Nov. 15 〜 Nov. 21 2004
スポーツ観戦が 醜いイベントになる時
今年は、2月にスーパーボウルのハーフタイム・ショーで ジャネット・ジャクソンが胸露出事件を起こしたり、
メジャーリーグでレッド・ソックスが86年ぶりにワールド・チャンピオンに輝くなど、スポーツ関連の話題が
今のところ2004年の10大ニュースのうちの2つを占めているけれど、その3つ目になりうるアグリーかつショッキングな事件が
NBA(ナショナル・プロ・バスケットボール)の試合中に起こったのが今週金曜日、11月19日のことである。
舞台となったのはデトロイト・ピストンズのホーム・コート、パレス・スポーツ&エンターテイメントで、
対戦カードはピストンズ対インディアナ・ペーサーズ。試合は第4クォーターを45.9秒残し、ペーサーズが
地元ピストンズを15点差でリードしていたが、その時に起こったのがピストンズのセンター、ベン・ワラスのシュートを
後ろから妨害したペーサーズのロン・アルテストのファウルであった。
このファウルに腹を立てたワラスが、アルテストを両手で突き飛ばしたために、両チームのベンチからは選手が飛び出したが、
レフリーが間に入って、選手の引き離しにかかり、一時事態はそのまま沈静に向かう様相を見せていた。
アルテストはコートサイドのスコアラーの机の上に寝転がり、周囲になだめられており、一方のワラスもアルテストに向かって
何かを怒鳴りながらタオルを投げつけたものの、ピストンズのベンチに連れ戻されようとしているところだった。
しかしその時、アルテストの横になった身体の腹部に降って来たのが、コートサイドのファンが投げた ドリンク入りのプラスティック・カップで、
これに激怒したアルテストは、観客席に飛び込んで行き、誰が投げたものかも分からないままに、
コートサイドのファンに掴み掛かっていったのである。
周囲の観客は、アルテストを止めようとする人も居れば、彼に殴りかかる人、彼にドリンクをかける人も見られたが、
ほどなくアルテストを追いかけて観客席に飛び込み、彼の助っ人として観客相手に暴力をふるい始めたのが、
同じくインディアナ・ペーサーズのスティーブン・ジャクソンであった。
こうしてコートサイドは、瞬く間に選手 対 観客 の乱闘シーンと化し、やっとコートに連れ戻された
アルテストは、今度はコートに降りて来て 彼を挑発した 観客男性にパンチをお見舞いする始末。
結局、試合中断からこの乱闘が収まるまでには、約30分を要することになった。
試合は中断のまま、インディアナ・ペーサーズの勝利ということになり、
選手たちはロッカー・ルームに引き上げたが、
その通路では、暴徒と化した観客がビール瓶を至近距離から投げつけたり、ポップコーンやゲータレード、折りたたみ式の椅子など、
ありとあらゆるものをペーサーズの選手に向かって投げつけ、プレーヤーはもちろんのこと、彼らをガードするセキュリティまでもが、
身の危険を感じながらコートを後にすることになった。
この乱闘による観客の怪我人は9人。
加えてセキュリティ・ガードの1人が指を骨折したことがれポートされている。
この大乱闘の模様は、試合模様の一部としてチームの地元エリアで生放送されていたのはもちろんのこと、
全米のネットワーク・ニュース、およびペーパー・メディアでも
「アメリカのスポーツ史上、最もアグリーで恥ずべき事件」と報じられることになった。
この事態を重大に受け止めたNBAコミッショナー、デビッド・スターンは、
21日、日曜夕方に記者会見を行い、「ビデオテープを様々な角度から何度も検証した」としながら、選手の処分を発表したが、
その内容はインディアナ、デトロイトの9人のプレーヤーに合計で143試合のサスペンション(出場停止処分)を言い渡すという、
NBA史上最も厳しいもので、事件の当事者となったロン・アルテストについては、
残りのシーズン一杯の出場停止処分、試合数にして73試合のサスペンションとなり、
彼のチームメイトで助っ人として観客に暴力を振るったスティーブン・ジャクソン、ジャーメイン・オニールにも
それぞれ30試合、25試合の出場停止処分を言い渡すこととなった。
このサスペンションによってアルテストは、サラリーのうちの約6億円、ジャクソン、オニールもそれぞれ約2億円、
4億円近くのサラリーを受け取ることが出来なくなったが、インディアナ・ペーサーズは今シーズン、ただでさえプレーヤーの怪我に
泣かされてきたところに来て、今後は毎試合平均で合計53ポイントを上げてきたトップ3プレーヤー不在のまま、
ゲームをこなさなければならず、大変な重荷を背負ったシーズンとなったことは言うまでも無いことである。
その一方で、ロン・アルテストにカップを投げつけ、乱闘の直接のきっかけを作ったファンや、暴動に紛れて、危険物を選手や
試合関係者に投げつけたファンについても、今年春から施行されている、プロ・スポーツの試合妨害を処罰する法律に触れたとして、
その容疑者の洗い出しが始まっており、NBAと警察は、スタジアム関係者や、プレーヤー、観客の目撃証言とともに、
9台のカメラで撮影されたビデオの検証、
さらにコートサイドのシーズン・チケット保持者のリストをチェックし、
暴動に加わったファンの刑事責任を問う姿勢を見せている。
デトロイト・ピストンズ側も、もしシーズン・チケット保持者で、乱闘に関わった人物が居た場合、
その人物の残りのシーズン試合の観戦を禁止すると発表しており、マナーの悪いファンとて
今回の暴動の処分の例外ではないことを明らかにしている。
しかしながら、スポーツ評論家の間におけるこの事件に対するリアクションは、もっぱら観客席に殴りこみに行ったロン・アルテストや、
スティーブン・ジャクソンに集中しており、「たとえ何と野次られようが、物を投げられようが、観客が掴み掛かって来ようが、
プロスポーツ選手である以上は、それを無視し、怒りをコントロールし、決して観客に危害を加えてはならない」という
大前提を強調している。
実際、今回の処分とともにデビッド・スターンが記者会見で強調したのも、NBAプレーヤーに要求される
プロフェッショナリズムとセルフ・コントロール(自己制御)についてであったけれど、
これとは別に、彼が今後の緊急課題として取り組むとしたのは、ファンとプレーヤーのテリトリーをしっかり分け、
そのしかるべきマナーを実現するための環境作り、
デトロイトを始め、他28のスタジアムのセキュリティ強化とその見直し、そして今回のように暴動に発展するような
挑発的な行為を取り締まる新たなNBAのルール設定の3点であった。
これを受けて、今後導入が見込まれるのは、プレーヤーのロッカー・ルームへの通路にカノピー(屋根)を設け、
ファンが物を投げ込めないようにすることや、メジャーリーグが7回以降はビールの販売を行っていないのと同様、
NBAでもアルコール販売に制限を設けること等で、
これが実現した場合、ファンはプレーヤーに触れる機会を1つ失い、スタジアム側は
アルコールの売り上げ金を失うことになる訳である。
私が今回の乱闘騒ぎを見て思ったのは、NBA全体の質の低下である。
私がNBAのゲームをかなり真剣に見るようになったのは1991年のシーズンで、この年からマイケル・ジョーダン率いる
シカゴ・ブルスの黄金時代がスタートした訳であったけれど、当時のNBAには、マジック・ジョンソン、ラリー・バード、
アイゼイア・トーマス等、どのチームにも歴史に残る名プレーヤーが居た訳で、チーム全体が
そうした一流プレーヤーに引っ張られて、プロフェッショナリズム溢れるプレーを見せていたし、
試合自体も今よりずっとエキサイティングで、面白いものだったと記憶している。
また、スタジアムに来ているファンにしても、熱心に応援したり、ブーイングをしたりというのは、
アメリカのスポーツ観戦にはつきものであるけれど、むやみに感情的になったり、
今回のデトロイトのファンのように、選手を挑発しようとする悪質な行為をする人々は、当時は全く見られなかったのである。
私はここ2シーズンほど、殆どNBAの試合を見ていないけれど、金曜のデトロイトのファンの様子は
試合に熱くなっていたというよりは、怒りのはけ口を探しているようにも見えたし、
怪我をするかもしれないことを承知で、椅子やビール瓶を投げつけるというのは、
プレーヤーに1人の人間としての尊厳を与えていないとも取れる振る舞いで、
ロン・アルテストが観客に殴りかかる姿と共に、観客が投げるドリンクや物が飛び交う中を選手が引き上げる姿は、
見ていて本当に情けないものだった。
このようにスポーツ選手が問題を起こす度に指摘されるのが、選手達に学生時代からスポンサーが付いて、
周囲からチヤホヤされ、スポーツ選手として成長してくれれば、人間性やモラル等のクォリティは問われないという
現在のアメリカにおける歪んだアマチュア・システムで、
その結果、プレーヤーは早くから注目を集め、多額の契約金とサラリーでプロ入りし、それなりの成績を上げるかもしれないけれど、
私生活におけるトラブルが絶えず、「不完全な人間」としてのスポーツ選手を育成してしまうというものである。
実際、今回の乱闘の中心となったロン・アルテストは過去2シーズンに8回のサスペンションを言い渡されているプレーヤーで、
今シーズンは、コーチに「疲れたから休ませてほしい」と願い出て、実はそれが 自分のラップ・アルバムのプロモーションの
時間を取るためだったという プロ意識のかけらもない状況がレポートされているのである。
プレーヤーが、ゲームのことを真剣に考えていないのであるから、それを見に来る観客も
それに応じたモラルの低い人々になってしまうのは仕方がないことのようにも思えるけれど、
デトロイトでの事件の翌日の土曜日には、サウス・カロライナのカレッジ・フットボールの試合でも、
フラストレーションが貯まった両チームの選手達がフィールドに飛び出して来て、殴り合いになるという一幕が見られている。
「一体アメリカのスポーツはどうなってしまったんだ」と嘆くスポーツ・キャスターも居たけれど、
ゲーム観戦がスポーツマンシップや、ティームワーク、選手の技能やガッツに溢れるプレーに触れる機会ではなく、
人間の愚かさや、醜さを思い知らされるイベントになるのであれば、
そんな世の中の未来には、全く希望が持てないと思う。
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