Nov. 8 〜 Nov. 14 2004




Sold Out & Selling Out



今週のニューヨークの最大の話題と言えば、ロックフェラー・センターにクリスマス・ツリーが運び込まれた事よりも、 何よりも、H&Mでカール・ラガーフェルドがデザインする服のラインが発売され、それを目当てに 大勢の買い物客がH&Mに押し寄せ、商品の争奪戦を繰り広げた というものであった。
カール・ラガーフェルドといえば、もう説明するまでもなく、シャネル、フェンディ、そして自らのブランド、ラガーフェルド・ギャラリーの デザイナーであり、一方のH&Mはスウェーデンのストックホルムに本拠地を置く、激安ファッション・チェーンである。 ハイエンド・ファッションの頂点とも言えるシャネルのデザイナーが、その価格帯でシャネルの正反対に位置するファッション・チェーンの ために、シャネル・スーツの売上税にも満たない価格の服をクリエイトする、というのは、 ファッション関係者にとっては驚くべきニュースであったし、一般消費者にとっては、 一流デザイナーの商品を激安価格で手に入れる絶好のチャンスとして受け止められたのは言うまでもないことである。

カール・ラガーフェルド・フォーH&Mと名付けられたこのラインは、ウール・パンツ(59ドル)、シフォン・ブラウス(49.90ドル)、シルク・カクテルドレス(99ドル)等、 メンズ&ウーマンズ合わせて計30アイテムから成るもの。 価格帯は6ドルのサングラスから 最高額で149ドルのコートまでと 極めて手頃で、 その殆どがブラック、ホワイトのカラーで製作されているアイテムである。
当初このラインは、アメリカ国内のH&M 全75店舗と、世界20カ国に約1000軒オープンしているH&M全店で 販売されることになっていたけれど、 H&Mは途中でこのプランを変更。よりエクスクルーシブなイメージを出すために、 アメリカでは全店舗の3分の1以下に当たる19店舗、世界各国でも約半分のストアに限って、 カール・ラガーフェルド・フォーH&Mを発売することにしたという。

同ラインが世界一斉発売となったのは、今週金曜日の11月12日のこと。この日のニューヨークは、あいにくの雨であったけれど、 マンハッタン5番街のH&Mには、開店前から長蛇の列が出来、 通常よりも1時間早い 朝9時にオープンした同店は、午前10時までの1時間に1000人を越える買い物客が入店し、 開店から30分で 1500アイテムを売り上げたことがレポートされている。
もちろん こうしたフィーバーぶりはニューヨークに限ったことではなく、 ヨーロッパ諸国のストアでも、開店から数時間で 全アイテムが完売。 ミラノ店で買い物客が争う様子はブルームバーグ・ニュースでもレポートされていたけれど、 ニューヨークでも、客同士が喧嘩を始めたり、商品を買い逃したお客がストックルームに押し寄せるなど、 店員を唖然とさせるような光景が見られていたという。

カール・ラガーフェルドのような一流ブランドのデザイナーが、H&Mのようなロー・プライス、ロー・クォリティのブランドのラインを手掛けることには、 ファッション業界は通常、賛否両論のリアクションを示すものである。
賛成派は、一流デザイナーが、あくまでユーモアとして、もしくはデザイナー自身の好奇心やチャレンジ精神から、 1シーズン限り、もしくは数アイテムの限定で、低価格帯ラインをデザインすることを、 「興味深い」と捕らえているし、日ごろは素材、縫製等において、贅を尽くした物作りをしているデザイナーが、 低価格帯ブランドの限られた素材、大量生産工場の技術で、決められた値段の製品を手掛けた場合、 どういった商品が生まれるのかに、非常に関心を寄せていたりするのである。
その一方で反対派が指摘するのは、俗に言うSelling Out (セリング・アウト)、 すなわちデザイナーがそれまで築いてきたイメージやネーム・バリューを、低価格ブランドをデザインすることで、 「安売りしてしまう」ということで、これによってイメージだけでなく、顧客を失い、本業のビジネスが振るわなくなってしまうという例は少なくないのである。 低価格帯ブランドを手掛けるということは、それまで高額ブランドを通じてのみ手に入ったデザイナーのクリエーションが、 マス・マーケットに広まることを意味する訳で、それによって一時的に、多額の利益を上げたとしても、 マス・イメージが付いてしまったデザイナーからは、最高級でエクスクルーシブなファッションを好む 上質の顧客が離れて行ってしまうのは、当然のシナリオなのである。

さて私は、土曜日にスパ・サロンに出掛けた際、そこに来ていた女性クライアントがこのカール・ラガーフェルド・フォーH&Mの製品を、 得意気に見せてくれたので、列に並んだり、他の買い物客に押しのけられたりすることもなく 実物を見ることが出来たけれど、 個人的には、特に「値段の割りに安い」とか、「さすがにカール・ラガーフェルドのデザイン!」というような 思いもなく、「この程度のものかぁ…」と無感動に眺めてしまったのが実際のところだった。
以前からこのコーナーに書いているように、私自身は筋金入りのバーゲン・ハンターで、 デザイナー物の服やシューズを安価で買うことには、執念を燃やしていたりするけれど、 このカール・ラガーフェルド・フォーH&Mの製品は、私が全く食指をそそられない類のものだったのである。 私が狙う「安価なデザイナー物」というのは、1490ドルのバレンシアガのドレスを バーニーズのウェアハウス・セールで190ドルで買うことであったり、 2800ドルのロシャスのシルク・キャミソールを360ドルで購入することであり、 これらは本来、1490ドルや2800ドルで売るために作られているから、 素材も縫製も抜群に良く、そのハイクォリティが故に、 私自身も、たとえ190ドルや280ドル程度しか支払っていなくても、 服に対しては原価同様の敬意を払うし、ブランドのイメージも 「高級、高額の一流ブランド」に変わりはないのである。

しかしながら、カール・ラガーフェルド・フォーH&M の場合、そもそも6ドル〜149ドルといった価格で販売するために クリエイトされたラインであるから、99ドルのシルク・カクテルドレスは、 中国産の粗悪シルクであることが直ぐ見て取れるし、シフォン・ブラウスにしても、その縫い目から値段が知れるような製品で、 たとえカール・ラガーフェルドの名前が付いていたとしても、「H&Mの製品には変わりない」といったイメージしか持てないものなのである。
もちろんH&Mは、激安を売りにしているストアであるから、日頃から他店が69ドルで販売しているような服を39ドル程度で 提供してきた訳で、カール・ラガーフェルド・フォーH&Mの99ドルのシルク・カクテルドレスも、 市場価格に換算すれば 199ドル程度に見える商品なのかもしれないけれど、たとえ2倍以上の値段に見えたところで、 高級ブランドのクォリティには程遠い商品でしかない訳なのである。

それよりも カール・ラガーフェルド・フォーH&Mの製品を見て私が思い出したのは、数日前に会った 美容整形医夫人から聞いた「激安ボトックスの落とし穴」の話だった。
ボトックス注射は額、眉間、目尻といったエリアごとに 350ドル〜500ドルというのが 信頼できる医師の相場であるけれど、 昨今では、「ボトックス 99ドル」、「150ドル」といった激安価格を謳った広告がタブロイド誌などに登場するようになっており、 一部の人々は、「これだけボトックスが普及した結果、庶民的な価格でボトックスを提供するクリニックが出てくるようになった」と 受け止めて、何の疑いもなく、激安ボトックス注射を受ける傾向にあるのだという。
ところが、激安の裏側にあるのは、水で2〜3倍に薄められたボトックス液で、 プラシーボー効果が現れる人、穏やかな効き目を見せる人等も居るけれど、 ボトックス本来の効果を味わうことは出来ないし、 効果が現れなかったとしても、「安いお金で注射が受けられたのだから仕方がない」程度にしか考えない人も多いのだという。
私が思うところでは、カール・ラガーフェルド・フォーH&Mというのは まさにこの薄められたボトックスに当たるわけで、 H&Mは カール・ラガーフェルドのクリエーションを薄めた状態で、一般大衆に安価で売り込んでいる訳であるけれど、 デザイナー本来の持ち味やクォリティが シャネルやフェンディの製品でしか手に入らないのと同様、 きちんとした医師にそれなりの料金を支払わない限り、ボトックスが効果を発揮して 額や目尻のシワが4ヶ月間消え失せてくれることはないのである。

H&Mのスポークスマンによれば、カール・ラガーフェルド・フォーH&Mの売り上げは、 当初の見込みを大幅に上回るものだそうで、H&Mは既にカール・ラガーフェルドに対して、 2シーズン目のクリエーションのオファーをしたと伝えられている。
さらに、ニューヨーク・タイムズ紙にH&Mの米国部門の社長が語ったコメントによれば、 今後は元グッチのデザイナーであるトム・フォードやドルチェ&ガッバーナ等にも、 エクスクルーシブ・ラインの依頼を行っていくとのことであるけれど、 私にとってはトム・フォードもドルチェ&ガッバーナも、非常に好きなデザイナーであるだけに、 彼らが薄められた激安ボトックスのような製品をクリエイトするのは見たくないというのが正直な気持ちである。






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