Oct. 17 〜 Oct. 23 2016

”Power of the Dark Side!”
ネガティブがポジティブより効果的!選挙戦略に見る意外なネガティブ・アピール


今週のニューヨークは初夏のような気候に逆戻りしていたけれど、1週間を振り返ってアメリカに最も大きなインパクトをもたらしたのは 金曜午前に起こった大々的なサイバー・アタックのニュース。
攻撃対象となったのはツイッター、ネットフリックス、エアb&bなど、 大手オンライン・ビジネスのミドルマンの役割を果たすニューハンプシャー州の企業DYN。 同社のDNSサーバーに裁ききれないほどの大量のトラフィックが集中した結果、サーバーがダウンしてしまった訳だけれど、 ハッカーがその膨大なトラフィックをクリエイトするのに使ったのが DVRやカムコーダーなど、日頃はインターネットに繋がっていることを殆ど意識せずに使用している 家電製品。これらの家電製品にウィルスを送り込むことによって、想像を絶する数のトラフィックがサーバーに流れ込んだのが今回のサイバー・アタックで、 思わぬものが武器になることを痛感させた新手の手段。
ハッカーを描いた人気TVドラマ「ミスター・ロボット」でも、電気や防犯アラームはもちろん、エアコンから音楽までもがインターネットでコントロール出来る インテリジェント・ハウスが ハッカーによって乗っ取られたシーンが登場していたけれど、 こうした事件が起こると外出先から自宅がコントロールできることや、自家用車の遠隔操作が可能なことが かえって恐ろしく感じられるのだった。

このサイバー・アタックの犯人は 未だ明らかになっていないけれど、民主党本部、およびヒラリー・クリントンのハッキングEメールが ウィキリークによって公開された報復として、今週アメリカ政府がウィキリークの創設者ジュリアン・アサンジュが使用しているエクアドルのサーバー停止の圧力を掛けたことで、 ウィキリークが世界中のハッカーにそのリベンジを呼びかけており、それが引き金になったという見方も有力なのだった。

ビジネスの世界では、同じ金曜日に大手電話会社のAT&Tによる ケーブル会社大手、タイム・ワーナーの買収が発表されているけれど、 合併後の企業があまりに大きなパワーを持つことから、これが実現するかはまだ定かではないのだった。




そんな中、水曜日には3回目にして最後の大統領選ディベートが行われたけれど、 今回の選挙選が歴史上類を見ないほどにネガティブなものになっていて、多くの国民が 双方の候補者に対して不満や不安を抱いているのは周知の事実。 ヒラリー・クリントン陣営はその資金力に物を言わせて、ドナルド・トランプに対する ネガティブ広告をTVで展開する一方、 ドナルド・トランプは毎日のようにネガティブ発言や攻撃発言で 無料のメディア・パブリシティを獲得しているのだった。

アメリカはマーケティングというものを生み出した国であるだけに、 選挙にもマーケティングが絡んでいても不思議ではないけれど、 アメリカの選挙にマーケティングの分野で用いられている心理学やサイエンスが 本格的に戦略として取り入れられた歴史は比較的浅く、そのきっかけになったと言われるのが、 2004年にコロンビア大学のポリティカル・サイエンスの教授、ドナルド・グリーンが出版した著書 “Get Out the Vote / ゲット・アウト・ザ・ヴォート” 。 そして、これを読んだ共和党のコンサルタント、デイブ・カーニーが、2005年に行われたテキサス州知事選挙で その票獲得のテクニックを実践し、データを集めたのが 現在の大統領選挙に見られるマーケティング合戦の始まり。
それまでは、イメージ・アドバイザーがついてポスター撮影の際のネクタイの色やメークのアドバイスをしたり、 握手の際の手の握りの強さ、演説中の目線の使い方を指導したり、手や額に汗をかき易い候補者にボトックス注射を薦めて(ボトックスには多汗症を抑える効果があるため)、 選挙参謀がネガティブ広告とポジティブ広告に対する投票者のリアクションをフォーカス・グループで調査する程度にとどまっていたのだった。
そんなおっとりした時代の選挙戦では、ポジティブ広告を打っている候補者が勝利するケースが圧倒的に多く、 ネガティブ広告は逆に投票者の反感を買ったり、候補者の好感度を損ねるリスクが高いものと思われていたのだった。




選挙関係者がネガティブ・キャンペーンに価値を見出したのは、過去10年ほどのこと。
というのもポジティブ広告の効果が持続するのはほぼ1週間ほど。またポジティブ広告にありがちなアップビートな音楽やアメリカ国旗と青空、 子供の笑顔といった映像では、TVの視聴者の関心を引き付けられないことが明らかになっているのだった。 逆にネガティブ広告は、特に選挙が接戦の際に より人々の関心を集めることが出来るだけでなく、 恐怖心をあおる音楽と、ダークな映像、低い声のナレーションといった演出によって 広告を観る人々の集中力が高まり、 メッセージがより効果的に脳裏に焼き付くことが明らかになっているのだった。
これは、明るい家に入っていく時は周囲にさほど関心を払わずに 安心して足を踏み入れるのに対して、 暗い家に入っていく時には 誰もが物音から匂いに至るまで 五感を全てフル回転させて用心深く足を踏み入れるので、 その体験が記憶に留まるのと同様で、そうした体験がその後の考えや心理に影響を与えるのと同等に、 投票者が自分が支持する候補者に対する考えを改めるケースが少なくないというデータが得られているのだった。 そんなこともあって、政治の世界ではネガティブ・キャンペーンの方が イメージよりも政策を重視する投票者にアピールすると考えられ、 対立候補に対する個人攻撃も人々の関心や話題を集めるのに功を奏するというデータが得られているのだった。

特にネガティブ広告が効果的にアピールするのは、ニュース番組で深刻な報道が行われている合間等に 人々の危機感をあおる映像と音楽で、恐怖心やその反動の怒りを掻き立てるプレゼンテーションを行うというもの。 それがドラッグや犯罪など、人々が恐れるイメージと結び付くとさらに効力が高まることも指摘されており、 ドナルド・トランプが選挙キャンペーン中に行ってきた、テロ、移民問題等の危機感や怒りを煽るスピーチが これまで功を奏してきたのは納得がいくところなのだった。

このように選挙戦が心理学やサイエンスを用いたマーケティング戦略として行われるようになってからというもの、 候補者がリードしている時はポジティブ広告、劣勢に転じた時にはネガティブ広告を打つというのが一般的であったけれど、 今回の選挙選においては、1年以上前からスタートしている予備選挙の段階から ずっとネガティブ戦略が続いている状態。 通常カンフル剤として使うべき戦略のままキャンペーンが続いてきた訳で、 アメリカ国民の約50%が 「大統領選挙がストレスになっている」と答えるのも無理もない状況なのだった。




マーケティングの世界で常套手段になっているもので、今回の選挙にあまり用いられていないのは比較広告。 ED治療薬でヴァイアグラとマーケット・シェアを争っているシアリス、アイフォンとスマートフォン市場を争うギャラクシー等は、 いずれも比較広告を行っており、市場が大きく ライバルが明確な場合に用いられるのが比較広告。 そう考えると大統領選挙は、比較戦略が効を奏するはずであるけれど、 比較というのは 必ずしも隣同士に並べる必要は無いのが実情。
私が記憶している中で、最も効果的で、ある意味で衝撃的でもあった大統領選挙の比較戦略は、ヒラリー・クリントンの夫であるビル・クリントンが 41代目大統領で、ジョージ・W・ブッシュの父親である ジョージ・H・ブッシュと選挙戦を戦った1992年のこと。 当時、若い世代に大人気を博していた夜のトークショーに「アーセニオ・ホール・ショー」というものがあったけれど、 いつもの通りに番組がスタートして バンドがテーマソングの演奏をスタートした直後に、その音楽がエルヴィス・プレスリーのヒット曲 「ハートブレーク・ホテル」に替わり、その途端にクロースアップで画面に登場したのが、 サングラスをしたサックス奏者。そして次の瞬間、会場中がスタンディング・オーべーションのエキサイトメントに包まれたけれど、 そこでサックスを演奏していたのが他ならぬビル・クリントン。 今では、大統領候補がトークショーに出演して楽器を演奏したり、ダンスをする等は全く珍しくなくなったけれど、 1992年の段階でこれを行ったのは一大センセーション。 MTVは「歴史上最も重要なロックンロール・モーメント」のランキングで、このシーンを第一位に選んでおり、政治の世界でも 「このシーンが大統領選挙キャンペーンを永遠に変えた」と言われているほどなのだった。(写真上左)
そのビル・クリントンは、大統領候補として初めてMTVに出演して 若い世代とのディスカッションを行っており、これらは当時のジョージ・H・ブッシュ大統領では考えられないこと。 そしてこうしたパブリシティがビル・クリントンの ”ロック・ジェネレーションの新しい政治家” というイメージを若い世代を中心に大きくアピールし、 逆にジョージ・H・ブッシュ元大統領に対して ”ひと昔前の年寄り政治家” のレッテルを貼りつける結果になったのは言うまでもないこと。 さらにこの時の選挙からMTVが ”Rock The Vote” という若い世代に投票を呼び掛けるキャンペーンをスタート。マドンナやU2といったミュージシャンが それををサポートしていたのだった。
したがってアメリカの政治とエンターテイメントの境界線をファジーなものにした最初の政治家と言えるのがビル・クリントン。 その時のファースト・レディであるヒラリー・クリントンが、政治とリアリティTVの境界線を曖昧なものにしたドナルド・トランプと戦っているというのは皮肉な話であるけれど、 ビル・クリントンの歴史的なサックス演奏を実現させたトークショー・ホスト、アーセニオ・ホールは奇しくもドナルド・トランプのリアリティTV「セレブリティ・アプレンティス」のシーズン5の 勝者でもあるのだった。

いずれにしても今回の大統領選挙は史上初の女性候補と、アイゼンハワーに続いて史上2人目の政治の素人候補の対決。それだけに いろいろな意味で過去の前例やデータが通じなくなっているので、 どちらが勝利したとしても同選挙を題材にした選挙の戦略本やキャンペーンの暴露本が何冊も出版されることだけは確実なのだった。



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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