Oct. 31 〜 Nov. 6 2011

” Don't Mix Reality With Reality TV ”


今週末のアメリカは、サマー・タイムから通常の時間帯に戻るため、時計の針を1時間遅らせるデイライト・セイヴィング。
春先に、時計の針を進ませるのとは打って変わって、1時間遅らせるのは殆どの人々にとって、1時間余分に睡眠が取れることを意味するので、何となく 時間的に余裕が感じられたのが今週末なのだった。
その週末、日曜のニューヨークは、マラソン・サンデー。すなわちニューヨーク・マラソンが行なわれる日。
今年も4万7,438人のランナーが参加し、8000人がボランティアで働き、200万人のニューヨーカーが沿道に繰り出して声援を送ったニューヨーク・マラソンであるけれど、 今年で47回目を迎える同大会は、今や世界最大のマラソン・イベントであると同時に、世界最大のスポーツ・イベント。
マラソンの規模というのは、完走者の数で比較されるのが通常とのことで、2010年にニューヨーク・マラソンを完走したランナーの数は、 4万4977人。この数は、2009年にニューヨーク・マラソンが更新した マラソン史上最多記録をさらに塗り替えたもの。(月曜の発表では、2011年はさらにこの数字を上回ったことが報じられています。)
2010年の完走者数による世界のマラソン・イベントのトップ10は、第2位がロンドン・マラソンで3万6632人の完走者。 3位がシカゴ・マラソンで完走者は3万6088人。4位はベルリン、5位はパリ、6位が東京マラソン。 それ以降は全てアメリカ国内の大会で、7位がボストン、8位がロサンジェルス、9位がワシントンDC、そして10位がホノルル・マラソン。 トップ10のうちの6つがアメリカ国内のイベントになっているのだった。

ニューヨーク・マラソンがニューヨーク市にもたらす経済インパクトは$350ミリオン(約274億円)と言われていて、 ニューヨーク市にもたらす税収は$10ミリオン(約7.8億円)。
同マラソンはセレブリティが参加することでも知られていて、過去に参加した顔ぶれは、 ツール・ド・フランスの勝者、ランス・アームストロング、俳優のケイティ・ホルムズやエドワード・ノートン、 シェフのボビー・フレイ等。今年はスーパーモデルのクリスティ・トゥーリントン、冬季オリンピック・スピード・トラックのゴールド・メダリスト、アポロ・オーノ、 オリンピック・ソフトボール・チームの美女ピッチャーでCM等にも登場しているジェニー・フィンチ、芸能ショー・ホストのマリオ・ロペス、元ニューヨーク・レンジャース(プロ・ホッケー)の キャプテン、マーク・メシエ等、15人がそれぞれチャリティ目的を兼ねて走っているのだった。
ちなみに今回は、世界のトップ・ランナーとセレブリティのゼッケンには 番号ではなく、名前が付けられていたけれど、これはセレブリティ・ランナーが 沿道の人々に直ぐに分かる効果があっただけでなく、さほど知られていないトップ・ランナーの識別にも役立っていたのだった。

ところで、ニューヨーク・マラソンのルートのところどころにはエンターテイメント・スポットなるものが設けられていて、 そこで、毎年行なわれているのがバンドのライブ・パフォーマンス。これはマラソンを観に来た人々にエンターテイメントを提供するだけでなく、 ランナーを励ます効果もあると言われるもので、今年は何と130ものバンドが パフォーマンスを披露しているのだった。
さらにニューヨーク・マラソンではスポンサーが 沿道の人々に様々な応援グッズを無料で提供して、エキサイトメントを盛り上げるのも毎年のこと。 これに対してランナー達は、両手がふさがっている車椅子部門の参加者でさえ、そんな沿道からの声援や励ましに応えるジェスチャーやスマイルを見せており、 非常にインターアクティブなイベントになっているのだった。



私も今朝は、朝からTVでマラソンを観ていて、トップ・ランナーがやってくる頃を見計らって、歩いて数分の5番街のルートに観に行ったけれど、 車椅子部門のランナーの後半とミックスして まず通過していったのが女子のトップ・ランナー達。 私が観ていたのはアッパー・イーストサイドの、ゴールまであと3マイルの地点であったけれど、NYPD(ニューヨーク市警察)の エスコートとTVの中継車と共にやってきたのが、その時点のトップ・ランナーで 優勝の前評判が高かったケニアのメアリー・ケイターニ。安定したペースと完璧なフォームの彼女は、沿道からの大歓声を浴びていたのだった。
そしてその後、TVで観ていた時より ずっとメアリー・ケイターニとの距離を縮めて走ってきたのが2人のエチオピア人ランナー、フィレヒウォット・ダドとビズネッシュ・デバ(写真上右側)。 彼女らも大声援を浴びていたけれど、走り去った後、沿道の人々が口々に指摘していたのが「彼女らの方がメアリーより早い」ということ。 実際、メアリー・ケイターニはセントラル・パークに入ってから2人に追いつかれて 3位に終わり、最後の1マイルを過ぎた時点でリードしたフィレヒウォット・ダドが今年のニューヨーク・マラソンの女子部門の チャンピオンに輝いたのだった。
そんな中、沿道から世界のトップ・ランナー同様の大声援を浴びていたのが、写真上左の右側、擬足のランニング・エクイプメントをつけて参加していた男性。 私は、時々セントラル・パークで同様のエクイプメントをつけて走っている男性を見かけるけれど、同じ人物かはさておき、 これを装着して走るというのは、バランス感覚が問われる非常に難しい全身運動。
太腿から下の足が無くてもマラソンに挑戦して、完走してしまうというのは、人間が持つ可能性の大きさを実感させてくれる姿。 こういう姿を見ると、五体満足な人間が簡単に物事を諦めたり、小さなことで文句を言ったり、落ち込んだりするのが 非常に恥ずかしいことだと思えてしまうのだった。

ニューヨーク・マラソンは、スタッテン・アイランドをスタートして、ブルックリン、クィーンズ、マンハッタン、ブロンクスという5つのボローを走るルートであるけれど、 他都市のマラソンを数多く走っているランナー達がニューヨーク・マラソンを好む理由の1つは、スタート直後にある スタッテン・アイランドとブルックリンを結ぶ橋、ヴェラザノ・ナロー・ブリッジ(写真一番上に写っているブリッジ)を走る瞬間に味わうアドレナリン・ラッシュが格別だからとのこと。
後半のルートが難しいことで知られるニューヨーク・マラソンであるけれど、アマチュア・ランナーにとって、それでもニューヨーク・マラソンが 一番楽しく走れると言われるのは、苦しくなった時に気が紛れる要素が多いためで、沿道のニューヨーカーのユーモラスな声援に思わず笑ってしまうことが多いのに加えて、 一緒に走っているランナー達を見ていて 最も面白いのもニューヨーク・マラソンであるという。
事実、ニューヨーク・マラソンでは目立ちたがり屋がコスチューム姿で走っていたりするけれど、今年はルートを走りながら、結婚したカップルもいて、 指輪を交換しながら走る様子がTVカメラで捉えられていたのだった。

さて、世界的にマラソン人気が急激に高まったため、これまで以上に参加希望者が殺到しているのがニューヨーク・マラソン。
ニューヨーク・マラソンでは、参加を申請して 3年連続で参加できなかった場合、その次の年には必ず参加できるというギャランティー・エントリーが認められており、 その他に、15回以上 ニューヨーク・マラソンを走っているランナーもギャランティ・エントリーが自動的に獲得できるようになっていたのだった。
ところが、このシステムを続けていくと、やがて 抽選による参加者の枠がなくなってしまうため、これから徐々に減らされていくのがギャランティー・エントリー。 15回以上の参加者も、2015年までに15回参加したランナーに対しては、この先もギャランティー・エントリーが認められるものの、 それまでに14回以下の参加者は、その後15回目を走ったとしてもギャランティー・エントリーは認められないとのこと。
もちろんエリート・ランナーであれば、過去のマラソン、ハーフ・マラソンの記録で参加資格を得るという手段があるけれど、その基準も今後5年間で どんどん厳しくなる見込みで、それによれば50歳の男性ならば3時間6分、40歳未満の女性ならば3時間以内にフルマラソンを走り終えなければならないという。
ランナーにとって、マラソンというイベントは自分の体力や精神力との戦いであるけれど、これからはその戦いへの参加資格を得るための 戦いも強いられることになるのだった。



さて、今週のアメリカは特に大きなニュースが無かったこともあり、月曜に 72日の結婚生活に終止符を打つ離婚申請を行なったキム・カダーシアンのニュースが、 ありとあらゆるメディアで報じられていたのだった。
キム・カダーシアンは、女優でもなければ、シンガーでも、トークショー・ホストでもなく、多くの人々は何故彼女がリアリティTVに出演することになったのかも 知らない存在。なので、一部のメディアのコメンテーターを始めとする キム・カダーシアンに馴染みが無い人からは 「彼女が結婚しようと、離婚しようと、メディアが大騒ぎするほどの話ではない」という批判が聞かれていたのだった。
でもキム・カダーシアンの離婚報道が、これだけ大きくなったのは 「彼女が話題性があるセレブリティ」という意味合いではなく、 その結婚そのものが、「リアリティTVの視聴率を上げて、引いては大金を得るための茶番劇であった」という疑いがもたれていたため。
ニューヨーク・ポスト紙などは、キム・カダーシアンの離婚申請のニュースと同時に、この結婚がリアリティTVのための見せかけであったことを報じ、 ウェディングの放映権と、エクスクルーシブ・フォトの出版権でキム・カダーシアンと、”夫役”のクリス・ハンフリーが$17ミリオン(約13億3000万円)を得ていること、 ウェディングに招待されたハリウッド関係者から 多額のギフトを受け取って、非常に効率良く利益を上げていたことを報じていたのだった。

なので、今週はトークショーや「サタデー・ナイト・ライブ」で、キム・カダーシアン・ジョークが飛び交っていたけれど、 アメリカ社会のリアクションは、この結婚が 愛情によるものではなく、リアリティTVとお金のためだという意見が圧倒的。
本人のキム・カダーシアン、及び彼女の母親でマネージャーでもあるクリス・ジェナーは、もちろんそんな声に対してインタビューで 反論していたけれど、キム・カダーシアンのインタビューは彼女がオーストラリアでハンドバッグのラインのプロモーションのためにセットアップされたもの。 クリス・ジェナーのインタビューは、彼女の著書のプロモーションのためにセットアップされたもので、 「どうしてカダーシアン・ファミリーは、いつもメディアの注目が集まる時に、プロモートするものがあるんだろう?」という冷やかな指摘も聞かれていたのだった。

アメリカでは、リアリティTVというものが ”リアリティ”とは名ばかりで、登場人物が実名であるだけの 筋書きがある ”ヤラセ・ドラマ” であることは、既に 織り込み済みの事実。 なので、ケーブルチャンネルで放映されているキム・カダーシアンのリアリティTVを好んで観ている人々とて、必ずしも彼女やそのファミリーが番組内でしていること、話していることが リアルと思っている訳ではなく、エンターテイメントとして観ているのはいうまでもないこと。
ドキュメンタリー映画でさえ、編集作業によって その内容が意図したメッセージに導かれる訳であるから、ケーブル局が製作する低バジェットのリアリティTVが さらに編集し易いように、ストーリーや場面設定、台詞までが決まっていても 不思議ではないどころか、責められる必要さえ無いのが 今のエンターテイメント界の常識なのである。
でも、今回のキム・カダーシアンの結婚&離婚は、本人、及びそのファミリーがどっぷり リアリティTVの世界に入り込んでいて、視聴者がエンターテイメントに許容するモラルの限界を 全く理解していないだけでなく、本人達でさえ どこまでがリアルの生活で、何処からがリアリティTVの生活なのかが分からなくなっているようにさえ見受けられる状況なのだった。
リアリティTVの中で、整形手術についてウソをつこうと、フェイクのロマンスをしようと、お咎めは無しだけれど、 結婚というのは全く別のレベル。 熱心に彼女のリアリティTVを観ていたファンの間でさえ 「この離婚がきっかけで、自分がずっと騙されていたような気がしてきた」と怒りを露わにする声が聞かれているほか、 今もゲイの婚姻が法律で禁じられている州でその合法化を進めている活動家からは、「ゲイ・カップルが愛情で結ばれるのが 結婚の伝統的な価値を崩壊させるというなら、 ヘテロ・セクシャルのカップルがお金やリアリティTVのために結婚するのはどうなのか?」といった指摘も聞かれており、その批判は リアリティTVのモラルを通り越して、結婚という社会システムにおけるモラルの域にまで達しているのだった。

今回のキム・カダーシアンを見ていると、リアリティとリアリティTVの境界線を見失って、自分が掘った穴に自ら落ちたという印象が否めないけれど、 今日のニューヨーク・マラソンを見ていてつくづく感じたのは、本当の意味でリアリティTVと言えるのはやはりスポーツだということ。
スポーツは「筋書きの無いドラマ」と言われるけれど、本物のエキサイトメントや感動が生まれるのがスポーツの中のドラマ。 だからこそ、ニューヨーカーがランナー達の姿を見るために200万人も沿道に繰り出す訳だけれど、 ふと考えると、現在世界経済を脅かしているギリシャの深刻な財政危機の発端となったのが、2004年のアテネ・オリンピックをホストしたこと。
そう考えると、スポーツは本当のドラマや感動を生み出すことは出来ても、本当に見込んだだけの利益が効率良く上がるイベントとは言えないもの。 その点、キム・カダーシアンは、何の感動も生み出さないフェイクのドラマと72日間の結婚生活で、$17ミリオン(約13億3000万円)の利益を生み出しているのだった。
結局のところ、本当のドラマや感動というものは 人の心に与えるインパクトの見地からも、経済的見地からも ”プライスレス” と言えるのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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