Oct. 31 〜 Nov. 6 2005




"Clothes make the man"



私がこれを書いている11月6日はニューヨーク・マラソンの日であったけれど、ハロウィーン・パレードとニューヨーク・マラソンというのは、 毎年ニューヨーカーにとって、「秋真っ盛り」を実感させるイベントである。
私は、毎年ニューヨーク・マラソンとプエルトリカン・パレードの日は、近所を 出歩く以外は外出しないと決めているけれど、これは もちろん街中の交通規制が厳しいためで、 この日はタクシーも走っている絶対数が少なく、車の交通量も少ないけれど、 とにかく移動に不便な日なのである。
さて、今週のマンハッタンでは、マラソン以外にも交通規制が行われていたけれど、それは イギリスのチャールズ皇太子とカミラ夫人が結婚後、初めて夫妻でニューヨークを訪れていたためで、 宿泊先のウォルドーフ・アストリア周辺は、NYPDが厳重に警戒をする姿が見られていた。
今回、チャールズ皇太子夫妻は、アメリカに8日間の滞在であったけれど、そのためにカミラ夫人が持参した アウトフィットの数は50着。その上に ヘア・ドレッサー、ワードローブ・コーディネーター、メークアップ・アーティスト等、 「ジェニファー・ロペスか?、マライア・キャリーか?」というほどのファッション&ビューティー・スタッフが同行し、 彼らは「チーム・カミラ」というニック・ネームさえついてしまうことになった。 にも関わらず、その人件費と努力は実らなかったようで、アメリカのメディアはカミラ夫人のスタイルを酷評しており、 「ファラー・フォーセットを彷彿させる」と言われた外巻きカールのヘアから、MoMAで行われたレセプション・パーティーで着用した ヴェルヴェットのカクテル・ドレス(写真右)に至るまで、こき下ろされ続けている状態だった。
ちなみに、今回のチャールズ皇太子夫妻訪米のために使われたボーイング777の8日間のチャーター費は日本円にして約4100万円。 これに加えて「チーム・カミラ」の人件費や、その似合わないワードローブが イギリス国民の税金で賄われていることを「人災」と評する人さえ居たけれど、 そもそも今回の訪米で、本来なら誰もファッションを期待していない夫人の服装がこれだけ話題になったのは、 彼女が50着ものワードローブやスタイル・コンサルタントのチームを連れてやってきたからで、言わば「身から出たサビ」。 もっと人に知られない努力をして、普通にシックに装っていれば、これほどメディアに攻撃されることは無かったであろうことは事実である。

でも、ファッションというのは、ありとあらゆる生活や文化の側面で、人間の評価基準になっているのは明らかであるし、 ファッションは人間の実力や能力に対する評価を変えられなくても、人気やメディアからのフォーカスを集めるのに 多いに貢献しているのは言うまでも無いことである。
スポーツの世界でも、テニスの全米オープンの前に、昨年はセリーナ・ウィリアムスが、今年はマリア・シャラポヴァが、 それぞれ同トーナメントのためにデザインされたウェアをプレスに発表して大きな話題を集めた例があるけれど、 同じスポーツ界でも、昨今 ドレス・コードが話題と物議を醸していたのが、NBA (ナショナル・プロバスケット協会)である。
今シーズンから、NBAでは選手達に対してドレス・コードを定めており、これはプレーヤーがチーム、もしくはリーグに関わる 試合を含む 全てのイベントに参加する際に、ビジネス・カジュアルを着用しなければならないというものである。
具体的にはそのドレス・コードとは、長袖、もしくは半袖の襟付きのドレス・シャツ、もしくはタートル・ネックに スラックス、カーキ・パンツ、ドレス・ジーンズを着用し、ドレス・シューズかブーツ(ワーク・ブーツは禁止)にソックスを履かなければならないというもの。 また、ユニフォームを着用せずにベンチやスタンドで試合を観戦する選手にはスポーツ・コート(ブレザー等のテーラードのジャケットのこと)の 着用が義務付けられるというもの。その一方で、ドレス・コードで禁止が明言されているのは、 袖なしのシャツ、Tシャツ、バギー・ジーンズ、スニーカー、サンダル履き、室内でのサングラス、 プレス・カンファレンスや試合中にベースボール・キャップを始めとするヘッドギア(帽子類)を着用すること、 服の上に着用するチェーン、ペンダント、メダリオン等、かなり細かいものにまで及んでいるけれど、 要するにここで禁じているのは、いわゆるヒップホップ・ファッションと言われるストリート・ウェアである。
このドレス・コードについて、NBAコミッショナーであるデビッド・スターンは、 「プレーヤー達に コート外でも紳士的な振る舞いをしてもらうための一環」と語っているけれど、 まるで「ヒップホップ・ファッションを着用しているとプレーヤーがバイオレントな行動を取る」とでも 言いたげなコメントについては、「レイシズム(人種差別)」との反論も聞かれていたりする。

このコミッショナーのコメントに、アメリカ人の誰もが思い浮かべるのが、 時に日本語で「馬子にも衣装」と訳される、かのマーク・トゥウェインが語った「Clothes make the man」という言葉である。 確かに、服装というのは人間心理や行動に大きな影響力を持つもので、これは着ている本人だけでなく、周囲に与える影響も然りで、 その周囲のリアクションが さらに本人に影響を及ぼすので、着る物が変われば、人間性は変わって行くものである。
自分がファッショナブルに装っていれば、自分自身が気分が良いだけでなく、 何処へ行っても良い扱いを受けるし、そうやって良い待遇を受けていれば、ポジティブで積極的な人間性になっていくものだけれど、 反面、過激なヒップ・ホップ・ファッションを身につけて高級宝飾店に入店しようとすれば、必ず入り口のセキュリティに止められるし、 普通のデパートに出掛けたとしても店員は、万引きでもされるかもしれないという目で見たり、 「問題を起こす前に 店を立ち去って欲しい」と考えているから ろくなサービスが受けられないことになる。そして、そんな経験から社会に拒絶された思いや、敵対心が育っていくことになるのである。
そこまで極端な例でなくとも、ビジネス・スーツを着ている人間は、休日でも夜中でもビジネスマン、ビジネス・ウーマンとして振舞う訳で、 それを思えば、このところ選手の人間性やモラルが問われているNBAで、コミッショナーが 選手にビジネス・カジュアルの着用を求める気持ちは 少なからず理解できるのである。

ところで、ファッションというものには常に偏見が付き物である。
どんなに本人に似合っていても、時代から外れたブランドやスタイルには高い評価は与えてもらえないし、 イタリア製といえば、どんなに縫製の悪いペラペラの服でも一目置かれ、 「Made In China」というタグが付いていれば、どんなに最高級のファー・マフラーでも、「中国製でしょ?」と馬鹿にしたがる人が居るものである。
私は、特にCUBEのお客様からのコメントを読んでいて、日本社会ではまだまだ「Made In China」が低い評価を受けているという印象を 持っているけれど、実際のところ、ファッション業界では、今や高級品を吉野家のコピーのように「上手い!、早い!、安い!」で 作ろうとしたら、中国で生産する以外は考えられないほど、現在中国の生産技術がアップしていることは、かなり以前から 認識されていることである。
今や中国の生産請負い業者は、ミラノ、ニューヨーク、パリを始めとするファッション都市のメーカーから、 Eメールでスケッチを受け取り、あっという間にパターンを仕上げるだけでなく、48時間以内にサンプルを縫い上げてしまうところまであるそうで、 これは、例えばイタリアの業者を使ったら、担当者が数回打ち合わせに出向いて、その後サンプルが仕上がるまで2〜3週間という スケジュールであるという。しかもその仕事ぶりは、非常に正確であることが評価されており、 この中国の生産技術向上の早さは、業界では「アイポッドの進化よりも早い 唯一のもの」と、ジョーク交じりに表現されているほどである。 その、スピードと技術に加えて、時給1ドルにも満たない作業員が大挙して、ミシンを掛けたり、金具を付けたりする訳だけど、 これも「粗悪素材に 荒い縫い目と 太い糸」というのは10年以上前の話。今や高級素材を扱って、繊細な縫製をこなす工場が多数存在 しており、デザイナー製品の最後の仕上げ直前までの生産工程が中国で行われているケースは珍しくないのである。
数年前から毛皮の世界も、今や中国が最も信頼できる生産ソースになりつつあるけれど、 昨今では、宝飾の世界、すなわちダイヤモンドのハンド・カット技術でも、中国が大躍進していることが伝えられており、 手先が器用な民族性に加えて、安い賃金が各業界にとって魅力的な存在であることは言うまでもないことなのである。
今や他社のコピーや、他社のデザインの生産請負いに関して、卓越した能力を見せる中国は、 ルイ・ヴィトンのレプリカなどは、「本物が偽物に見える」レベルにまで達しているとも 言われているけれど、 その中国のファッション業界が、今後目指しているのは、自国からのオリジナル・クリエーション、 すなわち、中国人デザイナーが世界に羽ばたいてくれること。 一部のファッション関係者は、中国人デザイナーの洗練さのレベルが欧米のデザイナーに追い付くには、 生産技術の発達より時間が掛かるだろうと指摘するけれど、中国には「ヴォーグ」誌も、この秋やっと進出したばかり。 「ファッション帝国」としての中国は未だ産声を上げた段階なのである。

さて、マーク・トゥウェインに話を戻すと、「Clothes make the man.」の彼のコメントには続きがあって、 全文は「Clothes make the man. Naked people have little or no influence on society. 」というものである。 すなわ「裸の人間は、全く、もしくは少ししか社会に影響を及ぼさない」という部分が後についており、 服が人間を変えるだけでなく、社会にも影響を及ぼすことについても言及されているのである。
また、ここまで読むとマーク・トゥウェインは決して、「馬子にも衣装」が意味するような 「立派な服装をすれば立派に見える」という意味でこの言葉を言ったのではなく、 服装の良し悪しに関わらず、衣類が社会と人間に影響を及ぼすことを述べていることに気が付くけれど、 実際のところ、オスカーでもベスト・ドレッサーよりワースト・ドレッサーの方が話題になり、記憶に残ることを思えば、 社会にインパクトを与えるのは必ずしも立派な美しい服装ではないのである。 そして、ファッションにしても 美しさだけでなく、時代が受け入れる醜さを同時に追求したものなのである。




Catch of the Week No.5 Oct. : 10月 第5週


Catch of the Week No.4 Oct. : 10月 第4週


Catch of the Week No.3 Oct. : 10月 第3週


Catch of the Week No.2 Oct. : 10月 第2週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。