Oct. 18 〜 Oct. 24 2004




Baseball Isn't Like Life


水曜のアメリカン・リーグ・チャンピオン・シップ・シリーズ第7戦で、 ヤンキーズが屈辱的な敗北を期して、ライバル、ボストン・レッドソックスが ワールドシリーズに駒を進めたのは周知の通りである。
全7戦の合計試合時間が29時間7分という、史上最長のシリーズが終わってみれば、 ボストン・レッドソックスは 3連敗後の4連勝でシリーズを制した史上初のチームとなり、 ヤンキーズは「ベースボール史上、最悪の敗北を期したチーム」の不名誉を 背負うことになってしまった訳であるけれど、それと同時に、 従来の「ヤンキーズ=Winner(勝者)、レッドソックス=Loser(敗者)」の方程式が、今年ばかりは 覆されてしまったのも事実ある。
ヤンキーズは今年でで4年連続ワールド・チャンピオンの座を逃したことになるけれど、 例年通り、敗北の翌日からニューヨークのメディアが始めるのが「ポインティング・フィンガー」、 つまり「あいつが悪い、こいつが悪い」と敗因を追求する事である。

今年 非難が集中しているのは、まずプレーヤーとして全く機能することが無かったジェイソン・ジオンビ。 そして年俸$15ミリオン(約16億円)を受け取っておきながら、肝心の第7戦で悲惨なピッチングをして チームの敗北を決定付けたケヴィン・ブラウン、第6戦の守備妨害で、 ムードを大いに沈ませたアレックス・ロドリゲスらであるけれど、 例えシーズン中、シリーズ中に活躍しようとも、結果的にチームをチャンピオンシップに導くことが出来なかった ゲイリー・シェフィールドのような高額プレーヤーにも、その非難の矛先は向けられており、 第3戦まではシリーズMVP候補と言われた松井とて、第4戦目からの「チャンスに打てないぶり」が指摘され、 その例外ではなかったりする。
ニューヨーク・ポストのスポーツ・ライターは、2001年以降チームに加わったマイク・ムッシーナ、 ジオンビ、シェフィールド、Aロッドらの高額プレーヤーを「ワールド・チャンピオンになれないための投資」と表現していたけれど、 実際のところニューヨーク・ヤンキーズの年俸合計額は約165億円で、メジャーリーグ最高。 でも、高額プレーヤーが増えれば 増えるほど、チームはどんどん優勝から遠ざかっている訳で、 チーム・キャプテンであるデレク・ジーターでさえ、第7戦の敗北の後、 「自分達は以前なら(どんな状況でも)勝利をもぎ取れるチームだったけれど、 このチームは もはやそれと同じチームではなくなってしまった」と現在のヤンキーズに 失望するコメントを残していたりする。

私に言わせれば、現在のヤンキーズは お金はあるけれど、「ファッション」や「着こなし」を 理解しない人のクローゼットのようで、1枚、1枚は高額なデザイナー物でも、 コーディネートとして纏まらなかったり、 肝心なオケージョンに着られる服が1枚も無かったり・・・と、 手持ちの高額の投資が、ハーモニーを奏でることなく、 すっかり無駄に終わっている という印象を抱かざるをえないのである。
それに引き替え、2000年までのヤンキーズは、MVPに選ばれるような傑出したプレーヤーは 居なかったものの、チームとして非常に纏まりがあった上に、 プレーヤー同士のケミストリーや信頼度も最高の 理想的なチームであった訳で、 5年間に4回優勝しても全く不思議の無い存在だったのである。
それだけに「こんなヤンキーズに誰がした?」という疑問は尽きないし、 様々な角度からそれを分析しては、問題点を指摘するのが、 現在、ニューヨーカーとニューヨーク・メディアの間で盛んに行われていることなのである。

かく言う私はヤンキー・ファンではあるものの、以前もこのコラムに書いたように、 現在のヤンキーズにはそれほど愛情が注げないため、今回のレッドソックスの勝利も、 「チームの勢いが違うから、仕方が無い」程度に、あっさり受け止めているのが実際のところである。
私だけでなく、以前からのヤンキー・ファンの中には、第5戦、6戦が終わった時点で、 「今年のヤンキーズは勝てない」と予測していた人々は非常に多く、 レッドソックスは、第5戦以降、いかにも勝ちそうなオーラを放っていたし、 ヤンキーズは、「いかにも負けそう」とまでは言わないものの、 「勝てそうにない」オーラを放っていたと思う。

私が今回の一連のヤンキーズ敗北報道で、最も面白いと思ったのは、 私がこれを書いている10月24日付けのニューヨーク・タイムズの社説欄に掲載されていた 「Defeat Hurts, But Only So Much (敗北は辛いけれど、ただそれだけのこと)」という記事だった。
この中では、「例えヤンキーズが敗れても、ファンは直ぐに 生活の中の他のものにエンターテイメントを 見出すし、選挙、イラク情勢など、気を紛らせてくれる要素は沢山ある」という事に加えて、 「野球はよく人生に例えられるけれど、野球と人生の決定的な違いは、 野球はフェア(公平)であるけれど、人生は違う点である」と述べられていた。
すなわち「野球は勝つべきチームが勝利するフェアなゲームであるけれど、 人生は勝利すべき人間が必ずしも勝者になれるものではない」というのがこの社説のポイントであったけれど、 このことは30年くらい生きていれば、誰もが感じることである。

今年のレッド・ソックスは、ヤンキー・ファンの私から見ても実力、気力、チームワーク、 勝運と、全てにおいてヤンキーズに勝っていた訳であり、リーグ・チャンピオンシップは、 「勝つべくして勝った」だけであるし、現在行われているワールド・シリーズにしても 「勝つべきチームが勝つ」ことになる訳である。
その一方で、アンフェアな人生の中では、裕福な人間、ルックスの良い人間が努力せずして勝者になることも多い訳で、 ヤンキーズのようなメジャーな金持ちチームを嫌う人々の中には、 自分の人生に起こっているアンフェアな状況を野球に置き換えて、 「金の力に物を言わせるような球団は嫌いだ!」などと言ったりする訳である。
でも実際の人生においては、お金が物を言っても、 野球の世界では、大金を投じて、名選手を集めても、勝てない球団は勝てない訳で、 こうしたフェアな状況を考えれば、ヤンキー・ファンは 今回の敗北を それほど悲痛に受け止める必要は無いと思うのである。

そもそも、スポーツ観戦というのはエンターテイメントであるべきもので、 それがスリルやエキサイトメントを通り過ぎて、過度のストレスや心痛になってしまうのであば、 それは見方が間違っているのでは?というのが私の考えである。
レッドソックスが勝利した翌日のニューヨーク・タイムズに、32歳のレッドソックス・ファンの 「今回のヤンキーズに対する勝利が、86年のハートブレイク(傷心)を癒してくれる訳ではない」という コメントが掲載されていたけれど、もし彼が32年しか生きていないのにも関わらず、 本当に86年分の心の痛みを味わってきたのであれば、いっそ野球など見るのを止めてしまった方が、 ずっと楽しい人生が送れると思えてしまうのである。

私が個人的に、人生と野球が最も異なると思う点は、野球には常に「来シーズン」がある訳で、 シーズンが変われば、全球団がまた振り出しに戻って、新たなペナント・レースが始まるし、 年寄りだらけのチームでも、翌年 若い選手を多数投入すれば、チームはいくらでも 若返る点である。
でも人生は野球のように、1年ごとにやり直すことは出来ないし、若返ることもないのである。






Catch of the Week No.3 Oct. : 10月 第3週


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