ボローの中の様々なエリアで、 ユーモラスで小さな作品から、ダイナミックなクリエーションまでを繰り広げてきたバンクシーであるけれど、 程なくスタートしたのが バンクシーのグラフィティに対するバンダリズム(器物損壊行為)。 すなわち、グラフィティ・アートをグライティで台無しにするという行為なのだった。






上の写真は、全てバンクシーのアートに対する グラフィティの被害であるけれど、 一部では これが反体制、反キャピタリズムを謳いながら、自分の作品をプロモートする バンクシーに ストリート・アーティストが反感を抱いているメッセージであると指摘されているのだった。
でもバンクシーのグラフィティ・アートを快く捉えないのは、ニューヨーク市政府も同様。
ビリオネアで、自らもアート・コレクターであるニューヨークのブルームバーグ市長が、 バンクシーのイベントが半分経過した時点で打ち出したのが、 「たとえ著名なアーティストであっても、落書きは落書きであり、器物損壊の立派な犯罪」、「バンクシーを見つけ次第、ニューヨーク市警察が逮捕する」という 厳しいメッセージ。このブルームバーグ市長からのバンクシーへのメッセージは、10月17日付けのNYポスト紙の表紙を飾ったけれど、 これを見たバンクシーは さすがに反体制アーティストとあって、かなり気を良くしたようで、 そのウェブサイトで ポスト紙の表紙を 大きくフィーチャーしていたのだった。


ニューヨーク市が所有するエリアのバンクシーのグラフィティ・アートは、写真上のように 市政府がどんどん消しに掛っているけれど、個人所有の建物の壁にペイントされたアートについては、 24時間のセキュリティを雇ったり、シャッター・フェンスを設置してプロテクトするオーナーも居るとのこと。
中には、仕事を終えて家に帰ってきたら、自宅建物にバンクシーのグラフィティが描かれていて、 メディアの取材と見物人が押しかけて驚いたというケースも聞かれているのだった。

ではそんなバンクシーのアートに一体 どの程度の価値があるのか?というのは、 アート・コレクターならずとも興味があるところ。
それに自ら回答を出したのがバンクシーで、何とバンクシーは10月13日のプレゼンテーションとして、 自らのアートをセントラル・パーク・サウスの露店で、1枚60ドル(約5,858円)で販売するという試みに出たのだった(写真下左)。




バンクシーのアートが販売される様子は、インターネット上のビデオで公開されているけれど、 多くの通行人は全く興味を示さず、素通り状態。やっと売れたのがこのうちの7枚で、 合計420ドルの売上げであったけれど、 これはストリート・アートの露店としては なかなかの売上げであることは事実なのだった。
このバンクシー・アートのサプライズ・セールは、メディアが大きく報じたこともあり、その2日後の月曜には Eベイで、 露店からアートを購入した人物を装ったセラーが スプレー・アートのレプリカを出品。 価格があっという間に1000ドル以上に競り上がったというけれど、 ニューヨーク・ポスト紙がセラーにコンタクトした途端、その出品が取り消されているのだった。

ちなみにこれまでバンクシーのアートで最も高額でオークションで落札されたのは写真上、下段左の「Keep It Spotless (Defaced Hirst) / キープ・イット・スポットレス」。 同作品は、言わずと知れたダミアン・ハーストの代表作のパロディで、その落札価格は187万ドル(約1億8300万円)。 60ドルで売れたアートの中には、男性が花束を投げる様子を描いた「Flower Thrower / フラワー・スローワー」が含まれていたけれど、 この作品を含む 彼の2002年の3作品のセットは(写真上、下段右)は、24万1737ドル(約2360万円)で落札されており、 これまでオークションに掛けられた バンクシーの作品の中では24番目に高額なもの。
運良く 露店で「フラワー・スローワー」を購入した人物は、 その落札価格の1枚分のお値段 8万579ドル(788万円)の約143分の1のお値段で、 同じ作品を手に入れたことになるのだった。


バンクシーが 今回「ベター・アウト・ザン・イン」のイベントの中で公開しているのはグラフィティ・アートだけではなく、 写真上左のような トラックのコンテナの中を使った3Dアート (写真上左側)もあれば、 同じくトラックの荷台から、数え切れないほどの ぬいぐるみが 顔を出しているという オブチェともスカルプチャーとも言えない不思議なコンセプトも含まれているけれど、 個人的に興味深かったのは、写真上右側の マクドナルドのイメージ・キャラクターのスカルプチャー (写真上右側)。 このスカルプチャーは、毎日ロケーションを替えてニューヨーク市内のマクドナルドの店舗の外に展示されるというけれど、 そのスカルプチャーの巨大な靴を、靴も買えない貧しい生身の人間が磨いているというシニカルなプレゼンテーション。

アメリカでは マクドナルドを始めとする ファーストフード店で働く人々の 2人に1人が、 貧困のために政府の生活保護を受けており、これは見方を替えれば ファーストフード・チェーンが 店員が生活に困窮するほど人件費を削減して、 そのツケをアメリカ国民に回しているということ。すなわち税金による生活保護が、ファストフード・チェーンの安い給与の 補足分を請け負っているのだった。
同様の状況は 世界最大の小売チェーン、ウォルマートの従業員の低賃金でも指摘されているけれど、 ファストフード・チェーンに関しては、ファストフードを主食とする貧困層の肥満の原因となることによって、 メディケイド(低所得者用健康保険)という形でも アメリカ国民の税金を奪っていくようになって久しい存在。
それだけに、冷酷な顔をしたマクドナルドのイメージ・キャラクターの巨大な靴を 裸足の生身の人間が磨いているという姿は、現在のアメリカを象徴するユーモアを感じさせながらも、 その問題の根深さが突き刺さるコンセプトでもあるのだった。


そうかと思えば、 バンクシーは 10月18日公開のプレゼンテーションで、 マンハッタンの西側24丁目、10th アベニュー近くの テンポラリー・エキジビジョン・スペースを借りて、日曜日までの3日間、 ギャラリー・スタイルで2枚の絵画の展示を開催。 セキュリティ・ガードを雇ったこの展示は、3日間のスペース・レンタル費用だけで 5万ドル(約490万円)というので、 貧乏アーティストには決して出来ないエキジビジョンになっているのだった。

バンクシーの「ベター・アウト・ザン・イン」は、10月31日まで続くけれど、 現時点で既に言えるのは、これほどまでに様々な話題をメディアに提供したアート・イベントは 久しく無かったということ。
私の記憶では、ニューヨークでここまで人々が話題にするアート・イベントは、2005年2月にセントラル・パークで行われた クリスト&ジャンヌ・クロードによる 「The Gate/ ザ・ゲート」以来だと思うのだった。

今回のイベントの中でも、特にバンクシーの60ドル・セールは、昨今、果たしてどれほどの価値があるかも分からないコンテンポラリー・アートが 投資対象として 信じられない破格値で取引されている状況を あざ笑うような試みとも言えたけれど、 結局のところ アートというのはあまりにファジーなコンセプトであるために ”言った者勝ち”。すなわち アートだと宣言してしまえば、 何でも アートになってしまい、買い手さえ居れば、理解に苦しむような代物でも どんどんその価値が跳ね上がっていくのだった。

その点で、アートと株式は投資対象としては全く同じもの。 だからこそ、ビジネスがスタートして以来、一度も黒字になったことが無く、特に過去3年間で 損失が膨らんでいる ツイッターが、 11月に予定されている株式公開と同時に 10億ドル(約980億円)もの投資家の資金を手中に収めることになっているのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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