Oct. 31 〜 Nov. 6 2016

”Pandra's Box Was Opened"
ドナルド・トランプが開けたパンドラの箱、
オープンな人種差別とアメリカの本格的分断が始まった!?



11月9日にドナルド・トランプが第45代目アメリカ合衆国大統領に選出されたニュースが、アメリカのみならず世界中で ショッキングなニュースとして伝えられたのは周知の事実。
以来 全米各都市で毎日繰り広げられているのが、大規模な抗議活動。 今回の選挙でトランプを支持したのは地方と郊外に住む、大学を出ていない白人低所得者層。 トランプ・タワーがあるマンハッタンで彼に投票したのは僅か10%。 これがワシントンDCになるとさらに少ない4%で、 世論調査の網にも引っかからなかった白人低所得者層が抱く エリート&エスタブリッシュ層への怒りがトランプ大統領を生み出したというのはまさに事実なのだった。

ヒラリー・クリントン支持者やアンチ・トランプ派にとって、今回の選挙結果をさらに後味の悪いものにしているのは、 ポピュラー・ヴォートと呼ばれる投票獲得数ではヒラリー・クリントンがドナルド・トランプを優っていたことで、 カリフォルニアの高校では生徒1500人が そのショックとフラストレーションから授業をボイコットして校舎から飛び出したことが伝えられ、 コーネル大学、ミシガン大学などのエリート大学でも、落ち込んだ学生のためのセラピーや、メディテーション、クラフトのクラスなどが 設けられているとのこと。また企業においてもシェイク・シャック、グラマシー・タヴァーン等で知られるユニオン・スクエア・ホスピタリティ・グループの創設者 ダニー・メイヤーが、 落胆するスタッフに、お互いをサポートし、落ち込んでいる来店客に対しても同じように励ましてあげるようにとレターを発信する等、 同様の気づかいが見られているのだった。

今週末にはトランプの政権移行チームのメンバーが明らかになったけれど、 そのメンバーはことごとくワシントン・インサイダーとロビースト。すなわち選挙戦中にトランプ・サポーターがヒラリー・クリントン同様に敵視していた ワシントンのエスタブリッシュメント層で占められており、中でも注目されているのは反環境問題ロビーストの存在。 それもそのはずで、トランプは既にパリ協定からの早急の離脱を明らかにしている状態。
私がこのコラムを書いている日曜には、トランプ政権の要のポジションの1つであるChief of Staff / 大統領補佐官に、共和党全国委員会のライアンス・プリーバスが 指名されたことが報じられたけれど、これ以外にも国務長官がブッシュ政権時代に下院議長であったニュート・ギングウィッチ、 司法長官に元ニューヨーク市長で選挙戦中の熱烈なトランプ・サポーターであったルディ・ジュリアーニなど、 主要ポジションが共和党のベテランで占められており、 ”ワシントンを一新する” というトランプの選挙公約とは正反対の人選になっているのだった。
また木曜にホワイト・ハウスに招かれ、オバマ大統領と会談した後のトランプは、選挙公約の最優先課題であったオバマ・ケア撤廃についても 「オバマ・ケアの一部をキープする」という姿勢に変わっており、さらには独立検察官を指名してヒラリー・クリントンを裁判にかける公約についても、 後ろ向きな姿勢。 加えてトランプのウェブサイトの公約リストからは、イスラム教徒の国外追放、入国禁止がこっそりと消されていたことも指摘されており、 「トランプは、怒りに任せたツイートをするだけで、 従来の共和党大統領と同じ政権になる」と、アンチ・トランプ派を落ち着かせようとする声も聞かれているのが現時点の状態。
その通り トランプ政権下では 従来の共和党政権同様の企業に対する規制緩和、 富裕層を優遇した減税が行われる見込みであるけれど、 大統領選挙で アメリカ社会をすっかり分断してしまったドナルド・トランプであるだけに、 これまでの共和党政権に見られた ”勝てば官軍”的な国民からの受け入れはかなり難しいと言わなければならないのだった。




今回の大統領選挙におけるドナルド・トランプは、ありとあらゆるタブーを破ったと言われているけれど、 事実、その選挙キャンペーンはメキシコ人をレイピスト、ドラッグ・ディーラー、殺人者扱いし、 メキシコとの国境に巨大な壁を作って、それをメキシコに支払わせると宣言してスタート。 息子を戦争で失ったゴールドスター・ペアレンツを侮辱したり、自らが属する共和党上層部やその重鎮を侮辱したかと思えば、 身体が不自由なジャーナリストを馬鹿にし、女性アナウンサーをPMS(月経前症候群)扱いし、 「中絶した女性に刑事責任を追及する」と言ったかと思えば、イスラム教徒の入国禁止と国内のイスラム教徒の監視、不法移民1100万人の国外追放を訴え、 銃愛好家に対してはヒラリー・クリントンが当選した場合の解決策として その暗殺をほのめかすなど、 過去の大統領候補としてはあり得ない言動の数々を繰り広げて 勝ち抜いたのが今回の選挙戦。
また春先にはスピーチ会場に姿を見せた抗議活動者に対する暴力を奨励し、「訴えられたら、裁判費用を負担してやる」とまで言い放ち、 このことは当時は大々的に報じられものの、その後はトランプ選挙キャンペーンにおける暴力事件は付き物となり、 トランプが何を言っても 誰も驚かなくなってしまったのはアメリカ国民が認める事実、

でも、そうすることによってトランプが開けてしまったのがパンドラの箱。 というのもトランプが選挙戦で訴えてきたのは、アメリカ社会が常識やモラル、もしくは悪評を恐れて 思っていても言わなかったこと、腹が立っても抑えてきたこと、 想像してもやらずにいたことで、それらに大統領候補としてGoサインを出したのがトランプ。 その結果、選挙戦の最中からトランプ支持者の間で、暴力や人種差別の思想がエスカレートしてきたことは、 民主党&ヒラリー・クリントン支持者を恐れさせてきたこと。中西部のある高校では ゲイの学生に対して「トランプが大統領になったら、後ろに気をつけろ!」というヘイト・メッセージが校内の壁にスプレー・ペイントで書かれるなど、 移民の国アメリカにおいて、脈々と残りつつも 表面的には最も恥ずべきこととされてきたレイシズム(人種差別主義)が、 突如 大統領候補のメッセージになってしまったのだった。




その結果、トランプが大統領に当選してからというもの 全米各地で起こっているのが人種差別、ゲイ差別のトラブル。 カリフォルニア州の電車の中では、イラン出身のアメリカ国籍の女性が母国語で喋っていたところ、 白人女性に「お前のようなブタはトランプに追い出されてしまえばいい!」となじられ、 その様子はイラン出身の女性がビデオ撮影して フェイスブック・ライブにポストし、ヴァイラルになっているのだった。
そうかと思えば、ニューヨークのクイーンズでもバスに乗っていたイスラム教の女性が、老夫婦にヒジャブ(イスラム教のスカーフ)を剥ぎ取られ、 「こんなものはアメリカから追放だ」となじられたとのこと。 ペンシルヴァニア大学では、黒人の1年生のスマート・フォンに、黒人ヘイト・グループ ”N リンチング(Nは黒人蔑視語の頭文字)”のアプリから KKKに首吊りにされる黒人層の写真や、”黒人リンチ・スケジュール” などが送付されてくる事態が起こっているけれど、 犯人はオクラホマ大学の学生で、共犯者が居るとのこと。
その一方で、ヒスパニック系が多い小学校では、不法移民の親が強制出国させられることを恐れた子供たちが パニックで授業を受けられない様子が報じられたり、 イスラム教の若い女性が トランプ政権誕生後のアメリカを恐れて、ヒジャブで首を吊って自殺したニュースも伝えられる有り様。
トランプ当選によって共和党支持派の間で完全に復活したと言われるのが白人至上主義、もっと具体的に言うならば白人男性至上主義で、 その母体と言えるKKKは トランプ当選後に、その勝利に大貢献したという勝利宣言を行っているほどなのだった。

ドイツのメディアは、トランプ当選を「9・11のテロを超えるアメリカにとっての災難」と評したことが伝えられるけれど、 それにはアメリカの政治評論家もまったく同感で、9・11は外敵によって行われた行為であるけれど、 トランプ選出はアメリカ国民が自ら選んだ選択。、このため9・11の後アメリカが1つになったのとは正反対に、 11・9のトランプ当選によって アメリカは完全に真二つに分断されてしまったのだった。
今回の選挙では、「アメリカ国民の誰もが候補者支持を巡る対立や口論で 友達や家族を失った」と言われるけれど、 イギリスのEU離脱のように 争点が政策や利害についてならば、感情の起伏が収まった時点で、 対立していた者同士が その意見の違いを乗り越えて 家族関係や交友関係を続けていくことが可能と思われるもの。 でも今回の米国大統領選挙の場合、トランプ、及びトランプ支持者は モラル、マナー、敬意、平等といった人間が信条とする価値観や、 妥協してはいけない正義、アメリカという国の尊厳を捻じ曲げた主張を繰り広げ、それを擁護したということで、 民主党支持者にとっては理解出来ないだけでなく、耐え難い存在。
したがって民主党&ヒラリー・クリントン支持者の多くは、トランプ支持者の人間性を疑っているけれど、 トランプ支持者は 民主党&ヒラリー・クリントン支持者こそが頭がおかしいと思い込んでいる状態で、 これは支持政党や政治観の違いとは全く別物の、遥かに深刻で、歩み寄りが不可能な国民間の亀裂と言えるのだった。




さて、トランプ政権下で人種差別と同様に危惧されるのは女性の社会的地位の低下。
というのも公に性的虐待行為について語ったり、女性を「Fat Pig」などと呼んできたドナルド・トランプが大統領になったことで、 女性蔑視発言が 「出世の妨げにならない」、「時には許される」、「言われても仕方ない女性もいる」というトランプ支持者の見解が、 選挙結果によって肯定されてしまったことが1つ。 実際、今週末にはマンハッタンのトライベッカにあるステーキハウス、ウルフガング前で タバコを吸っていた男性同店来店客3人が、前を通りかかった若い女性3人に向かって、ドナルド・トランプが性的虐待発言をしたビデオで語ったのと全く同じ "grab them by their puXXXXs" というセリフでハラスメントをし、腹を立てた女性たちに対して、何度もさらにそのセリフを連発したとのこと。 その騒動に気付いて出てきたウルフガングの店員にしても、来店客側に付いて 絡まれた女性たちに対して落ち着くように言ったとのことで、 ウルフガング側は女性たちにギフト・カードをオファーしたのものの、女性たちはそれを断わり、レストラン側からの謝罪レターを求めていることが伝えられているのだった。

そんな女性蔑視の懸念に加えて、ファースト・レディとなるメラニア夫人は、トランプのアーム・キャンディ(連れて見せびらかす存在)として外出する以外は、 交友のネットワークやアクティブに活動しているチャリティが無いと言われ、夫の付属物としての妻を絵に描いたようと言われる存在。 そのメラニア夫人は ファースト・レディになった際の自分の役割として、「インターネット上の 虐めを無くしたい」と、夫のトレードマークと言えるアクティビティの撲滅を謳って顰蹙を買ったばかりで、 選挙戦中同様、子育てを口実に公の場にあまり姿を見せない、陰の薄いファースト・レディになることが見込まれるのだった。
息子バロンの年齢はミシェル・オバマ夫人がファースト・レディになった時の長女、マリア・オバマと同じ10歳。 しかもオバマ夫人には二女のサーシャが居たものの、退役軍人や女児の教育など、様々なチャリティやイベントに加わり非常にアクティブなファースト・レディであったけれど、 メラニア夫人がホームメーカー(主婦)&アーム・キャンディのようなファ−スト・レディになり、その苦手なスピーチを控えるようになることで、 アメリカのファースト・レディの世界におけるイメージが大きく後退することを懸念する声が聞かれているのだった。

その一方で過去8年間、アメリカのファッション業界はミシェル・オバマ夫人によって獲得するパブリシティで大きな恩恵を受けてきたけれど、 ゲイ・ピープルが多いファッション業界は、最高裁に保守派判事を送り込んで同性婚の合憲を覆そうとするトランプ&共和党を嫌悪することから、 少なくとも現時点ではメラニア夫人との関わりを否定する傾向が顕著。
大統領選挙勝利の際には、メラニア夫人が約4000ドルのラルフ・ローレンのジャンプスーツ(写真上左)を着用していたけれど、 ラルフ・ローレンのプレスは、それがメラニア夫人がストアで購入したもので、ラルフ側が提供した訳ではないことを必死に釈明する有り様。 また一流ブランドは、通常セレブリティや要人がその製品を着用した場合、それを提供した場合でも、しなかった場合でも、 フェイスブックやブランドのホームページで、それをアピールするのものであるけれど、メラニア夫人の場合、 彼女が着用したブランドはその発表を控える例が多いという。 この理由は、メラニア夫人の存在がイメージダウンにつながるというよりも、それらのブランドがドナルド・トランプの問題発言やポリシーを サポートしていると思われないようにするためのもの。
とは言っても、世論調査によればメラニア夫人に好感を持っているアメリカ人は38%で、これはミッシェル・オバマ夫人に比べて遥かに低い数字。 逆に、彼女を好まないと答えたアメリカ人は42%。 残りの20%は「彼女のことを聞いたことが無い」「全く知らない」 と答えており、既に陰の薄さを感じさせているのだった。

90年代のクリントン政権時代から、ファースト・レディとデザイナーの橋渡し役を担っていたのがアメリカン・ヴォーグ誌。 メラニア夫人と言えば、トランプとのウェディングの際のドレスをヴォーグ誌のエディターと共に選び、 ウェディングの独占取材をヴォーグ誌が行ったことでも知られていて、妊娠時には同誌でビキニ姿も披露しているけれど、 夫人はファッション・モデルとしてヴォーグに登場したことはなく、モデル時代のメラニアはGQなど男性誌のグラビアの仕事が殆ど。
今回の選挙で ヴォーグが同誌史上初めて大統領候補の支持を表明したのはヒラリー・クリントンで、 もしメラニア夫人にヴォーグが歩み寄った場合、今度はヴォーグ誌がファッション業界に多いLGBTコミュニティからの反発を買うのは容易に想像できること。 加えて同誌の編集長、アナ・ウィンターは熱心なヒラリー・クリントンのサポーターでもあったことから、 果たしてヴォーグ誌が新ファースト・レディ対してどう動くかもファッション業界では見守られているのだった。

一方LGBTコミュニティでは、トランプが同性婚を違憲にすることを恐れて、カップルが結婚を急ぎ始めたと言われるけれど、 ドナルド・トランプが大統領に就任して、現在空席の最高裁判事のポストを保守派で埋めたとしても、次にリベラル派の判事がリタイアしない限りは、 その合憲が覆されることは無いのが実情。 にもかかわらず、多くのカップルが結婚を急ぐのはアメリカ史上、大統領として初めて同性婚に理解を示したオバマ政権下で結婚したい&トランプ政権下では 結婚したくない という意思を持っているため。
そんなLGBTコミュニティを始め、トランプ政権誕生を恐れていた人々の間では、「トランプ当選後はカナダに移住する」 と言っていた人々が多かったけれど、選挙後にそんな人々を思いとどまらせているのは同じアンチ・トランプ派の人々。 「トランプ政権を打破するためにも、居残るべき」というのがその主張であるけれど、 共和党側からも「自分達だって オバマが再選された時はアメリカを出て行きたかったけれど我慢した」と、別の立場から人々のカナダ移住を思いとどまらせる意見が聞かれているのだった。

いずれにしても、ドナルド・トランプは今回の選挙で単に大統領に当選しただけでなく、上院、下院の双方で共和党が過半数を握ったことから、 オバマ大統領の「政策を進めたくても、議会の承認が得られない」というジレンマを味わうことがない上に、 現時点で80歳を過ぎた最高裁判事が3人も居ることから、 その死去やリタイア後の判事指名で合衆国憲法をも書き換えられるポジションにもあり、言うまでもなくこれが意味するのは強大なパワー。
それだけに トランプが歴史上で一体どんな役割を演じることになるのかは、これからアメリカ国民、及び世界中が 生き証人として見守ることになるのだった。



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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