Oct. 16 〜 Oct. 22




Let Me Eat Cake!





今週のアメリカで最も大きく報道されていたニュースの1つが、マドンナがアフリカのマラウィの貧困家庭から 養子縁組で引き取った1歳になるデイビッドを巡る賛否論争。
実の親が貧しくて子供が育てられないことを理由にデイビッドの引き取り手を捜していたところに、救いの手を差し伸べたのがマドンナで、 本来ならば美談として伝えられるはずのストーリーが、人権擁護団体の介入により 「セレブリティがお金で貧しい国の子供を 買おうとしている」として、その誠意が捻じ曲げられてしまったというのが 同件についての 世論が支持する見解であった。 マドンナは、今回マラウィを訪問した際に、現地の子供達をHIVウィルスから救うためのプログラムに$3ミリオン(約3億5千万円)を 寄付しているけれど、その善意も人権擁護団体からは、養子の手続きをマラウィ政府に優遇してもらうための手段として 受け取られていたのだった。
このようにセレブリティの善意がネガティブ報道となって、世界のメディアを駆け巡ってしまった場合、 ハリウッドでまず非難の矛先になるのが そのパブリシストである。とは言っても、ネガティブでもポジティブでもメディアに名前が登場すること、 すなわち”パブリシティ”というものは、セレブリティであり続けるために必要不可欠なもの。したがって、このパブリシティを獲得するために常に裏舞台で動いているのがセレブリティのパブリシストという訳である。

でも今週のアメリカのアート、ファッション、ムービーのジャンルで最もパブリシティを獲得していたのは、パブリシストなど存在しない 時代を超えたセレブリティ、マリー・アントアネットである。
マリー・アントアネットに今週のメディア・フォーカスが集まった理由としては、今週金曜日にソフィア・コッポラが監督するこの秋の話題映画の1つ「マリー・アントアネット」が封切られたということが大きいけれど、これとは別にマリー・アントアネットに関する2冊の書物が出版されたり、 9月号のヴォーグ誌が、映画「マリー・アントアネット」の主演、キァスティン・ダンストを表紙にフィーチャーして、 ヴェルサイユ・ファッションを大々的に取上げたことからも象徴される通り、”この秋のトレンド・セッター、マリー・アントアネット” が 様々なメディアで取上げられていたこと、更にはニューヨーク・タイムズ紙などもその社説で「マリー・アントアネット考」を掲載しており、 今週は、私自身も子供の頃から アイドライズ (アイドル化) していたマリー・アントアネットについて沢山の記事や インターネットのレビューを読むことになったのだった。

私がマリー・アントアネットを好きになったのは、小学校2年生頃で、それ以前はモーツァルトやエディソンなどの伝記が好きで、 従兄弟から借りた何冊もの伝記を、姉と競争するように読みふけっていた時期があったけれど、マリー・アントアネットの本については、 表紙の美しいドレス姿のアントアネットの絵に惹かれて、母親にせがんで買ってもらったもので、 確か「悲しみの王妃」というタイトルだった。
この本は、児童書としてはマリー・アントアネットについて極めて端的に描かれたもので、彼女に関する細かいエピソードが沢山盛り込まれていた上に、 イマジネーションを駆り立てるような挿絵が入っており、私は何度も何度もこの本を読み返したし、 この頃から私は真剣に「ブロンドのフランス人に生まれたかった・・・」などと考えるようになっていたのだった。
多くの日本人にとって、マリー・アントアネットを詳しく知るきっかけとなるのは、池田理代子氏の「ベルサイユのばら」からだと言われるけれど、 私の場合、周囲で「ベルばら」ブームが起こったのは、中学受験の真っ最中の頃で、「漫画本にウツツを抜かしていたら受験に失敗する」と 思っていたのに加えて、既にマリー・アントアネットのファンで、彼女こそがフランス革命前期の主役であり、シンボルであると考えていた私としては、 いくら史実に基づいて書かれたとは言え 「オスカル」、「アンドレ」という架空のキャラクターがメインで描かれるストーリーというのを 食わず嫌いしていたので、私は「ベルばら」には全く関らなかったタイプなのである。

でも、欧米では私のようにマリー・アントアネットを幼い頃から好んでいた女性というのは決して珍しくなく、多くの女性達が彼女を好むと好まざるに 関わらず、それぞれに異なる 「マリー・アントアネット像」を持っているとも言われていたりする。
今回のソフィア・コッポラの「マリー・アントアネット」にしても、彼女が自身のアントアネット像を映像として 具現化したとも取れる作品で、今年のカンヌ映画祭のプレミアではフランスのプレスからブーイングが起こっていたものの、 そのヴィジュアルの美しさや、ロック・ミュージックをバック・グラウンドにしたモダンでユニークな演出等が話題になっていたのに加えて、 マノーロ・ブラーニックがシューズのデザインを担当しているということで、 昨日土曜日に風邪をこじらせている身体に鞭を打って 観に行ったのが同作品である。

映画について語る前に、私の知識の中にあるマリー・アントアネット像について述べておくと、先ず彼女は絶世の美女ではなく、どちらかと言えばのっぺりした薄い顔立ちであること。体型は華奢で、ウエストが非常に細く、幼い頃からダンスのレッスンをしていたので、身のこなしが非常に美しいということ。 時代を先取りする卓越したセンスの持ち主で、フランスで最初のトレンド・セッターになった女性であり、彼女がひいきにした帽子屋やデザイナー、ヘア・ドレッサー、宝石商は、当時のパリの上流夫人の人気を集めたということ。彼女はデザイナーの提示するスタイルを更にデコラティブにゴージャスに仕上げる 細かな指示を出したそうで、これはデザイナー達にインスピレーションを与えた反面、高額の請求書となって跳ね返っていくことになったという。
性格的には楽観的で熱しやすく、冷め易い半面、情には厚く、騙され易く、信念が強く、当然プライドも高かったという。 考えてみれば、マリー・アントアネットは11月2日生まれのさそり座であるから、これらの性格は何となく納得できるところである。

さて、ソフィア・コッポラの「マリー・アントアネット」で主演を務めるキァスティン・ダンストは、一部にミス・キャストとの指摘も聞かれるものの、 私個人のマリー・アントアネット観からすれば、「当たらずとも遠からず」といったチョイスで、顔はさておき 体系的には ピッタリという印象である。
映画は、当時15歳のマリー・アントアネットが母国オーストリアからフランスに嫁ぐシーンからスタートし、プライバシーの無いヴェルサイユ宮殿での生活ぶり、鍵作りや狩りに夢中の夫との間に性生活が無いことを悩む姿、浪費とパーティー三昧の日々、そしてフェルゼンとの情事など が美しい映像で描かれているもの。小気味良いテンポの前半に比べて、後半は間延びした退屈な展開で、 マリー・アントアネットの退屈な宮廷生活を表しているようにも思えたけれど、同作品で最も賛否が別れたのはエンディングについて。 この作品では、遂に革命に屈してヴェルサイユ宮殿を後にするルイ16世とマリー・アントアネット、そして最後にメチャクチャに壊された王妃の寝室のシーンが彼女の最期を象徴するように映し出されて幕を閉じていて、劇的な人生を送った「クイーン・オブ・フランス」のラスト・シーンとしては極めて弱いものになっているのである。
また、マリー・アントアネットが市民や貴族達の支持を失っていく様子が非常にあっさり描かれている一方で、 彼女が娘のマリー・テレーズ と過ごした時間を通じた人物描写には 非常に時間が割かれており、これが映画の退屈な部分になっていたりする。 私も子供の頃、マリー・アントアネットの伝記の中の華やかな部分ばかりを繰り返し読んで、革命前の評判を落としていく彼女の姿や、 投獄された後の様子、ギロチンに掛けられる彼女については、さほど読み返さなかったという経験があるだけに、 ソフィア・コッポラの「マリー・アントアネット」が、こうした構成になるのは個人的には とても理解できるのだけれど、 やはり見終わった時のインパクトの弱さから来る 「不完全燃焼」という印象は拭えないのは事実である。

その一方でソフィア・コッポラのセンスが感じられたのは、ゴージャスな衣装やペストリーを、ファッション誌のグラビアのように映像にしてしまう手腕で、 ソフィア・コッポラはマリー・アントアネットの衣装のカラー・パレットをラデュレのマカルンのカラーからチョイスしたとも言われているけれど、 18世紀のファッションをカラフルなパレットでヴェルサイユ宮殿をバックグラウンドにエレガントに描き出す映像は、私にとっては同作品の最大の見所である。
私はソフィア・コッポラという人は、セレブリティの中でも恐らく最もファッション・センスが良い人だと考えているけれど、 ふと思い返すと私は彼女本人に 彼女とは知らずに会ったことがあって、それはもう10年以上も前で 彼女が ”ミルク・フェッド” というブランドを クリエイトして デザイナーをしていた頃のこと。
新しいデザイナーを扱うことで有名なダウンタウンのセレクト・ショップに 「Cake」 というブランドのデザイナーのインタビューのために出掛けたところ、そこで オーナーに 「ミルクのデザイナー、ソフィアだよ」 といって紹介されたのが、ソフィア・コッポラだったのである。 凄く小柄で 可愛い という印象の彼女に「どんな服を作っているの?」とか、「メークアップ・アーティストって貴方みたいな顔が好きよね」 などと 話していたのを覚えているけれど、やがて私がデザイナーとインタビューを始めて、彼女が皆に挨拶して帰ろうとした時、 店の出口まで行きかけた彼女が少女のように走って戻ってきて、私に手を振ってから また走って出て行った姿が凄くキュートで、 「何て性格が良さそうな人なんだろう!」 と思っていたところ、 後からオーナーから聞かされたのが 彼女が ソフィア・コッポラだということだった。
当時は 彼女が「ゴッド・ファーザー・パート 3」に出演して2年ほどが経過していた頃で、私はもちろんソフィア・コッポラという存在を知っていたけれど、 本人を目の前にして気が付かないくらい、彼女は良い意味で普通でナチュラルだったのである。
そんな思い出も手伝って、監督経験の浅い彼女が、これだけ大きなプロダクションを扱える存在になったというのは、本当に敬服すべき事だと思うし、 彼女は女優よりもデザイナーよりも、映画監督として、そして脚本家として最も才能を発揮している姿は、やはり「血は争えない」と 感じさせる部分なのである。

マリー・アントアネットに話しを戻すと、彼女の最も有名なフレーズとされるのが、日本語では非常に説明的に 「パンが無いなら、お菓子を食べれば良いじゃないの」と訳されている 「Let Them Eat Cake」 というもの。(もちろんマリー・アントアネットが語ったのはフランス語である。)
これは貧困にあえぐ市民が 「パンも食べられない!」と騒ぐ姿に、マリー・アントアネットがコメントしたと言われるものだけれど、 近年になって、歴史の見直しが専門家によって進められた結果、このフレーズは単なる噂で、彼女自身が語ったものでは無いという説の方が有力となっている。
ソフィア・コッポラの「マリー・アントアネット」の中でも、 「私はそんな事は決して言っていないわ!」というシーンが出てくるけれど、 マリー・アントアネットのフレーズとして もう1つ有名なものに 「私の生活(人生) はお友達のもの」というのがある。 この言葉は、マリー・アントアネットの ”お取り巻き” が いかに彼女を利用して良い生活を送っていたかが 遠まわしに表現されたフレーズであるけれど、 私はこれについてはマリー・アントアネット本人の言葉ではなかったかと思っていたりする。
同フレーズはソフィア・コッポラの映画には登場しないし、同作品ではマリー・アントアネットの近しい友人達が 皆比較的良い人、害の無い人々に描かれているけれど、この点は 私が同作品を不満に思う点でもある。
さらに、ソフィア・コッポラの「マリー・アントアネット」では、革命前のフランスの財政悪化の原因として、アメリカの独立戦争を支持し、資金を送り続けた ルイ16世とフランス政府に フォーカスを当てていたけれど、このあたりは昨今の対仏感情が悪化するアメリカの状況を受けて、 パリに暮らすイタリア系アメリカ人、ソフィア・コッポラの政治的配慮とも取れる部分である。
1つの史実も国が異なれば、違ったように伝えられるのと同様、38歳という短い生涯を送ったマリー・アントアネットについても、 華やかな生活、悲劇のエンディングという同じコンテンツやエンディングを用いても、描く側の視点で 違う側面や、新たな人物像が浮き出てくる訳で、歴史嫌いな私が 唯一歴史ものを面白く思う点は その部分である。

日本では「ベルばら」のイメージがあまりに強烈であるために 「ヴェルサイユものは受けない、難しい」というのが、映画界、 出版業界の定説になっているようだけれど、実際にソニー・ピクチャーズの同作品のホーム・ページでも 日本における公開日は明記されていないのが実情である。
私個人としては、つい最近、同じクイーンでも ダイアナ妃の死後のエリザベス女王を描いた「The Queen / ザ・クィーン」を見たばかりなので、 ダイアナ妃と、マリー・アントアネットのイメージにダブる部分をかなり見てしまうけれど、 共に世間知らずのまま 王室に嫁いだ2人であるものの、やがて人間的に成長して、エイズや貧困に苦しむアフリカの子供達を救うための 活動に専念するなどして 「ピープルズ・プリンセス」として36歳で事故死を遂げたダイアナ妃の生涯は、 マリー・アントアネットが現代に生まれ変わったとしたら、歩んでいたかもしれない 生き方であり、運命である。

さて、私の期待が大きすぎたせいか不完全燃焼に終わった映画 「マリー・アントアネット」であったけれど、観客の大半が若い女性だったのは いかに同作品がファッション誌でパブリシティを獲得していたかを象徴するものだった。
同映画で、ファッションと共に見事に映像で描かれていたのが、マカルンを始めとする見目美しいフレンチ・ペストリーの数々であったけれど、 作品を見終わった私が、思わず、そして真っ先に足を運んでしまったのが アッパー・イーストのフレンチ・パティスリー、パイヤード。 ここで食べたクリームがたっぷりのった”サントノーレ” を含めて、「100点満点中75点」 というのが 私のこの映画に対する 評価である。



Catch of the Week No.3 Oct. : 10月 第3週


Catch of the Week No.2 Oct. : 10月 第2週


Catch of the Week No.1 Oct. : 10月 第1週


Catch of the Week No.4 Sep. : 9月 第4週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。