Nov. 9 〜 Nov. 15 2009




” 2冊の自叙伝 ”


今週のアメリカでは オバマ大統領の8日間に渡る 日本を含むアジア歴訪が 特に大きな報道ではないものの、毎日のように新聞やTVのニュースで アップデイト的に報じられていたのだった。
私がこのコラムを書いている15日からは、オバマ大統領は中国入りし、今回のスケジュールで最も長い3日間を 中国で滞在することになっているけれど、やはりこのスケジュールを見て分かる通り、 アメリカにとって 良い意味でも 悪い意味でも、 アジアで最もその関係を重視する国と言えば中国。
オバマ大統領は中国が自国の通貨を安く操作することによって、貿易を有利に運んでいることを昨年の選挙戦の最中から 訴えてきており、その他にも環境問題、人権問題など 中国に突きつけたい課題は山積しているけれど、 メディアや政治関係者は アメリカが中国に多額の借金をしている上に、イラク問題でも中国のサポートが必要であるだけに、 中国に対して強く出ることが出来ないアメリカの実情を指摘しているのだった。

オバマ大統領の訪日に際して話題になったのは、大統領の天皇陛下に対するお辞儀について。
ホワイト・ハウスのプロトコールによれば、アメリカ大統領は諸外国のロイヤル・ファミリーや、トップ・リーダーに対して お辞儀はしないのが正式なマナー。 94年にクリントン大統領が訪日した際の天皇陛下に対するお辞儀も、ホワイト・ハウスは「会釈」と説明していたのだった。 でも今回のオバマ大統領のお辞儀は、メディアが ”90度 ”とアングルまで指摘するほど深いもの。
大統領は、今年春に金融サミットのための訪問したロンドンで サウジアラビアのアブドラ国王と握手をした際にも、 今回より若干浅い75度くらいのお辞儀をして 保守系のメディアから批判を浴びていたのだった。
メディアの中には オバマ大統領の深いお辞儀は、「アジア・カルチャーの影響が強いハワイと、インドネシアで育った影響」とも指摘しているけれど、 「アメリカ人にとって、自国の歴史上 最大の屈辱であるパールハーバー奇襲を仕掛けた” ヒロヒト (昭和天皇) ”の息子に、 ハワイ育ちのオバマ大統領がこんなに深く頭を下げるべきか?」 を疑問視する声も聞かれていたのだった。

さて、アメリカでは 今2冊の自叙伝が大きな話題になっているけれど、 そのうちの1冊が 引退したテニス・プレーヤー、アンドレ・アガシの自叙伝「Open/オープン」。(写真右)
アガシと言えば、史上6人しか達成していない生涯グランドスラム(全豪、全仏、ウィンブルドン、全米オープンの4大大会 全制覇)を 成し遂げて2006年に引退。その後は、妻であり 元プロテニス・プレーヤーのステフィ・グラフと共に、熱心に チャリティ活動を行っており、テニスの世界では最も敬愛されてきたプレーヤーの1人。
その彼が、11月9日に発売された自叙伝の中で、 髪の毛が薄くなってきて 広告出演等に悪影響を及ぼすことを心配し、 ウィッグを付けてプレーしていたこと、子供の頃から強制的にテニスをさせられて プロとしてプレーをするようになってからも、 ずっとテニスを憎み続けてきたこと。さらに間違いと知りつつ 女優のブルック・シールズと結婚し、 彼女の属するハリウッドの世界を嫌悪していたことなどを、タイトル通り オープンに語っているのがこの自叙伝。
でも同書で最も衝撃的と受け取られたのが、彼が1997年に”クリスタル・メス”の通称で知られるメタンフェタミン(覚せい剤)を使用していたのに加えて、 当時 ドーピング検査に引っかかったアガシが、APT (男子プロテニス協会)に嘘の手紙を書いて 出場停止処分を逃れていたという事実。
これについては、ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダルといった現在のトップ2プレーヤーから、厳しい失望のコメントが 聞かれていただけでなく、ファンの間にも大きな波紋を広げていたけれど、 彼が自らのテニス・プレーヤーとしての輝かしい経歴にあえてキズを付けるようなことを自叙伝で明かしたのは、 自分を偽って生きてきた半生を振り返って、真実を語りたいと考えた ためであるという。
彼は、子供の頃から嫌いなテニスをさせられてきただけに、ブルック・シールズとの結婚についても 自分のやりたくない道を選ぶのに慣れてしまっていて、 疑問を感じながらも結婚してしまったという。 そんな彼は、「自分が選んだ訳ではない嫌いな仕事に就いて、不本意な結婚生活を強いられて、空虚さを味わうだけの人生を送っている人は多いもの。 この本は、そんな人々に対して 自分の道を選ぶのに遅すぎることはない、自分の意思に従って生きるべき、というメッセージである」と インタビューで語っているのだった。

アガシは本の出版を前後して、いくつかのメディアのインタビューに応じているけれど、 個人的な印象としては、ショッキングな内容の自叙伝を出版することによるメディアのリアクションを見越して、 きちんと理論武装してインタビューに臨んでいること、 違法薬物の使用にしてもステロイドのようなパフォーマンス向上ドラッグではなく、逆にスポーツのパフォーマンスを低下させる覚せい剤の 使用を ドーピングの時効を過ぎてから告白している点など、きちんとモラルや商業的インパクトを計算した 自叙伝マーケティングを行っている様子が見て取れるのだった。

メディアの中には、「アガシがクリスタル・メスの使用をについて触れていなかったら、同自叙伝はさほどインパクトが無かった」 と 指摘する声もあったけれど、その理由は今年夏に 女優のマッケンジー・フィリップスがその著書の中で、彼女の父親であり、60年代に活躍したポップグループ、 ママス&パパスのリード・シンガーでもある ジョン・フィリップスとの 近親相姦を告白し、それが全米に大きな衝撃を与えていたため。
なので、このマッケンジー・フィリップスとアガシの自叙伝や、今年6月に死去したファラー・フォーセットの闘ガン・ドキュメンタリー等は、 セレブリティが自らの人生の難しい局面をあえて明らかにするという、 ”リセッション時代に有効な マーケティング・トレンド ”と見る向きもあるほどなのだった。

でもそんなショッキングな告白を盛り込まずして、既にボーダーズ・ドット・コムのプレセールでNo.1、アマゾン・ドット・コムでも発売前に既にトップ10にランクされているのが、 昨年の大統領選挙で共和党副大統領候補として一躍 時の人となったサラー・ペイランの自叙伝、「Going Rouge / ゴーイング・ローグ」。(写真左)
著名人が自叙伝を出版する際、 ”アドバンス” すなわち本の売り上げに関わらず事前に支払われるフィーが 出版契約に盛り込まれるケースは多いけれど、 サラー・ペイランがこの同書の出版で受け取ったアドバンスは 何と約5億円。 この額はヒラリー・クリントンの自叙伝のアドバンスである8億円、ビル・クリントン元大統領の自叙伝の15億円には及ばないけれど、 彼女がアラスカの州知事を数年務めただけの副大統領候補 という 経歴しかないことを思えば 破格の金額。
11月17日に発売される 432ページの自叙伝の内容の大半を占めるのが、 共和党の大統領候補であり、彼女を副大統領候補に選んだ ジョン・マケインの選挙キャンペーンと彼の選挙参謀に対する不満のぶちまけ。
選挙戦の最中からマケイン氏とサラー・ペイランの不仲は良く知られていたけれど、同書では オバマ大統領が選出された直後、サラー・ペイランが敗北宣言のスピーチをしようとしたところ、 マケイン陣営に止められたエピソード、彼女が副大統領候補にふさわしいかの調査費を 選挙に負けたからと 自分で負担させられた話、娘ブリストルの妊娠について自らの考えをコメントすることを許されず、 書かれた”脚本”通りにスピーチするようにマケインの選挙参謀に指示されたことなどが細かく記載されているという。

ジョン・マケイン本人は 自らのスタッフに 「この本について反撃をしないように」 と指令を出したと言われているけれど、 彼の選挙関係者は、同自叙伝を ” フィクション ” と呼んでおり、 同書に記載されている会話の記録が無いこと、出版に当たって当事者に事実関係を確認するといった作業が 行われていなかったことを指摘。
また同書の中で最も激しく攻撃されている選挙参謀のトップは、「サラー・ペイランが2012年の選挙で共和党大統領候補に 立候補をするようなことになったら、悲惨な選挙活動が展開されるだろう」という同じ共和党とは思えない 厳しい発言をしているのだった。
この他にも、同書ではオバマ政権のベイルアウト批判も展開されているけれど、 ヒラリー・クリントン国務長官については、短いながらも好意的な記述がされており、これについては多くの人々が意外に受け止めているのだった。

ところで、サラー・ペイランがこの本のプロモーションのため、出版前の独占インタビューに応じたのが、 オバマ大統領の熱烈な支持者であるトークショー・ホスト、オプラ・ウィンフリーの番組。
オプラ・ウィンフリーの番組内で取り上げられた書籍は、必ずナショナル・ベストセラーになるだけに、 サラー・ペイランにとっては、オプラの番組に出演するメリットは大いにあるもの。 一方、 オプラ・ウィンフリーがサラー・ペイランをゲスト出演させることは、高視聴率は望めるものの、 「オバマ大統領の敵に塩を送る行為にならないか?」と 様々なメディアが指摘していた問題。
でも、出版前日の11月16日に放映予定の録画済みのインタビューでは 2人は極めて友好的かつカジュアルに、 選挙当時のエピソードや自叙伝の内容について語り合っている様子が、インターネット上のプレビューで紹介されているのだった。


さて、サラー・ペイランと言えば、まともなアメリカ人から見れば、副大統領候補になった事自体がジョークのような存在。
3流大学出で、副大統領候補になるまでパスポートさえ持っていなかった彼女は、 CBSの女性ニュース・キャスター、ケイティ・コリックとのインタビューでその偏差値の低さを露呈して以来、 リベラルなメディアではジョークの対象になってきたのだった。
そんな状況は自叙伝出版に際しても変っていないようで、 「ゴーイング・ローグ」 の発売と同じ日に 書店に並ぶことになっているのが、 同書と酷似したタイトルで 紛らわしいほどにカバーをパロディ化した 「Going Rouge/ゴーイング・ルージュ」(写真右)。
オリジナルの自叙伝が青空をバックにしているのに対して、 こちらの本は 暗雲立ち込める空をバックにサラー・ペイランがフィーチャーされたカバー。 オリジナルには ” アン・アメリカン・ライフ ” というサブタイトルが付けられているのに対して、こちらの サブタイトルは ” アン・アメリカン・ナイトメア(アメリカの悪夢) ”となっているのだった。
でもパロディになっているのは、カバー・イメージとタイトルだけで、本の内容は23人の知識人による サラー・ペイランに関するエッセイで、極めてシリアスな内容になっているという。
また、これとは別に オリジナルの自叙伝出版の1日前には同じ「ゴーイング・ルージュ」というタイトルで、 サラー・ペイランのイラストを多数フィーチャーした塗り絵本も出版されており、 1冊の自叙伝が発売と同時に2冊の書物を生み出すというというのは 極めて稀な現象と言えるのだった。

アガシとペイランの自叙伝は、発売日が1週間ほどしか違わないとあって、ベストセラー・ランキングのノンフィクション部門で売り上げを争うことになるけれど、 内容がショッキングと言えるのはアガシの自叙伝。 でも、存在の話題性と、アメリカ国民全体に対するアピール度では、 サラー・ペイランに軍配が上がるのは誰もが認めるところ。
しかも彼女の娘、ブリストルの子供の父親、リーバイ・ジョンストンは 今やにわかセレブリティ気取りで、 もうすぐ プレーガール誌のグラビアに登場予定。暴露本こそは書いていないものの、 サラー・ペイランのブリストル妊娠のリアクションなどをプレスに対してペラペラ喋っては、 ゴシップネタを提供して久しい状況。そんな 彼のおかげで、選挙に敗れ、アラスカ州知事を辞任した後も、サラー・ペイランの名前は 頻繁にメディアに登場していたのだった。
すなわち、サラー・ペイランは政治家としての能力や手腕については論議の対象にさえならない存在であったけれど、 存在感と話題性は抜群であった訳で、そんなキャラクターの方が、史上6人しか存在しない生涯グランドスラムを達成した 功績を持つテニス・プレーヤーより 自叙伝を売るマーケティング・パワーを持っているものなのである。





Catch of the Week No. 2 Nov. : 11月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Nov. : 11月 第 1 週


Catch of the Week No. 4 Oct. : 10月 第 4 週


Catch of the Week No. 3 Oct. : 10月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 Oct. : 10月 第 2 週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。





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