Nov. 12 〜 Nov. 18, 2012

” Stand Up Live Better ”

今週は本来ならば、アメリカが2013年明け早々に直面する ”フィスカル・クリフ” をめぐる オバマ政権と共和党の攻防が一番の報道になるはずであったけれど、 どんどんキナ臭くなるイスラエルとハマスの戦況を差し置いて、最も報道時間が割かれていたのが、 先週末に辞任に追い込まれたCIA長官、デヴィッド・ぺトレイアスのセックス・スキャンダル。
4つ星勲章に輝く名将軍で、アフガニスタンでの赴任を終えた後にCIA長官となった デヴィッド・ぺトレイアスが、彼のバイオグラフィー(自叙伝)の著者、 ポーラ・ブロードウェル(40歳)との不倫関係が発覚して、あっという間に失脚したニュースは、 先週末のアメリカにショックを与えていたけれど、今週に入ってからは、そのスキャンダルが茶番じみた様相を呈してきたのだった。

不倫が発覚したのは、ポーラ・ブロードウェルが ぺトレイアスと親しいフロリダのソーシャライト、 ジル・ケリー(37歳、写真上左、ニューヨーク・ポスト紙の表紙の女性)に対して、ジェラシーから複数の匿名アカウントを使って、 嫌がらせのメールを送信したのがきっかけ。 これをジル・ケリーがFBIにレポートしたことから、捜査がスタートしているけれど、ケリーがそれをレポートしたFBIスタッフは、 彼女と個人的な交友関係にあり、彼がジル・ケリーに対して上半身裸の写真をEメールで送りつけていたことが発覚。
その一方で、様々な社交イベントを通じて、アメリカ軍上層部とのコネクションを持つジル・ケリーは、 アフガニスタンにぺトレイアスの後任として赴任した将軍、ジョン・アレンと、 3000ページにも渡るEメールのやり取りをしており、その内容は セクシャルな関係を窺わせるもの。
ジル・ケリーは離婚した双子の妹の親権訴訟で、ぺトレイアスやアレンとのコネクションを有利に使っていたけれど、 今回のスキャンダルで 彼女と医師である夫のバックグラウンド調査をしたメディアは、 夫妻が1億円を超える借金を抱えていることを報じているのだった。

当初、ラブ・トライアングル(3角関係)と思われていたスキャンダルに、さらに2人の登場人物が加わって、 ラブ・ペンタゴン(5角形)となったことは、奇しくも国防総省がその5角形の建物からペンタゴンと呼ばれていることもあって、 今週のアメリカでは、同スキャンダルの様々なジョークが飛び交っていたのだった。
中でも多くのコメディアンが指摘していたのが、「アメリカのスパイ組織のトップである CIA長官でさえ浮気がバレるのであるから、 一般男性がどんなに頑張っても、浮気がバレないはずが無い」というポイント。
そのぺトレイアスは、自分のEメール・アカウントで不倫相手のポーラ・ブロードウェルとコミュニケートをすれば、 直ぐにその関係がバレることくらいは理解しており、2人はGメールに共通のアカウントを持って、 Eメールを送信せず、下書きの状態で保存して、お互いにメール・アカウントにアクセスすることによってEメールを読んでいたことが伝えられているのだった。

今回のFBIの捜査から、たとえ匿名、偽名のアカウントを使っても、あっさりその正体がばれてしまうことに 驚く人は少なくなかったと言われるけれど、 実際には、ティーンエイジャーでさえ両親のGメールのアカウントを簡単にハッキング出来ると言われるのが現在。 また、昨今ではハッカーが、フェイスブックを通じた匿名のいじめでティーンエイジャーを自殺に追い込んだ 人物を探し当てて、その名前と住所をウェブ上で公開するという ”世直し”的なプロジェクトも行なっており、 インターネットを通じた 匿名の陰湿ないじめや、嫌がらせがバレないと思い込んでいる人々には、 今回のスキャンダルが警鐘を鳴らす機会にもなっているのだった。


さて、大統領選挙が終わって 正式に導入されることが決まったのが、 通称、”オバマケア”と呼ばれる新しい健康保険制度。
週に30時間以上 働くスタッフをフルタイム従業員と見なし、 雇用者がフルタイム従業員全員に健康保険を与えることが義務付けられているのが同制度で、 この導入が最もビジネスに影響するのは、 50人以上のフルタイム従業員を雇用していて、これまで従業員に健康保険を支給してこなかった企業。
というのも50人以下を雇用する企業については、健康保険を支給するための 補助が得られるためで、逆に50人を超えた場合、その補助がなくなり、 雇用主が従業員全員に健康保険を支給しない場合、 1人当たり2000ドルの税金が課せられるというシステム。 もちろん、既に社員に対して健康保険を与えているビジネスについては、これまでと変わりは無く、 保険料がアップすることも無いと言われているのだった。



その結果、オバマケアがスタートした場合、最も保険料がビジネスに影響するのは、多数のスタッフを雇っていて、 これまで健康保険を支給してこなかったファスト・フード・チェーンや、ファミリー・レストラン。 大統領選挙では、オバマケアのコストが嵩むために、ビジネス・オーナーが ミット・ロムニーに投票するよう 社員に圧力を掛けていたケースが多かったのは、 先週このコーナーでも触れた通り。
でも、オバマ大統領が再選され、オバマケア導入が確定したことを受けて、今週、 ファミリー・レストラン、アップルビーズのフランチャイズの大手経営者、 ゼイン・タンケルは、 「これ以上は店舗も増やさないし、 人も雇わない」と宣言。
全米で40店舗のデニーズのフランチャイズと、デイリー・クイーンを経営するジョン・メッツは、 「レストランの会計に5%のオバマケア追加料金を加える」と表明。 「もし、それを支払いたくない来店客は、チップからその金額を差し引くように」 と語り、オバマケアの追加料金も チップも、どちらもウェイターやウェイトレスに 支払われるのだから同じことだと説明しているのだった。
またダンキン・ドーナツ等、その他のファストフード・チェーンのフランチャイズも、スタッフの労働時間を30時間以下に抑えて、 フルタイム扱いにしないことによって、オバマケアの健康保険料を逃れようという姿勢を見せており、 これによって、時給労働者は健康保険が得られないだけでなく、収入まで減ってしまうことが見込まれているのだった。

自分達は低額人件費の恩恵を受けてマルチ・ミリオネアになっておきながら、オバマケア負担を客側や従業員に押し付ける経営者達の 身勝手ぶりは、ソーシャル・メディア上でのボイコット運動にも繋がっているけれど、 中でも最も顰蹙を買っているビジネス・オーナーと言えるのが、大手ピザ・チェーン、”Papa John's/パパ・ジョンズ” のCEOで、 個人資産2600万ドル(約208億円)のジョン・シュナッター。
彼はミット・ロムニーのサポーターかつ 高額献金者でもあったけれど、 ロムニーが敗れた翌日には、スタッフの労働時間を減らし、ピザの値段を14セント値上げする計画を発表。 この理由としてオバマケアが導入された場合、パパ・ジョンズが500〜800万ドル(約4〜6.4億円)の 負担を強いられることを明らかにしているのだった。
ところが その一方で、 パパ・ジョンズが現在大々的に行なっているプロモーションが、200万枚のピザを 無料でカストマーに提供するというプラン。このフリー・ピザのプロモーションに掛るコストは、 2400〜3200万ドル(約19.2〜25.6億円)と見積もられており、宣伝のために これだけの大金が使える企業が、 スタッフのためには 健康保険も支給しないという姿勢は、ネット上、ソーシャル・メディア上で 大非難を巻き起こしているのだった。



このようにオバマケア導入がきっかけで、その貪欲で身勝手な経営姿勢を露呈するビジネス・オーナーが増えているけれど、 オバマケアとは全く無関係に、これまで冷遇され続けてきた従業員の不満が全米のチェーンに広がり、 大々的なストライキに発展しようとしているのが世界最大の小売チェーン、ウォルマート。
全米で140万人を雇用するウォルマートでは、これまでにもマイノリティや女性が昇進出来ない 差別待遇で 訴訟が起こされてきているけれど、 今回起ころうとしているのは、ウォルマートの企業体質となっている慢性的な低賃金と待遇の悪さに対し、 長年務めてきた従業員の我慢が限界に達した結果のアクション。
既に、全米各地のウォルマートの店舗前では、 従業員による待遇改善を求めるデモンストレーションが10月から行なわれているけれど、 目下呼びかけられているのは サンクスギヴィング・デイの翌日、俗に「ブラック・ブライデー」と呼ばれる、 アメリカで小売店の売り上げが最も高い日に、全米1000店舗のウォルマートで 従業員ストライキを行なうというプラン。 ソーシャル・メディア上では、同運動をサポートする人々が、 寄付を寄せる一方で、YouTube上には従業員の結束を呼びかけるビデオが登場。 ツイッター上でも”ウォルマート・ストライキ”というハッシュタグが誕生し、これまでに無い 大きなムーブメントになっているのだった。



そのウォルマートのウェブサイトでは、「ウォルマートでの仕事は、より良い人生への扉を開きます」と謳って、人材募集を行なっているけれど、 実際には、写真上の従業員デモで掲げられている 「Wal-mart=Poverty (ウォルマート=貧困)」のメッセージ通り、 ウォルマートにフルタイムで務めて、何の贅沢もしなくても、 病気になったり、妊娠をしたりすれば、破産申請をしなければならない程度の給与しか与えられていないのが実情。 それもそのはずで、ウォルマートの給与は、入社時で8ドルの時給からスタート。 その後1年、真面目に勤めても、昇給額は 時給20〜40セントというのが 同社の給与システム。
同システムで計算すると、ウォルマートに6年働いた従業員の平均的な給与は 時給10.6ドル。 しかも、ウォルマートは従業員の勤務時間のスケジュールを頻繁に変えるので、 別のファストフード・チェーンなどで働いて、追加の収入を得ることは不可能。 さらにマネージメントは、待遇に抗議した社員を すぐに解雇することで知られており、 多くの従業員は 時給9ドル、年収1万3,000ドル(約104万円)という低賃金でも、 我慢して働かざるを得ない状況を強いられているのだった



そんなウォルマートの従業員達は、食費と通勤のためのガソリン代で、 給与を使い果たしてしまうそうで、給料日前にはスタッフ同士が5ドル、10ドルという小額を貸し借りしあって、 何とか凌いでおり、彼らの日常着は 擦り切れたTシャツと穴の開いた靴下、磨り減った靴底のシューズという 悲惨なもの。 そんな貧困を強いられ、抗議をすれば解雇という状況に耐えかねて、 ウォルマート従業員が掲げたのが「Stand Up Live Better」、すなわち「立ち上がって、より良い人生を生きよう」というスローガン。
でも、ブラック・フライデーのストライキについては、財力に勝るウォルマートの経営側が これを違法とする判断を取り付けて、 未然に防ごうとしていることが伝えられているのだった。

そのウォルマートを経営するウォルトン・ファミリーは、長者番付に複数のファミリー・メンバーがビリオネアとしてランクされるメガ・リッチぶり。 一家の総資産は895億ドル(約7兆1600億円)で、これは アメリカ人口の所得が低い順から41.5%の人々の総資産合計に当たる金額。
ビジネスの規模が大きいだけに、前述のファストフードやファミリー・レストランのオーナーよりも、 従業員との貧富の格差が、ずば抜けて大きくなっているのだった。

このように現在のアメリカでは、 これまで冷遇され続けてきた低所得者の労働条件が 徐々に見直されるべきターニング・ポイントを迎えようとしているけれど、 ここでも大きな役割を果たしているのがソーシャル・メディア。 従来、こうした運動において なかなか繋がらなかった点を線にしているのがソーシャル・メディアなのだった。
先週の大統領選挙の際に、その結果を不服として、ツイッターを通じて革命を呼びかけたのが ドナルド・トランプであるけれど、革命、改革というのは下から起こるもので、ゴルフ場やカジノを所有する大金持ちの呼びかけによって 起こせるものではないもの。

今週に入ってからは、そのドナルド・トランプの暴言や横柄な態度に 遂に嫌気が差した一般の人々が、 トランプのアパレル・ラインをライセンス生産&販売しているデパート、メーシーズに対して、 そのビジネスの取り扱いを止めるように 嘆願する署名運動がインターネット上でスタート。 最初の2日で30万人以上の署名を集めた同運動は、現時点ではその署名数が65万を超える勢いで伸びているのだった。
ドナルド・トランプ本人は、今も自信満々に「メーシーズが自分のラインを止めるはずが無い」とコメントし、 メーシーズ側も 今のところはその予定が無いことを明らかにしているけれど、 署名者の中には メーシーズのボイコットを掲げる人々も少なくない状況。
したがって、この数がもっと増えた場合、メーシーズがどう対応するかが見守られるのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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